蹴速が行く。外伝。いつかの未来。今はまだのお話。
「お母さん!早く!」
「慌てなくても、お祭りは終わらないわよ」
「でも!モモ様の出番、終わっちゃう!」
「用意出来た。行きましょうか」
浴衣を着た母と娘。
今日はお祭りだ。
トクシマ区、海峡付近の街。1年に1度のお祭り、夏祭りである。帰郷も容易になった現在、コウチ、ヤマトへの単身赴任兵も故郷に帰って来ている。もちろん、トクシマ区周辺警備の兵も、交代制だ。祭りは、2日あるのだから。
祭りの目玉は、踊りと花火大会。その踊りにゲスト参加するのが、4大魔王の1人、魔王モモだ。
元々、祭り自体はトクシマに存在していた。それをトクシマ復興の際、景気付けとして有名な顔を招く事となり、以前は3名家の参加もあった。和気藹々と踊る、3名家先代、二神神無は、今でも人気が高い。
今年は、美貌と格闘技、そして舞踏を得手とする魔王の参加。トクシマ区民も高揚していた。
「これ、進めるのかしら」
「整理の人が居るし。大丈夫大丈夫」
娘は、今日を待ち望んでいた。誰かしら、有名人が来るのは恒例。自分が赤ん坊の頃は、魔王アカが来ていたらしい。残念。
娘は。気を充実させつつ、会場に踏み込んだ。
雑踏をすり抜ける体裁きは心得ているが、母を置き去りにも出来ない。人波に合わせ、ゆっくり進んで行く。
熱気と怒号。いつもの夏祭りだ。警備兵もお面とわたあめを片手に、しっかり立っている。
「ほら、モニターで見れるわよ」
「うん・・」
会場には幾つもの巨大モニターが配置され、モモを、会場を映し出していた。
み、き
軋みが聞こえる気がする、見事な極めだ。対戦相手の女性は悲鳴を上げるべきか、反撃をするか、悩んでいるように見えた。が、間を置かず降参した。良い判断だ。この会場には、恐らく治癒者が居る。死なない程度には、遠慮は無いだろう。
武術大会の真っ最中だ。
飛び入り参加も許されるこの大会、女性参加者は優先してもらえる。そう、私も。
今日、この日のために鍛え上げた技と力。相手は、魔王。正真正銘の化け物。不足、一切無し。
もし、こちらの顔を覚えてもらえれば。魔王配下や、コウチ3名家直属への道も開ける。皆、そう思っているだろう。
強いもの。
物心ついた時から、体を動かすのは好きだった。街を野山を駆け巡り、たまたま出会った魔獣を打ちのめし、拳の使い方を実戦で覚えた。
その時、己が手は、殴るために有るのだと知った。
そして、兵学校にて高等な教育を受ける。もちろん、武技に関しての。現在。素手の戦いなら、トクシマで最も強い自信さえ有る。
オオオオオオオオ
「すごいわねえ」
「うん・・・行って来るね!」
浴衣に鉄ゲタの娘は、モモとの対戦希望者の列に並びに向かった。
まだ、モモに勝利した者は居ないようだ。都合が良い。
女性参加者は、もう4人だけだ。1人当たり、30秒で処理されている。それでも、試合の終わった参加者の表情を見れば、その力を思い知らされているのが良く分かる。
楽しみにも、程が有るだろうが。
娘の出番が来た。
「お名前は?」
「帰三 二十三です!よろしくお願いします!」
眼前の獣、魔王モモは、優しく微笑んでくれた。
立ち会うと、なるほど。分かる。足の震えが、止まらない。
なら、そのまま突っ込め!
震えを押し止めもせず、顔だけを殺意に歪ませ、突っかかってくる小さな獣。モモは優しく手を突き出した。
恐らく、緩やかな掌底のつもりなのだろうが。二十三は全力で体を軋ませ、回避に成功。
モモは、少し驚いた。華英手に言われたのは、下位ナンバーを相手取るつもりで、更に手加減をするように。あまり殺さないで欲しい。
大丈夫。華英手ちゃんのお手伝い、頑張るから。
それはそれとして。目の前の娘。やる。コウチ兵にならないかしら?
これは、死ぬ。今すぐ降参したい。したいが、
楽しすぎてなあ!!
回転回避後、体勢を整える。のと同時、加速の姿勢を取る。二十三の全速での飛び込み、上段、頭部への蹴り。常人には、もう見えないレベルだが。
モモの蹴り足が、己の蹴り足より、遅く動き出し早く蹴り込まれ、
二十三は昏倒した。
「ああー」
やっちゃった。一般の観客の熱の引くような戦いは、やらない約束だったのに。
しかし。
うおおおおおおお
歓声は鳴り止まない。美女と美少女の戦い。想定されていたとは言え、観衆の目にもモニターのスロー映像では、はっきりと見える美技。どうしようもなく美しく強い、魔王モモ。それと見事な戦いを繰り広げた少女。
両者への惜しみない拍手は、モモが少女を抱きかかえ治癒者に預けるシーンでピークに達した。
終わり良ければ、かしら。蹴速君の事を言えないわ。つい力を入れてしまうなんて。
娘は翌日、目を覚ます。そして、自宅テーブルに置かれたコウチへの招待状を見つける。
街は祭りを多いに騒ぎ、踊り、遊び、そして片付けた。
「おお・・?・・もしかして、祭り終わってね?」
旅の者。夏祭りを目当てにやって来たのだが、その正確な日時までは覚えていなかった。なあなあでやってきた旅。その最中には、こう言った事も、まま有った。
ま、仕方無い。
折角来たのだ。何時までも残念がっても、楽しみは増えない。旅とは、如何にして楽しみを増やすかなのだと、旅を始めて2日目には知っていた。
トクシマ名物、鳴門ラーメンを頂く。ナルトが入ったラーメン、ではない。ナルトが、麺だ。マカロニをイメージしてもらえると分かりやすいか。細く切られたナルトを麺に見立てた、トクシマの生んだ海鮮ラーメン。味わいは大雑把にして、深い。ごっちゃごちゃの混乱する味覚を、何故か後味がまとめる。飲み込んで一呼吸置くと、落ち着いて美味しいと思えるのだ。面白い。
武術大会の名勝負をテレビで見る。魔王モモの技巧を明確に映し出す画面を、ぼーっと見ながらラーメンをすする。
つええ。皆、良くこんな化け物と戦うなあ。若いって・・良いなあ・・・。
旅人は、支払いを済ませると、椅子に立てかけてあった長剣を持ち、街へ。
魔王モモは、コウチへ帰還していた。
「目ぼしいのは居ましたか?」
「ええ。何人か、こちらの想定を超えてきた。有望かも知れないわね」
「それは有り難い。コウチの若者と競わせて、より強いコウチ兵を生む事に繋がります」
コウチ支配者、3名家が1人、三鬼 華英手。およそコウチの実質的支配者と言って過言ではない。現在のコウチナンバーワンだ。
「有存在ちゃんと神居ちゃんは、まだ帰ってないの?」
「ええ。相変わらずです」
「こんなに長くコウチを空けるなんて。神無が怒るんじゃないのかしら」
「空けると言っても、有存在は天狗高地、神居はコウチ湾です。直ぐに駆けつけられる距離ですよ」
「そうね」
にっこり笑うモモを、華英手は少しだけ苦手としていた。自分達の育ての親。恩義も親愛も有る。が、育てられたと言う事は。
自分達の恥部も余す事無く、ずうううっと見られているのだ。
家族の思い出話に花が咲くと、3人共居づらくなって誰かの部屋に逃げ込んだりする。そう言った時は、三十鬼やクロまでがお喋りに興じるので、参ってしまう。
現在、この世界にコウチに対する脅威は、恐らく存在しない。
内部に抱え込んでいる味方、に国を簡単に落とすコウチの自在にならない戦力が有るだけで。
それでも。磨き続け、鍛え続けなければ、腐って落ちる。終わりたくなければ。永遠に戦い続けなければいけない。
そのためにも、こうして内部で疑似戦争を行う。武術大会を催し、その中の優秀者を集めコウチ兵として取り込む。強者を味方に。更に戦い、鍛え、磨き抜く。
強者を取り込むのは、コウチの強化のためだけではない。強者を見える所に置いておきたい。そして、想定外の行動を起こされたくない。別大陸から知らず知らずの内に用意した戦力で侵攻して来ましたー、とか最悪だ。
まあ、守り手も、化け物の中の化け物。杞憂以外の何かではないが。
夏は、そうめんだ。いや、ひやむぎだ。何を、そばよ。
そんな争いの起きる平和な街、コウチ。ここでも、夏祭りは行われる。街の大通りを貸し切り、市民が武術に親しめるよう、路上で格闘が行われる。
その会場には、展示場も併設されており、コウチ、ダイコウチの有名な兵の武具も展示されている。例えば一一人の名剣の数々、仮要明の砲撃外部フレーム・紅空翼。飛行兵の装備は、未だ珍しいので、3名家の刀剣の次に人気が有った。
路上の闘技祭は、飛び込み自由。だから、あちらこちらで面白い顔も見れる。
元・御都5将軍が1人、正 小殴音とか。孫を連れてコウチの観光に来たのだが、孫の見ている前で活躍したくなり、参戦。
「おいおい」
古い顔じゃねえか。デレデレになっちまって。良い爺ちゃんやってるなあ。
孫の前でバッチリ活躍出来たお調子者は、家族にたしなめられつつも、嬉しそうだ。
「よお」
「ん。・・特盛か!」
「おお。久しぶりだな、正小殴音」
変わらぬ顔と変わった顔。特盛は相変わらずの若さ。正小殴音は、少し老けたか。
「ああ。久しぶりだ。そして、私はもう引退している。その役職は新たな将軍が継いだぞ」
「そうなのか。それで今は、孫と観光旅行か」
「その通り。どうだ、抱いてくれんか」
「良いのか?」
「コウチの鬼神に抱き上げてもらえれば、この子の武勇も祝福されよう」
「そんな大層なもんじゃねえよ。ま、元気に育つと良いな」
受け取った子をしっかりと抱く。特盛自身の子育て経験も有り、その手付きには、不安な所は無かった。
年を取るわけだ。鬼神とうたわれ、かつては自分とも剣を交えた者が、しっかりと親をやっている。その赤ん坊を抱く手際で分かる。
孫を戻してもらい、しばしの歓談。
「しばらく逗留するのか?それなら、ウチに来いよ」
「ありがとう。確かに2日程観光する予定だが、ホテルを既に取っているしな。それに、家族旅行だ。お邪魔するには、人数が多過ぎる。気持ちは、とても嬉しいぞ」
「そうか?それなら良いが。コウチを楽しんでくれよ」
にっと笑った特盛は、あの頃のままだ。まるで、年を取ってないかに見える。だが、違うのだ。先程の手際、そして今の笑顔に刻まれた、年輪。特盛がどれほど、それこそ数え切れない修羅場を潜り抜け、己を磨き続けてきたのだと分かる。あの頃のような、若さだけの顔ではない。知っている、モノを分かっている顔だった。
「お前は何か用が有るのか。そうでなければ、食事でもどうだ。何時ぞやの意趣返しに」
これは、初めて特盛が御都の地を踏んだ時のエピソードだ。
覚えてたか。
「わりい。出来れば、おれもアレに参加してえんだ。トクシマにも行って来たんだが、そっちは入れずじまいでな。せめてコウチでは、出たい」
「そうか。それは仕方無いな。故郷に錦を飾るか。戦士の本懐よ」
うむうむと得心する元・正小殴音。
またな、とお孫さんにも挨拶し、旧友とのまたの再会を約す。本当に会えるかどうかは知らない。でも、会えたら、楽しい。だから、また。
大通りを歩む。そこそこ名の知れている特盛だが、今の服装では流石に目立たない。地味な旅装束だ。
「自信の有る方は、魔王モモ様へのチャレンジも可能!」
受け付けは大盛況だ。その中に特盛も並ぶ。
こんな必要は、無い。家に帰れば、何時でも戦える。が。
お祭りじゃねえか。楽しまないと!
特盛の名は、モモにも伝わる。そして、最後のエキジビションマッチに回される。係員によって、列最後尾に並ばされ、会場の熱気に身を浸す。
若い者も、ちょっと無茶じゃねえか?と思えそうな者も。モモが丁寧に相手し、大怪我を負わせないように立ち回っている。
流石だ。対戦相手の力量を即座に推し量り、自らの運動能力もそれに合わせる。かつての蹴速でも、少し位やり過ぎたりしてた。モモの技能は、尋常ではない。
待てば長い時間。モモの試合を見つつ戦いのシミュレートをすると短い時間。特盛の番が来た。
「ここでサプライズゲスト!なんと、ダイコウチにその人有り!コウチの生んだ鬼神、特盛見参です!!!」
おおおおおおお
特盛も、一応は正規のコウチ兵。コウチではちょっとした有名人だ。
無論、それだけが理由ではないが。
「久しぶり!家じゃなく、こっちに先に来ちゃったの?」
「ああ!久しぶり、元気してたか?」
「元気元気。皆もね!」
楽しげにしつつ、お互いに気を入れる。会場周辺の人間に影響が及ばない程度に、ではあるが。
「剣は要らないの?」
「人前だからな。その程度はおれでも分かるぜ」
斬場刀を自在に操る腕力で殴り飛ばす。それだけで、大抵の者には遅れを取らないはずだが。家族には通じないのが楽しい所だ。
「じゃ、お客さんに分かりやすく行くね」
「おお。おれは、いつも通り」
20年。積み重ねた。
それでも、まだモモに届いていない。
全く。
胸を貸してもらうぜ!
素手。得物を、斬場刀を持った時ほどの迫力は無いはずなのに。
モモは、強敵を前にした肉体の鼓動を感じた。
両者が構えを取った後、審判の合図を皮切りに、舞台では2匹の化け物がぶつかった。
右腕を大きく振り回し、全力でブン殴る。
当たらないんだろうなあ。
大振りを当然のように寸分で躱し、右腕を極める。が。
極める、とは相手の腕力の数十分の一の力で相手を拘束する技能。
ならば。相手が数十倍の腕力を持っていたなら。当然、
極めたはずの腕が、逆に圧し折られた。特盛の腕に絡めさせ、痛みを与え行動の自由を奪ったはずが。自身の左腕を壊された。
更に特盛の左前蹴り。この近接距離では、常人では避けられない。
だがモモは、避けるのだ。
当たらねえ!
何時だってそうだった。モモは、純粋な格闘技能なら蹴速に次ぐ実力者。強いのはジンやアカでも、技巧ではモモ。少なくとも、特盛が五分にやり合える相手ではない。
だから、挑むのだ。
紙一重で避けられる攻撃。こんな時、斬場刀が有れば。きっと敵が何処に居ようが、斬れる。
この性根よ。
斬場刀に、甘えきってんじゃねえ!
ギリギリ。観客に被害の行かないギリギリの力でモモの居る空間全てを破壊する。技としては単純。範囲を意識して、殴る。それだけ。想えば応えてくれる。そうなるよう鍛えて来たのだ。
躱せる。が、受けた方が、ウケる。
モモは完全にガードを固め、その場に踏み止まった。特盛の威力を全身で味わう。
手加減して、これか。痛く、重く、響く。
ふふ
やべえ。
モモの、ガードした両腕の下の微笑みを見た特盛は、少し焦った。
火の点いたモモは、特盛如き容易く殺す。しかも、それはコウチの本意ではない。特盛でも、この会場で死人を出すのは不味いと思っている。
大急ぎでモモに走り寄り、全力で殴る。
隙だらけの、大慌ての動きで。極当然に、急所にカウンターを食らい、倒れる特盛。
倒れ伏そうとする特盛を抱き、手を掲げる。会場中に見えるように。
わあああああああ
勝者は敗者を抱え、舞台から降りる。実に絵になる光景だった。
魔王と鬼神の戦いは、あっけない幕切れにも思えたが、超常的な実力者同士ならばそう言うものかと、観客はしたり顔でお喋りに興じるのだ。
この喧騒を守ったのは特盛。モモは、試合後の全体挨拶を終え、帰宅の途に付く。特盛と共に。
「すげえ活躍だな。神無さん並みだ」
「ふふふ。私も、少しぐらい働かなくちゃね」
「良く言うぜ。今やコウチの代名詞の1人じゃねえか。行く先々で魔王モモの話を聞きまくった」
モモを突っつく特盛。
「今日は、ありがとうね。あなたが止めてくれなければ、お客さん引いちゃったかも」
「どーいたしまして。お前のお眼鏡に適ったと思えば、嬉しいもんだ」
特盛は言葉通り、嬉しそうだ。
強くなった。あらゆる敵と戦い、あらゆる敵より強い家族と訓練し。その成果として、魔王を本気にさせた。悪くない。決して悪くない。
「お土産は?」
「全部、あちこちでアカや亜意に運んでもらってて、おれは手荷物だけだよ」
「ああ。いっぱい有ったねえ」
「蹴速は、家に居んのか」
「ええ。今はお仕事も忙しくないし」
「久々だ」
モモは、特盛の顔を見て、手を繋いで家に走って帰る。
「おいおい。そんな急ぐ必要も」
それに、本当に急ぐのなら、飛べば良いのだ。
「早く帰って、いっぱい話しましょう」
「?・・良いけどよ!」
分かんね。まあ、良いさ!
2人の女の子は、愛する人の待つ家に帰って行った。
鬼神の帰還。それは、コウチの日常風景の1つ。よくある昨日で、ままある明日だ。
だから、毎日、良い今日を。




