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夢と現実の狭間で君を待つ(仮)  作者: 鹿安 


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4/5

合宿二日目

「おはよ、久しぶりだね」

「お久しぶりです」

声をかけられて目を覚ます。変わらない景色、目の前のモニターに砂嵐、誰も座っていない教室の座席。

バレー部に加入させられる前に来たのが最後だったため、久しぶりの感覚。三回目となるともう彼女がいるのが当たり前のような感覚になる。先輩がこの空間にいるようになってから、”本当に一人”の時間が少なくなったように思う。

「先輩、そろそろ名前教えてください」

「嫌。」

()()じゃあ他の人と区別つかないんですよ」

「私にもプライバシーっていうものがあってだね... 」

頑なに自分の名前を教えたがらない先輩に不信感を覚える。この人は何かやらかして名前を明かせない立場にいるのかもしれないと。

「言っておきますけど、犯罪者じゃないからね」

「先輩はエスパーかなんかなんですかね」

また僕が考えていることがわかるかの発言。察しがいいのか、鋭い観察眼だ。

 頬を膨らませ、ぷっくりとした顔で僕の頭にすとんと手を落とした。

「そんなことより、タロの近況報告ききたいな?」

彼女は席から少し腰を浮かし、下から覗き込むように莞爾な表情を向けてきた。あまりにも純粋な眼差しに思わず目を逸らしてしまった。彼女は不思議に僕を見たあと、席に腰を戻しながら机に肘をのせ、両手で頬杖をして僕が口を開くのを待っていた。

 どうやら僕が話さないと気が済まなさそうなので、考えの整理もかねて近況報告をした。友達ができたこと、バレー部のマネージャーになったこと、今合宿に来ていること、この空間にあまりこれなくなったこと、思いつく限りすべてを話した。僕が話している間、彼女は自分のことのように笑みを浮かべながら傾聴していた。

「起きたらさ、海見に行ってよ、景色とか、今度感想聞きたいな」

「自分で行った方が絶対いいですよ」

「私は忙しいの!」

少しけげんな表情をして行けないことを前面に押し出してきた。

「いったこともないんですか?」

「ない...かな。都会だったから」

「アピールですか?」

「ちがう!」

海に行ったことが無いとは、あまり出かけない家庭なのだろう。と思いながらも、自分も海に行ったことが無いかもしれないと思い、少し申し訳なくなった。

「じゃあ海、行ってみます」

「よろしい」

やらかした子供を許すお母さんのように笑顔で微笑んだ。その表情に少し胸を打たれ、顔を背ける。その後も、好きな食べ物や飲み物、好きな色など、他愛ない会話をし、その時間を終えようとしていた。

「先輩、やっぱり名前聞いてもいいですか」

先輩は物凄く遠くを見るような眼をして、僕の問いに答えようとしなかった。

「この空間も、いつまで続くかわからないじゃないですか。」

覚醒が近づいたのか、体が鈍く、意識が朦朧としてきた。まるで泥酔しているような意識が途切れてもおかしくない感覚、飲んだことはないのだが。

 情にうったえるように名前を聞いたが、先輩はそっぽ向いたように何も映らない窓を見ていた。いよいよ意識が途切れてきた。

「ナツ.......私のなまえ..ナツっていうの」

「....いい名前じゃないですか。なんで隠すんですか?」

「苗字は秘密だから」

彼女の、ナツの、勇気を出したような、面映い表情に「次は苗字も聞きますんで」と満面の笑みで答えた。そのようにして僕の瞼は暗転した。





 鳥の声が空に響き、足元からは、砂に波がぶつかる音が聞こえる。時間は六時、朝ごはんの時間には十分に時間がある。ナツには海を見てこいと言われてしまったし、僕もあらためて海に行ったことが無かったなと思い来ているわけなのだが、大変きれいな海だなーと思った。朝日を見ようにももう時間がたちすぎているし、もう少し早く起きればよかったなとも思う。ただこの波の往復を聞いていると、ただ時間が虚無に流れていく感じも心地よいと思う。

 景色も目に刻んだことだし、先生にバレないようそろそろ帰ろうと思い立ち上がった時、砂に足がとられ体制を崩した。普段運動しないせいかロクに着地体制もとれなさそうだ。この年で砂で転ぶなんて恥ずかしい。

「大丈夫か少年?」

崩れて砂にしりもちをつきそうになった瞬間、すんでのところで腕をつかまれて転ぶことはなかった。見上げるとたまたま通りかかった青年が転ぶのを阻止してくれていた。

「あの、ありがとうございます」

「気にすんな少年、転んだら演技わりぃだろ?」

転ぶのを阻止してくれたがゆっくりと砂におろして、まあすわれよ...と言って、隣に座った。半ズボンに運動着を着ている彼が隣に座るとややたばこの匂いがした。髪を後ろで結んでおり、髭をいい感じに髭を蓄えたおじさんって感じの風貌に少し怖くもなった。

「僕には担ぐ演技はないですけどね」

愛想笑いをしている僕を見て、遠くを見ながら「わりぃ、タバコ吸うな?」と言って煙草に火を着け、白い煙を吐き出した。少しして、押し寄せる波を見ながら口を開いた。

「少年さ、自分が何しても無駄とか、思ってないか」

自分のやっていることは、いつか徒労に終わる。何か行動しても良いことに繋がる気がしない。ちょっと前まではそんな無力感に襲われていた。友達と呼べる関係を築けたり、悩みを相談できる人もできたりした今でも、自分は何も為せていないのではないかと、時々感じる。

「図星だな少年。青春だね~」

「エスパーなんですか?」

僕の周りには、観察眼の鋭い人が多い気がする。この人も僕を見ただけであの言葉が出てきたわけだし。もしかして、僕ってわかりやすい人なのか。

 彼は煙草に再び口を着け、さっきよりも多く、白い息を吐き出した。

「少年、ヤマアラシのジレンマってわかるか?」

「知らないです」

「即答.... 」

少し残念な面持ちで下を向いた後、煙草の火を地面に擦り付け消化し、手持ちの吸い殻入れに入れてポケットにしまった。

「ヤマアラシはさ、誰かに近づきたかったんだよね。でもさ、あいつトゲトゲつてるじゃん?だから友達を作りたくて近づいても、周りの人を傷つけちゃうんだよ。俺思うんだよね、針が周りを傷つけるなら、針を折ればよかったんじゃないかなと.... でもそうしちゃうとそいつはただのネズミだろ?」

ジェスチャーを交えて、できるだけわかりやすいように説明しようとしていた。

「まあ要するに俺が思うのはさ、針の折れたネズミだかハリネズミを仲間だと思える奴がさ、本当の意味で友達なんじゃねーかってさ」

「なんかバカな話でごめんな」

 彼は頭を掻きながら気恥ずかしそうに要点をまとめた。ハリネズミはハリネズミを辞めれば友達ができたかもしれない。という話なのだろう。あまりしっくりこなかったが、今の僕はそう見えるのだろうか。納得はいかないが理解はしておこう。

 名前も知らない彼は立ち上がり、僕を絶たせようと手を差し伸べてきた。

「時にはさ、自分の針を折ってでも寄り添うことも必要なんじゃないか。少年」

「僕たち初対面ですよね?」

「もう知り合いだろ」

じゃあな、と笑顔で手を振りながら彼は去っていった。変な縁ができてしまったと思いながら、宿泊施設へ戻った。


朝食の時間、吉岡部長とサワちゃん先輩と席に座っていた。メニューは鮭に味噌汁と、昨日の夕食とは変わり和食であった。やはり日本人は和食でできているのだろう、味噌汁が体に染みる。先輩方も感慨深く食事を楽しんでいるようだ。吉岡部長も、食事中は静かにするタイプなのだろう。思っていたより会話が無く、小さく「旨いなぁ」とつぶやく程度だった。


 食事を終え、朝練前の時間に準備をしようと体育間の準備倉庫で備品を確認していた。昨日代替の場所は把握したため今日は昨日よりは時間はかからないだろう。ネットをたてるのは自分一人ではできないため後回しにし、得点版やらストップウォッチなどを準備して、ボールに空気を入れていた。朝練が始まる時間にはまだ早い気もするが、三人ほどの女子バスケ部が体育館に入ってきて入口の傍で固まっていた。練習を始める様子もなく、ただ三人で駄弁っているようだった。朝の静かな体育館だと嫌でも会話が耳に入ってしまう、盗み聞きしたいわけではないのだがやむを得ない。何事もないよう、ボール一つ一つの空気圧を確認していた。

「てかあいつ、また調子乗り始めてない?」

「えそれな、まぢ腹立つんだけど」

「この前もさ、三年に言われたことメモなんかしちゃってさ、笑」

「頑張っちゃってますアピールしてんのキモくね?」

「それな」

 一人がバスケットボール持ち始め、スリーポイントシュートを交代で入れながら話の続きを始めた。

「そろそろまぢであいつに上下関係叩きこんだ方よくない?」

「ヤっちゃう?マジで」

おそらくこの会話は渚のことだろう。昨日の夜錬前、蹴られて転がっていた渡部が真剣な面持ちで話していたのを思い出した。



「あいつさ、すげぇ真面目バカなんだよな。練習も人の倍やるし、フットワークとか作戦とか、ボールに触ること以外もやるんだよ。だからさ、あいつ見てると、こっちも頑張るぞ!って気持ちになるんよ」

「僕からしたら、渡部も同じくらいすごいけどね」

「な‼お前は恥ずかしいことを平気で言うのな!」

「さっきの渡部も恥ずかしかったよ?」

「なぬっ‼」

 渡部を茶化してその場をしのいだが、実際に僕も照れ臭かった。でも、親身に渚を見つめながら褒めちぎる渡部からは、心からの尊敬が伝わってくるようだった。渡部の考えに僕も賛成だしあ、真剣に取り組む人を見ると勇気がもらえる。練習熱心、だからこそ結果と信頼がついてくる。むしろついてこなければいけないものだとも思う。



つい最近の思い出に花を咲かせていた時、女子バスケの一人がこちらに気づいたようで顔色を変えこちらに近づいてきた。

「君さ、合宿前にあったことあるよね?」

どうやら見当はついているようで、ただの答え合わせに何の意味があるのだろう。空気を入れるためにしゃがんでボールを持った僕を三人で囲みかなり高圧的な、敵意むき出しの戦闘状態を明示してきた。

「いや、ないと思いますよ」

苦し紛れの嘘だ。何か仕掛けてくるのだろうか、僕は男だから大抵のことは耐えられる自信もあった。一人が口を開こうとしたとき、体育館に近づいてくる足音がだんだん大きくなっていき、ついに入り口前まで止まった。

「波ー先生がやっぱり午前は外で基礎トレだって」

サワちゃん先輩だった。物腰静香に体育館へ入ってきては、僕と先輩たちを睨んで立ち止まった。サワちゃん先輩は女子三人を睨んだ後、三人の目の前まで近づいて声色を殺すような冷たい表情で口を開いた。

「うちの一年に、何か用?沢村」

冷淡とした表情のサワちゃん先輩に、少し寒気を覚える。まるで喧嘩を売る相手を間違えたような、ライオンの居る檻に放り込まれたような、そんな身の毛もよだつ表情だった。

 一瞬たじろいだ三人だったが、そのうちおそらく沢村であろう人物がごまかすように口を開いた。

「拓君....これは...その..見ない顔だったから、新人かな?って、だって男でマネージャーなんて.....その..珍しいでょ?」

「あっそ。じゃあ波返してもらうけどいいよね?」

「...どうぞ」

サワちゃん先輩が三人を見渡すと、三人とも照れたようにその場を去っていった。去り際、「やっぱかっこよくない?」や「めっちゃイケメン」などきゃっきゃしていたようだがそんなことも気に留めず何事もなかったかのように「外行こうぜ」と声をかけてきた。この先輩、あらためて見るとかなりのイケメンだ、前髪で眉は隠れているものの、長いまつ毛に、大きい目、高い鼻。それに身長もかなり高い、そこら辺のモデルといい戦いができそうなくらいのイケメンだ。この先輩の後ろを歩いていると、誰でも平凡に見えてしまうな、吉岡部長はよくこの人の隣を歩けるな、そんなことを考えながら部のみんなのところへ戻った。


午前中はランニングメニューに筋トレ、どれもボールを使わずにできる単純なものばかりだが、監督はこれにこそ意味があるといって譲らなかったそうだ。よって午前の練習はすべて基礎力トレーニングになり、皆の息も絶え絶えになっていたところで、昼休憩が入った。一度宿泊施設へと戻り、食堂でご飯を食べた。朝は静かだった吉岡部長も、ここぞとばかりに大はしゃぎ。もしかしなくても朝に弱いタイプの人だったようだ。

昼食も終え午後の練習へと移ることになり、準備が途中だったコートをみんなで準備し、ミーティングを始めた。ミーティング内容はそれぞれの課題や意識の足りなさ、チーム全体の動きなど事細かに指導を受け、午後の練習の改善点とすることだった。

「最後なんだが、明日特別に練習試合を組んでもらうことになった。この合宿先の近くの高校の駒工業さんだ」

駒工業は強豪校らしく、皆のやる気のボルテージも上がっていた。盛り上がりを先生は沈め、対策について話した。午後はそのための練習時間にするらしく、夕方は先生たちのおごりでバーベキューらしい。

そんなことを話すもんだから、皆のボルテージもマックスに近くなり、結局怒られてしまった。その後、僕はひたすら得点版とボール拾いに床のモップと、サポート面で駆り出されていた。 忙しいと一日が早いとはこのことなのだろう。時間はすでに十六時を迎えており、バーベキューの準備へと駒が進んでいた。

「この学校の先生ってさ、意外と懐深いよな」

バーベキュー用のコンロを組み立てながら渡部が嬉しそうに呟いた。たしかに、ほとんどの部活が来てると言っていたが、結局、今回は別の宿泊施設を利用することになったためたため、女バスケ、男バレー、バドミントンの部員たちだけがこの施設を利用している。人数はかなり多いはずだが、みんなでバーベキューをするとなると、先生たちの出費が嵩んでそうだ。

「おーい、誰か体育館からクーラーボックス持ってきてくれー」

「俺行きます!」

渡部が「あとやっとくから」と言ってくれたので小走りで倉庫に向かう。先生が部費で買っておいてくれた新しいクーラーボックスが体育館にあるらしい。

 体育館の前まできて、朝の三人を見かけた。沢村の話の途中でサワちゃん先輩が来て、詰め寄られはしたものの確信をつく会話は何一つして無かったように思う。もしかしたらここで詰め寄られ、いつしかの渚のようにぶたれるのかもしれない。体に緊張が走り、つま先から手の先まで、意識して動かさないと、動きが止まってしまいそうだ。できるだけ目を合わせないように、遠くを見つめる。だんだんと距離が近くなり、すれ違う。一瞬こちらを見た気もするが、声は掛けられなかった。よかった。眼中にすらないようだ。

 すれ違うまでは騒がしく話していたのに、すれ違った後、その場の足音は僕のものだけになっていた。三人は明らかにこちらに振り向いており、僕の背中を確かに睨んでいる。背中に目が無くてもわかってしまう程の緊張を感じる。

「あんたさ、奏の彼氏なの?」

突拍子のない質問に、意識して動かしていた足が止まる。彼氏。そのように見えたのだろうか。それは渚にとって屈辱だろう。そう思い口を開く。

「違いますよ」

彼氏では決してないが、友達かと聞かれても難しい。なにせクラスは同じでも、教室で話したことは無いし、会話も二階や三階程度。はじめは「余計なことするな」とも言われた。(書かれた) ただ、渡部や柳の同じ中学の友達が渚だっただけ。でも、許されるのなら、友達と。そう胸を張りたい。

「あっそ。」

三人は向きを変え、バーベキュー会場の方へと歩いて行った。

 三人が去ったと、体に走っていた緊張は気づいたら抜け、変に拳に力が入っていたの自覚する。ゆっくりと拳の力を抜き、手のひらを見る。皮膚に爪が食い込んだ痕が残っており、緊張の強さを物語っていた。女子とはいえ、相手はいじめっ子。そんな気の抜けない状況を打破できたことに安心を覚えた。

 体育館に入ってすぐ、真っ先に目についたクーラーボックスだったが、中の氷はすでに溶けきっておりほぼ水になっていた。新品のくせにもう汚れが目立つ。これは一度洗った方が良いと思い。体育館のロビーにある水道までクーラーボックスを持って行って、中の水を捨て、洗剤で洗い始める。

「手伝おうか?」

「大丈夫だよ、渚もなんか頼まれてたんでしょ」

水道を利用しに来た渚に声をかけられたが、彼女も沢山の布を持って僕の隣に立ったため、彼女も仕事を頼まれたんだろうなと思いやんわりと断る。「そっか」とそっけなく答え、彼女はバーベキューで使うであろう雑巾を濡らし始めた。

「その...コタロウはさ、なんでバレー部のマネ始めたの?」

気恥ずかしそうに名前を呼ぶ渚にこちらも少し恥ずかしくなる。そういえば()()付けを辞めるみたいな会話をした気もするが、名前呼びの話だっただろうか。昨日の夜は睡魔に襲われていて、風呂前の椅子で寝てしまったためか、あまり記憶がない。

「この合宿の期間だけのお手伝いだよ」

「そっか...じゃあもう終わりなんだ... 」

「そうだね...奏はなんでバスケ始めたの?」

名前で呼ばれたので、こちらも呼ばなければいけないのかと思い、今から渚は名前で呼ぶことにする。

 名前を呼ばれたのが突飛だったのか、手元の雑巾を見つめながら無表情のまま顔を赤くした奏。そんなに恥ずかしいのなら名前呼びはやめたほういいのだろうか。彼女は赤い顔のままに何事もないように会話を続けた。

「そういわれると難しいな~たまたまハマったのがバスケだったからかな?勉強はあんまりだし、昔は卓球とかテニスとかもやったよ?でも結局バスケになってた。そういうコタロウは勉強とか得意?」

 結局全中に行くくらいなのだからバスケが彼女の天性の才だったのだと思う。中学生活すべてに色の無かった僕からしたら羨ましい話だが、自分から何もしてこなかった僕が才能どうこう言える資格はない。

「勉強はまあまあかな。」

「この前の英語の小テスト、何点?」

「98点」

「え?」

 何か別の生き物を見るような眼で僕を見つめてきた。しかし運が良かっただけの何物でもない。その日はたまたま覚えていたところがテストに出ただけなのだから。

「たまたまだよ」

「ふーん......じゃあさ、今度一緒にテスト勉強しない?」

「ん?ああ僕に教えれることはたぶんないけど.... 」

「たぶん私よりは出来るから....その..嫌だった?」

「そんなことないよ、僕でよかったらぜひ」

「...うん」

 下を向いて雑巾を洗っていた奏だったが、最後の雑巾を洗い終わった後、何か思い出したように雑巾を持って走り去っていった。先輩たちの嫌がらせに耐えながら部活動に勤しみ、勉学もおろそかにしようとしないところに心底尊敬を覚える。彼女の努力が報われてほしいと思いながら、クーラーボックスを洗い終えた。

 広場に戻ると、すでに炭の匂いが広場中に広がっており騒がしくなっていた。お肉の取り合いが始まり、野菜も食えと先生が叱る。夕方の日光に照らされながら優しく吹く風に、どこか清々しさと儚さを感じる。クーラーボックスを先生に預け、お前も食えと、箸と皿を渡される。

「波!遅いぞ!肉無くなるって!!」

「今行く!」

渡部が大声で僕を呼んだ。奏と柳と一緒にいるようで、こっちに来いと身振り手振りしている。さっきまで一緒に体育館にいた奏だったが、僕を見るや目線を逸らし、肉を見つめ始めた。柳は笑顔いっぱいでお肉を食べており、食物への感謝の表情を露わにしていた。

「波遅かったね」

柳が飲み物の入ったコップを「君の分」と言いながら手渡し、自分の飲み物を飲み始めた。

「なかなか汚れが取れなくてね..」

「主婦かよ!」

渡部が突っ込みを入れてきたが、それに対して柳が笑い、また、他愛のない話で盛り上がる三人を見ていた。奏も、目を逸らされたときは、嫌われたかと思ったが、その後普通に接してきたため、ただ単におなかが空いていただけなのだろうと、そう思った。


バーベキューあっけなく終わりを迎え、片づけを終えた僕たちはお風呂に来ていた。

「昨日も思ったけど波、意外と筋肉あるよね」

脱衣所で三人で服を脱いでいたのだが、柳が無遠慮に僕を見つめながら言った。そういう柳は腹筋バキバキで触れたら固い音がしそうだ。

「柳くんはバキバキだよね」

「僕は運動部だからね」

会話を聞いていた渡部は顎を手でさすりながら「確かに」と言って僕の体を舐め回すようにジロジロと見つめてきた。柳はそんな渡部の背後に回り込み脇腹を擽る。あひゃひゃと渡部が大きな声で笑い始めたとき、サワちゃん先輩が登場して僕らは仲良く怒られてしまった。




























 





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