過去編プロローグ
「波コタロウです。よろしくお願いします」
自分の席から立ち、周りの人に挨拶する。教室の後ろ端の席だったからみんなを一望することができる位置にいた。クラスも変わって知らない顔の人も増えたのは明確で自己紹介の意味を再認識する。
周りを一瞥した後席に着くと左隣の席の女子が声を掛けてきた。去年は同じクラスではなかった人ため、自己紹介の時に名前を覚えなければと思っていたため名前は知っている。
長い髪をポニーテールで結び前髪を等しく整え、サイドは顎の方まで伸ばしているがそれも等しい長さに整えていた。
「なみ君、よろしく」
そういって林芭凛はこちらに体を向け手を差し出してくる。僕はその手を軽く握り挨拶を交わす。
「よろしく、りんさん」
「凛でいいよ」
「じゃあ、よろしく、凛」
挨拶を終え前を向き直り先生の話を聞き始めた。そんな彼女を見習って僕も教卓の方を向く。
担任の先生の試みで初日に席替えをすることになり、凛の隣の席になったし、これも何かの縁と思って仲良くできたらなと思っていた。
「じゃあ次は、校外学習について話すので資料の12ページを開いてください....... 」
先生は今後の諸活動について手元の資料を基に説明し始めていた。
お昼休み、僕は小学からの友達である縄瀬大と一緒に教室で昼食をとっていた。うちの中学では給食は選択制になっており、各自弁当や学食で対応する形になっている。
僕は朝コンビニで買ったおにぎりとお茶で、縄瀬は自作の弁当を持ってきていた。
縄瀬も僕と一緒に寮生活になった数少ない友達の一人で、他の通学の人たちより早めに始まった寮生活と去年の一年で、話す機会が多くなっていた。
「波さ、不摂生な生活マジでやめろよ」
そういって自分の弁当のミニトマトを僕の手の上に置いてくる。そのトマトをそのまま口に放り込み噛む。野菜特有の青臭さとトマトの酸味が飛び出るように口の中に広がるが、やはり野菜の青臭さには苦手意識があった。
「美味しくないものは寿命を縮めてくるから嫌」
「食べない方が寿命を縮めるぞ」
縄瀬は中学生にしてはしっかりと自立ができていて、ご飯も自炊をするし洗濯も毎日するようにしていると言っていた。対して僕は、この寮生活が始まってからご飯はコンビニか縄瀬の夜ご飯を盗み食いしに部屋に訪れ、さらに洗濯はたまにしか出さないし休日はお昼過ぎまで寝ている。そんな感じの生活だからか、縄瀬が気にかけてくれるのを申し訳なく思いつつも頼らざる負えなかった。
「縄瀬がご飯作ってくれるからいいじゃん」
「それはそれだろ」
「縄瀬が洗濯もしてくれたらいいのにな」
「怒るぞ!」
縄瀬が自分の弁当の最後の一口を食べ終えてカバンにしまいながらツッコミをいれてくる。
僕は春休み明けの縄瀬との会話に今の近況確認をしたいと思う。
「お母さんの調子はどう?」
「いい感じらしい。父さんとじいちゃんが面倒見てるって」
「何とかなってよかったね」
「ほんとそれな」
縄瀬がこんなに真面目で面倒見がいいのは、彼の家族関係が少し複雑だからと言える。
縄瀬は母が病で家での介護を必須とされる中、兄弟の世話もして過ごしてきてからの、親元を離れて一人での寮生活。去年、母の容態に変化が現れ回復の兆しを見せてきた。小さい頃からちゃんとすることを求められてきたから、不摂生な僕が気に留まるのも必然だったのかもしれない。
「そんなことよりよ、お前、せっかく女子の隣なんだから、友達にくらいなれよ」
「僕は別に友達がいらないあわけじゃないよ。ただ話す機会がないだけ」
「言い訳乙」
そういって僕の席を指さして戻れと言わんばかりに手を払った。さっきの通り、僕は友達が多くはない、というか友達といえるのは縄瀬しかいない。彼はバドミントン部で他にも友達はいっぱいいるのに、わざわざ僕と一緒にご飯を食べてくれるあたり、友達がいないことを気にしてくれているんだろう。
僕も二年生になって、そろそろ成長しなければいけないと思うから。
自分の席に戻り、学食から戻ってきていたであろう凛に話をかけることにした。彼女は紙パックのミルクコーヒーを飲みながらスマホを覗いていた。
「コーヒー好きなの?」
凛はスマホを見ながらこちらを一瞥し、笑顔を答えてきた。
「なみ君はコーヒー嫌いなの?」
「苦手、かな」
凛はストローを咥えその薄いブラウン色の飲み物を口の中に吸い上げる。その後僕をみてほくそ笑みながら「子供だね」と言い放つ。
このままでは会話が途切れてしまう。どうにかして会話を続けようと思考に意識を回していると、凛の方から会話のキャッチボールを始めてきた。
「なみ君はさ、部活とかやらないの?」
部活か。入ろうと思い、バレー部に体験入部ではいってすぐにやめてしまったことを思い出した。運動が嫌いなわけじゃなかったし、先輩には続けてくれとも言われたけど、親に無理を言ってこの中学を受験したのに、そこに部活も支援してくれなんて我儘は口が裂けても言えなかった。でも、それの所為にして部活から逃げたとは言いたくない。
「うん、運動があんまり得意じゃなくてね」
「ふーん。そうなんだ」
「凛は、バレー部だったよね」
「そう、よくわかるね」
「去年、体育祭の時に、縄瀬とすごく上手い人いるってみてたんだよね」
凛はストローを咥えながらスマホを見ていた。横顔は長いサイドの髪でうまく分からなかったが、おそらく友達からの連絡だろう。すぐさまスマホを机に置き、こちらとの会話に戻ってきた。
「まあアタシがいれば体育祭は善戦できるかもね」
「優勝って言わないところがカッコいいよ」
純粋にそう思っただけ。志が高ければいいってもんじゃないし、かといって低いとモチベーションの低下につながる。凛はスポーツの厳しさを知ってるからこその『善戦』という言葉選びなんだろう。
「ゴミ、捨ててくる」
そういってすぐに立ち上がり廊下のゴミ箱へと歩いて行った。今日一日座ってるところしか見ていなかったが、凛の身長はかなり高いように見える。たぶん僕より少し大きい。
彼女が戻ってきて、続きを話そうと思った時、チャイムが鳴って先生が授業を始めた。まあこの後一年、仲良くなるチャンスはいくらでもあるだろう。
放課後、僕は寮に戻って電話を掛けていた。相手は父で、母と話すことはほとんどない。父には入学の際に、近況報告と長期休暇に帰ってくることを命じられていた。
『元気か、コタロウ』
「うん。量の友達に恵まれてるよ」
『....そうか、よかったな』
「そうだ、今度校外学習で仙台に行くことになったんだけど、二人はお土産、何がいいかな」
『....なんでもいいぞ」
僕が父さんと母さんの両方に気に入られていないのは薄々感じとっていた。小学校の時から、実家には疎外感を感じていて、そんな環境から逃げたくて寮生活のできる私立の学校を選んだ。時々家には帰るものの、一日を絶たないうちに寮に戻るようにしていた。その方が、二人は喜ぶと思ったから。
「それじゃ..また電話する」
『..... 』
そういって僕は電話を切った。いつも父さんは何でもいいという。小学校の修学旅行のお土産も、去年の校外学習のお土産も、渡しはしたがその場で食べたことはないし、食べているのを見たこともなかった。もらっても嬉しくはないんだろうけど、義理というか、せめてものお返しをしなければ、気が済まなかったんだと思う。
「いま戻りました!」
時刻は6時40分、部活動を終えた面々が玄関で会話をしているのが聞こえてくる。自分の部屋をでてロビーに行く。
「おかえり」
「波先輩、ただいまです」
「おう波、ただいま」
縄瀬と一つ年下の後輩、神崎。僕たち三人に加え管理人の人を含めた4人がこの量のメンバーであった。といっても管理人の人は1週間に一度様子を見に来るだけで他のところは僕たちを自立させるために放任主義を貫くと言って基本は関与してこない。ただ、テストなどのイベントごとの時はご飯や掃除洗濯をこなしてくれることもあった。
「飯、今からになるけどお前らも食うか?」
「いんですかナワ先輩!」
「一人も三人もかわんねえよ」
そういって縄瀬は夕食の準備をし始める。手際もよく、数分にして炒めるフェーズに入っていた。今日は回鍋肉を作るようで、甘辛いみその香りが食欲を刺激していた。その間僕は風呂の用意とみんなの洗濯物を畳んでいた。
時刻は午後9時、食事と入浴を終えて縄瀬の部屋に集まり勉強をしていた。やはり寮に入ってくるだけあって自分の管理ができる人が多いようだ。
「波先輩、ここなんですけど」
神崎は少し前に寮に入ってきてから、入学前課題を僕と縄瀬に教えてもらいに何度か顔を見せに来ていた。今年の三年寮生が居ない僕たちは、去年の卒業生の先輩にすごく親切にしてもらった。だから僕たちも、後輩に優しくしようと縄瀬と決めごとをしていた。
「そこは、ここにこれを代入するとね...」
「あ!なるほど」
自分のノートをきれいに千切って解き方をメモして神崎に渡した。神崎はそれを見ながら自分のワークに書き込み理解を深めようとしていた。
「ちょっと電話出てきます」
そういって着信音の鳴ったスマホを持ち部屋を出て行った神崎。勉強の邪魔にならないよう配慮してくれたのだろうか、別に気にすることはないのに。
部屋のドアが閉まる音が聞こえたとき、黙々と自学をしていた縄瀬が、ペンを筆箱の中に入れ背伸びをした後に口を開いた。
「波お前、親と話したろ」
「...うん」
縄瀬も僕の家庭事情は把握しているから、よく相談に乗ってもらったりはしていた。逆に、相談に乗ることも多かった。
「あんま好かれてないって思ってんのかもしれねえけどさ、親にとっては血肉をわけた息子なんだから。あんまし冷たくしないでやれよ」
「そんなの分かってるけど、あっちが気に入らないのに僕が気に入っても意味ないじゃん」
「...それでも、な」
縄瀬はよくそんなことを言う。どんなに仲が悪くても、嫌われてても、『家族なんだから』と。
でもそれは縄瀬が家族に愛されているから言えるのであって、愛されていない僕にはsの気持ちは分からなかった。
縄瀬は自分のお茶を飲み干してから、勉強道具をしまい始めた。
「話変わるけど、あのバレー部の人と少しは仲良くなれたか?」
「うーんどうだろう」
「じれったいな。好きって言えよ」
「ん”ッ”ッ”ゲホッゲホッ。なんで急にっ」
確かに去年体育祭で見たときはカッコいいと思ったし尊敬もしてるけど、それが好きとは言わないだろう。
「波お前、分かりやすいな」
にんまりと笑顔を浮かべて面白そうにこちらを見てくる縄瀬。
「去年の体験入部の時も片付けしながらずっと見てたくせに」
何故それを知っているのか、問い詰めたいがここでは墓穴を掘るだけだ。しかしバド部の縄瀬がなぜバレー部だった僕を観察していたのか。これも問い詰めたいな。
だが今は気持ちを切り替え平然と保つ。
「そうかな。実際よくわかんないや」
「そうか、せっかく背中押してやったのにな」
「先輩すみません。今戻りました」
神崎が部屋に戻ってくる。しかし縄瀬はすでに勉強道具をしまっており、僕もさっきの問い詰めで勉強をする気力は残っていなかった。
「悪いな神崎、今日は解散にしよう」
「あ。はい了解です」
一年縄瀬と生活を共にしてきて、今、あと二年もあるのかと、時間をないがしろにする余裕が僕にはあった。
なんかいい感じに波君気持ち切り替えて新しい学校に行くつもりらしいので、過去編入って一話に続く物語書くチャンスかなと思いました。




