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【完結】聖女なめんじゃねぇ!!!  作者: 月宮 かすみ
第2章:聖女解放戦線編
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第4話:返還要求

 王宮からの呼び出しは、昼の鐘が鳴るより少し前に来た。


 癒し学校の仮棟では、朝の授業の片づけがちょうど終わったところだった。包帯を干して、木椀を洗って、エリスが黒板代わりの板を一生懸命ぬぐっている。


「ひなたお姉ちゃん、これ、きれいになったよ」


「うん、ありがと。えらい」


 そう言ったところで、門番の騎士が息を切らして入ってきた。


「聖女・天川ひなた殿。陛下より急ぎの召喚です」


「急ぎ?」


 嫌な予感がした。


 ゆうりも同じ顔をしたらしい。腕を組んで眉を寄せる。


「こういう急ぎって、ろくな用事じゃないのよね」


 ラグナは窓の外を一瞥した。


「門前に見慣れぬ旗がある。客人だな。しかも歓迎の客ではない」


 王宮へ向かう馬車の中で、私はずっと落ち着かなかった。膝の上の指が勝手に握られていく。


「殴るなよ」


 向かいの席で、ゆうりが先に釘を刺した。


「まだ何も聞いてないんだけど」


「その顔で言っても説得力ないのよ」


「必要なら殴る」


「必要の定義を広げるな」


 ラグナが静かに割って入る。


「言葉を選べ、ひなた。向こうが喧嘩を売りに来たとしても、最初に殴れば“改革国家が外交を壊した”という形だけが残る」


「分かってるよ」


 分かってる。分かってるけど、嫌な予感の形がはっきりしすぎていた。



 ***



 案内されたのは、玉座の間じゃなく、横の謁見室だった。


 天井は高い。窓は細い。赤い絨毯の上に、王と王子、数人の重臣。その向かいに、見慣れない一団が立っている。白に銀糸の入った法衣。胸元の飾りは冷たく光っていた。


 先頭の男が、私を見るなり薄く笑った。


「あなたが、アストレアの聖女ですか」


 その言い方だけで、もう気に入らなかった。


 壇上では、レオニス三世が重い声で言う。


「聖女・天川ひなた。呼び立てたのは他でもない。隣国セルヴァートより、正式な使者が来ている」


 王子レオニールが、静かに続けた。


「要件は一つです。保護中の少女――ミレナ殿の身柄について」


 胸の奥が、すっと冷えた。


 やっぱり、それか。


 使者の男は、一歩前へ出た。年は四十前後くらい。整えた口髭、癖のない声、妙に滑らかな礼。


「私はセルヴァート王国、聖務監理局の監察使。此度の件について、陛下へ正式に抗議いたします」


 抗議、ね。


 言い方がもう腹立つ。


「ミレナは我が国の国家管理下にあった聖女です。正確には“保全対象”。王家と聖堂の共同管理財です」


 財。


 その一文字で、私の拳が固まった。


「逃亡、あるいは外部勢力による不法誘導により、現在アストレア王国に留め置かれている。よって、速やかな返還を求めます」


「留め置かれてるんじゃない。保護してるの」


 気づいたら口を挟んでいた。


 ゆうりが横で、あーもう、って顔をする。


 でも止まらなかった。


「門の前で倒れてたんだよ、あの子。喉は焼かれて、足は裂けて、まともに声も出せなかった」


 監察使は私を見た。見た、というより、測った。


「聖女殿。制度をご存じないから情に流されるのでしょう。聖女は国家の祈祷資産です。個人の感情で動かしていいものではありません」


 資産。


 今度はその言葉だった。


「人間を荷物みたいに言うな」


「では申し上げます。逃亡奴隷に準ずる存在、と」


 一瞬、視界が白くなった。


 前に出かけた私の腕を、ゆうりが横からつかむ。


「待ちなさい」


「いや無理」


「無理でも待て」


 ラグナの声が低く落ちた。


「ひなた」


 短い一言だけで、ぎりぎり踏みとどまる。


 王はその間も黙って聞いていた。やがて、肘掛けに置いた指を一度だけ打ち、場を静める。


「セルヴァートの使者よ。我が国は門前で倒れていた傷病者を収容した。それだけだ。現時点で“返還”という言葉を用いる前提が、まず成り立たぬ」


 監察使はすぐに返した。


「国家間の聖女管理条項はご存じでしょう。越境した国家管理聖女は、発見国が速やかに保全し、原管理国へ引き渡す」


「条項があるのは知っておる」


 レオニス三世の声は重いままだった。


「だが、その条項は管理の正当性を前提にする。喉に拘束印を刻み、発語と記録を封じた上での“管理”が正当かどうか、我はまだ判断しておらぬ」


 少しだけ、空気が変わった。


 レオニール王子が続ける。


「ミレナ殿は著しく衰弱していました。まず必要なのは送還ではなく、事実確認と治療です」


「王子殿下」


 監察使はわずかに眉を動かした。


「内政上の混乱は理解します。しかし、感傷で国際秩序を曲げられては困る」


 ラグナがそこで初めて口を開いた。


「秩序、か」


 視線が一斉にそっちへ向く。


「人の喉を焼いて作る秩序なら、ずいぶん脆いな」


 監察使の目が細くなった。魔王がこの場にいること自体、向こうからすれば面白くないんだろう。


「アストレアはついに魔族まで廷内に入れたのですか」


 ゆうりが口を挟む。


「話のすり替えはやめて。論点はミレナさんが人として扱われていたかどうかでしょ」


「勇者殿にそう言われるとは、興味深い」


「褒めなくていい」


 ぴりぴりしたまま、言葉だけが飛び交う。


 私はじっとしてるのが限界に近かった。だって向こうは、最初からミレナを物として数えてる。痛かったかどうかも、怖かったかどうかも、どうでもいいみたいに。


 その時、謁見室の後方で小さな音がした。


 振り向くと、扉の脇にミレナが立っていた。


 顔色は白い。両手で喉元を押さえている。たぶん、話を聞いてしまったんだ。


「ミレナ」


 私が名を呼ぶと、監察使の目がそっちへ向いた。


「……やはりこちらに」


 その視線だけで、ミレナの肩が震える。


「戻りません」


 掠れた声だった。


 でも、確かに言った。


「わたしは……戻りません」


 謁見室が静まり返る。


 監察使は、驚かなかった。ただ、少しだけ冷たい顔になった。


「恐怖で判断を誤っているだけです。聖女は常に役目から逃げたくなるものだ」


 私はもう駄目だった。


「は?」


 一歩出る。


「今の、もう一回言ってみて」


 ゆうりが再び腕を引く。今度はかなり強く。


「ひなた」


「でも!」


「でもじゃない!」


 王の声が落ちた。


「結論は今、ここでは出さぬ」


 場が止まる。


「ミレナは引き続き、王国預かりの保護対象とする。治療と聴取を優先。セルヴァート側へは、三日の猶予をもって返答する」


 監察使の口元がわずかに歪んだ。納得してない顔だ。こっちだってしてない。


「……承知しました」


 彼は一礼し、懐から一通の封書を取り出した。白い封蝋。そこに刻まれていたのは、見慣れない、冠のような印だった。


「では、こちらを。正式文書です。ご判断の一助になるでしょう」


 それだけ言って、一団は引いた。


 扉が閉まったあとも、部屋には嫌な冷たさが残っていた。


 私は息を吐いて、思いきり拳を握る。


「殴ればよかった」


 ゆうりが眉をひそめる。


「最悪の感想ね」


 ラグナは封書の印を見ていた。


「……妙だな」


 レオニール王子も同じ印を見つめる。


「ただの隣国の公印ではありませんね」


 私はまだ扉の方を見ていた。閉じた向こうに、さっきの男の声が残ってる気がした。


 返せ。

 資産。

 逃亡奴隷。


 ふざけんな。


 私はミレナの前にしゃがみこんだ。まだ震えている手を、今度はちゃんと握る。


「返さないから」


 ミレナは喉を押さえたまま、少しだけ頷いた。


 でも分かる。今日のこれは、ただの隣国トラブルじゃない。


 向こうは、あの子ひとりじゃなくて、ここで私たちが作ろうとしてるものごと潰しに来てる。


 だったら――ますます、返せるわけがなかった。


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