56話・元鞘は考えてません
馬車のなかに落ち着くと、向かい側に座ったナミアが言ってくる。
「さすがはジェーンさま。美味しいもので彼女達の気を惹いてギルバードへの言葉を封じてしまうなんて凄いわ」
「やめてよ。ナミア。ギルバードとの婚約破棄を公にしたら、翌日からああいった真実の愛の信者たちが門前で待ち構えていてぞろぞろ後をついて大変だったのよ。あれはまだ可愛いほうだわ」
「お気の毒さま。持て過ぎる軟派男とようやく別れられたと思ったら、厄介なファンに追い回されてしまってジェーンも最悪ね」
「本当よ。これ幸いと、どうして逆にギルバードに言い寄ろうとしないのかしらね?」
「それは、彼があの奇病から目覚めた時の一件があるからでしょう」
「やっぱり?」
「それしかないでしょう。他になにかあって? 復縁の可能性はないの?」
ナミアが分かってるくせにと言ってくる。ギルバードが奇病にかかってその間、わたしが一日も欠かさずに通い続けていたことからして、若い貴族の子女らの間で二人は何があっても強い絆で結ばれているのだと噂されていたらしい。
いつ眠りから覚めるか分からない許婚の下へ通うわたしは健気な許婚に思えていたらしく、そのわたしの真実の愛で彼は目覚めたのだと噂されていたことなどから、わたし達が婚約破棄をしたことに異義を申し立てる令嬢達が少なくないらしい。宮廷にも抗議文が届いていると父が苦笑していた。
友人から元鞘に納まる気はないの? と、聞かれ首を振る。
「もうコリゴリよ。ギルバードには傷つけられることが多かったもの。もとには戻れないわ」
「ギルバードさまは未練たらたらに見えるけど?」
「ナミアったらどっちの味方よ」
「もちろん、ジェーンの味方よ。でも、最近、ギルバードさまは元気がないそうなのよ。夜会に顔を出してもすぐに帰られてしまうんですって。皆が、あなたとの婚約破棄が相当堪えてるんじゃないかって噂してるわ」
「たまたまでしょう? 彼の事だからそのうちすぐにお相手が見つかるわ」
「どうかしらね。案外本当の事かも知れなくてよ。ジェーンから婚約破棄されて自分に大切な人は誰か知ったのではないかしら?」
「そうだとしてももう遅いわ。婚約破棄したのだし、彼とはもう何でもないわ」
そういうとナミアはそれ以上、この話を続けることはなかった。わたしはギルバードのことよりも、ルイのことが気になっていた。あの晩、彼は何かを言いかけていたのだけど、それを邪魔者によって遮られたことが非常に残念で仕方ない。でもルイはこの話はまた今度と言っていた。そのうち彼から声がかかるだろうと気になりながらも、待ち続けることにした。




