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掌の眼  作者: 瑠璃雀
掌の眼
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1-8 水澤家集結! 1

 ゴールデンウィークに伴い、普段から仕事で飛び回っている雅と、海外で単身赴任をしている蒼介が混雑を避けるように少し早めの帰省をしていた。普段会う時間が少ないため、帰省する前に二人で落ち合ってから一緒に帰ってきているらしい。


 霧江は事前に夫婦の部屋の準備を整え、食材を買い込んでせっせと下準備に励んでいる。その日、七海も流水も部活があるため、朝から学校へ行っていた。


「ただいまー!」 「やっほう!!」

 霧江はフッと笑い、玄関へ二人を迎えにゆく。時刻は昼前、一緒に家で昼食を取りたいという雅の言葉通りの時間であった。

「姉さん、蒼介さん、おかえりなさい。」

 雅は霧江の姉で二歳年上であり、夫の蒼介は雅の一つ年上である。毎年5月5日のこどもの日は、蒼介と雅の誕生日とも重なるため、盛大にお祝いをするのだ。


「霧江ちゃんの料理が楽しみ過ぎて!夜しか眠れなかった!!」

 蒼介は年齢の割に若く見られることが多く、服装がカジュアルだとその言動とも相まって、20台後半でも通用しそうなほどである。

「‥夜寝られたならいいじゃないですか。」

 ジト目でツッコミを入れる霧江に、爽やかに笑って親指を立てて返す蒼介はどこか憎めない。

「いつもありがとう!霧ちゃん!七海や流水が迷惑かけてない?」

 にこやかに笑う雅もすらりと背が高く、黙っていれば落ち着いた美人である。


「七海も流水もいい子達だもの。本当に可愛いわ、あの子たち。」

一度結婚に失敗し、病気を機に自分の子供を持つことを諦めた霧江だったが、七海と流水を本当の娘のように可愛がってくれていることを雅も分かっている。

「いつもありがとう。写真とか、ちょっとした出来事まで共有してくれるから、私たちも嬉しいの。」

 雅の言葉に霧江は笑顔を向ける。霧江と雅と蒼介、三人だけが閲覧できる子育てブログ。ここに娘たちの成長記録や写真をアップしてくれているのだ。


「あの子たち、今日は部活なので帰りは夕方かしらね。ゴールデンウィーク中も部活みたい。」

 霧江の言葉に二人は笑顔で頷いた。

「ってことはだ、感動の再開は夜の帷が落ちた静けさの中でのイベントかっ!?‥今からドキドキワクワクだね!!」


 蒼介の言葉に霧江が思わず吹き出してしまう。お調子者といった印象であるが、これでも仕事は出来るらしい。

「‥あなた達二人がいたら静けさも吹き飛ぶでしょうけどね。」

 霧江の冷静なツッコミに蒼介と雅が笑い声を上げる。とにかくこの二人はいつも楽しそうに笑っていて、見ているこちらまでもが楽しくなってしまうのだ。


 昼食は蒼介と雅のリクエストで、えびグラタンにガーリックトーストとサラダ、チキンの和風グリル、コーンスープである。食後には火乃宮家の立夏が営むケーキショップの特製プリンだ。

「うまっ!やっぱ霧江ちゃん天才!!」

「あー!このえびグラタンのために私生きてるんだわ‥」

 会話もそっちのけで舌鼓をうつことに夢中になっているのを、霧江は嬉しそうに見ていた。料理の腕はそれなりに磨いてきたつもりであるが、これほどまでに喜んでくれると作った甲斐がある。


「霧江ちゃんはお仕事順調?‥家事をしながらだと大変よね?」

 食事を終え、人心地ついた所で雅が心配そうに尋ねる。

「そうね、最近はありがたいことに依頼も増えてきたから、忙しいけれど。逆に家事が良い息抜きになってるわ。」

 そう微笑み、プリンを口に運ぶ。とろりととろけるような食感と、上品な甘さが口いっぱいに広がってつい頬が緩む。


「プリンうまっ!!なにこれ!?今まで俺が食ってきたプリンは何だ!?プリン味のゼリーかっ!?」

 蒼介のリアクションについつい笑ってしまう。

「あ~~立夏ちゃんのプリン!!私、こんなに幸せでいいの!?いいわよね!?」

 そして雅も負けてはいない。この夫婦はいつもこんな調子なのだ。


「よ。」

 音もなくダイニングを覗き込んで声をかけて来たのは鷹也である。

「鷹ちゃん!!」 「おおお!愛しのマイサン!!」

 思わず立ち上がって声を上げる両親の勢いに、少しだけ距離を取る。

「‥元気そうだな。」

 霧江が買ってきたプリンを冷蔵庫から出し、コーヒーを注ぐと、笑顔を向けてテーブルに促す。


「背、伸びたんじゃない?」 

「俺は完全に抜かれたな‥」

 雅も比較的身長は高い方だ。更に蒼介は背が高く、それよりも高いのが鷹也だ。

「身長だけはね。」

 鷹也はそう言ってコーヒーとプリンに手をつけた。

「鷹ちゃん?」

 表情の変化に乏しい息子の様子をじっと伺っていた雅が、少し咎めるような声色で呼びかける。

「‥ん?」

「前回ご飯を食べたのはいつ?」

 鷹也が一瞬ぴくっと動き、すいっと雅から目を逸らす。

「‥えっと‥今日?‥あれ?‥昨日?‥かな?」

 思い出さないと分からない時点で色々とアウトだろう。蒼介は苦笑いを浮かべる。そして雅はため息をつき、再び質問する。

「前回寝たのはいつかしら?」

 プリンをすくいながら、それでも鷹也は視線を彷徨わせた後に口を開いた。

「昨日‥?‥あれ?‥一昨日、くらいだったような‥?」

 何かに集中すると食事と睡眠をうっかり忘れる息子に、雅は厳しい眼差しを送った。

「鷹ちゃん?」

「分かったって、後で食うし寝るから。たぶん。」

「またそうやって!後回しにしたらあなたそのまままた忘れるでしょう?」

 鷹也が面倒そうにそっとため息をつくが、それでも嘘をついたり誤魔化したりしないことに、雅はつい微笑んでしまう。


「鷹也~1日は24時間だからな?忘れちゃダメだぞ~このお茶目さんめ~!」

 蒼介が笑いながら言い、鷹也は仕方なさげに頷いた。幼い頃から何かに集中し始めると、他のことに全く気が回らなくなる子供であった。そして電池が切れると気を失うかのように熟睡モードに入る。

 この癖は今でも治っていないようで、時折倒れては病院に担ぎ込まれるという事件が起きている。

「軽度とはいえ、睡眠不足・脱水・栄養失調、で三暗刻か。役満だろ、それはー!」

「‥四暗刻じゃないと役満にはならないけどな?」

 蒼介のツッコミに対し、冷静に反論するのもいつものことだ。たまに顔色が悪いことはあっても、そもそもが大食漢であるためにそこまでガリガリではない。むしろ工事現場のアルバイトやクラブ活動のバスケもこなしているので、体格的にはさほど不健康そうには見えないのだ。


 しばらくは両親や霧江の話、鷹也の大学の話に花を咲かせた。

「そういや父さん、海外ってどこ行ってたんだっけ?」

「ドイツだってばー!鷹ちゃん、わすれちゃ嫌!」

 そうは言うが、ヨーロッパを転々としているらしく毎回聞くと違う場所なのだ。

「蒼介さん、かなりあちらの言葉に強くなったわよね?‥以前はたまに企画書とか、内容が分からないって連絡きたけど、最近はめっきり減ったわね。」

 霧江が微笑みながら言うと、蒼介は少しばかり顔を赤くした。


「そりゃー!俺だって努力しますぅ~!いつまでも霧ちゃん頼るのも良くないし!息子が変態なんだから負けてられないしー!」

「ナチュラルにディスらないでくれる?」

 そんな息子はコーヒーを口にしながらすましている。幼い頃から専門書や学術書を国内外問わず読み耽っている鷹也は、何カ国語が理解出来るのか本人にも分からないらしい。霧江ですら翻訳の件で鷹也に相談するほどだ。

「ああもう!そういうクールさが素敵!!」

 そして蒼介は相変わらずのテンションで息子に絡み、すこしばかり冷たい視線を浴びるのだった。



夕方になって流水と七海が相次いで帰宅する。

「おかえりーー!」 「おかえりなさぁい!!」

 明るい両親の出迎えに、七海も流水も嬉しそうだ。部屋に荷物を置き、さっさと着替えてリビングに集まってくる。

「ィヤッホー!これで家族全員だなっ!!」

 毎回帰省の度に蒼介が叫ぶのもいつものことだ。はしゃいでいる流水と、落ち着いているように見えて明るい表情を浮かべる七海、普段通りの鷹也、この微妙な温度差が面白いと霧江は思うのだ。


「そいえばね!開眼?したの!で、こないだ開眼の儀?ってやつやったんだ!」

 流水が興奮したように報告する。

「おおー!開眼したのか!さすがだな!!」

 蒼介が目を細めて嬉しそうに流水の頭を撫でる。

「みてみて!っていうか、みんなのも見たい!」

 七海の心にちくりと嫌な痛みが走った。

(これまでは、閉じた眼が当たり前になっていて、気にならなかったけど。‥流水が開眼したことで、どうしても考えちゃうな‥)

 


「あ、父さん、ちといいか?」

 鷹也がスッと立ち上がり、蒼介を促す。声をかけられて少し嬉しそうな表情を浮かべ、鷹也と共に外へと出て行った。


「え?あれ!?‥もーお父さんのも見たかったー!」

 そういう流水に、雅がふと真剣な眼差しになる。

「‥蒼介さんはね、開眼しなかったの。」

 流水と七海も驚いて雅を見やった。七海自身、自分の“眼”のことばかりで、父や母がどうだったのか、考えたこともなかった。


「気を遣わなくていいわ。あの人も今は素直に流水のことも七海のことも喜んでいるから。‥ああいうときに鷹ちゃんがさりげなく気を遣ってくれるしね。親子で話したいこともあるのでしょうし、今のうちに流水ちゃんの話を聞かせて?」

 少し驚いた流水だったが、雅の笑顔にホッとした様子で話し始めた。

(‥お父さん、開眼出来なかったんだ‥どんなにショックだっただろう。)

 七海は何とかにこやかに流水たちの話を聞いていた。しかし胸の内では父親が感じたであろう痛みが、ちくちくと刺さっていた。開眼してはいても閉じたままである自分とは全く話が違う。妖や影は見えるし話も出来る。もし父と同じ立場だったら、あんなふうに明るく振舞うことは、きっと出来ないはずだ。


 考え出すと止まらず、胸の奥にズキリと痛みが走る。これまでそんな素振りを一度も見せてこなかった父だが、自分や流水の開眼のことをどのような気持ちで聞いていたのだろうか。


「ね、おねえちゃん?」

 いきなり声を掛けられ、七海は驚いて飛び上がりそうになった。

「え?‥あ、ごめん!話きいてなかった!」

 霧江と雅の“眼”を見せてもらったのだという。これまで七海は自分の“眼”が閉じたままということにしか気が回っておらず、他の人たちの“眼”のことなど考えたこともなかった。


「私と霧江はね、風系の家系なの。」

 初めて見る母と霧江の“眼”は、どちらも虹彩が薄い緑色だ。ちょうど今の若葉のような緑色は、つい見入ってしまうほどに美しい。瞳孔は更に薄く黄緑にちかい色だった。

「なんかキレイ。‥そういえば遊馬の方がもう少し、緑が濃かったかも?」

 ふと七海が思い出したように呟く。人によって眼の大きさが微妙に異なる。細い目やぱっちりした目、これは顔にある目と大差がない。ちなみに右手には右目、左手には左目というのも面白い。


「ナナちゃん?」

 雅が柔らかな笑顔を向けてきて、七海はつい表情が固くなってしまう。これまで、自分の開眼については改めて説明はしてこなかった。

「開眼はしたけど、眠っているみたい。」

 それだけは伝え、眼の話題を避けて来たのだ。もしかしたら両親ともに自分に気を遣ってくれていたのかもしれない。


「わたしはね、ナナちゃんの“眼”は必ず目を覚ますと思っているの。それまでどんな色かしら?って想像するのが楽しみなのよ?」

 そう言って笑う雅に、七海は泣きそうになる。母も兄も自分のことをバカにしたり、蔑んだりするようなことは決してない。だから自分は落ちこぼれでもなければ、いらない子でもないのだと実感出来るのだ。



「鷹也ちゃん?俺はお前が思っているほど気にしちゃいないぞ?」

 蒼介が飄々と言い、ヘラっと笑ってみせる。

「ん?俺は用があったし、妹達の前で言うことでもないし、だから呼び出しただけなんだが?」

 鷹也から冷静なツッコミをくらい、蒼介はフッと真顔になる。

「ほんっと、お前のそういうとこ可愛げがないよなー!カッコいいパパの出番を返せ!」

 そう言いながら近くの自販機でコーラを二本買い、一本を鷹也に投げる。

「カッコいいパパならこういうときはブラックコーヒーじゃね?」

 キャップを開けながら鷹也はニヤッと笑い、蒼介もニヤッと笑い返す。


「まあ実際さ、俺がいたら流水も気を遣ってはしゃげなかったよな‥」

 蒼介は少しだけ寂しそうに呟く。

「‥まあな。」

 その後、蒼介は意を決したような真剣な眼差しで鷹也を見る。

「なあ、お前は、俺を“無能”だと、そう思うか‥?」

「‥は?いや?何言ってんだ?」

 突然何言い出すんだ、このオヤジはといった様子に蒼介はフッと笑う。

「‥ずっと昔からな、お前に聞いてみたかったんだ。怖くて聞けなかったがな。」

 蒼介が情けなさそうな顔で呟くのを鷹也は横目で見やり口を開く。

「水澤家、特に本家では開眼しなかった者などほぼいなかった、と聞いた。」

 その言葉に蒼介の表情が微かに歪む。

「だとしたら、父さんこそが“特別”なんだろう?少なくとも俺はそう思ってるけど。」

 続く鷹也の言葉に、蒼介は慌てて目を拭う。

「おまっ!何なの!?お前ホント人生何周目なの!?俺のカッコいいパパ像、崩壊じゃんか!」

 蒼介は笑いながら言い、鷹也も微かに笑みを浮かべる。


「ってか、お前が俺に話そうとしたことってなに?」

 蒼介が気を取り直して聞くと、鷹也は軽くため息をついた。

「父さんとは少しばかりケースが違う。‥七海のことは聞いているか?」

「あ~‥開眼したと聞いた後、何か塞ぎ込んでいる様子だったんだよな。ミヤちゃんから一応は聞いているけど。七海はその話題を明らかに避けていたしね。‥正直聞けてない。」

 鷹也は七海が珍しい両手開眼者であること、けれど開眼したあとすぐに両目とも閉じたままになっていること、流水が今回開眼したことで相当堪えているだろうことを伝えた。


「うわ~それはそれできっついな。‥たぶんミヤちゃんが俺のことを話しただろうし。これは!?カッコいいパパお披露目チャンス到来か!?」

 すぐに調子に乗ってしまう蒼介だが、鷹也はニヤッと笑って頷いた。

「‥パパ大好き!とか言われちゃうかもなぁ‥」

「うぉー!これはもう!一肌でも二肌でも脱いじゃうよ!?はーっはっはっは!」

 どう見てもお調子者であるが、内心では七海に対しての心配と、どのように対応すべきか深く考えていることを鷹也は知っている。

「あ、なあ!眼が閉じているってさ、そういうこともあるのか?」

「‥いや?じっちゃんも初めてのケースだと言ってたよ。」

 蒼介は少し考え込むような表情を浮かべ、鷹也を見やる。

「けど、お前、何でかはある程度分かってるんでないの?」

「さあてね。推測の域を出ないよ。けど、父さんにも七海のフォローはして欲しい。父さんにしか出来ないこともあるからね。」

 ダメ押しの一言を放った後、鷹也は蒼介と別れて家へと戻った。元々鷹也は祖父篁の離れで暮らしており、大学入学後はそこも離れて独り暮らしをしているのだ。



「おとーさんおかえりー!あれ?鷹兄は!?」

 玄関を開けると流水が真っ先に迎えてくれる。

「ああ、ちょっと話した後に帰ったよ。明日も朝から練習があるらしくてね。」

 流水は真面目な顔をして蒼介を見つめる。

「ごめんね、お父さん。‥私、つい浮かれちゃって。でもね!お父さんはお父さんだから!だから‥」

 目に涙を溜める流水を蒼介は優しく抱きしめた。

「何言ってるんだ!謝る必要なんてないんだぞ?パパはなー特別に能力を持たなかった!そう、パパにしか出来ないことがあるからな!」

 そう言って笑う蒼介に、流水はずびっと鼻を啜り、ふにゃっと笑ったのだった。


 その後は流水や七海の学校生活の話題で盛り上がり、霧江の作った夕食に舌鼓を打った。父が楽しそうに笑うたび、七海の心も自然に解れていく。散々笑わされ、一緒に騒いでいるうちに、気がつけば七海もすっかりつられるように笑っていた。

 こうして水澤家の夜は、穏やかに更けていく。



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