それってマジ?
処罰は下された。渚奏は被害者とし、加害者である沢村未来は女子バスケ部退部に加え二週間自宅謹慎の処分に加え、渚奏との接触禁止が言い渡される。
なお、二次的に起きた波コタロウの沢村未来への暴行について、提出されたスマホの録画を基にしても波コタロウが沢村未来に暴力を振るう行為には至らないとし波コタロウを退学処分とする。
入学してから二か月、退学することになるとは思ってもみなかった。過去の自分が知ったら何て言うんだろうか。いや、きっと「そっか」で終わりなんだろうな。あの時に比べれば、随分変わったというか、いや変わったんじゃなくて元々こういう性格だったのか。無関心のふりして他人様の事情に首を突っ込んでは想定以上の被害を出す。結構ヤバい奴だよねそれ。
裁判もどきは終わりを迎えた。両方の担任とおそらく偉い先生、生徒会の会長と副会長、そして僕と沢村の五人が集められていた。特に議論することはなく、決められた事だけをたぶん偉い人が話して終わりだった。
半ば自暴自棄になりながらも、しっかりとした足取りで校門に向かう。お先真っ暗になったにしては清々しい気持ち。新しい生活への期待と不安、今は期待の方が大きいようでこの学校とのお別れを惜しむ気持ちは少なかった。ただ、バレー部のみんなとまだ病院にいる奏に、謝る時間が無かったのが心残りだが、きっとそのうち会う機会もあるんだろう。
頬に貼ってあるガーゼを強く抑えながら、おそらくバスケを続けられないことに絶望を感じている沢村の前まで歩いて、彼女の前に立つ。ただ真剣に彼女の顔を見て。
「沢村先輩。殴ってごめんなさい」
驚いた様子を隠せない沢村は、すぐさま眉間にしわを寄せ、怒気をその表情に纏わせ威嚇の体制に入る。
「許すわけないでしょ!」
表情に纏っていた怒気を、はっきり声色に纏わせ、不満を露わにする。
彼女の意見はもっともで、挑発したのは彼女とはいえ、他人の悪口で感情的になって殴ってきた奴をそう簡単には、いやこの人は絶対に許さない。
幸い周りの大人たちはもう教室から出て行ってあとで、公平性のために立ち会った生徒会の人たちしかいない。
「僕に、どんな復讐をしてもかまいません。ただ、奏にしたことは許さないし許されないと思ってください」
生徒しかこの場にいない以上、発言にはある程度の自由があった。それでも、次手を出したら殺すなんて、脅しじみたことは言わない。沢村も今回の件で自分がしたことの重さに気づいているのだろうから。
自宅に帰り、ボーっとしながらテレビを見ていた。この時間は普段見ることのできないお茶の間向けのバラエティ番組が流れている。ここまで来てやっと自分の状況に整理がつく。
退学確定、行き先なし。
まずは親への報告をしなければと思い、スマホを手に取り、あとひと操作で通話をかけることができる状況にある。
親に退学のことを伝えるのは心が痛かった。ろくに育ててもらった覚えはないが、お金を出しているのは親だったから。どう伝えれば良いかもわからないが、取り合えず電話を掛ける。3回ほどのコールで電話に出てくる。大方は学校から連絡はいってるだろうから、詳しい話はしない。
『もしもし、コタロウか?』
「うん。父さん」
『どうした』
少しの間、言葉に詰まる。関わっていないとはいえ親は親なわけだし、学費を出してくれているのに退学になりましたなんて言ったら、起こりはせずとも落胆するだろう。それが愛してもいない息子だったのなら猶更。
『どうした?』
二度目の聞き返しに、焦りと緊張が手に汗を握らせた。心臓がその鼓動を強く主張し始め、目の前が見えなくなるような感覚。早まるように言葉を試行錯誤した末、深呼吸に行きつく。焦ったって事実は変わらない。
「僕、退学することになった」
もう直球に投げかける。怒声を浴びせられても、罵倒されても良い。そんな覚悟で。
『そうか...この後はどうするんだ』
「他に編入か、仕事を探そうと思う」
薄々気づいていたが、やはり僕には興味がないんだ。その淡白な返事がすべてを物語っている。怒るわけでもなく、失望するわけでもなくただ受け止めるだけ。
『そうか、詳しいことが決まったら報告してくれ、書類があるならその時に』
「...分かった」
五分にも満たない通話だったが、その時間の何倍も気を使った。
さてこの後はどうしようか、後日書類が出されるのでそれまでに次の学校を決めるなり働くなりしたいのだが、なにせ初めての経験だから訳も分からない。
考えた末、誠司に相談してみようと思う。この前連絡先をもらっていたから連絡を取るのは簡単だし、この人なら忌憚のない意見を聞かせてくれるという期待もあった。早速頼ることになって申し訳ないのだがこの人しか頼れそうなのは思いつかなかった。
『相談があります』
とりあえずはこれでいいだろうと思い返信を待つ。五分もしないうちに着信が鳴る。誠司からの返信が返ってきていた。
『夜7時以降なら空いてるぞ』
『じゃあその時間でお願いしたいです』
『着いたら連絡する』
7時まで何をしようか、ただひたすらに時間を浪費するのも無駄な気がする。これから少しの期間この退屈が続くと思うと何かやっておいた方がいいのかもしれない。
ソファに深く腰を掛け、スマホのニュース記事をだらだらと眺めていた。画面をスワイプして気になる記事を探すも、特に目に付くものはなく一度見たような記事がまた表示され始める。ふと目についたのはドーナツ屋の新作についての記事だった。しかも今日が発売日。お腹が空いているわけではないが、奏へのお見舞いにちょうどいい差し入れじゃないだろうか。足の怪我で入院しているのだから食事制限とかはないだろうし、この前三人でお見舞いに行った時もご飯が少ないと話をしていたのを覚えていた。
支度をして家を出る。目的地は奏の入院先の近くにある商店街付近。
いざ目的地についてみるとその人の多さに驚いた。12人ほどが並んでおり、そのほとんどが女性でおそらく新作のドーナッツが狙いなのだろう。行く途中電車の中で下調べしたのだが、お昼ごろ頃から始まる店はここだけで、他の店舗はすでに開店の時間を迎えていると書いてあったため列になるとは思ってもみなかった。
とりあえずはその列の後ろに並び順番が来るのをただひたすら待ち続けた。20分ほど待った末にようやく店の中に誘導される。店内は甘い香りで満ちており食欲を誘惑してくる。後ろを見るとさっきの倍ほどの人が並んでおり、家を出る時間を早めにぢてっ正解だったと心底安堵を覚える。
とりあえずはネット記事にも載っていた新作のドーナッツを二つ注文し、あとはどうしようかとメニューラインナップを眺めて、目に留まったおすすめセットというものを頼んでみる。お会計を澄まして、箱が手渡される。それをもって店を出たときだった。
「すみません。ここまでで新作の販売は終了になります!」
店員の一人が列を遮り、それより後ろに並んでいた人に声をかけた。声をかけられた人はそのを離れようとしていた。
僕が2つ買わなければ、この人は買うことができたのかと思うと、僕はその人に声を掛けずにはいられなかった。
「あの、もしよかったら一つ。差し上げます」
「え!?」
声を掛けられるなんて思ってもみなかったような大きい声を上げ、度肝を抜かれたような表情で僕を見てくる。と言ってもこの人、サングラスに帽子にマスクと、表情なんてわかったもんじゃないが、そんな風に見えてしまった。
そして近くのカフェに連れてこられていた。店内はダークウッドを基調とした様相で、ところどころに置いてある鉢植えの緑色が、落ち着いた印象をもたらしていた。人は少なく、ザ・隠れ家って感じのおしゃれなカフェで、お店の人も優しそうな顔をしていた。一番奥の角の席へと誘導され座らされる。人目に付きづらく、一番落ち着いている席に思える。
その人、いやこれからは彼女と呼ばなければいけない。彼女は帽子とサングラス、マスクを外してその顔を晒した。芸能人かと見間違うくらいには整った顔立ちで、凛々しいその表情は、さっきまでドーナッツが買えなくて落ち込んでいたとは思えないほどだった。その整った目鼻立ちから、ナンパを恐れて素顔を隠していたのかもしれない。となると僕は、彼女にとってあまり好ましくない存在なのかもしれない。少ししたらここを離れよう。
彼女は僕を見て、戸惑う表情を見せてきたのだがその顔もすぐに変化させ、感謝を表してきた。
「その、ありがとうございます」
「気にしないでください。これは僕の自己満足ですから」
そう言って僕は箱から中身を取って差し出した。新作のドーナッツ。彼女はそれを見るなり目を光らせて受け取る。
「これ、情報出たときから気になってなんですよ。本当にありがとうございます」
「僕はたまたま来ただけだったので、手に入れられてよかったです」
「まさか私の番直前で売り切れになるとは思わなかったです」
「それはごめんなさい。僕が2個買ったからあなたは買えなかった」
彼女はおかしそうにクスクスと笑い始める。凛々しく儚い、まるでここが撮影現場のような。彼女からはその上品さのオーラが出ている気がした。
「そんなに、おかしいですかね。僕」
「ふふふ、一人二個までって書いてあったのであなたは悪くないですよ」
彼女は可笑しそうに真実を話した。何となく2つ購入しただけだったのだが、それが適数だったとは驚きだ。
「...初めて知りましたよ」
「でも、それで気を使ってくれるなんて、あなた相当のお人好しですよね?」
「それ、友達にも言われました」
そういいながらナツのことを思い出していた。彼女のおかげで今僕は前向きに歩き始めている気がするから、心の中で感謝しておく。もしかして、今この瞬間も彼女は僕を通して現状を把握しているのだろうか。だとしたら後で、この人のように笑われてしまうだろうか。
「私、式部 紫野っていうの。17歳、よろしく」
「僕は、波コタロウ、16歳です」
「年下だったし。そしてなんか御見合いみたいだね」
そういうと彼女は笑顔で、紙ナプキンに注文用のボールペンで漢字を書き始める。『式部紫野』そうして僕の方にその紙ナプキンとボールペンを渡し、今度は僕の名前を書けというので『波コタロウ』そう書いて渡すと彼女は不思議に首をかしげる。
「コタロウってカタカナなのね。なんで?」
「僕にもわかりませんよ。てか17歳なのに学校行かないんですか?」
「それはコタロウもでしょ」
「僕は今日退学になったので」
少し気まずそうになりながらも、理由を尋ねようとしてくる。
「なんでか聞いてもいいの?」
「人を殴りました」
「もしかして、そっち系なの?以外」
「普段からそんなんじゃないですよ、ただどうしても許せないことがあって」
「あるよね、お姉さん分かるよその気持ち」
ふと、年齢が分かってから紫野の対応がさっきと比べて柔らかくなっていることに気づいた。もしかして年上に見えていたのだろうか。それを聞こうと思った時、店長がコーヒーを2杯サービスで持ってきてくれる。何も頼んでないのにサービスしてくれるくらい、紫野はそのくらいこの店で信用が厚いということなのだろう。この店は雰囲気が落ち着いてて心地がいい。
「今度はちゃんと注文します」と店長に伝えると、優しい笑顔で「それは楽しみだ」と返事をしてくれた。コーヒーを置き終わり店長が自分の仕事に戻った後、頬杖を突きながらニヤニヤと見つめてくる彼女は、嬉しそうに語り始める。
「この店、いつ潰れるか分からないから、沢山きてお金落としてあげて」
見ている感じ、さっきから常連さんのような人しかお店に入ってきていないのは分かってた。会話の内容は分からないが、入ってくるお客さんが店長と親し気に話しているのを見ていたからだ。
紫野がこの店に僕を連れてきたのは、新しい客を増やすためだったのか。まあ居心地はすごくいいから、また利用しようと思える店なのは確かなのだが。
新作ドーナッツを楽しむ紫野を見ながらサービスのコーヒーをいただいていた。コーヒーが好きな人の気持ちは分からなかったが、このお店で初めてしっかりとコーヒーを味わって、そのおいしさに気づいたかもしれない。まだ苦さに抵抗があるものの、その香りと味には前ほどの抵抗はなくなってた。ブラックのコーヒーはほどほどにして、ミルクを入れて味わう。
「コーヒー、苦手だった?」
「前まで。でも今この瞬間嫌いじゃなくなくなりました」
「それはマスターのおかげだね」
安堵を覚えた表情でカップを持ち上げてコーヒーを口に運び、安心するような息を吐く。
「ここのマスターのコーヒーは心を落ち着かせてくれるの」
今日会ったばかりの僕からしても、紫野はここにきて落ち着いている。
「嫌なことがあったときとか、うまくいかなかったときは、ご褒美ドーナッツ食べたり、ここでコーヒーを飲んだりするの」
「じゃあ嫌なことがあったんですか?」
当然行き着く質問。ここに来る理由がネガティブな要因なら今来ているのも、さっき並んでいたのも何か理由があるんだと思う。
紫野は表情をそのまま笑顔で質問に答える。
「今日はたまたまだね」
「学校に行かないのも?」
「...たまたまだね」
「新作のドーナッツが食べたかったから。とは言わないんですね」
紫野はバツが悪そうな表情で時計を見る。言った通り、彼女が新作のドーナッツを買うのが休む理由なら、たまたまとは言わないだろう。つまりはそれ以外の理由があったと解釈できるわけだが、ガツガツ首を突っ込むほど仲が良いわけではないためここでは詮索しないでおく。
紫野につられて僕も時計を見てしまう。時刻は15時ちょうど、そろそろ奏のお見舞いに行こうか。ドーナッツの賞味期限ってどのくらいかわからないし。
「紫野さん、僕そろそろ行きますね」
さっきまでの話を断ち切り、紫野に別れを告げる。彼女は快くそれを受け入れる。
「そうね、私もそろそろ行かないと」
「素敵なお店、教えてくれてありがとうございます。また絶対来ます」
「気に入ってもらえてよかった。それじゃ」
そう言って彼女と共に席を立ちカフェを後にする。帰り際に店長へ挨拶をしてまた来ることをも伝えた。
途中まで紫野と共に歩き、大通りに出たところでお互い逆の道が目的であったため、そこで別れることになった。
「じゃあ、またいつか」
「そうね、じゃあ連絡先おしえて」
そういって彼女はスマホを差し出して連絡先の交換を提示してくる、もちろんそれを了解して連絡先を交換した。画面上で紫野のアイコンから連絡が来る。スタンプが送られてきておりそこには何かのキャラクターが、よろしく!と手を上げていた。それに対して、無料の誰でも持っているスタンプを返す。紫野と渡部に柳、奏と誠司。誠司は友達と言って良いのか分からないが、連絡先が増えていくのが妙に嬉しかった。
「じゃあ。またいつか」
そういって彼女は僕の行き先とは逆の方向に歩いて行った。駅の方へ向かう紫野の背中を見送り、僕も病院に向けて歩き出した。
「もうすぐ退院で、治り始めたらリハビリだって」
あれから少し経って、僕は奏がいる病院へ来ていた。奏は足を台の上に乗せベッドで本を読んでいた。僕が病室を訪れたとき、嬉しそうな顔をしたことから、やっぱり暇なのだと予想できてしまう。
すぐに体制を変えベッドに座る形で足を台から下ろした。
親の過保護によって様子見入院になっていたそうで、もうすぐ病院をでて日常生活に戻れるとのことらしい。しかし入院してから少ししか経ってはいないのだが、さすがに飽きてきたようで娯楽が無いと話していた。そこで持ってきたドーナッツと一階の売店で買ったペットボトルのお茶を彼女に渡す。
「はい、差し入れ。好みかは分からないけど」
奏は嬉しそうにそれを受け取り中身を見る。その中でもやはり新作のドーナッツに目が奪われたようで、嬉しそうに瞳を輝かせ、ドーナッツを手に取り「食べていいの!」と聞いてくる。
「これ!今日発売のじゃない?めっちゃうれしいんだけど!」
「喜んでもらえてよかったよ」
「甘いもの食べたいな~と思ってさっきまでスマホで見てたんだよね~」
そう言って奏は新作ドーナッツを一口食べる。味は奏の表情が物語っており、高い声で唸っていた。紫野のときも感じたが、やはり人の嬉しそうなところを見ると、自分も元気をもらえる気がする。
残りのドーナッツはあとで食べると言って横に避け、さっきとは打って変わり心配を含むような眼差しでこちらを見てきた。
「それで、学校は何て言ってたの?」
僕が平日なのにここにいることに、ある程度理由付けがで出来ているようだった。
「奏はもちろん無罪だよ」
「違う。コタロウは?」
「....」
言っていいのか、少し迷った。僕が退学になることに彼女は追い目を感じるのではないか。あくまで僕と奏はほぼ無関係として処理されたわけだし、学校側に直談判でもされたら今度は奏の立場が危うくなるかもしれない。
いずれは奏も知ることになるし、ここで嘘をつくことに何のメリットもない。
「僕は、退学処分だった」
「....」
今度は奏が言葉に詰まる。その表情からは、うっすら怒りと不満が垣間見える。
「それは、あんまりじゃない?」
「最初は僕もそう思ったけど、仕方ないかなって」
不満が無かったわけではないが、自分のしたことには責任を取らなければいけない。客観的立ち位置の学校がそう判断したのなら、従わなければ罪を認めたとは言えない気がしたから。
「もし明日退学を取り消しにされても、辞める気は変わらないよ」
「...なんで?」
「これは僕にとってのケジメなのかなって思うから。悪いことをしたらバツを受けるのは当たり前で、沢村より僕の方がそれが大きいと判断されたわけだし」
やはり、どうにも納得がいかないらしく、はっきりとそれを表情に出していた。納得してもらうためにはまだ、言葉が足りないのかもしれない。
「今日、知り合いの大人に相談に乗ってもらう予定だし、僕は大丈夫だから、たぶん」
「....ごめん、私のせいで」
少しの沈黙の後、体の痛まない範囲で頭を下げる彼女。君は全く悪くないのに、優しいから気を使ってしまうんだろう。もちろん気を使われてうれしくないわけではないが、奏には前向きにバスケに向き合てほしいから、禍根は残してはほしくない。
「最近、自分について考える機会があって、正直、あの学校に入って少し経つまではさ、楽しいなとか、ご飯美味しいなとか、思うことなかったんだよね。ただそこにいれば良くて、ただ死なないように栄養を取っておく。そんなかんじでさ」
「奏とか、渡部とかと接するようになってさ、少しづつだけど、自分が変わってきてるって思ったんだ。でもそれは、変化じゃなくて、発見ともいえるって言われたんだ」
あの時ナツが言おうとしていたことが、今なら少しだけわかる気がしていた。
僕をレベル1の人だとして、この時は僕がどんなことに才があるのかは分からない。でも50とかそのくらいのレべルになれば、自分の持ってるものに気づける。そのあとにやってくるのが、変化なんじゃないかと。都合の良い解釈に思えるかもしれないが、今はこのように思うんだ。
「難しくてよくわからないよ」
奏は自分の頭の中で解釈を広げようとしているようだったが、力尽きて困難を言葉に表してきた。
「今僕はレベル1からレベル2になった感じ」
「つまり?」
「つまり、僕は奏達のおかげで自分を見つけることができたんだ。だから、自分のせいでとかは思わなくていいんだ。むしろ僕から、ありがとうって言いたい。なんかナルシストみたいだけどさ」
さっきまでを思い返すと途端に恥ずかしくなる。カッコつけもいいとこだ。でも奏達のおかげで、次の一歩に踏み込めるだけの経験値と機会をもらったんだ。だから、気に病む必要はない。
「じゃあ、ありがとうだね」
気づけば奏の顔に負の表情は無く、気持ちを切り替え前を向いているような、そんな眼差しでこちらを見ていた。
「僕も、奏を見習ってこれから頑張るよ」
「うん」
「じゃあこのへんでお暇するよ」
そういって「またね」と奏に声を掛けて病室を出る。
時刻は午後7時半を回っていた。車の助手席に座りながら流れる景色を見て、時折窓ガラスに付着した無数の雨粒のうち予想もしないところが他の雨粒を巻き込みながら窓の下へと降下していくのを眺めるということを繰り返していた。昼間は気持ち良いほどに晴れていたのが、夜になるにつれて雲の数が増え、しまいには大雨となっていた。
車は目的の場所に着いたのかそこでエンジンは止まる。そこで改めて周囲を見ると、少し高級そうな焼き肉屋であった。どこか食べに行くと聞いたいなかったので、疑問を含めた眼差しで誠司を見た。すると彼は疑問を問いかける。
「なんだ少年、肉は嫌いか?」
「いえ、行くとは言われてなかった気が」
「敬語、いらねえよ?。気にすんな、俺が肉食いたい気分だったんだ。金なら心しなくてもこう見えても立派じゃあ...ねえけど、大人だぜ」
そういって誠司は財布から万札を何枚か取り出して自分を扇いで見せた。その笑顔は満面で外の天候とは真逆だった。この人のこういうところは子供っぽというか、幼稚に感じる。でも、そういう大人っぽくて子供なところに僕は、すごく好感を持っていた。
「予約は取ってあるから、早く行こうぜ。積もる話はそこでな」
そうして車を出た誠司の後ろをついて行ってお店の中に入る。店内は落ち着いた雰囲気の高級感溢れる様相で、僕の人生とは程遠い場所だった。お店の人に案内されるがまま個室へと連れていかれ、椅子に腰かける。誠司はおいてある注文パッドで次々に注文を入れていく。
「なんか飲むか?」
「お茶で」
「...コーラな」
少しこちらを見た後笑いながら、子供は遠慮すんなと言わんばかりにコーラを注文した。しばらくして肉が次々と運ばれてくる。聞いたことある部位から、何処にあるのかすら分からない部位まで、幅広く、そしてそれをトングで持ち上げ高温になった網の上に置く。誠司は慣れた手つきで肉を並べ、焼き終わりのタイミングを感覚で察知してひっくり返す。その一連の動作を呼吸のように行っていた。焼き終えた肉を僕の皿に置いていく。
やはり雰囲気と比例して、やはり普通のスーパーの肉とは大違いだった。
「じゃあ1から、聞こうかな。あのーたまたま見ちゃったって話のくだりからで」
また説明するのか。この前から説明ばっかりで疲れてきたぞ。それを表には出さないが。
「はい、概ねはこの前の説明通り...です。あ、いや、説明通りで、たまたま嫌がらせを目撃して、黙っててくれって言われて、会う機会が増えていって、仲が良くなって、友達といえるくらいの関係になったときに、奏が怪我させられていてもたっても居られなくなって。殴った。」
「あらためて、少年勇気あんな」
「僕もあとで思い返して驚いたよ、まさか女の子殴っちゃうなんて」
「そこに俺が来てぶっ殺しは未遂に終わったと」
「はい」
誠司は焼けた肉をご飯と共に食べ、飲み込んだのち自分のコーラを飲む。
「で、学校は何て?」
「沢村、加害者の方は部活動退部と何日かの謹慎で、僕はその...退学になりました」
「え?それってマジ?」
愕然とした表情で固まり、思考を巡らせていたのか、止まっていたのか分からないように動きを止め、目を見開いた。
「え?少年、スマホ提出したのか?」
「しました。証拠になると思ったので」
「退学はおかしくないか?」
やはり納得が全くいってなかったようで、首をかしげはしないものの疑問を募らせていた。
「じゃなくても、加害者の...沢村!。そいつも退部と謹慎だけってヤバくないか?」
そうなのだろうか。なんせ初めての退学だったので、結果のみを受け止めて過程を受け止めてはいなかった。
「こういうのってもっと軽くないか、そして少年のだけ罰重すぎだろ」
「そうなんですかね」
「...なんかしらは裏で動いたな。少年は納得してるみたいだが、たぶん公平なジャッジは下されてないぞ」
よく考えてみればそんな気もするが、またあの裁判染みたことを経験したいとは思えなし立ち合いの人にも迷惑がかかるし、変な噂で奏の立場を悪くしたくない。
「終わったからもういいよ、それに、今日は次の学校を決めるための相談に乗ってもらいたくて来たんだ」
「少年がいいなら....まあ納得は出来ないが」
そういってコーラを飲み干して次のドリンクを注文する。「少年も食え食え、やけ食いだ」と言って肉を網の上に置いた。そんなにたくさんは食べれないが、気持ちはありがたく頂こうと思う。
「それで、編入先だろ。俺の紹介できる学校はあるにはあるが...」
何か言い淀んでいた。コネで入るつもりは全くないが、紹介してもらえるのは正直ありがたくはある。
「ずるい手は使うつもりはない。あくまで自分の力で試験は受けるつもりだよ」
そういって誠司の目を見つめる。トングで肉をひっくり返そうとしていた誠司と目が合い、トングを置いて深く深呼吸した。
「よし分かった。聞いてやるよ。ただちょっと特殊なのは理解してくれ」
そういって誠司はスマホ取り出しどこかに電話を掛けた。数分の会話を得て電話を切る。通話を終え一安心した様子で追加のコーラを一口。
「近いから、今来るってよ」
展開がはやいな。対面するとしても今日以降だと思っていたし、なんなら面接の時が初対面になると思っていたから、こんなに早く関係者と話す機会がもらえるとは思っていなかった。
「気をつけろよ、面食いだから」
申し訳なさそうに肉を食べ始める誠司にその意図を聞こうとしたとき、個室のドアが開く。他のお客さんが間違えたわけでも、店員さんが入ってきたわけでもなく、一人の女性が確かにこちらを直視しながら入ってきた。真っ黒の長い髪をポニーテールに結び、大変大人びた様子でこちらを値踏みするように凝視してくる。
「君が先輩の話してた波君ね。ふむふむ」
先輩とはおそらく誠司のことであろう。彼とは年が離れていそうだし、その立ち姿は年齢を感じさせないほどに堂々としていた。
「素材は完璧ね、少しガリだけど。それはどうにかなる。先輩、良い素材見つけましたね」
「だろ。200万でいいぞ」
「いえ、この子は私が育てますので、先輩が400万払ってください」
「冗談だろ?」
「本気です」
素材?何のことだ。僕は次の学校を選ぶための参考に読んでもらえたと思っていたのだが、話がかみ合っていないように感じる。
「あの、高校の編入についてなんですけど」
恐る恐る本題に触れる。こうでもしないと話してもらえる雰囲気ではない。
彼女は思い出したように誠司との会話から帰ってきた。
「ああそれね。合格!入学おめでとう」
えー。そんな適当なことあっていいのか。
彼女の天真爛漫な様子にあっけにとられていると誠司が座るように彼女を誘導して僕の隣へ座らせてきた。
「まずは、挨拶しろ」
そういって誠司は僕に「頑張れ」といって静かにご飯を食べ始めた。どうやらこの後の彼女との会話に参加する気はないようだ。
彼女は名刺を取り出して渡してくる。名前は啼森京子役職は私立啼森高等学校の理事長。つまりこの人が一番偉いってことか。誠司もそんなに年はいってないはずだが、それより若くて理事長とはかなりの努力と信頼を積んだのだろう。
「見ての通り、私が啼森高校の一番偉い人。その私が合格というんだから。あなたは合格よ」
「いや、そんなに急に言われても」
そういうと京子さんは首をかしげ考える。少しして答えを出した。隣に座っていたのだが、向かいの誠司の隣へ座り、表情をきっぱり変化させて冷淡な表情を見せてくる。
「それでは波コタロウ君。君が前の高校を退学した理由を教えてください」
寒く冷静な声で質問を投げかけてきた。途端、室内の熱気は嘘だったかのように背筋に寒気が走る。京子さんが出すプレッシャーのようなものに、緊張を覚えずにはいられなかった。
「僕が前の学校を退学した理由は、僕自身を律することができず感情に身を任せて人を殴ったからです。」
「え?」
「?」
打って変わって困惑の表情で誠司を見る京子さん。退学の原因は伝えていないのか。
「ん?ああそうだぞ」
視線に気づいた誠司は思い出したかのように答えた。説明を省かれていた京子さんからはプレッシャーのようなものは感じ取れなくなっていた。誠司の耳元に口を近づけ内緒の話を始める。
「ごにょごにょごにょ」
「ああ、少年が言葉足らずだったな。もっと詳しく説明してやれ」
内緒話が意味をなさないくらいの大声で詳しい説明を求めてくる。京子さんはあきれた様子で「声でかいっつうの」と肘で腹を刺した。
咳ばらいを一回、そしてまた真摯にこちらに向き合ってきた。
「ん”ん”っ、えっとじゃあその時のことを詳しく教えてください」
言いふらしたい訳じゃない。でも必要なことだから、奏ごめん、名前は伏せるけど事件のことを話します。
気づけば京子さんも、ご飯を片手に持ち、口をもぐもぐと動かしながら僕の話を聞いていた。事件のことをほとんど説明し終えた。
「はい、まずはお疲れ様。頑張ったわね」
そういって網の上の焼けた肉を僕の皿に置いてくる。
「そして、退学は随分ね。おそらくだけど加害者の子の関係者が上にいたわね」
きっぱり切り捨て意見する京子さんはこちらに箸を向けながらもぐもぐと口を動かしていた。
「そんな学校辞めて正解よ。合格!。波コタロウ君の入学を認めます」
さらにお肉とご飯を書き込みさっきより大きく口を膨らませてもぐもぐと。「食べ終わってから話してやれよ」と誠司があきれたようにつぶやく。彼女もそれに同意し「そうね」といってご飯を無言で食べ始めた。
「ふう。ご馳走様でした」
手を合掌させ、感謝を込めて挨拶をする。京子さんはすでにお酒に酔っていたようで、さっきも浴びるように飲んでいた。ふらふらする様子は無く、むしろ素面に見えるくらい。素面を見たことはないのだが。
「じゃあ説明するわね」
「はい」
「私が経営している学校は芸能活動をしている中高校生を支援するための学校よ」
「ん”っゲホッ」
全くの予想外の発言に思わず咽てしまった。ここで初めて誠司の言っていた意味を理解した。紹介できる学校はあるが問題ありってことを言い淀んでいたのが、治安的な意味のものだと解釈していた。まさか芸能系の学校だったとは。
疑問を訴えかけるように誠司を見ると、苦笑いをしながら食後のアイスを楽しんでいた。
困る僕に立て続けに言葉を連ねる京子さん。
「まあ普通に学校通えばいいから。活動はしてもしなくてもいいって感じ。まあ君の場合は素材がいいから、周りの人が放っておかないと思うけどね。もちろん私もバックアップするわ」
「とりあえずは編入できそうなんですかね」
「もちろん。手続きはあとになるから、後日学校まで来てもらうことになるわ」
京子さんと連絡先を交換する。しかし、罪悪感が強く残ってしまう。
「良いんですかね。やっぱりズルしてるみたいな気がします」
「いいのよ。君の退学すら、適正な罰か怪しいんだから。じゃあ明日以降連絡するから」
そういって立ち上がる京子さんに続いて誠司も立ち上がる。僕もあとに続いてお店を出る。お会計は誠司が払い、お店を出た。帰りは京子さんも誠司の車に乗り、先に僕を家に送ると言って車を出した。
何にせよ次の学校が決まって一安心だ。
ある土曜日だった。掃除に選択を終え、暇を持て余していると部屋のチャイムが鳴る。退学が決まってから学校に行くこともなく、開けるとそこには渡部の姿があった。前回来た時と同様、不満を露わにしながらそこに立っていた。とりあえずソファに座るように誘導し、冷たいお茶を出す。
「今日はどうしたの」
「波さ、納得いってんの?」
「ん?何が?」
渡部の前に、机を挟んで座る。察しがいかない様子に渡部はため息を吐き、明るい茶色の短髪をかき上げ、納得がいかないことについて話し始める。
「退学のことだよ。お前あの判断に納得いってんの?」
「もちろん。それに次の学校ももう決めてる」
「はぁ、マジかよ。潔いというか、疑わないというか」
やはり納得いかないようで、お茶を一口飲んでコップを強く机に置いた。
「知り合いの人に相談にのってもらってて、それでとんとん拍子で次の学校決まっちゃってさ」
渡部はため息を吐き、あきれたように顔に両手を当ててそのまま頬を引っ張るように手を下げた。そうして渡部は自分のカバンから物を取り出した。僕が学校に忘れて置いたままにしていた教科書とノートを持ってきてくれたようだった。
「ほらよ、忘れ物」
「ありがとう」
「お前、未練とかあんまりないのか」
「さみしい気持ちはあるよ。でも一生のお別れってわけじゃないし、こうして会うこともできるでしょ」
そういって渡部のコップにお茶を注ぎ足した。
「渚の奴、学校戻ってきたぞ。部活はまだ来てないけどよ」
「そうなんだ。良かった」
心の底からの安堵を覚える。まだギブスと松葉づえは取れていないだろうが、学校生活に戻れるほど回復し始めているということだろう。
僕が奏の病院を頻繁に訪れていたことは聞いてるようで、奏が立ち直っていたことに深く感謝された。
そんな話を長々として退屈な時間は思ってもいない来客で消費した。
「で、何処の学校にしたんだよ」
「ん?えっとね...啼森だったかな」
「え?それってマジ?」
芸能関連の学校ということは、あの日帰ってから調べたから理解はしていた。渡部の反応も理解できるし、僕も最初はその反応だった。経緯を渡部に話して、その日は解散になった。
帰り際、渡部は頭を押さえながら疲れを表現して見せた。
「なんか頭痛くなってきたし、帰るわ」
「うん。またね」
渡部は自分の荷物を持って立ち上がる。玄関に向かいながら「見送りはいらないからなー」と聞こえてくる。それに聞こえるように返事をして、渡部の使ったコップをキッチンへ持っていき洗い始めた。またしばらくは忙しい日々が続きそうな予感が絶えない。




