パパはネコ討伐出来るのか?
七海のテニスコーチの夢が潰え、がっくりと肩を落としていると、五十嵐夫妻が買い物から帰宅した。
「アイス買って来たぞー!!」
その一声に全員がわらわら集まってくる。
「「「「「やったーー!!」」」」」
小学生を先頭に、中学生と兄達世代までもやって来た。
「おれ、これー!!ソーダ味すげー好きー!!」
「わーもなかあるー!!」
「おれ、みかんのやつーー!!」
「やったー、チョコのもらったー!」
小学生たちが競争でアイスを取り合い、皆お目当てのアイスをゲット出来て嬉しそうだ。七海達は大人や兄世代に譲ったが、「遠慮するなよ」と、笑顔で言われてお言葉に甘える。
「お疲れさまー!」
言いながら食べ始める。日差しこそ東屋の屋根で遮られているが、ムッとした暑さのために汗が止まらない。それでもアイスを食べていると、喉元からお腹までがすうっと冷たくなる。体感温度が少しだけ下がって気持ちが良かった。
「‥あら?トモ兄さんは?」
「鷹也とラリーやってるよ。」
さくらがそう尋ねると、恭平が楽しそうに答えている。
「ラリー?」
「ああ、ネットを挟んでお互いに打ち合う練習でね。コートの対角線同士がクロス、直線同士がストレート。通常は相手がいる位置にきちんと返して、ラリーを続けるんだよ。」
恭平の説明に初心者達がなるほどと頷いている。
「今はほら、打ちやすい球を上げてもらって返す練習だよね。ラリーになると、どこに来るか分からないから格段に難しくなる。でも出来るようになったら楽しいと思うよ。」
智琉も補足説明をしてくれ、小学生たちは早速「やってみたい!」と盛り上がっていた。
「お?あいつ、もうラリーデビュー果たしたのか!?これは討伐しないとダメだろ!!」
蒼介があっという間にアイスを食べ終えて、嬉しそうに笑った。
「息子を討伐するな!」
笑いながら駿がたしなめるが、大学生たちが今までの戦歴を話すと、途端に興味深そうな表情になる。雅や立夏も一緒になって笑っていた。
「試合形式でやるより、ラリー勝負でどうだ!?ハンデとしてシングルスVSダブルスだ!」
蒼介の提案に兄達が湧きたつ。
「「「それだ!!」」」
「そうよねえ初心者だったら、ハンデは必要よね。」
沙織がにこにこしながら言うと、恭平が笑い出す。
「ネコ一匹対ダブルスですよ。あいつが初心者なの、どうせ最初の5分だけなんで。」
兄世代達が揃って頷き、早速組み分けを考え始めていると、鷹也と智樹が戻って来た。汗だくで息が上がっている智樹と、汗はかいていても涼しい顔をしている鷹也の対比に、兄達は戦慄する。
「にーちゃん?‥とりあえず水分とアイス。大丈夫なのか?」
智琉がポカリとタオルを渡した後、アイスの包装をといてやる。
「‥こいつ!!どこが初心者だよ!!マジでふざけんな!」
智樹がギロリと睨むが、鷹也はすました顔でアイスを食べている。
「今日初めてだし‥」
「それならやっぱりシングルス対ダブルスでの討伐だな!!」
ニヤリと笑う蒼介に、智樹もニヤリと笑った。
「シングルス同士だとこっちがきついですからね!」
「そういえば蒼介、お前はいつテニス始めたんだ?」
駿の言葉に蒼介は「ん?」と首を傾げる。
「最近、会社の人に誘われて始めたばっかりなんだよ、ははっ!やっと試合のルール覚えたばかりでさ!いやあ楽しいよね!」
兄達の時間が止まった。反応も早く、安定して正確に打ち返しているのを見て、それなりに長くやっている経験者だろうと勝手に思い込んでいた。
((((あいつのバグは血筋か!))))
「そういやお前、体育の授業で、よくバレー部のスパイク叩き落として泣かれてたなあ‥」
「あはは、たまたまコースが読めただけだよ。」
そんな駿と蒼介の会話に、兄たち全員が恭平に注目する。
「もうやめて?俺のHPゼロになりそうだから‥」
ぼそりと呟いた恭平に、兄たちは大爆笑したのだった。
「よし鷹也!!俺たちと勝負だ!」
平和そうにアイスを食べていた鷹也に、蒼介&恭平コンビが勝負を挑む。
「‥なんの?」
「ラリー勝負!ああ、さっきやってたみたいな打ち合いな!5回ミスったほうが負けだ!」
鷹也の返事を待つこと無く、蒼介は息子を急かしてコートへ行くよう促した。
「まあいいけど。」
仕方なさそうにラケットを持ち、そのまま屋外コートへと移動する。興味にかられたらしい、小学生たちもわいわいと一緒になってついて行った。
「私も見たいー!」
流水が行くと、七海達も面白そうだとぞろぞろついて行く。そして大人たちも見物しようと続いた。
「いくぞーー!!」
早速蒼介がボールを打つ。エンドラインギリギリを狙った速い球だ。
「少しは手加減しろっての!初心者なんだからな?」
鷹也はエンドラインまで下がることなく、ノーバウンドで返す。
「だからお前が初心者と言っていいのはラケット持ってから5分までだ!」
恭平が逆サイドの渋いコースへと打ち返してくる。
「いよっと!」
ラケットを持ち換え、フォアハンドで恭平の横を抜くべくクロス方向へと構え、ストレートへ叩き込んだ。
「騙されたーーーー!!」
クロスに走りかけた蒼介が、必死に走り何とか追いついて打ち返す。が、鷹也は余裕で追いつき、ボールが地面に落ちるのを見届ける。
「アウトな!」
「くそおおおおおおお!!」
鷹也は笑いながらボールを出した。蒼介と恭平の間に落ちる、山なりの中ロブだ。一瞬、二人の間でお見合いになり、恭平が慌てて打ち返す。が、コースを読まれネット際に詰めていた鷹也が二人の逆サイドラインギリギリへとボレーを落とした。
「くっそ!!!」
蒼介が全力ダッシュし、ギリギリでボールを拾う。
「「「「うおーーーーー!!ナイスレシーブ!!」」」」
ギャラリーから拍手喝さいが起き、蒼介は爽やかに笑いながら手を上げた。
「すごいなー。ナイスー。」
鷹也は一本調子で言いながらぐっとテイクバックを大きく取る。
「打ち込まれる!?いや、フェイクか!?」
「恭平君、ネット際頼む!」
蒼介の指示で恭平が前衛に走る。蒼介はエンドラインセンターで構え、鷹也のフォームを見てコースを読んでいる。
「やりにくいな~」
楽しそうに言いながら恭平の逆サイドに打ち込むが、蒼介が完全にカバーに入った。
「俺らがお前を動かす側だっ!!」
エンドラインギリギリを狙い、ボールを叩き込む。しかしこれもコースを完璧に読まれ、簡単に打ち返される、が‥
バチッと嫌な音がして、ボールはネットをかすり、蒼介たちのコートに転々と転がった。
「えええええ!?」
「嘘だろおいいいいい!!」
二人が呆然とその場に立ち尽くす。ギャラリーたちは大騒ぎだ。
「タイム。なんか、網が切れたわ。」
ガットが切れ、幸か不幸かそれでも飛んだボールがネットを掠めてギリギリ落ちたのだ。
「はははは!運も実力のうちってか。」
駿が別のラケットを持って来て手渡してくれる。
「‥うーん、ちょい重さが違うなー‥芯の位置も変わるのか、これ?」
掌で面をばいんばいん叩きながら新たなラケットの感覚を試している。そんな鷹也の様子を眺めながら、駿は蒼介に声をかけた。
「おやー?初心者に二対一対決申し込んでおいて負けてるのか~?」
「うわそれ一番言われたくないやつ!!」
それまで余裕そうだった蒼介が、ムキになった瞬間だった。
「くっそー!行くぞ鷹也!!」
初っ端から強い打球をコース狙いで叩き込む。
「えーそんなにムキになるなよー!」
何とか追いつき、体勢を崩しながらも打ち返した後、即座に戻る。恭平が狙いすまして打ち込むが、そのコースすら完全に読まれ、追いつかれた。
「すっげー‥俺はボールの軌道見て走るんだけどさ、俺。鷹兄、マジで打った瞬間に走ってんのな。」
「なんで分かるんだろー!すっげーな!!」
遊馬と涼が二人で鷹也の動きを見ながら感心している。
(何なの?私の方が先にテニス始めたのに、何で鷹兄の方が上手くなってるわけ!?)
常に自分を置いて先に行く兄に、七海は悔しさからぐっと拳を握りしめる。初めて「自分が教えられる立場になれるかも!」という期待すら踏みにじられた気持ちだ。
「もう!!」
思わず声に出してしまうと、遊馬と道明がニヤッと笑った。
「よーし、それじゃ討伐隊を応援しようぜ!」
道明がそう言うと、遊馬が七海に笑いかけた後、コートに向かって叫んだ。
「鷹兄をぶっつぶせーーーー!!」
それを見た七海も、負けじと叫ぶ。
「お父さん、頑張って!!鷹兄なんて倒しちゃえーーーーーーー!!」
討伐隊への声援が大きくなり、ギャラリー達は全員、蒼介&恭平ペアの味方になっていた。
「‥へえ。応援されてるし、頑張れよ?父さん。」
周囲のギャラリー達に加え、討伐対象からもなぜか声援を送られ、蒼介は苦笑いを浮かべる。
「なんであいつあんなにムカつくの?」
「あなたのご子息ですが!?」
そんなやりとりをしながらも、ラリーは続いている。そして鷹也が打ち損じ、ボールがネットにかかると、二人は歓声をあげた。
「おいおいどうしたー!?打ち損ないかー!?」
「ネット超えないとダメですよー?」
そして調子に乗って煽りまくる。
「それはご親切にどうも~!」
そして全く動じることなくサラリと返され、二人は苦笑いを浮かべる。そして飛んで来たボールは、ネット際サイドラインギリギリの嫌な場所にポトリと落ちた。
「うわっ!!」
蒼介がダッシュで拾い、何とか打ち返すが鷹也は面白そうに蒼介側のエンドラインギリギリに山なりの中ロブを上げる。恭平が逆サイドにいるため、蒼介は自分が行く、とサインを送り走った。
「うおりゃ!!」
何とか追いついて打ち返すが、鷹也がニヤリと笑ってボレーを落とす。恭平と蒼介の間を突っ切るようなコースを取られ、動くことが出来なかった。
「くっそおおおおお!!」
「コースえげつねええええ!!」
悔しがる二人に対し、鷹也は楽しそうだ。
「教えてもらった通り面に当ててネット向こうに落とせたよー!アドバイス、ありがとね?」
笑顔で言われ、蒼介と恭平は「ぬおおおおお!!」と叫び声を上げる。
「いやあ‥あれ、素で言ってるんだよね?物凄い煽り返しになってるけど!」
駿の言葉に道明と遊馬が爆笑している。
「天然砲ってやつだな!」
沙織と雅が吹き出し、さくらまでも笑い出した。
「鷹ちゃん!?ちょっと意地悪すぎよ!?」
思わず雅が叫ぶと、隣で立夏が笑っている。
「そうだった?意地悪だったらごめんな?」
雅はうんうん頷いているが、蒼介と恭平にとっては更なる追撃となった。二人に言いようのないダメージが入る。
「なあ、いいこと思いついたんだけど!七海、鷹兄を討伐したいか?」
「‥うん。なんか悔しい‥でもさ、勝てる気がしないんだけど。」
遊馬が七海と道明、茜にこしょこしょと耳打ちをする。
「じゃ、正式に討伐隊員ってことで!」
4人は握手を交わし、不敵に笑った。
一方、ラリー勝負の方はと言うと、災害ネコにより蒼介と恭平が完全に追い詰められていた。フェイクに釣られ、二人の間を狙われて動きが一瞬止まる。弱点を的確に狙われ、上手く散らされた後にコース取りもされている。
「くっそ!なんて厄介なんだよ、あいつ!!」
蒼介が汗だくになりながら必死で食らいつく。恭平も既に息は上がっていた。二人で一人を狙い、さんざん走り回らせようと画策したが、結果的には自分たちが走り回らされているのだ。討伐対象も走り回ってはいるが、呼吸が乱れている様子すらない。ボールが飛んで来ると、それは楽しそうな様子で、「どこにしようかな」とばかりに視線を送っている。
「くっそ‥どっちだ!?」
蒼介は鷹也の視線、足の置き方、テイクバックの取り方、全てを見ながらコースと球速を推し量る。しかし悉く外され、走り回る羽目になっていた。
「なんであいつあんなに釣るの上手いんだよ!!」
またもや裏をかかれて走らされ、必死に追いついたものの、拾った矢先にボレーで落とされる。
「うわあああああ!」
「くっそおおおおお!」
二人の追撃も虚しく、コート内にボールが転々とするのを見送り、二人はがっくりと膝をついた。
「あれ?もう五回ミスった?」
鷹也のトドメの一言に、ギャラリー達も笑い叫ぶ。二人は悔しそうにコート外のベンチにどっかりと座り込み、天を仰いだのだった。




