浴衣パーティ2
智樹が手洗いを借りに家に入ると、ちょうど鷹也に会った。
「あれ?遅かったな?‥これから着替えるのか?」
声をかけたが反応が薄い。
「おい!」
「‥へ?」
目の前に立って声をかけ、ようやく返事があった。ぼうっとしているような、どこか焦点の定まっていないような目をしている。
「‥?‥ちょっとこい。」
智樹は服を掴んで歩き出し、スマホで智琉を呼んだ。
「‥なんだよ?」
「いいからこっち来い!」
人が集まっている所を避け、湧水池近くの離れまで歩いてきた。
「どうしたんだ、兄ちゃん?」
「お前、体温計持ってる?」
呼ばれてやってきた智琉に、智樹が尋ねる。肩掛けバッグを漁って体温計を取り出すと、智樹に手渡した。
「とりあえず測れ!」
鷹也は言われるがまま体温計を受け取って計測する。電子音が鳴ると、智樹が体温計を奪うように取って確認し、深いため息をついた。
「こりゃダメだ。ここにいたんじゃ休めないだろ、お前の家まで行くぞ。」
春休み、智樹と智琉は鷹也の家へと行っている。場所と行き方は知っているのだ。
「へ?‥ってか、夕方には行くって言ったからなあ。挨拶くらいは‥」
「今すぐ寝るんだよ、このバカタレ!」
智樹がそう言って強引に鷹也の服を引っ張り、歩かせる。
「あー‥それじゃあさくらと、あと篁さんに伝えて来るわ。俺ら二人が抜けたら目立ちそうだし。」
「すまん、頼む。おいこら!行くぞ!」
智琉と智樹がそんな会話をしているのを、鷹也はボーっとして聞いている。
「‥なんで?」
「熱あるんだよ!40度近く!お前、この状態でバイトしてたのかよ!?」
「‥ん?まあ動けたし。」
服を掴んで引きずるように歩かせ、鷹也の家へと移動する。
「飲食の仕事じゃないだろうな?」
「‥ん?現場の荷揚げ作業だよ。ヘルメットとマスク、死ぬほど暑かったわ‥」
和室の畳の上に座り込み、そのまま仰向けに寝転がる。
「待て、お前水分補給してるだろうな!?」
「‥えーっと‥どうだったっけ?」
智樹は勝手知ったる我が家とばかりに冷蔵庫を漁り、ポカリを数本持って来て手渡した。この義弟予定は、ついうっかり水分補給やら食事を忘れる。睡眠もだ。
「とりあえず今すぐ飲め!」
飼っている三匹のネコたちがわらわら集まってきて、ポカリを飲んでいる鷹也にぴたっと張り付く。三匹とも「ちゃんと飲んでる?」といった様子で眺めている様子に、つい智樹も笑ってしまう。
「ただいま!一応篁さんには話して来た。ついでにさくらも連れてきた。」
智琉は大きな紙袋を下げ、さくらと共に戻ってきた。
「せっかくだからと、飲み物と食い物も持っていけって渡されたんだ。」
言いながら智琉はテーブルに食べ物を広げる。
「お前、メシは?」
「‥いらねえ‥」
智樹に聞かれて返事をしたあと、鷹也はゆっくりと立ち上がって庭へと降りた。
「どこ行く気‥」
庭の湧水池にちゃぷんと浸かり始めた鷹也に智樹と智琉は絶句する。
「ちょ!なにやって!!」
「‥あのですね、信じられないと思いますが。たまに熱出すといつもああなんです‥それで回復しちゃうんです‥」
さくらがため息を落として呟き、湧水池にわらわらと妖たちが集まってきて鷹也の周りに群がった。
「はーーー」
まるで温泉にでも入っているかのように落ち着いている様子に、双子たちは唖然としてその様子を眺める。
「「どういう体質してんだよ、あのバカは!?」」
双子の叫び声が静かな和室に響き渡ったのだった。
その頃、篁邸では七海がイライラを募らせていた。
「なんで鷹兄来ないの!?夕方には来るって言ったのに!!」
思わず口に出して毒づいてしまう。楽しみにしていただけに、なかなか来ない兄にしびれを切らし、スマホで電話を入れてみる。
「‥出ないし‥」
ムッとしてメッセージを打ち、送信する。
【早く来て!みんな待ってるよ!私も楽しみにしてるんだから!】
しばらく画面を見ていたが、既読になる様子はない。そのことに尚更イライラが募ってしまう。
「七海~!霧江さんが写真撮ってくれるってさ!」
庭の築山をバックに、霧江が三脚を立ててカメラを設置してくれている。日が落ちて夕闇が広がり始めたこの時間、雪洞に火を灯して足元にセッティングすると、それだけで雰囲気が出る。せっかく家族が揃って浴衣を着て集まったのだから、と霧江が提案したのだ。
最初にハイテンションの五十嵐家が並び始める。両親が後ろに立ち、司と遊馬、涼が戦隊もののようなポージングを決めたため、笑い声が広がった。
「はい!いちたすいちはーー!?」
「にーーーーーーーー!!」
おなじみのやり取りをして、全員が楽しそうに笑っていた。その後に土門家が続く。
「‥鷹兄、大丈夫かなぁ?」
イライラが募っていた七海が声を上げようとしたとき、流水がぼそりと呟いた。
「大丈夫‥って?」
「ほら、最近ずっと忙しそうだったでしょ?鷹兄、来るって言ってくれたときは、絶対来てくれるし。急用だったらいいけど、体調悪かったりしないかなって。ちょっと心配。」
寂しそうな流水の言葉に七海はハッとした。
(‥流水はちゃんと鷹兄のこと、考えてる。私は‥?)
スマホを取り出してメッセージを確認するが、やはり既読はついていない。
(早く来て‥とか送っちゃった‥これって送信の取り消し出来たっけ‥)
見られる前にスマホを操作して、メッセージの送信取り消しをする。ホッとしたのと同時に、苦い思いが募った。
(良かった。もし体調悪かったりしたら、悪いし‥)
そんなふうに思った七海だったが、同時に嫌な声が聞こえた、気がした。
【本当に兄を思ってのことか?自分が我儘だと思われたくないだけじゃないのか?】
【証拠隠滅出来てホッとしたんじゃないのか?】
七海はぶるんと頭を振り、流水に促されて家族写真を撮ってもらいに位置についた。
「霧ちゃんも入りましょうよ!」
篁と環、蒼介と雅、七海と流水がフレームに収まる。ちゃんと霧江の場所も空けてあり、セルフタイマーをセットして皆で笑顔になる。
その後は蒼介と雅のツーショットや、雅と霧江の姉妹ショット、流水と七海の姉妹ショットと数枚写真に収める。
(でも‥やっぱり鷹兄も一緒に撮りたかった‥)
「いやぁすみません、つい話し込んでて。」
智樹がそんなことを言いながら智琉、さくらと共に戻って来て、家族写真や兄妹ショットと記念撮影をしていた。
(さくらちゃんだって鷹兄と一緒に撮りたかった、よね。)
何となくさくらの笑顔がぎこちないようにも見えて、撮影が終わった後に七海はさくらに声をかけた。
「あの、さくらちゃん‥」
「ごめんなさいね、七海ちゃん楽しみにしていたのに。鷹也さん、ここの所ずっと忙しそうで。今日のアルバイトもかなりハードだったみたいなんです。‥眠ってしまっていたので寝かせてあげたくて。」
さくらがそう言うと、七海はしょんぼりしながらも笑顔を浮かべた。
「そっか。でも体調悪いとかじゃないんだよね?」
「ええ。ただ、明日以降も何かと用があるみたいで。なかなか来られないかもしれません。」
七海は寂しそうに笑い、ゆっくりと頷いた。
(せっかくの夏休みなのに‥)
「そっかー!鷹兄、暑いの苦手だもんね!大丈夫!?溶けちゃったりしてないよね!?」
話を聞いていたらしい流水が明るく言う。
「ふふ‥そうですね、溶けちゃったら冷凍庫に入れて固めますね?」
さくらがそう言って笑ったので、流水と七海も笑い出す。
「雪だるまかよ!」
ずっと大人たちと会話していた恭平がやってきてツッコミを入れる。同じく揃ってやってきた双子も笑い出した。
「あ、なあなあ!俺らも写真撮ってもらおうよ!おーい司!遊馬!道明!!お前らも!」
恭平が皆を呼び寄せて兄世代たちと七海世代たち、様々な組み合わせで撮ってもらう。面白ポーズや変顔に大笑いしながら、七海もようやく楽しく笑うことが出来た。
「デザートですよー!」
果物がたっぷり入った一口サイズのクレープや、フルーツポンチが振る舞われ、子供たちも大人たちも大喜びだ。
「「「あまーい!!」」」
「「「おいしーい!!」」」
普段あまり交流のない親世代たちと中学生たちも、甘味を楽しみながら和気あいあいと雑談を楽しむ。ここに兄世代も自然に入り、七海も自分の世界が広がったことを素直に喜んだ。
最後に手持ち花火を楽しんで浴衣パーティは静かに幕を閉じた。皆を見送った後、さくらと双子たちは篁邸に残って後片付けを手伝ってくれるという。
「あ、私も後片付けはお手伝い出来るから!霧ちゃんと蒼介さんは七海と流水を連れて先に帰ってくださいね!」
雅に笑顔で送り出され、七海達も篁邸を後にした。
雅は片付けを手伝った後、さくらと双子たちと共に鷹也の家へと向かう。篁から鷹也が熱を出したと聞かされて気が気でなかったのだ。
熱を出している張本人は、湧水に浸かって妖まみれになりながら完全に熟睡していた。
『もー!せわがやけるんだからー!』
ブランが傍らに寄り添い、妖たちもきゃっきゃ言いながら頷いている。
『タカヤだししょーがないよー』
「‥はぁ、本当に困った子ねえ。」
湧水に浸かって熟睡している息子を見て、雅はため息混じりに呟いた。
「あの、湧水の水温かなり低いんですが。こんなに長時間浸かっていて大丈夫なんですか?」
智樹が困ったように尋ねると、雅は頷いた。
「大丈夫だ。湧水であれば問題ないらしい。水系譜にはたまにおってな、凍えるほどに冷たい水に浸かっても温泉と同じように回復するのだそうだ。もしかすると水系譜というより氷系譜なのかもしれんな。」
いつのまにやら来た篁がそう言って笑顔を向けた。
「そんなことがあるんですね。‥謎だなあ。」
「それよりも、さくらちゃん?この子が迷惑をかけてしまってごめんなさいね?もう‥さくらちゃん、このままでは奥さんじゃなくて介護担当だわ‥」
いたって真面目な雅の言葉に、さくらと智樹、智琉が吹き出した。篁まで爆笑している。
「だ‥だいじょうぶ、です。‥ふふっ‥介護‥ふっ‥あはははは!」
さくらがこれほどまでに大笑いするのは珍しい。
「どうしてこの子は、誰もが出来ることが出来なくて、誰もが苦労することが出来てしまうのかしら。」
ほとほと困った様子の雅に、双子は顔を見合わせた。
「義弟になるわけですし。僕らもサポートしますよ。」
智樹がそう言ったことで、雅はあるフレーズを思い出した。神楽祭の時に蒼介から聞いた話だ。
「智ママさん、ご迷惑をおかけしますね?こんな息子ですが、宜しくお願いします。」
さくらと智琉が吹き出し、智樹がその場でフリーズする。篁は再び爆笑していた。
「頑張ろうな、にー‥いや、智ママ?」
「そうですね‥ふっ‥ご迷惑をおかけします‥智ママ。」
智琉とさくらに言われ、智樹が首を振った。
「その呼び名はやめろーーーーーーーー!!」
静かな敷地内に智樹の声が響き渡ったのだった。




