歯牙と梅の話。
歯牙は、自らの状況を客観視してみた。
そう。通い妻である。他の妻と仲良しこよし。良いね!
良いのか?
ねーねー。子作りする?
はい。何人くらい欲しいですか?
えーとねえ・・・分かんない!
自分で振り返って、理解出来ない。何考えてんの、この女。
自然に受け入れてくれたのは、まあ、楽だったけど。空き部屋が、あと幾つ有っただろう。何故、家具を揃える事に慣れているのか。通い妻だぞ、まだ。ヘンな家ー。
歯牙の助手も込みで住むかどうか。歯牙の仕事は、今まで通りの住所が使い良いのではないか。色々、考える事が有る。
まあ、それはともかく。
「あんたさあ、すっごい出来そうなのに、なんでペットやってんの?」
「いえ。それが、全く通用しなかったのですよ。ですので、こうして安住の地を得られ、感謝しております」
獣沓に乗せてもらい、首輪に付けた紐を握り締め、歯牙は乗馬をしていた。乗馬?ともかく、従順な獣と知って、歯牙は獣沓で遊んでいた。もちろん、全力で運動不足の歯牙の遊びなど、たかが知れている。念のため、キが見ていてくれたが、本当に助かった。全力で飛ばせー!と言ってしまったため、獣沓の上から思いっきり振り払われる形になり、数十メートルの高さからダイブする羽目になった。
梅は、この状況をどう思っているのか。
「親友なのだろう?」
「まあ、な」
「俺は、梅や有我と一緒で嬉しいぞ」
「ああ。私もだ」
神無に答える。
中つ国から戻った神無は、更に剣威を増し、鋭くなっていた。ただ、強張りも有った。己黄と黄神と遊んで、それも解れたようだが。
「付き合ってくれるか」
「なんだ。珍しいな」
「ふふ。皆に置いていかれているようでな」
「はっは!お前が居なければ、コウチは回らん!冗談を言うな」
「なら、良いがな」
梅。何を考えている。3名家で、実質的にコウチを運営しているのは、お前だろう。戦闘能力で多少落ちる程度がどうした。俺はお前の代わりは務まらんのだぞ!お前は、俺の代わりが出来るはずだ。お前の技と業なら。
分からぬなりに、神無は梅に応える。感謝と友情のために。
「一応言っておく。神隠しを使われたら、俺は死ぬぞ!」
「それこそ、冗談だろう。まあ、やめておこうか」
本気の神無なら、首の皮1枚の所で、弾けるのではないか。梅はそう思っている。
有我ならともかく。神無自身に自信は無かった。
しかし。自分で言っておいて何だが。神隠しを使わない梅は、怖くない。今回は、梅の気迫を引き出す事にするか。
神朗に相対する時より、尚、加減しつつ、突っ込む。
だが、躱された。
お?今のは、避けきれないはずだが。
不思議に思いつつ、再度向かう。もう少し、速く。
ぎい
やはり、躱され、反撃を食らいまでする。受け止め、跳ね上げる。抵抗は弱い、いや、力で向かう気がないだけで、逸らされた剣が、こちらに来る!
神無は、全力で後ずさった。
「これは、どうした事だ。お前がここまで強いとは、思っていなかった」
3名家に向かって、殺してくれと言わんばかりの発言だが。
「私にも分からん。何故か、動けるようになっていた」
神無は剣を収めた。俺では、梅の本気を引き出せない。それは。惜し過ぎる。
「アカかアオミドリを呼んで来る」
「おい」
「俺では役不足。お前は、強くなった」
梅に勝てないわけではない。だが、俺では、もう梅を足元に転がせないようだ。
昔。神隠しを修行で封じられていた時代。神無は梅の基礎能力を徹底的に鍛えるよう指導した。三鬼の流儀は知らぬ。だが、3名家で合同で訓練した際、最も死にそうだったのが、梅だった。3名家の宿命として、生き延び、可能な限り戦い続けなければならない。有我は、当時から、二神、三鬼華虎より強かった。神無も順調に成長出来ていた。梅は、弱かった。3名家としては、だが。「神隠し」と言う隠し技を考慮しても、生き残りにくいと思った神無は、当時梅をしごいた記憶が有る。文句も言わず食らいついて来ていたのに感心して、仲良くなったはずだ。神無も神無で、梅の休憩中も平然と訓練し続け、結局、合同訓練中、休憩を取らず終いだった。今思えば、頭の悪い子だったなあ・・。
もう、あの頃とは違うのだ。
神無は、時の流れを知った。
呼ばれたアカが、梅の稽古相手を務める。
「ほんと、珍しいね」
「まあな」
アカには、手加減が要らない。神隠しを全開にする。
すると、こうなる。
アカは、流石に全力は出さない。子供達とやる時レベルで動く。だが、捉えられない。神隠しで、隠れっぱなしなのではない。
梅の剣を躱す。本来、回避の必要は無い。現在のアカの肉体強度は、梅では斬れない。だが、これは稽古。ちゃんと回避行動を起こす。そして、反撃。
反撃し、梅の体に触れたはずの拳が、自分を殴りつけていた。
「痛い」
「そうか?」
自分の拳が、自分の脇腹に来た。全く防御の覚悟を決めていなかったアカには、驚愕と動揺が見られた。
神隠しは、通常、梅の剣を起点として発動する。だが、今、アカは梅の真正面、腹を殴りつけようとした。それが、自分の脇腹を「真っ直ぐ」突いていた。
腕が、一瞬、ゲートをくぐったような感覚。だが、もっと軽い。これが、神隠し。
アカは、梅を見る目を変えた。有我や神無と比べると、どうしても薄い存在感だったが。強いな。
アカから仕掛ける。今度は、足への蹴り。下段への水平蹴り。梅がまともに受ければ、足がちぎれる一撃だ。
しかし、蹴りは、今度はアカの後頭部を直撃。ここまで反応出来るのか。頭をさすりながら、アカは梅への攻撃を決め兼ねた。もっと速く、梅の反応速度を超えた攻撃を繰り出せば、恐らく勝てる。だが、梅は死ぬ。
加減しつつ、梅に勝つ方法が、無い。
「参った」
「有難う」
「すごいね、それ」
「ふ。これしか、取り柄が無くてな」
「本気で行かないと、勝てない。十分に強いよ」
「そうか」
梅は、やはり自分は、戦闘要員としてはサポートしか有り得ないと再確認した。
魔神シロとの初めての邂逅。あの時、無力と言う言葉の意味を知った。それからの戦いの日々。魔王級以上を倒した事は、終ぞ無かった。一般兵を蹴散らす程度しか、能が無い。それが自分。
知っていた。だから、有我と神無の手を煩わせる事無く運営していたのだ。
ふん
梅の溜め息は、冬の空気を一瞬温め、消えた。




