蹴速と古強者。
対魔蹴速の戦績は、1201勝、1分け、3敗。勝ち星は、蹴速もほとんど覚えていない。負けは、全てシロ戦だ。稽古は数えていない。なので、ジンとの訓練などはカウントされていない。
1分けをもたらしたのは、2つの世で、ただ1人。
古強者。
実力は、上位に位置するが、最強とは言難い。
年齢が年齢のため、スタミナ、瞬発力に欠け、肉弾戦は不可能。取り柄の遠隔攻撃は、超騎士には完全に防がれる程度の火力。
だが、蹴速が有効打を与えられなかった、唯一の人間。
その古強者から、攻撃を受けている。
「やっちゃったかな」
「ああ。とうとう、殺ってしもうたな」
ジンと蹴速は元の世界に居た。日本本部にて情報を受け取り、建物の外に出た瞬間であった。
「亜意達との合流は、後回しやな」
「うん。おれはそれで良いけど。どうするの」
「古強者は敵に回った。殺すしかない」
「そっか」
残念だね。ジンは、言葉にしなかった。
古強者はフランス在住。自宅を蹴速は知っている。そして、古強者の火力では、蹴速には通じない。
それでも攻撃が止まない。
「蹴速」
「大丈夫。ジンはどうする?」
「おれも行くよ」
「そうか」
ジンにとばっちりが行く可能性は、無くは無いが。ジンなら、大丈夫、か。
「行くぞ!フランス!」
「うん!」
2人は空を駆け、一路フランスへ。道中の攻撃回数は、4ケタを超えた。
「どうする?」
「家に入って、じーさん以外を外に出す」
「おっけー」
ジンも、全く知らない間柄じゃ、ない。古強者を介護している家族、一緒に住んでいる者達を避難させる。
蹴速が、今から、古強者を殺すから。
ジンは、そう告げた。
家族は、抵抗をしなかった。
「久しぶり。今まで、散々世話になったな。すまんが、お別れや」
返答は、攻撃であった。
古強者の攻撃は、空間破壊。己自身をも、一時的に破壊し、空間と存在を同じくする事により、あらゆる攻撃から身を守る事が出来る。破壊と創造を操るのが、古強者の作法。それでも、蹴速、超騎士と言ったレベルには、攻撃が通らないのだが。
蹴速は破壊される空をスっと撫でて、押し留めた。蹴速のレベルなら、これで間に合う。
蹴速は、古強者の寝ているベッドへ向けて蹴り込んだ。建物ごと、土台ごと大地にめり込んだが、古強者は寝たままの姿勢で、そのまま居た。
これが、蹴速が引き分けに持ち込まれた理由。あるいは梅と同じ性質の能力。ただ、古強者は、その場から動けない。
だが、今の蹴速は、古強者を殺せる。顔見知りを殺るのは、気が咎めるが。
重玉を、古強者に撃ち込む。古強者は、何時までも自分を破壊したままでは居られない。この重玉は、ほんの数万トンの圧力。蹴速なら毎秒撃ち込む事も出来る。それでも、人体など、原型を留めない。
古強者は、この世から消えた。墓標は、主と共に消えた家だ。
挨拶をせにゃあ。いかんよな。
「すみませんでした。古強者は、対魔蹴速が殺しました。古強者が、何故おれに攻撃を仕掛けたのか、想像は出来ますが、良ければ教えてくれませんか」
「久しぶり、蹴速君」
古強者の、ひ孫さんだ。それでも蹴速よりは、はるか年上だが。
「想像の通り。蹴速君は、大じいちゃんの、ひひひ孫を殺しちゃったの。私も、名前を覚えてなかったくらい遠い親戚だけどね。大じいちゃんは、覚えていたのね。海難事故。あれ、蹴速君のお仕事でしょ?」
「はい。その通り」
「兵なんて、皆、馬鹿なんだから、放っときなさいって、大ばあちゃんが言ってたけど。本当ねえ」
「お騒がせして、すみませんでした」
「家は、無くなっちゃったわね。あはは。でも大丈夫。誰かの家に転がり込んでやるわ。蹴速君。お腹空いたら、寄りなさい」
「はい。是非、そうさせて、もらいます」
蹴速は、頭を下げ、場を去った。
「蹴速。おれの胸を貸してやるよ」
「ああ」
空を跳びながら、蹴速はジンにしがみつき、泣いた。
蹴速は殺した事を詫びなかった。謝っても、古強者は、帰って来ない。そう言う場に、蹴速が送ったのだから。
殺しに罪悪感は無い。だが、迷惑をかけた。それは、謝罪したい。殺した事ではなく、自分の勝手、都合を押し付けた事。兵は自由を尊ぶ。古強者と家族の自由を、奪ってしまった。
ジンは、蹴速を抱きしめたまま、聞いた。
「蹴速。あの人、好きだった?」
「ああ」
好きだった。超騎士と共に、兵のイロハを教えてくれた人。いつだったかは、コッソリ、自分を守っていてくれた。恩人。
面白い、楽しいじーさんだった。
この手で、殺した。
「蹴速くーん!」
「あ」
「・・・グルメ武者さんか」
蹴速達は、まだフランス上空に居た。古強者の家から、数十キロしか離れていない。
「預かりものです!降りてきてくださーい!!」
「行こう、ジン」
「うん」
蹴速とジンは降り立った。
グルメ武者。フランス生まれ、フランス育ち。祖先もたどれるだけたどっても、フランスの外に出ていないと言う、生粋のフランス人だ。日本の武者鎧に身を固め、世界を食べ歩く、もの好きだ。自身で料理をしたりはしない。食べるだけ。
「どうしたんですか」
グルメ武者が敵に回る事は、有り得ないはずだが。
「及ばずながら、古強者との死合、見守っておりましたぞ」
「そうだったんですか」
古強者とグルメ武者。知己であったとしても、驚きは無い。古強者の人脈は兵随一。
あれは、死合では無かった。古強者は、間違い無く自らの敗北を、死を、予期していたはずだ。それでも、身内を殺され、黙っていられなかった。
蹴速に一矢報いるために、子の弔いのために。
蹴速にも、子が出来た。あの子達を害されれば、世界など、容易く滅ぼせるだろう。だから、分かる。
「拙者、古強者殿より承った仕事がござってな。蹴速君へ、と」
何だ?
「遺言状でござる。と言っても、ほんの2週間前に預かったのでござるが」
「ほう」
「蹴速君に殺されたら、渡してあげて欲しい。そう言ってござった」
「受け取ります」
蹴速は、黙って読み始めた。
対魔蹴速様。あなたと初めてお会いした時から、一体どれほどの年月が流れたのでしょう。実際は、ほんの僅かな時間の邂逅。されど、あなたとの時間は鮮烈でありました。当時10才の幼子が、超騎士の結界を容易に貫き、私の攻撃を無邪気に防いでのけた。全く驚嘆と言う言葉を、現実に見てしまった気持ちでした。あなたは、全ての兵の憧れ。故に私はあなたと敵対するのでしょう。私は、守るべきものが多過ぎます。自由なあなたと向き合わざるを得ない。それでも、幸せでした。家族を殺され、それでも、です。この土の上に生を受け、土の上に家と族を設け、その群れのために生きていられた。命を使いきれた。あなたとの決闘で、全て出し尽くせた。そう思えるはずです。最早、敵との戦いから遠ざかって久しいこの老体。それでも、私は兵なのです。あなたなら分かってくれるはず。命は有る事ではなく、生き抜く事が肝要。私の妻は、私より随分早くに死にましたが、残った家族に想いを残していってくれました。私もそうしたい。蹴速様。あなたも家族に残せるものが有るなら、お早く。何時、最高の敵と戦い死ねるか、分かりません。私の新しい夢を紹介しましょう。私の家族が、あなたよりも強くなり、あなたを殺す事です。仇討ちではなく。私より、現時点最強よりも、前に進んで欲しい。それが、私の族であったなら、嬉しいと言うものです。命の命ずるままに生きて死んだ。私の人生を、見送ってくれてありがとうございました。出来れば、あなたの生きる道筋も見ていたかった。私も、あなたのお友達くらいには、なれたのではないかと思っています。あなたの人生に、良き戦い有れ。古強者。
蹴速は、読み終えた。
そして、笑い、言った。
「これぞ、兵」




