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第三章 似合うのに、選ばれない

真姫の代役を務めたライブから、しばらくして。


次のコンセプト企画について、資料が共有された。


今回は6人のコンセプトメンバーによる楽曲。


テーマは――クラシカル。


上品。


優雅。


所作の美しさを見せる振付。


衣装も、立ち姿や身体の線が綺麗に映えるデザインになるらしい。


説明を聞くほど。


夏鈴の胸の奥が、少しだけざわついた。


「これ、夏鈴じゃん」


隣で楓花が小さく言った。


夏鈴はすぐに笑う。


「そうかな」


「そうでしょ。むしろこういうの夏鈴じゃなかったら誰って感じ」


「言いすぎ」


「いや、本当に」


前の席から紡まで振り返る。


「私もそう思う」


「紡まで?」


「だって、立ってるだけでお嬢様じゃん」


「それ褒めてる?」


「かなり」


少しだけ、嬉しかった。


でも。


期待しすぎないようにする。


そういうときほど、あとで苦しくなるのを知っているから。


夏鈴はなるべく軽く受け流した。


「まだ何も決まってないし」


そう言った。


自分に言い聞かせるように。


◇


数日後。


振付確認のため、一部メンバーが仮でフォーメーションに入ることになった。


「桃澄さん、ちょっとここ入ってみてもらえる?」


振付の先生に呼ばれて、夏鈴は前へ出る。


「はい。ここですか?」


「そう。二列目だけど前寄り。所作見たいから」


「分かりました」


音が流れる。


腕を上げる。


手首を返す。


一歩だけ前へ。


振り返る。


夏鈴は、力を入れすぎないようにした。


形を作りすぎず。


でも雑にもならず。


自分の中で一番自然な線を探す。


曲が止まる。


先生が少し笑った。


「うん。やっぱ桃澄さん、こういうの合うね」


胸の奥が跳ねた。


「ありがとうございます」


「止まったときが綺麗なんだよね」


衣装スタッフも近くで見ながら言う。


「こういうシルエット、夏鈴ちゃんかなり映えそう」


またひとつ。


期待してしまう理由が増えた。


その日の終わり。


莉歌が横を歩きながら言った。


「これ、さすがに今回はあるんじゃない?」


夏鈴はすぐに首を振る。


「やめてよ」


「何が?」


「そういうこと言うの」


「期待するから?」


「するから」


莉歌は少し笑った。


「もうしてるでしょ」


夏鈴は何も言わなかった。


否定できなかった。


◇


それから何度か、仮の立ち位置で練習した。


スタッフから、


「いいね」


と言われた。


「こういうの似合う」


とも言われた。


メンバーからも、


「夏鈴っぽい」


と言われた。


そのたびに。


今回はあるかもしれない。


そんな気持ちが、少しずつ大きくなっていった。


いつもなら。


期待しないようにする。


名前が呼ばれなくても、


「まあ、そうだよね」


で済ませられるように。


でも今回は。


できなかった。


帰り道。


夏鈴はぼんやり考えていた。


もし選ばれたら。


衣装を着る。


告知写真に並ぶ。


自分の名前が載る。


ファンが、


「おめでとう」


と言ってくれる。


その想像をしてしまった。


途中で恥ずかしくなって、一人で少し笑う。


「……何考えてるんだろ」


でも。


嬉しかった。


まだ選ばれてもいないのに。


◇


正式発表の日。


夏鈴は、いつもより少しだけ落ち着かなかった。


背筋を伸ばして座る。


膝の上で指を重ねる。


名前が呼ばれていく。


一人。


二人。


三人。


まだ。


四人。


五人。


あと一人。


夏鈴は息を止める。


今回は。


もしかしたら。


いや。


きっと。


最後の名前が呼ばれる。


――違った。


「以上、6人です」


部屋に拍手が起こる。


夏鈴も拍手した。


ちゃんと。


笑った。


「おめでとう」


言えた。


でも。


そのあとの音が、少し遠く聞こえた。


◇


発表が終わり、廊下に出る。


「夏鈴」


楓花が追いかけてきた。


「なに?」


「……ごめん」


「なんで楓花が謝るの?」


「私、絶対あるって思ってたから」


夏鈴は少し笑う。


「私も思ってた」


その言葉を口にした瞬間。


胸の奥が崩れた。


あ。


本当に期待してたんだ。


そこで初めて、自分でも気づいた。


「大丈夫?」


楓花が聞く。


いつもなら。


「大丈夫」


と答える。


でも。


今回は、すぐには言えなかった。


「……ちょっとだけ」


夏鈴は目を伏せる。


「一人になりたい」


楓花は何も聞かなかった。


「うん」


それだけ言って、離れていった。


◇


レッスンルームに戻る。


誰もいない。


机の上には、今回の資料。


衣装案。


構成案。


世界観。


全部、自分に合うと思ったもの。


ちゃんとできた。


スタッフにも褒められた。


似合うと言われた。


それでも。


選ばれなかった。


夏鈴は資料を見つめる。


「……じゃあ、何なら選ばれるの」


声が小さく漏れた。


歌じゃない。


ダンスじゃない。


センターじゃない。


じゃあ。


所作。


雰囲気。


優雅さ。


それなら。


今回は。


そう思ったのに。


違った。


「何が足りないんだろ」


分からない。


それが苦しかった。


できないなら、できないと言われたい。


歌なら練習する。


ダンスなら練習する。


表情なら研究する。


でも。


何も分からないまま。


毎回、名前だけがない。


「……どうしたらいいの」


そのとき。


ドアが開いた。


「まだいた」


紡だった。


夏鈴は振り返らない。


「うん」


紡は隣まで来て、少し離れたところに座る。


しばらく何も言わなかった。


その沈黙が、今はありがたかった。


「ねえ、紡」


「なに」


「私、何が足りないと思う?」


紡は少し考えた。


「分かんない」


夏鈴は苦笑する。


「みんなそれ言う」


「だって、選ぶ人じゃないし」


「そうなんだけど」


夏鈴は資料を閉じた。


「でも、理由ほしい」


「うん」


「私、今回ちゃんとできてたよね」


「できてた」


「似合ってた?」


「似合ってた」


「じゃあ、なんで?」


紡は答えない。


夏鈴も。


答えが出ると思って聞いたわけではなかった。


ただ。


言いたかった。


「できても届かないって、どうしたらいいの」


その言葉が出た瞬間。


夏鈴は少しだけ泣きそうになった。


紡は、しばらく黙っていた。


それから。


「それは、キツいね」


と言った。


「うん」


「悔しい?」


「悔しい」


「悲しい?」


「ちょっと」


「腹立つ?」


夏鈴は少し笑った。


「それも、ちょっと」


「じゃあ全部じゃん」


「そうかも」


少しだけ、空気が軽くなった。


でも。


胸の奥の痛みは残っていた。


◇


「そういえばさ」


紡が急に言った。


「ローザって呼ばれてたんでしょ?」


「今その話する?」


「気になったから」


夏鈴は笑う。


「そうだよ」


「覚えやすそう」


「うん。かなり」


「今の名前より?」


「たぶん」


「じゃあ、ローザの方がよかった?」


夏鈴は首を振った。


「ううん」


即答だった。


「今の方が好き」


「なんで?」


夏鈴は少し考える。


「ちゃんと私の名前だから」


「ふーん」


「ふーんって何」


「いや、なんか夏鈴っぽい」


「どういう意味?」


「分かんない」


「適当」


二人で少し笑う。


でも。


夏鈴はそのあと、小さく続けた。


「だからさ」


「うん」


「この名前で選ばれたい」


紡が夏鈴を見る。


「桃澄夏鈴って」


一度。


ちゃんと。


最初から。


誰かの代わりじゃなく。


穴を埋めるためでもなく。


「この子がいい」


そう思って。


呼んでほしい。


「私、一回くらい最初から選ばれたい」


紡は少しだけ笑った。


「じゃあ、まだ終われないじゃん」


夏鈴も笑う。


「うん」


そして。


少し間を置いて。


「終わる気はないよ」


そう言った声だけは。


自分でも思ったより強かった。



ーー続く

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