30話・ヘンリー教皇の素性
「ジェーン嬢。あなたのことはルイからよく聞かされているよ。今日もギル……エメラルドグリーン家のご子息の為に見舞いに訪れてくれたのだろうか?」
「は、はい……」
教皇と言葉を交わした瞬間、脳裏にあることが思い出された。ゲームのなかではこのヘンリー教皇は、ジェーンが処刑される時にその場にいたのだ。処刑されたのはジェーンだけではなくてギルバードも一緒だった。彼に教皇は一言言葉をかけ、そして刑が執行された後は平然とその場を後にしていた。
そのヘンリー教皇の態度に、なんと残酷なと思ったし、ああ、無情と思ったのを思い出した。でもなぜそう思ったのかまでは思い出せなかった。死に行くギルバードに何と言葉をかけたのかまでは思い出せなかった。でも二人の処刑シーンを迎えてすっきりしない思いを抱いたのは確かだし、泣けてきたのは覚えている。
愕然とするわたしを前に、ルイとヘンリー教皇は向かい合って席に着き、仲良く歓談を始めた。わたしは居たたまれない気持ちでルイの隣に席を移した。今までルイの向かいに腰を下ろしていたが、彼が
「ジェーンはこっちでいいよね?」と、自分の隣を指し、それに便乗した形だ。
ゲームの中では二人の血縁関係には触れていなかったが、この世界ではヘンリー教皇は、実は先代王とは双子の兄弟で、双子を忌み嫌う風習の中で先に生まれたヘンリーさまはやや未熟児だったこともあり、いなかったものと見なされて教会に預けられたらしかった。
最近になってルイからその事を教えられてはいたが、現在ルイの後見役を務めている教皇さまは、そのことを抜きにしても甥子であるルイを可愛がっているのは見て取れた。お忍びでやってくるくらいルイのことを気にかけているのだろう。
「シーグリーン卿の具合はどうだったのかな?」
でも教皇は席に着くなり訊ねてきた。ルイではなくわたしに。
「変わりはありません」
「そうでしたか……」
わたしの言葉に教皇は深い落胆をみせた。教皇はギルバードには聖遺体を見つけ出してもらっている。そのことで彼を大いに買ってくださってるようだけど、それとは別に何か彼への好意のようなものが感じられた。
「ジェーン嬢。お願いがあります」
「はい。教皇さま」
「これを彼に飲ませてみてはくれませんか?」
教皇が懐から取り出したのは掌に乗るぐらいのガラスの小瓶で、その中に丸薬が入っていた。それをわたしに差し出す。
「これはあらゆる毒薬の効果を無効化する働きのある薬です。一粒だけでもかなりの効果があります」
「ギルバードは、では薬を誰かに盛られたのですか?」
「分かりません。でも、長いこと眠り続けるというのはおかしなことに思えるので」
試してみてくださいということらしい。わたしは教皇の掌から薬の入ったガラス瓶を受け取ることにした。
「分かりました。これを彼に飲ませてみます」
「ありがとう。ジェーン嬢」
教皇は薬を握ったわたしの手を両手で包み、ふわりとした笑みを浮かべた。教皇は父と同じ世代だと言うのに妻帯していないせいか、若々しく見える。それが誰かに似てるように思われ、その誰かを思い出そうとしたのに何も思い出せずにもやっとした。




