第9話 人類最強の聖騎士、尋問をする
夜襲が終わった後の野営地には、再び静けさが戻っていた。
もっとも、穏やかな静けさではないのだが。
焚火の周囲では、護衛騎士たちが剣を手放さずに警戒を続けている。
馬たちも落ち着かず、時折、不安そうに鼻を鳴らしていた。
そして少し離れた場所。
木に背を預けるようにして、二人の刺客が縛り上げられていた。
短剣を持っていた男と、杖を持っていた男。
どちらもソフィアに叩きのめされたせいで、見た目だけなら随分と大人しかった。
「……それで」
ルナリスは焚火の前で腕を組む。
「これから、あの二人を尋問するの?」
「はい」
ソフィアは即答した。
「聞くべきことが多くあります。所属。命令者。橋を壊した者。灰狼へ首輪を付けた者。そして、先ほど逃げた弓使いの行き先」
「盛りだくさんね」
「そうですね。そして彼らはプロです。一夜かけても聞き出せるかどうかは正直分かりません」
「そこは私も分かるわよ」
ソフィアは少しだけ間を置いた。
「ルナリス様」
「何よ」
「ご同行願えますか」
ルナリスは目を丸くした。
「私が?」
「はい。理由は三つ」
そう言って、ソフィアは三本指を立てた。
「彼らは人間の魔術を使い、魔族の言葉を扱いました。さらに、首輪には人間製の魔具が使われていました」
ソフィアは、縛られた二人を見る。
「今回の案件は私の知識内を超えています。それは当然、見落としが起きるということです」
「……あんたが?」
「はい」
「人類最強の聖騎士様が?」
「私は斬ることと、守ることが専門です。魔力が絡むことについては、ルナリス様の方が優れていると判断しています」
ソフィアは真顔だった。
「よって、私はルナリス様に支援を要請します」
ルナリスは、ほんの少しだけ言葉を失った。
魔族だから。
魔王の娘だから。
そんな理由で、恐れられたり、警戒されたりすることは何度もあった。
だが、自分の知識を必要だと言われたのは。
意外にも、初めてだったかもしれない。
「……全く、あんたは堅いわよ。お堅い」
「私が、ですか?」
「こういう時は一言で良いのよ。『手伝ってください』ってね」
それは、ルナリスが言って欲しい言葉ランキングでも上位に位置する言葉であった。
今の状況をダシにしている訳ではない。自然と、そういう言葉が欲しかっただけなのだ。
ルナリスは外套の裾を整えた。
「分かりました。言い方を変えます。ルナリス様、手伝ってください」
「そこまで言うなら、手伝ってあげるわ。あんた一人だと、相手の腕を折って終わりそうだもの」
「それが効果的ならそうしますが」
「やっぱりそうじゃない!」
「待ってください。私だって学んでいます。情報を聞き出したあとに反抗の意志があるなら、折るつもりでした」
「ほーら! やっぱり物騒だった!」
◆ ◆ ◆
二人の刺客は、焚火の前へ連れてこられた。
護衛騎士たちが周囲を囲む。逃げ場はない。
短剣を持っていた男が、ゆっくりと目を開けた。
「……魔族の姫と、聖騎士が仲良く尋問か」
「仲良くはありません」
ソフィアが即座に訂正した。
「ですが、協力関係です」
ルナリスは少しだけ口元を緩める。
「何よ。それなら最初からそう言えばいいじゃない」
「最初から言っているつもりでしたが……」
「分かんないのよ! もっとストレートに言いなさい!」
短剣の男は、吐き捨てるように笑った。
「聖騎士が魔族へ頼るとはな。人類も堕ちたものだ」
その瞬間。
ソフィアの碧い瞳からハイライトが消えた。
「質問します」
声は静かだった。
「貴方たちの所属は」
「答えると思うか?」
「答えないなら、次の質問へ移ります」
「何?」
「命令者は誰ですか」
「だから、答えるわけが――」
「橋を壊したのは貴方たちですか」
「……」
「灰狼の首輪を作ったのは誰ですか」
「……」
「あの弓使いは、どこへ行きましたか」
「……」
ソフィアは、一つずつ淡々と尋ねる。
短剣の男は黙ったままだ。時折、杖の男にも視線をやる。
だが、ソフィアは急かさない。
怒鳴らない。剣にも手をかけない。
ただ、まっすぐ相手を見る。
「答えないの?」
ルナリスが小声で尋ねる。
「待ちます」
「それだけ?」
「暴力で済むならそうしています。ですが、彼ら相手にはそれは無意味でしょう」
「何、その怖い経験則」
「戦場での義務教育です」
「絶対にもっと詳しく聞いたら駄目なやつね」
杖を持っていた刺客が、ふいに笑った。
「無駄だ。俺たちは何も話さない」
「そうですか」
ソフィアは頷く。
「では、朝までこのままですね」
「何?」
「食事も水も出します。怪我の手当てもします。生きたまま、ずっと待ちます」
「……何をするつもりだ」
「何もしません」
ソフィアは真顔で言った。
「ですが、貴方たちが話せるようになるまで、私は質問を続けます」
その表情には、強い意志が込められていた。
「それを何日でも?」
「はい」
「……」
いっそ殴ってくれたらそれでよかったのに。刺客たちはそう思った。
これは尋問でも拷問でもない。だが、待つという時間がいったいどれくらいの時間になるのか。それが分からない。
人々が出口のないトンネルに不安を抱くように、この時間に対し、刺客達は徐々に不安感が募ってきていた。
ルナリスは、少しだけ刺客たちを気の毒に思った。
殴られるより嫌かもしれない。
そんな哀れな刺客達を眺めている――その時だった。
「待って」
強烈な違和感。
ルナリスが、杖の刺客の胸元を見る。
黒い外套の隙間。
鎖骨の下あたりに、細い赤い線が浮かんでいた。
まるで、何かの文字のように。
「ソフィア。そいつを問い詰めないで」
「理由を」
「術式がある」
ルナリスの赤い瞳が、鋭く細まる。
「口封じの呪いよ。命令者の名前や拠点を話そうとした瞬間、魔力が暴走するように組まれてる」
「自害用の術式、ということですか」
「いいえ。どちらかというと、抹殺用ね。なんせ、術者を内側から焼く術式だから」
「なるほど」
ソフィアはすぐに杖の刺客の背後へ回った。
「動かないでください」
「何を――」
刺客が身をよじる。
だが、ソフィアは片手で肩を押さえただけで、男の動きを完全に止めた。
「ルナリス様。その術式を解除できますか?」
「……やってみる」
「お願いします」
ルナリスは刺客の前に膝をついた。
自分が頼られている。
先ほどから、その事実が少しだけ胸に残っていた。
「動かないでよ」
「魔族に頼るのか、聖騎士……!」
すると、ソフィアは刺客の髪をぐしゃりと掴み上げる。
「黙っていてください。死にたいなら、存分に暴れさせてあげますが?」
「命令するな!」
「うるさいわね!」
ルナリスは手をかざした。
赤い魔力が、刺客の胸元に浮かぶ呪刻へ触れる。
「――『月影よ、囁く者の唇に人差し指を』」
赤い光が、呪刻をゆっくりと覆っていく。
黒い術式が抵抗する。小さな火花が散り、刺客の身体が震えた。
「っ、ぐ……!」
「大丈夫?」
「大丈夫、なわけあるか!」
「それはそうね」
ルナリスは歯を食いしばった。
「でも、暴走させない。あんたたちに勝手に死なれたら、私たちが困るのよ」
赤い光が強くなる。
黒い呪刻が、一文字ずつ薄れていく。
そして。
パチン、と。
小さな音を立てて、術式が消えた。
「……解除、成功」
ルナリスは大きく息を吐いた。
ソフィアはすぐに刺客の拘束を確認し、次にルナリスを見る。
「怪我はありませんか?」
「ないわ」
「体調に変化は?」
「ない」
「本当に?」
「……少しだけ眩暈があるわ」
「なら、今すぐ休んでください」
「今、褒めるところじゃない?」
「褒めます。ですが、まず安全確認です」
「ほんっと、あんたは」
ルナリスは呆れたように笑う。
ソフィアは刺客へ向き直った。
「では、質問を再開します」
杖の刺客は、先ほどまでよりも明らかに顔色を悪くしていた。
「……黒い仮面の男だ」
ぽつりと、男が言った。
何故喋ったのか、ソフィアは聞かなかった。どんな心境の変化があったのかは分からない。
ただ、ソフィアにとっての真実はこうして事情を話してくれていることだけだ。
「俺たちに命令したのは、黒い仮面をつけた男だった」
ソフィアの目が細くなる。
「名前は?」
「知らない。名乗らなかった」
「特徴は?」
「たぶん、王都の人間だ。お前らの旅程を書いた紙を持っていた。橋が落ちれば、お前たちが灰狼の森を通ることも知っていた」
その事実はどれだけ驚愕の内容だったことだろう。
だが、ソフィアは表情を崩さない。
「王城の内部に協力者がいる可能性が高いですね」
「高いどころじゃないわ」
ルナリスが言う。
「旅程を知っているだけじゃない。橋を落とすタイミングまで合わせている。かなり上の人間が関わっているわ」
短剣の男が、悔しそうに歯を噛んだ。
「俺たちは、和平を止めるために雇われただけだ。あの仮面の男は言った。魔王の娘がラディアへ着けば、もう戦争は終わる。だからその前に殺せ、と」
「随分と警戒されているのね。……あの弓使いは?」
ソフィアが尋ねる。
「次の宿場町へ向かった」
「目的は」
「知らない……。ただ、あいつは言っていた。お前たちが次の宿場町に着く前に、準備を終えると」
野営地に、重い沈黙が落ちる。
次の宿場町。
そこに、また敵がいる。
ルナリスは少しだけ唇を噛んだ。
「……面倒ね」
「ええ」
ソフィアは短く答えた。
「ですが、情報を得られました」
「前向きね」
「生存率を上げる情報ですので」
「はいはい。大切ね」
ソフィアは護衛騎士へ向けて言った。
「二人を厳重に監視してください。彼らは重要な証人になります。朝になり次第、王都へ戻す部隊を分けます」
「ソフィア殿。ですが、護衛戦力が減ります」
「問題ありません」
ソフィアは、まっすぐルナリスを見る。
「私とルナリス様がいます」
ルナリスは一瞬、言葉を失った。
「……何よ。それ」
「事実です」
「急に格好つけないでよ」
「格好をつけたつもりはありません。私の戦力ならば、ルナリス様を守れると確信しています」
「そういうところよ」
ルナリスは顔を逸らす。
だが、少しだけ嬉しそうだった。
その時。
草原の遥か向こう。
先ほどの信号弾が消えた夜空で、赤い光が一度。
二度。三度。
短く瞬いた。
ルナリスの表情が変わる。
「ソフィア」
「見えています」
「あれ、返答よ」
「返答?」
「ええ。信号を受け取った側が、理解したと返している」
あの弓使いの信号は受け取られた。敵は一人ではない。
こちらの旅程を追い、次の場所で待っている。
ソフィアは剣の柄を握る。
「分かりました。いい加減、後手の対応は飽き飽きしていました」
「何をするの?」
「敵がこちらの予定を読んでいるなら、予定を変えます」
碧い瞳に、静かな戦意が灯る。
「次は、相手を待たせる番です」
夜風が、草原を吹き抜ける。
魔族嫌いの聖騎士と、人間嫌いの魔王の娘。
二人の旅は、少しずつ。
敵の思惑から外れ始めていた。




