過去編3
体育祭
文化祭
別れと別れ
失望
絶望
未知の空間
期待の裏切り
虚脱
高校へ、ナツとの出会い
そして新しい高校へ
うちの学校の体育祭は毎年7月の梅雨終わりの頃に行われる。去年は僅差で最下位で終わってしまったが、今年は縄瀬や佐藤、凛などの運動部が多い。正直僕は、今回の体育祭は勝てる気がしてる。
「体育祭についてなんですけど、まずリレーのメンバーを決めたいと思います」
黒板の前に立っていた体育委員がそういうと、運動が得意な男たちが騒ぎ出す。タイムを計るとか、やる気があるやつを入れるとか、喧しくなる教室の中で彼女はまたイチゴミルクを飲んでいた。この前、ジェラートを食べた後に何とかチーノを飲んでもなお、学校でミルクコーヒーを買っていたのを見て、その甘党のレベルに感心さえ覚えてしまったのだが、今日も変わらずに甘党を継続しているようだった。
「そんなに見つめてもあげないよ..やっぱ一口いる?」
子供らしく自分のものをあげまいと欲張ったようにイチゴミルクを口に運んだあと、打って変ったいたずらげな表情で間接キスを意識させてくる。
あれから変わったことがあった。凛が時折からかってくるようになったこと。僕の好意に気づいての行動なのか、前より仲良くなったことによって距離が近くなったのか、僕にはわからなかった。
「お茶、あるから大丈夫」
ここで頂戴なんて言ったらドン引きされるだろうし、ここは拒否が正解だろう。
凛が好きだからこそ適切な距離を保ちたいとは思う。
「体育祭終わったらすぐ期末テストだよ。みんなよく盛り上がれるよね、もしかしたら補修があるかもしれないのに」
「考えちゃうからこそ、運動して考えないようにしたいのかも。それに、僕は少し楽しみだよ」
「なんで?」
「今年は、勝てそうだからね」
「ふーん」
イチゴミルクを置いて頬杖を突きながら話を聞いていた凛は、腕を前方に伸ばしてぐうっと伸びをした。
「今年は勝てるといいね」
「...うん」
運動に強い縄瀬や凛のほかにもこのクラスには運動が得意な生徒が複数いるのはこの騒ぎ具合からも分かる。今はまだリレーの走者を決めかねているようで議論は盛り上がり始めていた。徐々に席を立つ生徒が増え、各々の得意競技について話し始めていた。凛も例外ではなく、女子達に呼ばれ席を離れていった。
隣の席が空いたと同時に縄瀬がその席に座ってきた。こちらに体を向け背もたれと机に手を置きながら話しかけてくる。
「波、何に出るんだ?」
すおいえば、僕が出れる競技について考えるのを忘れていた。去年はドッジボールに出たのだが今年も同じ競技に出れるだろうか。
「...ドッジボール」
「さっきメンバー決まったぞ」
僕が凛と話してる間にリレーの走者と同時進行でドッジボールのメンバーが決まっていたらしい。気づかぬ間に決まっていたとは、話をしっかり聞いておくべきだった。
「あと何が残ってるっけ?」
「サッカーとバレー、野球とテニスにあとはリレーとかだな」
そういって縄瀬は体育祭のプリントを体育委員から借りてくる。
この学校の体育祭は一日目に運動会、二日目に球技大会を行う日程になっている。そのためどちらかに一回は出場しなければいけなかった。点数は二日間の合計点で競う。
一日目はリレーと騎馬戦に借り物競争と障害物競走と徒競走がメインのイベントになっていた。
縄瀬がクラスメイトに呼ばれ、少し離席した後、すぐ僕の隣の席に戻ってきた。
「波、お前はリレーやってくれって」
なんで自分で言わないのかと、ため息をつきながらクラスのお願いを突き付けてきた。正直あと走るくらいしか残っていなさそうな感じがしてたので了承はする。
「僕でいいなら」
競技の数もそこそこ多いので、当然何回か出場する人もいるのだが、それは運動が得意な人に任せておこう。
「じゃあさっそく競技ごとに集まって確認します」
体育委員が号令すると、クラスはまた一段と騒がしくなっていった。
時間は放課後を迎え、僕と縄瀬、凛とその友達の佐藤と僚のリビングで勉強していた。佐藤は女子バドミントン部で、縄瀬とはクラブチームからの仲らしく凛とも仲が良いためこのメンツでの勉強会となっていた。
「なわせーここ!この方程式なんだけど」
「あい、えーっと...これはたしか...こうだっけか」
縄瀬は佐藤が見せてきたワークの問題を自分のノートに書き写し解き始めた。少しして解き終わったノートを千切って佐藤に渡した。そこに書かれた解く過程をみて佐藤は納得して問題を解きなおす。
こんな感じで、必要な時は声を掛け、それ以外は基本静かに自分の勉強をするといった特に面白みのない時間なのだが、僕はこの時間が気に入っていた。人がいるのに、まるでいないかのようにほとんど話さない静かな時間が心地よかった。
試験が近いということもあって始まった勉強会が最近の僕の楽しみだった。なにより、凛と一緒に入れるのが嬉しかった。
「ふう、今日はこのくらいにしとくか。駅まで送ってくぞ」
縄瀬がそういうと、みんなして時計を見た。時刻は19時に差し掛かっていて、いくら部活で普段から遅くまで残っているとしても僕たちはまだ中学生なわけで、もっと遅くなれば補導される可能性だってある。
今日は神崎もテスト前は友達と勉強すると言って友達の家に遊びに行ったから、縄瀬がご飯をつくったりする必要もなく集中して勉強できただろう。
そんなことを考えているうちに、すでに二人は帰りの支度を済ませて玄関に向かう直前だった。
7月に入ったとは思えないくらいに、今日の夜は涼しかった。涼しく乾燥した夜風が服の隙間をすり抜けて通っていくのが心地よい。
前を歩く縄瀬と佐藤のあとを僕と凛の二人でついていく。
「ねね、なみ君は競技何にしたの?」
歩きながら前かがみになりこちらを覗きこんでくる凛。
「リレーになったよ」
「ふーん、バレーじゃないんだ」
「そうだね、だから二日目はみんなの応援ができるよ」
「それは楽しみ」
凛は後ろで手を組みながら、ルンルンと歩いきながらそう言った。
「凛はバレーだよね」
「そうだよ」
「応援いくから、縄瀬と佐藤と」
「.....」
歩きながら、凛はボソッと何かを呟いた。ききとれなかったため聞き返すも返事はもらえなかった。
「なみ君は走るの得意なの?」
「そんなに得意なわけじゃないけど、お願いされたからね」
「50メートルは難病だった?」
「今年は7秒くらいかな」
「結構早いじゃん」
「凛は?」
「ん?同じくらい」
「もっと早いでしょ、気を使わなくていいよ」
「...6秒後半」
「ほら」
ただのなんてことない会話を楽しんでいるうちに駅についてしまう。もう少し、話していたかったのだが。
凛と佐藤は手を振りながら改札を通って歩いて行った。
帰りは縄瀬と他愛ない話をしながら帰ったのだが、凛が呟いたことを聞き取れなかったことに後悔を覚えていた。彼女はあえて聞こえないように言ったのだろうけれど、さっきからそれが気になって仕方なかった。
僕は今日、去年から恒例だった縄瀬との弁当作りのために朝早く起きていた。
縄瀬が自分の家から持ってきたおせちを入れるようなでっかい弁当箱に、何を入れるかを話し合い、暇な僕が前日に買い物を終らせておいた。縄瀬の指示通りにお肉を袋で漬け込んだり、材料を切っておいたりと、昨日だけで料理がうまくなった気になるほど準備に時間を使った。そのかいあってか朝、縄瀬と準備するはずが、ほぼ縄瀬の手のみで弁当が完成してしまった。このどでかい三重の弁当箱を朝の少しの時間で完成させてしまう手際の良さは、きっと普段の努力の成果なんだろう。
「これ、神崎の分な」
「まじでいんですか先輩!!正直すごく助かりますよ。俺の母ちゃんですか?」
「体育委員だろ、準備遅れるぞ」
「そうだった。じゃ行ってきます」
準備を終えた弁当を持って、僕と縄瀬は学校へ向かった。
スターターピストルの音が空気中を振動し、会話を妨げるように鳴った。
三年生の先輩たちが壇上の前まで行き、宣誓を声高らかに披露し、体育祭一日目が始まった。
まずは応援合戦、三年生の先輩たちのみの競技で、様々な技を披露していた。特にすごかったのは紅組の先輩がマット競技をしてるかのように飛び跳ねたことだった。失敗の危険がかなりあったと思うのだが、そのリスクに見合った歓声が上がっていた。
そしてリレー。僕たちのクラスは惜しくも2位で終わってしまう。途中で生徒が一人転びそうになってしまい最後の最後で順位を抜かれてしまった。幸いその子にケガはなく、2日目も続行できそうだった。
騎馬戦は3位で終わってしまうも、リレーで一位だったクラスが最下位だったために、今のところはほぼ1位を保っていた。
騎馬戦が終わったタイミングでお昼休みに入る。学食がいつもより安く提供されると放送が入ると、生徒たちは学食に駆け込み始めた。
「縄瀬!」
「おう。教室行こうぜ」
毎年恒例。と言っても今年で二年目なのだが、弁当を持ってこない、忘れてきた誰かしらと仲の良い人たちで縄瀬の弁当を食べる会が執り行われる。
教室に入ってまず目についたのは、去年弁当を忘れてきてた宮本だった。申し訳なさそうに頭を掻きながら弁当を所望する宮本の動きが、去年のそれと全く同じで、おそらく同じことを思っていた縄瀬と目が合い思わず笑ってしまった。他にも、自分の弁当を持ってきているが興味本位で集まった人たちも巻き込み、縄瀬の弁当を囲んだ。
「縄瀬!この唐揚げうまいぞ!」
「それは波が味付けしたからな」
「まじかよ波。おまえすげえな」
お前は料理できたのかよという眼差しでこちらを見ていた宮本に縄瀬の指示通りにやったことを伝えるも、宮本はそれでもすごいと絶賛してくれた。今回は縄瀬の指示通りにやっただけなのにこんなにほめてらえるとは思わなかった。
「なになに~」
凛と佐藤が遅れて合流してくる。保険委員の仕事で午前中駆り出されていた分、午後と明日は自由に行動できるらしい。
「縄瀬と波の救済弁当マジでうまいから!」
「わかったし、自分で取るから。なんかこのやり取り去年もしなかった?」
興奮していた宮本が佐藤に唐揚げをもって迫るも佐藤に拒否される。自分箸で弁当のおかずをとり、口の中に入れる。咀嚼してすぐに
「うん。すごくおいしいよ波君」
すぐ隣にいた凛も同じような反応をしていたのだが、去年は同じクラスじゃなかったから、この反応は新鮮だった。
「なみ君、料理上手だね」
口に手を当て仲が見えないように配慮しながら、凛は言った。
「本当に大したことはしてないんだ。縄瀬のおかげで...」
正直照れ臭かったのもあるし、本当に縄瀬の言ったとおりに作ったから、ズルをしたような気持だった。言いかけていた僕の頭は強く叩かれた。でも痛くはない。見ると縄瀬が笑顔でこちらを見ていた。
「美味しいって言われたんだぞ、結局作ったのはお前なんだから。そこはありがとうでいいんだぞ!実際俺は分量は言ってないからな!あははは」
「うん。ありがとう」
僕がそう言った時、周りのみんなはそろって「ごちそーさまでーす」と軽く頭を下ろした。
中学に上がってから、僕は縄瀬にお世話になりっぱなしだった気がする。お米のとぎ方に洗濯物の畳み方とか、生活に必要なスキルは縄瀬に教えてもらったようなものだ。僕と変わらない年なのに。
「はあ、今日も厚いな、さてと次は...」
「バレーだね」
「いいなーバレー。愛しの凛ちゃんがいるじゃないか」
2日目の午後、縄瀬と宮本と共に自販機で飲み物を買っていた。いよいよ体育祭も大詰めまで来ており、点数も未だ僅差で1位を取っていた。最後は男子女子共にバレーの準決勝と決勝が残っていて、二年生ははどちらも僕だちのクラスが残っていた。
「おーい!そこの三人。宮本ー!」
校舎の方から同じクラスの生徒が走ってきた。
「すまん。木村が治らなかったみたいで、次の男子バレー誰か変わってくれる人捜してたんだ」
「まじ!昨日は普通にやってたじゃん」
「それがさっき突然痛くなってきたってよ」
木村と言えば、昨日午前のリレーで転んでいたのを思い出した。あのあと保健室に行ったのは知っていたが、今日まで回復はしなかったのか。
といっても宮本は元々バレーのメンバーだから数にはならないし、今来た高橋もバレーのメンバーだ。となると縄瀬だろう。本人も乗り気みたいだし。
「よおし!いっちょやるか!!」
体育館に入ったとき、ものすごい勢いで神崎が走ってきた。目的は間違いなく縄瀬だろう。バド部だし。
「縄瀬先輩。審判の時間ですよ。なに油売ってんすか」
そういって嫌がる縄瀬をバド部で無理やり連れて行ってしまう。
「波!後は頼んだぞ」
異様に張り切ったさっきの縄瀬に少なからず嫌な予感はしてた。縄瀬が一日の予定を忘れるわけがないし、きっとバド部の仕事をさぼる口実を探してたんだろう。連れていかれる縄瀬は、悟りを開いたようにただ遠くを見ていた。
さて、僕は凛の試合を見に行きたかったのに、なんでこうなってしまったんだろうか。バレーボールコートに立ちながら、宮本を睨む。すぐさま宮本は手を合わせて謝罪の意を示してくる。
「なみ、おまえバレー部だったんだな」
「ほんとに少しだけだよ」
「だとしても、たすかるわ」
高橋はボールをこちらに投げて渡してきた。よりによってサーブから、こんなのひどい仕打ちだよ。宮本、許さないぞ。
「おめでとうハヤちゃん!まじで強かったよ他の人も!!」
二年の部のバレーボールは私たち2組が優勝を果たした。といってもバレー部はチームにいて一人だし正直負ける気はしなかった。でも楽しかった。
激励しながら近づいてくる友達たちの中に佐藤さんの姿もあった。でも、いつも仲のいい縄瀬君となみ君の姿がなかった。応援に来てなんて約束もしてないけど、私の中には確かに残念な気持ちがあった。
盛り上がるみんなから少し離れ佐藤さんに声を掛ける。よりも先に佐藤さんが言葉を発した。
「波君、欠員のかわりに男子バレーの決勝出てるよ」
「そっか、見に行く?」
「凛が行きたいなら、行こうか」
少し笑みを浮かべながら佐藤さんはなみ君の居る方を見ていた。
放課後、僕は教室の掃除を任されたというか、押し付けられて、一人で掃除をしていた。縄瀬も佐藤も凛も部活熱心だから、こういうのは僕みたいな人がやるのが効率的なんだろうと、自分を納得させるも、僕以外運動部って絶対嘘じゃんとは思っていた。
一人だからと掃き掃除だけをやり、自分の席に座り、今日の結果を振り返っていた。
女子バレーは優勝で、凛の圧勝だったらしいし、他の競技でもほぼ一位だったためか頑張ったで賞とかいうのをもらっていた。僕たちのクラスはその他競技も良い順位を取ることができ、学年では優勝だったが、全体では三位という結果に終わった。ただ、上位クラスが僅差だったため、何か一つでも順位を上げていれば追いつけたかもしれなかったらしい。




