57話・パール公爵家の領地にて
二ヵ月後、わたしは義弟のスティールとパール公爵家所有の領地にいた。領地はこの国アマテルマルスの南方にあり、美しい湖畔地方として国民や観光客の注目を浴びている。
わたしは白い城壁から領地を見下ろして、木々の香りを含んだ風の匂いを、胸いっぱいに吸い込んでいた。
「綺麗な町並みですね。素晴らしいです」
「そうでしょう? わたしもここから見る風景が好きなのよ」
初めてパール公爵領に来たスティールが喜びの声をあげていた。そして彼をここに連れてきたわたしも誇らしかった。王都も素晴らしい所ではあるけれど、わたしにとって公爵領は幼い時に過ごした場所。格別な思いがある。
ここには亡き母と過ごした思い出があるのだ。しっかりと覚えているわけではないが、綺麗で優しい人だったと思う。母の歌う子守唄と、母が愚図るわたしを抱き上げて背中を撫でてくれたことがうっすらと記憶にある。とても愛されていたように思う。わたしは母が大好きだった。
ぶおおっとそこへ強い風が吹き付けてきて髪を乱す。その髪を押さえながらスティールを中へと誘った。
「さあ、中に入りましょうか? 風が強くなって来たわ」
「はい。義姉上さま」
城内に入るとスティールが天上を見上げた。天上は柱の先がアーチのようになって支えていた。昔ならではの建築様式だ。
「滞在して一ヶ月は過ぎると言うのに、まだ天井が高いのに慣れそうにないです」
ここは初代パール公爵が、王妹を妻として迎え入れる為に、建てたとされる城だ。小高い丘の上に立つ城は、こじんまりとしているが中は広く、王都にある屋敷よりも剛健で天井は高く廊下が長く伸びている。子供の時には走っても廊下の果てが一向に見えないように感じていた。大人になってもこの城は結構な広さがあるのだと知れる。
王都の城の大きさにはまだまだ及ばないが、それでもこの城の存在は未来のパール公爵を圧倒させるのには役立ったようだ。
「凄いですよね。歴史が感じられます。ここの彫り物など珍しい」
スティルは近くにあった柱に触れた。この城の柱は王都の屋敷のものとは違い、部分的に彫り物がされていた。
「それはこのパール公爵領に昔から伝わっている模様を彫ったものよ。貝と波を表しているんですって。真珠には波やホタテ貝がつき物ですものね」
「じゃあ、神話をモチーフにしてるんでしょうか? もしかして愛と美の女神の誕生ではないでしょうか?」
「あら。良く知ってるわね。スティール。その通りよ。でも女神さまはここにいないの。どうしてだと思う?」
「さあ? どうしてでしょう?」
「この城の女神さまと言えば一人だけだもの」
可笑しそうに言えば、スティールも気が付いたようだ。
「なるほど。初代公爵はロマンチストだったんですね? 王女殿下が女神さまというわけですね」
「そうよ。この城は彼女の為に用意されたものだもの。それだけ殿下は愛されていたのね」
素敵よね。と、言ったわたしに遠慮がちにスティールが聞いてきた。
「義姉上さま。一週間後の鷹狩りの話は聞いてますか?」
「ええ。聞いてるわ。陛下が婚約者さまとお出でになるのでしょう? 失礼のないようにしないとね」
「義姉上さま。スランバ王女殿下は、陛下のまだ婚約者と発表はされていませんよ。執事のもとにも、義父上さまからは、陛下はお客さまをお連れするとだけしか伝えられてないようでしたよ」
「そうなの? でも決まったようなものでしょう? お客さまを連れて旅行に来るぐらいなのだから」




