浴衣パーティ 1
その日は朝から篁邸で受験勉強、昼食後に五十嵐邸でテニス、夕方は篁邸で浴衣パーティという何とも充実した予定が組まれていた。
蒼介・雅・霧江は朝から五十嵐邸でテニスをしていたらしく、ちょうど七海たちと入れ替わりで切り上げたようだ。
「さて、俺達はパーティの準備があるから、買い出しに行ってくるな!」
「「行ってらっしゃい!!」」
七海と流水が元気良く見送り、マイラケットを手にボールリフティングでウォームアップをする。
「やあ!揃ってるな!」
さくらと智樹・智琉、恭平が一緒にやって来た。午前中は4人で出かけていたらしい。
「あれ?鷹兄は一緒じゃないんだ?」
流水がそう声をかけると、智樹が肩をすくめる。
「急遽バイトの要請があったらしくてね。断れないってさ。夕方には来るんじゃないか?」
「えー!絶対に空けといてねって言ったのにー!」
そう言って口を尖らせる流水に、智琉が笑いかける。
「あいつが来たら文句言ってやれー!嘘つきーってさ。」
「ペテン師でもいいな!」
「まあ実際、競技中はペテン師だしな、あいつ。」
流水や兄たちはみんな笑っていたが、七海の心は荒れていた。
(やっと対戦出来ると思ってたのに!私たちよりアルバイトを優先するわけ!?)
表面的には笑顔で話しているが、どうにもイライラが募ってしまい、ついため息が溢れてしまう。
「七海ちゃん、俺とラリーやってよ!」
智琉がそう声をかけてくれたので、笑顔で応じる。
「宜しくお願いしまーす!」
いくらイライラしていても、さすがに八つ当たりするわけには行かないと、七海は丁寧に打ち返してラリーを続ける。
(うー‥何だろう!楽しいんだけど楽しくないっていうか!!)
本気でぶつかれないからもどかしいのかもしれない、七海はそんなことを思いながら、ラリーが続くようにきちんと打ち返す。
(だって下手だと思われるのも嫌だし。ちゃんと出来ないと上手いとは思われないし‥)
「七海ちゃん、すごく上手くなったな!!フォームも安定してるし、ボールもきちんとコントロール出来ているね!」
そんなふうに褒められ、七海ははにかみながら笑顔を浮かべる。
(やっぱり、ちゃんとやって良かった!褒めてもらえたし!)
途中休憩を入れながら、智樹や恭平ともラリーをやり、やはり同じように丁寧な返球を心がけてラリーが続くように頑張った。
(バックハンドがまだ今イチかなあ‥思ったような球にならないや。鷹兄みたいに両手使えればいいのに。)
「ちわっす!」
塾の講習に行っていた司が戻って来て、さっそくコートに入ってくる。
「おー!お疲れ!!」
「おかえりー!」
兄たちから労われ、司は笑顔で手を上げる。
「とりあえず動きたいっすねえ!もー頭ン中パンパンっすよ!」
「動いたら全部すっ飛ぶんじゃないのか?」
司が軽くジャンプしていると、恭平が笑いながら、からかってくる。
「そんなわけないじゃないすか!勝負っすよ!!」
「望むところだ!!」
二人はクロスに散り早速打ち始める。最初こそ平和なラリーだったが、徐々に力が入り始めて本気の打ち合いになっている。
「うおりゃ!!」
「うおー!!」
どんどん白熱する打ち合いに、七海もつい見入ってしまう。ラケットを握る手に力が入っているのを見て、遊馬が声をかけて来た。
「七海、本気の打ち合いやる?」
「え?」
「あんなふうにさ、バンバン打ち合ってみたいんじゃないの?」
図星を刺され、一瞬目が泳いだ七海だったが、こくりと頷いた。
「じゃ、あっちのコート行こうぜ!」
誘われて早速打ち始める。本気の打ち合い、とは言われたものの、やはり打ち返しやすい位置へ返してしまう七海に、遊馬は遠慮なく強いボールを打って来た。
「遠慮しないで来いよ、七海。勝負だ!!」
両手を使って何とか打ち返した七海は、そこから必死に食らい付き、コースを狙っては打ちまくる。
「りゃっ!!」
コースを狙い打ちしたが、僅かにラインを超え、天を仰ぐ。
「はは、惜しかったな!もう少しだったのに!」
遊馬に言われ、七海は長い髪を一度下ろし結び直す。そしてラケットを握り直して再び真剣勝負のラリーを始めた。
その後も連続でラリーを続け何とか一勝をもぎ取ると、遊馬に促されて東屋へと移動した。汗びっしょりで荒い呼吸を繰り返す七海に、遊馬が冷たいポカリを渡してくれる。
「あ‥りが‥と。」
タオルで汗を拭きながら受取り、半分ほど一気飲みする。熱く火照った身体に、冷たいポカリがすうっと沁み込んでいくようだった。
「なあ七海?」
少し落ち着いたところで遊馬が声をかけてくる。
「‥うん?」
けげんそうに首を傾げる七海に、遊馬にしては珍しく、少し迷った様子の後に口を開いた。
「七海はさ、テニスやってて楽しい?」
聞かれてポカリを飲もうとした手が止まる。そして思わず遊馬を見つめる。
「どう‥して?」
なぜそんなことを聞かれるのかが分からない。遊馬はつと七海から目を逸らし、コートを見やった。
「なんていうか、さ。必死だよなって思って。」
「‥そんなことないよ。」
即座に否定し、七海は立ち上がる。
「ちょっと壁打ちしてくる!」
そう言って七海はポカリを飲み干して走って行った。
「‥必死じゃないかよ。」
後姿を見送りながら遊馬は呟き、困ったようにため息をついた。
夕方からの浴衣パーティに備え、テニスをいつもより早く切り上げる。もう少し練習したいと思っていた七海だったが、仕方なくラケットをしまいタオルで汗を拭いた。
「「あー楽しかった!」」
流水と茜も走って来て、タオルで汗を拭きながら笑い合っている。
「ナナすごいね、あっくんと打ち合ってたの見てたよ!!すっごい上手いじゃん!」
「うんうん!おねーちゃんすごかったーー!!」
二人からそう言われ、七海は困ったような笑顔を浮かべる。
「そ、そんなこと‥」
「えー私たちの前で謙遜しなーい!同じタイミングで始めたのに、私たち超初心者なんだからね!?」
茜につんっとつつかれ、七海は素直に謝った。
「‥ごめん。」
茜と流水は笑顔で頷き、帰る準備を整える。皆に挨拶をして三人は帰路についた。
シャワーを済ませて着替えて準備をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「はい、いいわ!」
七海と流水は雅に浴衣の着方を教えてもらいながら、何とか着終えた。
「おねーちゃんの浴衣、やっぱりキレイだねえ!」
「流水の浴衣だってさ、すっごい可愛いじゃん!」
姉妹はそう言って笑い合う。霧江はパーティ用の料理準備のため、既に家を出ていた。
「いやぁ~なんかいいなあ!この間はさ、お祭りに浮かれてて俺は写真全然撮ってないんだよ。」
蒼介はにこにこしながらスマホを構えて写真を撮っていく。
「お父さんも、家の周りの景色も一緒に取ってるんだ?」
流水が不思議そうに尋ねると、蒼介はあはは、と笑った。
「異国の地にいるとだな、なおさらこういう何の変哲もない風景が恋しくなるんだよ。‥あれ?お父さん、も?」
蒼介が思わず聞き返すと、流水と七海は顔を見合わせた。
「私たちもね、見慣れた風景にお父さんとお母さんがいる写真、撮ったの。‥それが当たり前って思えたら嬉しいから。流水とそんな話、してたんだ。」
その言葉に蒼介と雅が顔を見合わせた。自分たちがいないことで、娘たちには寂しい思いをさせていることも分かっているつもりだ。しかし、改めて話を聞き、蒼介も雅も娘たちの健気な思いに泣きそうになってしまう。
「‥そうね、見覚えのあるこの場所に、私たちも一緒にいるっていう写真、それだけのことなのに‥とても幸せよね。」
雅も滲みそうになる涙をこらえ、そう言って優しく微笑んだ。
しんみりした空気は、茜とその弟妹が家から出てきたことで一気に破られた。皆、浴衣を着て楽しそうに笑っている。
「「ルミ姉ーー!」」
茜の妹、灯と弟の融は流水に懐いており、並んで歩き始める。
「あら?立夏ちゃんは?」
「もう篁さんの家に行きましたよ。デザート作るって張り切ってました。」
なんでもお店は午前中で閉めて、準備をして出たらしい。弟妹たちの浴衣の着付けは全て茜がやったそうだ。
「ええ!?自分で着たの!?すっごい!!」
「ええー!?私たち教わるの二回目だけど、出来る気しないよ!?」
七海と流水が思わず声を上げると、なぜか弟妹たちがフフンと自慢げに胸をそらす。
「お姉ちゃん、すごいんだから!」
「ねーちゃん、ちょっと鈍くさいけどすごいだろ!?」
「こら!鈍くさいは余計!」
茜にチョップされながらも融は嬉しそうに笑っている。蒼介と雅も子供たちの様子を見ながら一緒になって篁邸へと向かった。
「やっほーー!!」
遊馬がにこにこしながら料理を運んでくれている。司と涼も一緒だ。
「遊馬んとこ、緑系多いね?」
「何となく気に入ったのを選んだらさ、みんな緑系だったんだよ。」
柄は違うが、全員緑系の浴衣を着ているのが面白い。遊馬と涼は明るい黄緑系、司は深緑の落ち着いた雰囲気だ。
「あらみんな可愛いわねえ!」
「女の子はいいなあ!」
五十嵐家の沙織と駿も浴衣での参加だ。
「はっはっはー!いいだろー!」
「自慢か!?自慢なのか!?」
蒼介が駿に絡み、そこから軽口の応酬が始まる。そんな夫たちを尻目に、沙織と雅はにこやかに談笑しながら互いの浴衣を褒めあっていた。
「やあやあ、よく来たな!特に乾杯もせんからな!適当に飲んで食ってくれ!」
篁が出迎えてくれ、皆コップを手に取っては好きな飲み物を注いだ。七海たちもそれぞれコップに麦茶やジュースを注いで軽く乾杯する。
「やあ!今日はせっかくなので寄らせて貰ったよ。」
土門家は道明と恭平、妹の美園、両親と祖父母までが来て、篁とにこやかに挨拶を交わす。そこから親同士の挨拶合戦が始まり、七海や流水、道明や遊馬も一緒になって挨拶をした。
(そういえばお父さんやお母さん世代とも、ちゃんと話したことなかったなあ‥。こういう交流も今後はしていったほうがいいのかな?)
そんなふうに考え、その場に佇んだまま笑顔で対応した。会話の輪にはなかなか入れなかったが、それでも姿勢を正していると、話しかけてもらえる機会もある。行儀良くきちんと返すことで、何となく大人になったような気分だった。
月影家もさくらの祖父母、両親、智樹と智琉も合流し、更に賑やかになった。料理を作っていた環と霧江、さくらと立夏も浴衣に着替えて場に合流する。
浴衣を汚さないようにという配慮から、細巻きや小さないなりずし、生春巻きで包んだサラダが並んでいる。ピタパンに焼きそばやスパゲティが詰めてあるものもあった。さっそく子供たちが食いつき、美味しそうにもぐもぐしている。
「おいしー!」
「食べやすいね、これ!」
「からあげ食べる―!」
「わーポテトもあるー!」
その声につられ、遊馬や道明も料理に手を付け始めた。そして茜や流水もそれに続く。七海は何となく落ち着かずに家の中へと視線を送る。
「七海ちゃんも食べましょ?」
さくらが声をかけてくれたが、七海は頷いたものの、どうしても気になってしまう。
(どうして鷹兄、来ないんだろう。夕方には来るんじゃなかったの?)
絶対に似合うだろうと考えて選んだ浴衣だ。着てみて欲しかったし、浴衣姿で記念に写真も撮りたかった。
(それに浴衣姿がみんなから褒められたら、私も嬉しいし!だって私が選んだんだもん!)
七海は落ち着かない気持ちで料理をつまみ、茜や道明、遊馬とその兄妹たちともお喋りしながら共に写真を撮りまくった。




