伊勢の大巫女の思惑
伊勢の大巫女の思惑
ケヤキの木は、関東の木であった。
行田にあったこの木は幹が10メートルに及び、樹高は30メートルに及んだ。
風が呼ぶあらゆる事象をこの木は根を通して、巫女に伝えていた。
リーダーが行った共闘の成果を教えてくれた。
巫女はこの木の根が飛び出していた所に小屋を作っていた。
そして木の根と会話をし、その礼として、青い炎を抱くのであった。
普段は巫女がこの小屋に閉じこもり、集落の女が世話をやき、リーダーが相談する。
それが日常だった。
北川辺の辺りで始まった湿地帯の米作は、徐々に湿地から普通の田に変わっていっていた。
さらに、ケヤキの集落や権現堂の近辺でも米作が進んできていた。
米は、食糧事情に僅かだが、有効であった。
人口の増加にも役立った。
その役割は女が行っていた。
それでも、米に頼るような所はなく、相変わらず共闘での狩猟が中心だった。
伊勢の大巫女は、そんな米作りが進む北川辺らの集落の動きを見ていた。
何故、弥生化が進まないのか?
三殿台の族長は、諦めている。
何かが足りない。
近畿圏の勢力が力をますと、弥生化が進めば、それで近畿圏の勢力に従う。
伊勢で育てた巫女の卵が、次々に送られ、それが事実として、弥生化を促進していた。
しかし、北川辺は、米作は進むが、弥生化にはならなかった。
紀元前1世紀になっていた。
相変わらず、弥生化は、進まなかった。
しかし、湿地帯は乾燥が広がり、田んぼも増えていた。
それは千葉でも同じであった。
田んぼは増え、食料事情は良くなり人口は増えていた。
さらに千葉では、近畿圏の影響は、希薄だった。
伊勢の大巫女は、巫女の卵を北川辺の大巫女のところへ送ることにした。
三殿台の族長を通して、巫女の卵を北川辺の大巫女の所で修行をさせたいと伝えた。
北川辺の大巫女は、拒絶することなく、承諾した。
伊勢の大巫女は、しめたと感じた。
伊勢の小屋にいる巫女の卵を見渡し、一人の巫女の卵を選んで北川辺に向かわせた。
伊勢から大きな舟で、まず三殿台へ向かった。
大きな舟で三浦半島を越えると、遠くに、平和が広がっている。
初めて見る、大きな平野は、巫女の卵にとっても、その先に山のない初めて見る景色だった。
ワクワクした気持ちが広がっていた。
その時、空高く鷹が飛んでいた。
巫女の卵は、それには気が付かず、前だけを見ていた。
風は、吹いていなかったが、波が静かに舟を押していた。




