過去編2
時間は進み、僕たちは校外学習のために仙台に来ていた。去年もそうだったが、校外学習という名の遠足に近いイベントとなっていて、今日は水族館のあとにアウトレットモールを自由散策するというなんとも自由な日程であった。別に都心からここまで来なくても、水族館やモールなんていっぱいあるのに、わざわざこんな遠いところを選ぶのもなにかしらの理由はあるんだろうと思いつつも、やっぱり少し無駄足に思えていしまっていた。
「つきましたのであとは自由行動になります」
先生の合図で生徒たちは自由に散らばり始める。水族館を歩き終え、自由行動宣言。僕は縄瀬と共にお土産を買いに来ていた。似たような生徒もちらほらいて、その中には凛達女子グループの姿もあった。
「このペンギンのお菓子、良くね?」
「じゃあこれ神崎に買ってこうか」
そういって僕はペンギンのクッキーを二つほどカゴに入れる。縄瀬も似たような商品をいくつか購入していた。僕もレジを終えお土産をバスの中に置いておく。
水族館とモールはすぐ近くにあるため、徒歩の移動となっていた。駐車場がかなり多く、モールに付くまでに意外と歩かなければいけなかった。ただ天気は快晴であったため気持ちよく歩くことができる。
10分ほど歩いた末に目的の位置にたどり着く。二階建ての建物で各メーカーのお店がずらりと並んでおり、ガラスを多く利用した開放感のあるデザイン。しかしオープンモールのため今日が晴れじゃなかったら雨に晒されていただろう。
「めっちゃおしゃれだけどさ、雨だったらヤバそうだよなここ」
「降らないといいね」
「それな」
縄瀬に相槌を打ち、僕は彼のいきたい店についていくことにした。運動着を買いたいらしくついて行っては似合うかどうかを判断させられる。服に詳しくない僕に聞くのも間違っている気がするが、僕のセンスを当てにしてくれることに嬉しい気持ちがあった。
「このジャージさ、あのドラマみたいじゃね」
「たしかに」
「俺これにしようかな」
「... ほんとに言ってる?」
縄瀬が見せてきたのは全身緑色に白いラインの入ったジャージの上下セット。まるでどこかのドラマを彷彿とさせるような、というかそっくりのデザインをみて、僕たちは盛り上がらずにはいられなかった。
「結局黒にするんだね」
「なんか緑も青も違う気が済んだよな。それにユニフォームじゃないから地味でもいいよな」
「それはそうかもね」
結局縄瀬が選んだのは黒を基調としたデザインの普通っぽい運動着で、さっきの派手なデザインは性に合わなかったようだ。
「次、靴見に行こうぜ」
そういって次の店に入ろうとしたときだった。
「おーい、大!」
縄瀬と同じ部活のグループが彼に近づいてくる。
「じゃあまたあとで」
そういって彼の邪魔にならないようにそっとその場を離れることにした。友達の多い縄瀬は僕一人に構っていては他の人との人間関係がおろそかになってしまうと、そう思ったからだ。
縄瀬は何か言いたげにしていたが、僕はそれを無視して逃げるようにその場を離れた。
それにしても、店のロゴ以外がすべて似たような見た目をしてるから今自分がどこにいるのかもわからなくなりそうだ。さっき見たようなお店なのか、見慣れているメーカーだからそう感じるのかわからないくらいには迷子になっていた。
10分ほどぶらぶらと散策した末に目に入ったのは凛の姿だった。ベンチに座ってスマホをいじっていた。彼女も先ほど水族館で見たときは何人かとグループで行動していたのに、今は一人で歩いているのを見つけてしまった。
彼女もこちらに気づいたようで、苦笑いしながらこちらに座るように手で自分の隣を優しく叩いていた。彼女の誘導に従って隣に座る。まるでいつもの学校の朝のように。
「こんにちは、なみ君」
「こんにちは」
「そういえば今日一回も話してなかったね」
隣の席ということもあって、朝の挨拶と共に世間話をしたり、昼休み終わりに勉強を教えたりしていたから、一日も会話をしない日はなかった。言っちゃえば、それくらい仲良くなったってことなのだろうか。
「なみ君は一人?」
「うん、凛は?」
「私も。友達の友達ってきまずいじゃん?」
「すごくわかるよ。その気持ち」
僕と凛は偶然にも同じ状況に遭遇したらしい。それで気まずくなって一人になったと。
べつに仲良くできないわけじゃないのだが、ただ相手も同じ状況だと考えると相手のためにも離脱した方がいい気がすると思っちゃう者同士が集まってしまったようだ。
「じゃあ私は波なみ君にご一緒しようかな?」
「僕別に行きたい場所はないよ」
「じゃあ甘いもの食べたいな」
「そういえばさっきジェラートのお店あったよね」
「そこ!いこう」
そういって凛は僕の手を引いて立ち上がる。さっき来た道を戻ればあった気がするから、そっちの方向を指さして歩き出した。足取りはゆっくりながら、その後ろ姿は確かに期待を含んでいる様に見えた。
「あれじゃない?」
凛の指さした先には僕が先ほど見たものと同じ看板があった。その看板の奥には目的地が見えた。彼女と共に店の中に入り、メニューの看板を二人で眺める。
「わたし、このベリーってやつにしようかな」
「じゃあ僕は無難なやつにするね」
そういって店員さんにベリーとミルクを注文する。少しして店員さんがカップに入ったそれを持ってくる。
ジェラートを受け取り近くに座ろうとするも店内は満席になっていた。仕方なく外の席に座ることになった。すぐそこに観覧車の見える位置のベンチ、テーブルはないがアイスを食べる分には十分の場所だった。
「美味しいね」
「うん。冷たい」
何気にジェラートを食べるのは初めてだった。今まで市販のアイスクリームとの違いが分からなかったがその違いがしっかり表れたのは固さで、市販品とは比べ物にならないくらいに溶ける寸前のように柔らかかった。
「ねね、そっちのも頂戴」
そういって凛は自分のベリー味のジェラートをスプーンですくって差し出してきた。思うところはあったが、とりあえずはそれを一口頂く。味を確かめるより先に自分の分をスプーンですくって凛に差し出す。さっきまでは笑顔を見せていた凛も、差し出したスプーンを口の中に入れてからその意味に気づいたようで、遠くを見ながらも耳が赤みがかっていたのが目に入った。
「うん、冷たい」
「アイスだからね」
静かにジェラートを食べる時間がしばらくの間続いた。
次にやってきたのはスポーツ用品店だった。凛もバレーボールをしているから、ジャージとか運動靴が欲しいのだろうか。
足取りの軽い彼女の後ろを歩いてついてゆく。一軒目お眼鏡にかなわなかったらしく、5分もしないうちにお店を出る。すぐ隣の別メーカーのお店に入る。今度はゆっくりとした足取りで、ゆっくりとし過ぎるくらいにお店の中を歩き回る。いわゆるこれが女の子の買い物ってやつなのかもしれない。
しばらくお店を歩き回った末、彼女が手に取ったのはランニングバッグだった。
「私、走るの好きだから、こういうの欲しかったんだよね」
そのままそれをレジまでもっていき会計を済ませる。こうして凛の目的は達することができたらしい。お店を出て、またさっきのベンチの前まで戻ってきていた。
「ねね、観覧車乗ってみようよ」
どうやら観覧車に乗ってみたかったらしく、こちらを気にする様子もなくまっすぐに観覧車に向かうから、僕も慌てて彼女についていく。
ジェラートに引き続き、初めての観覧車。外の景色は思っていたよりもきれいで、感動を覚える。近くに見える高架道路が遠くまで続く様子が見える。
凛の様子も同様で、高い位置から見える景色を堪能している様に見えた。少ししてシートに座りなおしてこちらを見てくる。
「なみ君ってさ、学校ない日は何してるの?」
「うーん。お昼過ぎまで寝てるかな」
「じゃあ暇なんだ」
「そうなるね」
「今度さ、暇だったらでいいからさ、総体見に来てよ。27日」
「うん。いいよ」
「あはは、即答だね」
返事に困ると踏んでの質問だったのか、両手の指を太ももの上で合わせながら困り気に言葉を返してきた。
休日特にやることもなく寝ているので、予定ができることはうれしく思う。
「凛は、部活ない日は何してるの?」
「うーん...私も寝てるかも」
少し考えた後、自分も何もしていないことに気づて苦笑いする。
「部活がんばってる分休みたいもんね」
「そうなのですよ!」
半ば空元気に胸を張る凛。
「あと二年しかないからね。部長になれって話もされてるし、そろそろちゃんとしないといけないよね」
部活の話題を出すと、凛の表情は緊張を含み始める。遠足に来たとはいえ大会の日も近いわけだから、そりゃプレッシャーだって感じるだろうし、あと二年しかないということも考えると自然と真剣になるのも当たり前だ。
ふと、ジェラートを食べるときの凛の表所を思い出した。思えば凛はお昼ご飯のあとには必ず甘い飲み物を飲んでいた。イチゴミルクやミルクコーヒーなどを飲んでいるのが記憶に強く残っている。もしかしなくても彼女は甘いものが好きなんだと気づいた。
「降りたら、甘いもの、飲みにいこ」
「え?、いいけど...」
一瞬目を見開き、考えごとの後、了解を得ることができた。ジェラート屋の奥、僕たちが座っていたベンチの後ろの店が飲み物を売っていたのを覚えている。時間的にも、飲み物を買ってバスに戻ることになるだろう。
「凛って甘いもの好き?」
自分の中の革新をより強固にするため、ダメ押しの一手を打つ。
「めっちゃすき」
「僕も」
観覧車が執着を迎えドアが開く。15分にも満たない空中時間のほとんどを雑談に費やしていしまったが、得られたものは多い。
僕は凛を心の底から応援したいと思った。でもそれは純粋な応援じゃなくて、彼女に好意を抱いているという部分から来たものだった。結局僕は凛が好きなんだと思う。
「いこう」
凛の手を取ってこけないように誘導する。そのまま手を放さずにドリンクを買いにつれていった。
観覧車の感想を聞くのを忘れていたのを後になって思い出した。
時間は流れ、中総体の時期になっていた。あれから特に変化はなく、いつも通りに毎日を過ごしていたところに中総体というイベント。僕のような部活に所属していない人にとってはただの休みの日なのだが、僕は今回凛の応援のため体育館に来ていた。
1ゲーム目は圧倒的に点差をつけたものの2ゲーム目で取り返されファイナルゲームも終わりを迎えていた。凛のチームは凛を中心としたワンマンチームに見えるのに対して相手は全員が得点源のバランス型のチームに見える。総合力の違いが徐々に表れてきており、点差は相手有利になり始めていた。
19対24の相手側マッチポイント、凛のスパイクが三枚のブロックに阻まれて自陣コートにボールを落としてしまった。ゲーム2対1で決勝で敗北が確定してしまう。県大会に行けるのは1チームのみ。
コートから応援席に「ありがとうございました」と声を発し頭を下げ、メンバーはコートから出て行った。
とりあえずは凛のもとに行こうと思い階段を下りる。ちょうど自販機にむかう凛の後姿が目に移り、後を追って外に出る。凛は自販機の前で立ち尽くしただ、一点を見つめていた。その顔からは感情が読み取れなくて、少し怖かった。
「お疲れ様、僕が払うよ」
そう言い500円玉を彼女の代わりに自販機に入れる。その様子を見た凛は驚くも、すぐに下を向き「ありがとう」とだけ言ってスポーツドリンクを購入した。僕は残金でお茶を購入しする。
近くのベンチに二人で腰を掛け先ほど購入した飲み物をあける。
「みてたよ...」
「うん、負けちゃった」
「... 」
なんて言葉をかけてあげたらいいか、分からなかった。「惜しかった」なんて、そんなの分かってることだし、「上手かった」は負けてるから意味ないってなるし、同言葉をかけても今の凛には響かない気がしていた。
小耳に挟んだ限りは優勝校は常連校だったらしく、OBが力を入れて育ててるとか。
他の部活に比べたら勝ち残ってる方だけど、常連校を降したいという思いも合わされば、悔しい気持ちが大きいのが分かってしまう。
凛は静かに飲み口から唇を外し、話し出す。
「私さ、さっきの試合中良くないことばっか考えてた。この人もっと上手ければとか、なんでそれ取れないんだよ、とかさ。チームプレイって難しいよね。みんなが強くないと勝てないんだよ」
決勝の対戦相手は、まさにチームプレイができていた。全員がレシーブもスパイクも上手くて、ラリーが長続きする。それに全員がついていけなくなるのは仕方がない。
「僕はスポーツに全力で取り組んだことはないけど、全力で取り組む人を見てきたから、悔しさも辛さも少しは分かる気がするんだ。たぶん今が一番しんどくて辛いし、他の人のプレーが目に入っちゃうかもしれないけど、ここが踏ん張りどころなんじゃないかな。たぶん」
「...なみ君はさ、納得いかないこととかあったら、どうしてるの」
「僕は、ため込むタイプだと思う。自分の中で何度もかみ砕いて咀嚼して、つらいかもしれないけど飲み込む」
「私とは正反対だ。私は発散せずにはいられないタイプだから」
「気持ちは分かるよ、縄瀬もよく部屋で騒いでるし」
そういえば去年、大会から帰ってきた縄瀬は機嫌も悪く、ご飯も食べずに部屋に籠り、しばらくして僕が部屋を訪ねると、ドア越しに大声で文句を言っていたのが聞こえた。どれも自分のプレーに対する暴言で、自分の不出来さを指摘するものだった。結局先輩に怒られてあれからは人目を盗んで騒いでいるそうだが、生活リズム的に僕はそれを聞く確率が高かった。
凛は少し可笑しそうに笑い。立ち上がる。振り向いてまた、不機嫌になる。
「やっぱりムカつく」
「いいと思うよ、でも優しくね」
凛はリームメイトの方に走っていき、引退メンバーを覗いた面々でミーティングを始めた。
頃合いだろう。僕も帰って、たまには縄瀬達にご飯を作ってみようと思う。
帰りのバス、皆で腹を割った反省会は成功したと言っていい。各々の改善点と弱点、を意見しあって練習方法も考えた。きっと夏にはもっと強くなる。
「凛先輩って、波先輩と付き合ってるんですか?」
「えっ?」
唐突に声を掛けられ思わずびっくりしてしまう。
「たまに学校で先輩見かけるんですけど、いつも波先輩と一緒にいますよね」
いわれてみれば、私は学校でなみ君といることが多かった。席替えの席から始まった腐れ縁だったのが、いつの間にか愚痴を聞いてもらって勉強を教えてもらうまで仲が良くなった。「好きか」と言われればもちろん好きなのだが、それは異性としての好きとは違う気がするし。
「付き合ってはないよ」
「ええ!じゃあなんであんなに仲良さそうなんですか?」
「恋人...じゃなくて、同僚?」
「えーじゃあ波先輩が他の女の子と話してたら嫌じゃないんですか」
図星を突かれたように背筋に悪寒が走る。たしかに、良い同僚だったら恋人がいても整理するだろう。でも今私はなみ君に恋人ができたときを想像して、何とも言えない不快感があった。
もしかすると、私はなみ君のことが気になり始めてるのかもしれない。そう思いつつも、表情は固くカギをかけた。
「どうだろう。わかんないな」




