共闘のその後
共闘のその後
ケヤキの小屋では、巫女がケヤキの根を撫でながら、ニヤっとした。
(リーダーが共闘を成功させたな)
根から手を離し、焚き火にパッと手を伸ばすと、ボォッと青い炎が立ち上った。
北川辺の広場では、大巫女が皆を迎えた。
狩りの成果を持ち帰った者どもが大巫女にお辞儀すると、集まった民達がウォーッと大きな声を上げた。
「皆のもの、共闘が上手くいったな。ご苦労であった。」
再びウォーッという声が広がった。
北川辺と権現堂で五匹ずつ、ケヤキは三頭を持って、丸木舟で別れた。
別れ際、リーダーは深く頭を下げた。
「皆様、ご苦労様でした。また共闘を計画しますので、今後とも宜しくお願い致します。」
権現堂の巫女がすかさず切り返した。
「リーダー、良い手はずであった。ご苦労。」
北川辺の親父たちも満足げに頷き、皆が喜んでいた。
リーダー達は丸木舟でケヤキの集落に戻った。
老人小屋の前の広場に三頭のシカをドカッと置くと、巫女や女達が集まり、解体を手伝いながら笑い声が広がった。
「リーダー、上手くいったみたいだね。皆はどうだった?」
ケヤキの巫女が聞いた。
「巫女様、皆は喜んでいた。五頭ずつ北川辺と権現堂に分けられた。」
老人達や女達が大きな声で笑った。
解体はたちまち終わり、肉を分け、燻製用の肉は老人達が受け取った。
このシカの共闘は冬いっぱい続き、春になるとイノシシ、夏には水鳥を狙うことになった。
ケヤキの集落での竹弓づくりも皆が覚え、竹弓の威力にも慣れてくると、力強く発展した。
三殿台からの交流も盛んになり、交流の中心は北川辺となった。
シカ狩りの結果も三殿台に伝わり、北川辺への移住の話は消えていた。
しかし、三殿台では、水利の能力を持った者や焼き物を作る者らが、族長を通さず北川辺にやってきて、湿地帯での米作りや焼き物の窯を構え始めた。
これまでの焼き物より薄く丈夫な器が作られ、徐々に米作りと技術が広がっていった。
大巫女は、そのような者どもを拒絶せず、自由にさせていた。
北川辺、権現堂、ケヤキの集落では縄文の理が崩れることはなかった。
しかし、伊勢の大巫女は違っていた。
三殿台に巫女の卵を送りつけた後、北川辺の様子を族長に尋ねた。
族長は
「北川辺では移住しての弥生化は出来ない」
と返事をしてきた。
伊勢の大巫女はフクロウを飛ばし、北川辺や権現堂、ケヤキの集落を見て回った。
徐々に米作りが動いていることは理解していた。
それでも族長が言う
「弥生化は無理」
という言葉に、違和感を覚えていた。
関東から遠い伊勢の大巫女の小屋では、竹林が風に吹かれてザワザワとしている。
屋根に止まったフクロウは目をつむり、風に吹かれ静かにしていた。




