20話・そんな裏話があったなんて
わたしは父の帰りを今か今かと待ち続け、ようやくダリーからお戻りになられたようですよ。と、教えられたのでさっそく父の書斎へと向かった。
「お父さま。少し宜しい?」
「ジェーンかい? どうぞお入り」
ドアをノックしながら声をかけると、入室許可をもらったので中へ入る。
「お父さま。あの、ギルバードとの婚約破棄のことですけど……」
わたしの言葉に父が戸惑った様子を見せる。その態度に何だか不安がよぎった。
「ジェーン。そのことだが、あの後、教皇さまから知らせが届いてね、婚約破棄には応じられないとあったからどういうことなのか直接、伺いに言ったのだよ。そしたら聖遺物のことを持ち出されてね。きみは覚えているかい?」
「あの三年前のことかしら? 確かギルバードが偶然にも聖母ナリアンナさまの遺体を発見して、それを教皇さまに献上したのよね?」
父からふられた話に頷く。そのことならよく覚えている。三年前、避暑地に出向いた彼は、その帰りに大きな棺を随行した使用人に担がせて帰って来た。それはすぐに教皇様のもとへ運ばれて後日、棺を見せてもらって驚いた。その棺の上部はガラス張りになっていて、なかにはこんこんと眠る修道女の姿があったのだ。でも、その女性は死後五十年以上経っている遺体なのだと、ギルバードから教えられても信じられなかった。
棺の中の女性は尼僧姿ではあっても綺麗だった。彼女は胸の前で両手を組んでいて目蓋を下ろしている。棺の中で永遠に時を止めたように腐敗せずに美しい姿のままで眠っていた。声をかければ今にも起き出してきそうな雰囲気だ。
それをギルバードは自分が見つけたのだと得意顔だった。伝統性を重視する教皇はよくぞ見つけてくれたと歓喜していてギルバードに感謝していた。実はその修道女は、ルシアス教の伝道者アーレスの産みの母とされる聖母ナリアンナさまだったらしいのだ。
ルシアス教の伝道者アーレスは出生が謎の人物で、母ナリアンナは成人前に父親の分からぬ子を産んだと非難されてきた。ナリアンナは家を追われ、近くのパン屋で住み込みで働かせてもらいながら幼いアーレスを育てたと言われている。
その後、息子のアーレスが神託を受けルシアス教の伝道者となると、自らも出家してその後に続き、晩年はルシアス教を擁する修道院で生涯を終えたとされていた。アーレスの父親の名は明らかにされず、信者の前でナリアンナ母子は、「アーレスは神の子である」と、言い続けた。
それを固くカトリ派は信じ続け、現在もアーレスは神の子なのだと説いてまわっていたが、それに反論したのが敵対勢力であるプロテ派だった。
プロテ派は、アーレスが広めたルシアス教を支持しながらも、彼の出生には不審を抱く者で占められていた。彼の父親はパン屋の息子のゼンだったのだと言い出した。それには理由があって、アーレスが子供の頃に着ていた衣服や靴、髪の毛などアーレスの父親と言われているゼンの縁者たちから続々と遺物が集まってきたからだ。そして新たに見つけ出されたアーレスとゼンの肖像画から、アーレスの髪や瞳の色、そして容姿がゼンによく似ていた事などから決定的なものとなってきた。
そうなると困ったのがカトリ派で、神格化することによって崇高な存在となっていたアーレスやナリアンナが俗っぽい存在に成り果ててしまう。そうなると伝統を頑なに守り続けてきた教皇らの立場がない。プロテ派へと鞍替えする信者も出てきて何の打つ手がなく困り果てていたところに、この聖遺体発見の知らせである。
ギルバードが避暑地からの帰り道、雨に降られて偶然にも雨宿りをした古ぼけた修道院に、その棺が眠っていたのだと言う。棺にはナリアンナの名前と彼女の没した年、そして彼女が施してきた功績が記されていたとかで、それを見つけたギルバードの名は一気にカトリ派の信者たちの間で高まった。そして一度はプロテ派に流れた信者たちがカトリ派へと戻ってきた。
このことにより教皇は、一度は傾きつつあった信仰を取り戻すことに協力してくれたギルバードに何かお礼をと言い出したが、彼はそれを断った。その態度に清々しいものを感じた教皇は、「では今後何か困ったことがあったなら言いなさい。あなたに協力しよう」なんて言ってしまったらしく、ギルバードから「あの時のお約束を覚えていますか? いまがその僕にとっては困ったときです」と、言い含められてしまったらしい。
結局、公爵である父にも乗り込まれたことで、婚約破棄は保留ということになったそうだ。そんな裏話があっただなんて。
「そんなぁ……」
「済まない。ジェーン。でも今しばらく保留ということで婚約破棄が出来ないというわけではないから
な。それにギルバードならいくらでも叩けば埃が出て来るだろう?」
父が口角をあげる。父は諦めていない。わたしもつられて笑った。




