これまでの、これからの日常。前編。
時は、ゆるりと過ぎる。有我のお菓子作りが上手くなる位には。
「2千!空中には300!」
「己黄、向かって来る敵だけで良い。行くぞ御徳!!」
「おお!!」
南刀仮要明による地上、高空への牽制砲撃をすり抜け、熊大将壱日と在前御徳は、千メートルの上空から飛び降りた!
耳当てをしていなければ、寒かっただろうな!
熊大将は、1人ごちながら、誰より早く敵中央に突っ込んだ。
味方要人が、真っ先に敵の集中攻撃を受け始めた。御徳は大慌てで追いかけるしかない。
畜生!蹴速君のとこは、どいつもこいつも!
降り立つ前の数秒で、気を高め上げた熊大将は、即座に3匹を屠った。その後、遅れて反応した魔獣共を更に切り伏せる。
速く小さな個体が突っかかって来る!剣は振ってしまっている!
空いている手で、握り潰した。
流石はクマモトナンバーワン。左手に移した剣を振るいつつ、右掌に掴まえた魔獣を振り回し敵を打ちのめし続ける。御徳もまた、一瞬十殺を心がけながら熊大将の側を離れぬよう動き回る。
「良いですね」
「ああ」
黄金龍の背に座する仮要明と亜意。コウチから己黄の背に乗り飛んで来た。
「お。ちょっと、出ます」
「ああ。気ぃ付けろよ」
「はい」
南刀仮要明の身を包み込む、飛行砲撃外部フレーム、紅空翼。最高速度はマッハ20に到達するが、もちろんその速度を維持出来るわけではない。数分だ。だから、速度を速め遅め、敵の隙を取り、撃つ。その繰り返し。必要なのは、集中力と確実な操作。離れ業では、ない。地味な仕事だ。
空を自在に、奇怪な軌道を進む仮要明を見て、亜意は思う。あれが、強さか。亜意の知るのは、剣の強さ、魔力の強さだ。仮要明の技法は、全くその道理に沿っていない。仮要明の飛行機械は、魔力結晶を用いている。だから、全く関係無くはないにしても、それでも、真新しい技術だ。
面白い。
仮要明と亜意が事を構えたなら。亜意の完全な勝ちだ。リーチで、火力で、亜意は負けているが、隠密状態になった亜意を探り取る技を仮要明は持ち合わせていない。めくら撃ちでもして、まぐれ当たりを期待する以外の戦術を取れないのだ。そして、仮要明は高空に逃げられるが、亜意もまた飛べる。最高速で劣っても、亜意は単純飛行程度なら1週間でも飛べる。空腹で倒れるので、現実的ではないが。
ひょっとして、ああ言う手合いが、蹴速や魔神を驚かせるのか?
結論から言うと、亜意の予想は、大部分外れている。例え核兵器、水爆を用いたとして、その威力はジンにまるで及ばない。常人でも、威力を持てる。そんな意味に於いては、とてつもない発明だが。強くは、ないのだ。あるいは、兵が強過ぎるのか。地球上全ての兵器をかき集めたとしても、その火力は蹴速の10分間の運動量に足りない。これは、蹴速を無双双児に変えても同じだ。兵最強格ではない、無双双児でも。
蹴速君の動き。何度も見せてもらった。真似るのは・・不可能。
しかし。それは、今は、まだ、と言う意味だ。未来永劫不可能などと、思っていない!
すり抜けざま、腹を斬り裂き、血飛沫を周囲一帯に吹かせる。血を避けるため、一瞬目を閉じる魔獣らを思う存分切り刻み、走り抜ける。止まらず、次へ。50メートル級、でかいが、獣沓ほどには速くない。爪を避け、牙の来る間に喉元を抉る。そのまま魔獣を駆け上がり、首後ろをも斬り、首を飛ばす。
速く、強い。これでも、コウチではトップクラスに入れないのか。クマモトなら、今すぐナンバーツーになれる。
熊大将は、最前線で敵を屠り続けている状況で、御徳はおろか己黄の様子まで伺っていた。
ふ、む・・刃毀れが、少し気になるな。
剣を収めた熊大将は、素手で倒し始めた。まだ、千体以上の魔獣を。
「どうぞ!」
コウチ兵の嗜みとして、状態の良い剣を4本持って来ていた御徳。剣一一人などの業物ではないが、一般人の持てる最高級品だ。
「おお。用意が良いな!」
「良いって言うか・・いえ、どういたしまして!」
1本しか持って来てないとか。正気かよ。
これは熊大将の過信、ではない。元々、素手で挑むつもりだったのだから。
それをこそ、過信と言うなら、確かに。だが、熊大将の今回の目的は、己を超える事。立派な、見事な剣を使っては、意味が無いのだ!
「だが、構うな、御徳。おれは、おれを超える!」
・・バカ言ってんじゃねーぞ!
「承知!しかし、お側は離れられません!」
「無論!お前の腕前、楽しみだ!」
御徳と熊大将の関係は、少しだけ面倒だ。他国要人なので、丁寧に扱えば良い。そのはず。しかし、同時に盟友。世話になったり、世話したりする蹴速の妻。そして、蹴速は年下。年下の人間の妻と言う事は、こちらが上の人間として、世話を焼く・・・べき。
もう、分からん。ダメだ。
熊大将は、すごい。故に敬意を払う。これで、十分!考えても!分からん!!
気の良い、腕の良い若者だ。こんな者がクマモトにも育ちつつあるだろうか。そうなら、良い。そう、する!
猛進する2人。己黄と亜意は、見守りつつ、戦況を冷静に把握していく。
「分かるな。今現在、全く危うげじゃない。しかし、北西から来る砂埃。あれが加わると、少し厄介だ。2人の戦いの調子が狂っちまう。どれ程強かろうが、本来の調子を出せないのでは、弱者との差も詰まる。あれを防げるかどうか。あたし達の仕事、もしくは2人が気付き、指揮出来るかどうか」
「うむ・・」
「やってみるか、己黄」
「うむ!」
己黄は変わらず実戦訓練の途中だった。家族以外に害される可能性は、恐らく皆無。運悪く、三十鬼レベルに会わない限りは。しかし、修練は、行って損は無い。
敵増援を、瞬時に凍り付かせ、砕き、暗黒大陸に華と咲かせた。
火力が高過ぎて、鍛えようが無い。亜意は、蹴速と同じ悩みを持った。これでは、当てる、的確に急所を狙う、そう言った技能を磨く意味が無い。本人の自覚の無い修練は、意味が薄れる。
うーん。
右上方2、いや3。下方ゼロ。噴射、下降、回転、狙撃。そして上昇。左遠方10以上。狙撃、狙撃、狙撃、狙撃、回避、加速、回転、狙撃・・・。
仮要明は、こんな単調な作業をずっと繰り返していた。そこには、力のせめぎ合いが無い。いや、有る。無いわけはない。ない、が。
これは、戦闘ではあっても。戦場には間違いなくとも。殺し合いでは、ない。
そう思っていた。
だが、仮要明の感覚は、大間違いだった。
この勘違いは、仮要明の訓練が全く足りていない事に由来する。修練自体は積んでいる。だが、それは砲、機械の扱いに習熟する事だった。兵の動かし方まで習っておきながら、仮要明は、自らが剣を取る事は無かった。何故なら、砲撃兵だからだ。仮要明が剣を取る即ち、剣士隊を信頼していないと言う意味が生じる。故に仮要明は、お互いの体に触れ合う距離での戦闘を知らない。そのための思い込みだった。
どうすれば、フェアな、堂々たる戦いになる?お互いが砲を持ち合った状態で開戦?それとも、剣を構え、何かの合図によって同時に剣を振り始めるのか。剣士であろうと、なかろうと?
もう、両者自害でもしてろ。
そも、戦いとは、相手をアンフェアに追い込むものだ。戦えば、必ず勝敗が付く。どちらが優れているのか、劣っているのか。はっきりする。否、させるのが、戦い。
故にこそ、
本来、戦は、何でもアリだ。道具を使おうが、数に任せようが、蹂躙しようが、正々堂々だろうが。関係無い。
生有るモノを殺めるに、清いやり方など有るものかよ。
南刀仮要明は、指揮官として学び究めて来た。その道に、間違いなど無い。仮要明の、あるいはこの世の何者かの努力が無に帰するのは、それこそ、命を失くした時だけだ。
危なげない。亜意は、仮要明への信用を増していた。いざとなれば、己黄に言って救援に向かう必要が有るかと思っていたが。要らぬ世話だったようだ。
怪鳥をボロボロ落として行く仮要明は、強い。使い物になる。
良いデート日和だ。暑くもない、寒くもない。重ね着の必要は、ないな。
「バカめ。それでも、着ろ。嫌なら、自分で着るけど」
「嬉しいぞ。手編みか。お前の気持ちが、側に居てくれる」
青星の兄妹と久しぶりに会う。そこで、兄の方からセーターをもらった。
「ただの時間潰しに作っていたものだ。お前を待っていた時の。だから、上手くはない」
少し、心細げに言う。愛らしい。
「これでも、頑張って作ってたんですよ。強化服は、お母さんの手作り。だから、自分も蹴速さんに何かを差し上げたい、と」
「余計な事を言うな」
恥ずかしさは、無い。蹴速にあげた物に手抜きは無い。だが、どうもな。受け取ってくれるか。喜んでくれるか。不安は、有った。蹴速は、待ち合わせのその場で着てくれた。バカめ。
嬉しい。
日頃、表情を変える事の少ない兄が口をムズムズほころばせるのを置いて、妹はお互いの近況報告を楽しむ。1週間ぶりなのだ。
「私達も、そちらへ移り住む・・」
「ああ。技術研究の環境を用意は、出来ん。残念ながら。ただ、おれは、一緒に居りたいと思うちゅう」
「その、蹴速さんの移動と同じ感覚で、青星に戻って来れるんですか?」
研究を捨てるつもりは、無い。
「ああ。それは、一瞬で。亜意かアカに頼めば、やってくれるろう」
確認は取ってない。ま、大丈夫じゃないかな?
アカは現在、青星のデパートで買い物中。
「そこまで望むのであれば、仕方ない。部屋は有るんだろうな」
「お前らの荷物だけよ。必要なものは」
「部屋の模様替えとかは、自由にして良いんですか?」
「構んぞ。害が無い範囲なら、何でも。気持ち良く生活するのが、好いわ」
基本的に蹴速は自分の部屋をいじっていない。が、家族の中には、毎週模様替えをしているようなのも居る。新しくタンスを買う、とかではなく、タンスの位置を変えるのだ。そこまで大きな事をせずとも、観葉植物を季節ごとに入れ替えたり。
「じゃ、じゃあ工具棚を設置したいんですけど」
「お前の部屋に近い部屋にしろ」
「それぐらい全然大丈夫よ。一緒に作るか。おれの部屋に近い部屋は、すまんが埋まっちゅう。同じ階の遠い部屋か、別の階か」
妹は、素直に喜んだが。
「離れるのか。同じ家の中で。それでは、余計に寂しくなる」
「会えない時間が会いたい気持ちを育てる。と」
妻の数人が言っていた。
「家に居る限り、何時でも会える。間違い無く、な」
強い愛情を込めて、兄を見る。お前が欲しいと、伝える。
「ふん。そこまで言うなら」
不安、無くはない。蹴速の家族。会った事があるのは、少数。果たして上手くやっていけるだろうか。
新天地での暮らし!テンション上がるううううう。
中々楽しい兄妹である。
「じゃあ、親御さんに挨拶して、おれらは地球へ行くわ」
「そうなのか。泊まって行け」
「ふむ」
「兄は料理も勉強しているんですよ。妻としての本分とか言って」
「おお・・。お邪魔しても、良いか?」
「良いと言った」
ぶっきらぼうな発言の最中、今日の冷蔵庫の中身とスーパーの安売りのデータを脳内で検索していた。
「時間を潰していろ。買い物に行って来る」
肉が足りない。今日は売り切れていなければ、牛肉が安い。
「一緒に行こうぜ」
「ん?・・・まあ、良いだろう」
・・・新婚夫婦のような。うむ・・、お前が望むのなら、付き合わせてやる。おれが、望んだのではないぞ。
おもむろに蹴速と腕を組み、緊張した足取りで歩む兄。蹴速が歩調を合わせてくれなければ、こけている。その愉快な歩みを録画しておくべきかどうか。多少考える妹。
わるくない日常だ。




