兵共の危機。
「今の課題は、ヴァイキング。グリスは、後回しだ」
「うん」
「一応、有我。お前が出るか」
「誰でも行けると思うけどね。今のとこ、ヤマトにも叛意が無い。ボクが行くよ」
「お前ならば、安心出来る。悔しいがな」
「うーん。今の梅ちゃんに、不安要素は無いと思うけど」
以前の梅なら、身体能力が常人に毛の生えた程度だったので、そこは不安ではあったのだが。今の梅は、一皮むけた気がする。
「神無の帰還次第、有我、出てもらうぞ」
「うん。早ければ早い程良いからね」
梅だけでも、魔王陣が味方してくれれば問題無いが。念には念を。
それは当たっていた。
隣国の異変を愉快に傍観していたグリスは、コウチに向けて出発していた。
「驚くかなー」
「アインシェンまで出張っていたのは驚きですが。この船団を見て驚愕しないのは、ヴァイキング位のものでしょう」
大型艦3隻。中型20。大洋を誰はばかる事無く、行く。魔物など、相手にもしない。グリスの船首に、近付けもしない。
全能のゼウス。知恵の女神。力の戦神。勇気の雄神。速さの飛神。技巧の回神。慈愛の雌神。その他、多くの神族を連れての遠征であった。
一度グリスが動き出した以上、支配は時間の問題であるはずだった。
神無達の帰還までは、まだ数週間は有るのだ。危険を知らせる事は、普通は出来ない。
そして、仮にコウチが万全の態勢で迎撃しようとも、グリスには勝てない。
はずなのだ。
「お」
「あれが、グリスなのか?もしかすると」
「かも。梅から、ナインラインやアインシェンから、何かが来るなんて、聞いてないしな」
「どうする」
「敵っぽいし、沈めて生き残ったのを尋問、かなあ」
「良し、そうしよう」
蹴速とキは、船団に襲いかかった。
「なあ、お前ら、グリス?」
「無論。世界最高の軍にして、」
言い終わる前に、船ごと沈んだ。
「向こうから、来ましたね」
「あれー?」
蹴速が次々に蹴り込み、23隻の船は、全てコウチ沖の藻屑になった。
だが、数十人が生き残り、そして飛んでいる。
捕縛にかかった蹴速だが、数人を捕らえるに留まった。それらは、キに渡しておく。
残った者達に話しかける。
「すごいな。まだ生きちゅうんか」
「君は?」
「対魔蹴速。コウチの用心棒よ」
数人は捕らえた。もう、容赦しなくて良い。
にこやかに笑った蹴速は、降参しなかったので、殺しにかかった。
力の戦神が前に出たが、片手で潰された。勇気の雄神がひるまず突っ込むが、もう片手で止められ、そのままひしゃげさせられた。
知恵の女神は、ゼウスを当てなければ、勝てないと思った。
その時には、知恵の女神は、キに捕らえられていた。全く動かない奴。亜意か超騎士のポジション。先に削っておいて良かろう。そのまま心臓を貫かれ死んだ。
速さの飛神、技巧の回神が蹴速を取り囲むが、逆に各々、同時に後ろを取られ、全身を消し飛ばされた。
キは逃げにかかった慈愛の雌神を追撃する事に成功。
残り、1人。正確には、数十人だが、腕を組んでこちらを見ている1人が、危険だ。蹴速の目にも。
「キ、残りを頼んだ」
「ああ」
キは蹴速の意思を正確に汲んだ。その1人以外を殺し回る。
「ひどいことするなあ」
「ああ。ついでに、お前も死んでくれ」
「ヤだよー」
蹴速は、そこそこの速度で蹴り込んだが、防がれた。
「ほう」
間髪入れず、1秒で千蹴。
だが、止めた。
「痛い痛い」
「やるなあ」
蹴速は本気になっていない。とは言え、有我でも防ぐのは難しいだろう攻撃。魔王クラスか。
「もう、いいや。死んじゃえ」
ゼウスが手を振りかざした。
ゼウスとしては、生かしておきたかった。ぜひとも、家来に欲しかった。先程死んだ者達の代わりが、十分務まるだろう。
神の雷。
中つ国の連中も使える技だが、それとは、多少ケタがちがう。
まともに浴びた蹴速は、雷を手から逃がすのに、必死だった。
「怖いであ」
「効かない?」
「いや?受けたら効くわ。雷が落ちた瞬間に、手から放電したんよ。雷なんて何度も見た事有るしな。まあ、出来るわ、それ位」
「すごいなあ」
言いつつ、ゼウスは炎を吐き出した。
蹴速は拳を突き出し、押し返した。
「速度が足りん。そりゃ、押し返されもするわ」
口では言いながら、蹴速は楽しかった。
こいつ、面白い。
キは、蹴速が楽しんでいるのに気付いた。闘技の喜び。
微笑ましい。殺した神族の血をすすりながら、キは嬉しんだ。
蹴速が重玉を放り投げる。避けたゼウスの真横にボールが到達した時、蹴速は蹴りの圧力をその空間に入れる。
炸裂した億トンの重圧。キは蹴速の後ろに入り、避難。
ゼウスは全身を押し潰されていた。
「痛ったい」
回復していた。
「本当に、すごいな」
ミニシロ、と言うべきか。
どうしよう。生かして、これからも戦いたいが。それは、舐めすぎか。
己の油断を戒めた蹴速は、本気でゼウスに突っかかった。
マッハ50の速度で全身を蹴り込み、原型を留めぬように折りたたんだ後、重玉を食らわせる。更にひしゃげる。
100兆トンの重玉に全てを吸い込ませ、塵以下にする。
これで復活するなら、面倒だが。太陽にでも、縛ってくるか。
復活、しない。
残存するパーツが余りにも少なければ、復活しないのか。
良いヒントになった。これなら、シロに勝てるかも知れない。
ただ、シロには、こんな重玉は効かない。全開の蹴りですら、一時的に心臓を止めるだけ。もっと、蹴速自身が強くならなければいけない。
楽な道は無い。
苦笑した蹴速は、キと共に生き残りをコウチに連行した。
先日のヴァイキングの船付近を調べていたら、大物に出会ったものだ。楽しかった。
子供の誕生記念に、ついでにクジラなど獲ろうと思っていたが。クジラは、また明日。
グリス制圧は、これで容易になったはず。おれも、あいつらの役に立てただろうか。
この世界の、およそ4分の1は支配の目処が付いた。
アインシェンは既に支配下。ヴァイキングは戦争にすらならない。グリスは先程、戦力を失った。
蹴速の知識に有る、元の世界の地理。まだアジアの半分、アフリカ全て、アメリカ大陸のほとんど。それらは手付かずだ。ロシアもか。
グリスの生き残りを、本部、梅に引渡し、帰宅。
庭で亜意がシロと話している。何だろう、子供の育て方とかだろうか。
邪魔をしないようにしよう。
グリスの強さを、魔王達、子供達に聞かせる。まだ、1人で飛んで行ってはいけない。ちゃんと、親と一緒にお出かけするように。
蹴速なりに、子を守ろうと思うが、どうすれば良いのか。分からない。
自分は、物心付いた時には両親に連れられ世界中をうろついていた。それで、何となく戦い始めたのだったか。
運良く生き残れた。自分より強い奴と戦わずに済んで。もし、あの頃に。魔王、いや、ヤマトのあいつでも、グリスの今回の奴らでも、戦っていたなら。死んでいたのは、おれの方。
実際問題、勝負は時の運。
現在、たまたま強いおれが、勝っているに過ぎん。それに、もしも、シロが本気なら。もう死んでいる。
子を守るには、どうすれば良いのか。幸運を祈るしか、蹴速には思い浮かばなかった。
祝寝のアドバイス、魔王達の庇護が無ければ、蹴速だけではどうにもならなかっただろう。世の、親達は、すごいものだ。
「お願いします!」
「おっけー」
特盛は切り込む。普段の稽古用の剣。斬場刀とは、全く勝手がちがう。それでも、斬場刀より軽く、早い取り回し。即ち。
速い。
有我はそれなりに、気を入れて相手した。かなり迫力が出てきた。威圧感は、それまでも決める時など、とても雑兵とは言えないレベルで有ったものだが。今は、3名家の足元に来ている。
特盛は、有我に相手をしてもらって、より有我の強さが分かった。
先日のブルーランドの強者もそれなりだった。特に足は、己より速かった。それでも、ここまでどうにもならない事は、無かった。
化け物が!
特盛は動きの鋭さはそのままに、威力を増して斬った。有我の剣はへし折れた。
まだ!
以前も同じ事が有った。あの時は喜びの感情が溢れそうになった瞬間に、ぼこられ、気絶する前に、あ、ごめんねー、と言う有我の言葉を子守唄としたのだった。
だから、油断は一切していなかった。なのに。有我は消えた。
「本当に強くなったね」
ぜお
特盛は全力を込めて体をひねり、真後ろから聞こえた声の主をぶち殺しに行った。
「殺る気満々じゃない。怖いなあ」
ここまで、有我の姿を特盛は、見失ったままだ。
完全に背後を取られ続けている。回転を、特盛は止めていないのに。
レベルに差が有り過ぎる。
一瞬。ほんの一瞬、特盛が強さを考えてしまった、その時。
とん
眼前に有我が居た。そして、額に拳が軽く当たった。
特盛は無意識に自分でも足に力を入れ、上体の力を抜き、跳んだ。結果、300メートル程、吹っ飛んだ後、両手で、地を受ける事に成功した。
「ありゃ。気絶は、させるつもりだったんだけどなあ」
自分で跳ばなければ、首から上が無くなっているのではないか、特盛は思った。
しかも、起き上がれない。視界がブレ続け、足腰に力が入らない。
有我が剣を突きつけてくる。だが、それを、特盛は、視認出来ていない。
「ん?亜意ちゃん呼んで来るね」
有我は気付いた。特盛が立てなくなっている事に。
亜意に癒してもらい、風呂に。今日の鍛錬はオシマイ。
「強すぎる」
風呂で、ぼそりと呟く。
全く勝てる気がしない。
「そうか?」
「特盛君も、良く頑張ってると思うよ」
「居たのかよ!」
先客が居た。どうやら、浴槽の中で、潜水をしていたようだ。息を止めて。キとモモ。
「お前ら、それで遊べるのか?」
「ん?にらめっこぐらい、誰でもやるだろう?」
「ああ。それか」
「何と思ったの?」
「おれ達が、子供の頃にやったのは、風呂の中で息止めるの。それで、早く顔上げた方が負け」
「なるほどな。確かに、それをおれ達がやっても、勝負は付かんな」
「うん。水中だからって、苦労もしないしね」
「すげえよなあ」
「なんだ。悩みでも有るのか」
「悩みって言うか。まあ、有る、のか」
「聞くよ。家族だもん」
特盛は湯船のふちに体を預け、天井を見上げつつ、話した。
「おれも、結構戦った。そりゃ、歴戦の人達に比べたら、どうって事はない数だ。それでも、濃い戦闘だったと思う」
「うむ」
「なのに、有我さんには、勝てる気がしねえんだ。3名家と言ってしまえばそれまで。パンピーの家のおれが、ハナっから勝てるわけは、ねえ。でも、でも」
「すごいねえ。特盛君は」
「あ?何が」
「絶対に勝てない相手なんでしょう?それは、私が魔神様に勝負を挑むような事、なんでしょう。本当にすごいわ」
「ああ。有我は強い。我々を、恐らく殺せる。アカなら勝てるだろうが」
「だからって、よお。おれ、これ以上、強くなれるんかなあ」
特盛は、少し涙ぐんだ。ので、風呂に顔を沈めた。
ぶくぶく
ざばあ
「もう上がるのか」
「ああ。って、そう言や、マキは?」
「お昼寝。まだ起きていないぞ」
「一緒に入るんだろ?」
「それがな。もう、1人で入れると言い出してな。子供同士で入るようなのだ」
「寂しがってたよね、アカ」
「アカはまだ、一緒に入っているだろう。アオミドリなんかは、一緒に入ってあげないと、とマオミドリに思われているようだな」
「へええ」
子供達。まだ、生後数ヶ月のはずだが。
大きくなってるなあ。
特に、マクロとマキは親に似て、大人びている。
・・負けて、られねえ。
「先に上がるぜ」
「ああ」
「うん」
やる気になった?
ああ。何がきっかけかは、知らないがな。
風呂場の声を聞き流しつつ。特盛は風呂上がりの牛乳を飲み干し、晩飯に挑む。まだ本調子ではない、海鶴と己黄の代わり、は出来ないが、それでも祝寝の手伝いだ。
子供の前で、恥ずかしい真似は、出来ねえ。泣き言なんてよう。
晩飯食い終わったら、筋トレ。もっと上手く斬場刀を使えるように。
斬場刀の持ち主としても、胸を張れるように。
「軽兵がやられた?」
「全治半年。生きてはいますが」
無双双児の下に来た情報。
蹴速並みの相手が、出現したのか。いや、生きているなら、まだマシか。
だが軽兵と無双双児に、実力差は、ほぼ無い。むしろ地球上では、軽兵のが上かも知れない。
「情報が欲しい。お見舞い行くぞー!」
「ええ。その通り!」
無双双児は、軽兵が入院しているロシア中央部の病院へ向かった。
「やっほー」
「お邪魔します」
「おー。お前らか。久しぶりだな」
軽兵は、意識が有った。
「大丈夫?誰にやられた」
「仇討ち、では有りませんが。私達に取っても、無視は出来ません。排除して来ましょう」
軽兵は言いよどんだ。蹴速が居れば。こいつらだけでは、死なせるだけに。
「大丈夫。蹴速を呼んでから行くから」
「ええ」
「そうか。それなら安心だ」
嘘だ。
この場の全員が分かっていた。そんな聞き分けが良かったら。無双双児などと呼ばれていない。
それでも、聞く意思。一度は言うのを渋った軽兵の口を開かせる以上。こいつらにも、死ぬ気は有るのだ。
「正直に言うと、分からん」
「後ろから襲われた?」
「いや。真正面。だが、構える前に気絶させられた」
「へえ。とんでもない腕前だね」
本当に蹴速並みか。
「しかし、真正面で、見ていないとは?」
「おう。見るには見た、のだろうが。おれの視界には、確かに、敵は居なかったんだ」
「だが、正面から、衝撃が来た?」
「そう。だから、おれは敵を見えてないんだ。正面から衝撃が来たのは、間違い無い。それは賭けても良い」
無双双児は鵜呑みにした。軽兵の賭けても良い。これは、軽兵の命の次に大事な金銭を賭けると言う意味。軽兵はギャンブルの類は決してやらない。それでいて万年金欠なのだが。
「分かった。油断のならない相手なんだね」
「ああ。出来れば、蹴速を呼んで来い。おれは、もう一度やっても勝てる気がしねえぞ」
「分かりました。情報提供ありがとうございます。これは、お見舞いです」
飾り気の無い、茶封筒。
「ありがてえ!良いのか?」
「治療費です。そして、相手の情報代でも有ります」
「お大事に!また一緒に働こうな!」
「ああ!お前らも死ぬなよ」
「では、また」
無双双児は帰って行った。
若干の悔しさは、残る。まさか、今更蹴速を追って最強になりたいなどとは、思っていなかったが。
こうも圧倒的にやられるなんて。
蹴速ならともかく。
金にならない事はやらない主義だが。今回の敵には、個人的にリベンジが必要だ。
病院を出た無双双児は、軽兵に言われた場所に向かった。
ロシア都市、モスクワ。
「こんな人混みで?」
「白昼堂々。余程の自信」
適当にぶらつく。半袖の自分達は珍しそうだ。
近付いてくる者が有るが、ただのナンパだった。適当にあしらった。
「さっきの良かったね」
「そうですか?蹴速様のを参考にしたのですが」
「うん」
適当にあしらわれたナンパ男は、30階建てビルの屋上まで、蹴り飛ばされていた。恐ろしい事に、屋上で尻餅を付いた以外、ダメージは無かった。ただ。本当に屋上で、帰る手段は無かった。携帯でレスキューを呼び、ちょっとした騒ぎになった。どうやって登ったのか?
全世界、何処に居ても相変わらずの無双双児は、出会った。
「あいつかな」
「ええ」
強い。分かる。蹴速と、魔神と触れ合った自分達なら。
しかし、軽兵も決して油断をするタイプの兵では無い。
無双双児の片割れが、倒れた。
次の瞬間には、全方位に気を放ちカウンターを取ったもう一方の片割れ。
しかし、潜り込まれていた。
無双双児は、落ちた。
「なんだ、お前」
「・・・・・・」
声をかけたのは1人。だが、その男の後ろには、100人を超える群れ。
それ以上、声もかけず。無双双児を襲った者に突っ込む100人。
だが、そいつは逃げた。
「おいおい。蹴速かよ」
男は群れに言いつけ、無双双児を病院へ運ばせる。奇しくも軽兵と同じ病院へ。
「警戒を張れ。蹴速並みのが、うろついている。幸い、死人は出ていない。そして、民間人の被害者も無し。襲われたのは名の通った一流の兵のみ。つまり。狙われてるのは、おれ達だ」
全世界の本部へ通達が下った。
対魔蹴速を想定し、警戒に当たれ。
そんな事は、不可能なのだが。




