17話・執念深い害虫
「義姉上さま~」
「スティール。どうしたの?」
沈黙が満ちる空間に明るい声が届いた。スティールが小さな編み籠に入ったクッキーを持って現れた。
「料理長にクッキーを焼いてもらったんです。一緒に食べましょう」
「あら。お夕飯前なのに?」
「駄目ですか? ぜっかく義姉上さまの為にオレンジピール入りのクッキーを焼いてもらったのに」
スティールがガッカリしたように言う。オレンジの甘い香りが鼻先をくすぐって、わたしはすぐに陥落した。
「じゃあ、ちょっとだけよ」
「はい」
スティールはわたしの隣に腰を下ろした。スティールはわたしにとって可愛い弟だ。彼に甘い自分を自覚しながらも、それも悪くないかもと思っていた。
「くそ。ギルバードめっ」
馬車の中でオックスは呟く。あの軟派男がまだジェーンの側に張り付いていたとは。目障りな男だ。メアリーに夢中になっていたのではないのか。まさかあの男に何もかもばれているのではと勘ぐりたくなる。
「そんなはずはないか」
よっぽどの馬鹿な男ではないかぎりメアリーの誘いにのるはずがない。あの夜のエスコートだって断る素振りすら見せずに了承した。
「考えすぎか。単なる馬鹿なだけか」
ギルバードとは不思議な男である。無駄に愛想が良すぎるのだ。明らかに何も考えてなさそうな人畜無害な笑みを浮かべて近付いてくる。オックスの座席の隣には、先ほどジェーンに差し出そうとした薔薇の花束が寝転んでいた。彼にとっていまやその花束は残骸に成り果てていた。
「仕込んだ薬が無駄になったな」
あの時、彼の予定では薔薇の花の香りを嗅いだジェーンが、彼の腕にしなだれかかってくる予定だった。薔薇には毒ではないが惚れ薬を仕込んでおいたのだ。それも女性にしか効かない特性の薬。それを嗅げば女性は大概すぐ側にいる異性が気になりだす代物。それなのに訪ねた日が悪かった。
彼女の側には弟という名の忠実な番犬と、執念深い害虫がいたのだから。しかも害虫によって薔薇の花束は彼女の手に渡ることなく終わった。
「仕方ない。今度は他の手を考えるか」
オックスは諦める気などなかった。ジェーンはメアリー側にとって敵対勢力だが、オックスにとってジェーンは魅力溢れる女性だ。彼女をどうにかして手に入れたいと彼は考えていた。




