1-7 妖さんと影さん
流水の最近の日課は、朝、少し早く登校することだ。最初は小学校からの同級生たちと一緒だったのだが、人気のない校庭で妖や影たちを見つけては挨拶をしたり会話をしたりしている。
『オハヨー!またきたー!』『きてやったぞー!』『ルミおはよー!』
校庭の隅、人目につかない場所に数体の妖たちがいる。人みたいな形状の妖もいれば、動物のような形状の妖もいる。半透明のような、わずかに光っているような、不思議な存在だ。
「みんなおはよう!こうしてお話出来るの、嬉しいな!」
流水は地面に座り、にこにこと微笑んだ。
『わーい!』『きょうは天気いーねー?』
大した話題があるわけではない。しかし、妖たちと話していると何となく落ち着くのだ。
「そだねえ。天気が良くて気持ちいいね?雨の日ってどうしてるの?」
『あめにあたるのすきー!』『ボクきらいだからおへやー』『つめたいねー』
どうやら個人差?があるらしく、雨でも外で過ごすもの、室内で雨を眺めるものと分かれるようだ。話を聞いてみると、あちらこちらを散歩し、花を眺めたり風を感じたり、鳥や動物たちとおいかけっこをしているらしい。そして一族の者たちと会話やふれあいを交わす。
『ルミはタカヤのいもうと?』『ナナミの妹?』
「そうだよー!私のお兄ちゃんとお姉ちゃん。」
妖たちはそれだけの会話できゃっきゃっと騒ぐ。
『ナナミたまーに話すー』『ちかづけないこともあるー』
そんな言葉に少し引っかかりがあり、聞いてみたがどうも良く分からなかった。嫌われているわけではなさそうなので、疑問には思う。
「でもおねーちゃんはいつも頑張ってて凄いんだ!」
にこにこしながら流水は言い、妖たちを撫でる。
『ルミに撫でられるのいいなー』『タカヤほどじゃないけどなー』
妖たちは素直で嘘がない。きっと彼らがそう言うのだから、そうなのだろう。
「撫で方なのかな?」
聞いてみるが、そういうことでもないらしい。今度兄に聞いてみようと思い、校舎の時計を見やった。
「あ!もうそろそろ友達来る!たまにこうやってお話ししてくれる?」
『いいよー』『またなでてー』『ばいばーい』
妖たちに見送られ、流水は足早に教室へと戻って行った。
「あれ?おはよう!どこ行ってたの?」
友達に聞かれ、流水は笑顔になった。
「トイレ行って散歩してた。最近、独りで散歩するのもいいなって思ってて!」
「散歩ってー!おばあちゃんじゃないんだから!」
そんなやり取りの後はすぐに会話が切り替わり、話題の動画やスマホゲームの話しになる。流水は課金のないパズルゲームが好きで、たまに熱中してしまうこともあった。
「ルミもこのゲーム、一緒にできたら良いのにー!」
オンラインでパーティーを組むMMORPGをやっている友人も多いが、流水は苦手だった。
「わたしお菓子作り好きだしさ。お小遣いはそっちに使いたいから、強くなれないし。迷惑かけちゃうもんねえ。誘ってくれてありがと!」
にこにこと言われると、友達もそれ以上は誘ってこない。時折流水が作っては持ってきてくれる、クッキーやマフィンもありがたく頂いているのだ。
昼休み、皆でお弁当を囲んだ後は再び一人で散策する。校庭の隅に佇む影を見つけ、ゆっくりと近づいた。
「こんにちは!」
流水が挨拶をすると、影がこちらを見た。影達は生前の姿を保っていることが多い。しかしどこかあやふやで、ぼんやりとした印象がある。きっと近視の人が裸眼で人をみたら、こんな風に見えるのかもしれない。
『‥やあ、きみは‥そうか、あの一族の子なんだね。』
「うん、水澤流水っていいます。」
影は少し微笑んだように思えた。
『ああ、水澤の‥彼は、鷹也くんは元気かい?』
「え!?お兄ちゃんを知ってるの!?」
やはり姉や兄を知っている者たちは多い。
『ははは。彼とは色々と話したからねえ。』
穏やかに、しかし嬉しそうな様子に流水もつい笑顔になってしまう。
「そうなん、ですね?」
『あはは!そんなに丁寧じゃなくていいよ。』
性別や年齢も分かりにくいが、おそらく年上のような気がして流水は言葉遣いに迷ってしまう。しかし妖も影も、そこに拘る者の方が少ない気がする。
「ふふ!ありがとう!今日もいい天気で気持ちいい!」
流水が空を見上げて伸びをすると、影も同じように空を見上げているように思える。
『そうだね。‥君にはお姉さんもいるよね?』
「うん!七海っていうの。私が1年生で、お姉ちゃんが3年生!」
影は穏やかに佇み、こちらを見る。
『彼女は眩しいねえ。外の体育でも一際目を引く存在だ。』
そんな風に言われ、流水は嬉しくなった。運動音痴の自分と違い、姉は運動神経も良く体育では大活躍なのだと、道明に聞いている。
「おねーちゃん、運動神経いいから!」
ちょっと自慢げに言うと、影は笑い声を上げた。
『‥そうだね。そしてそれ以上にエネルギーに満ち溢れている。』
流水は首を傾げ「えねるぎー?」と小さく呟いた。
『個人差があってね、僕らにはそれが見える。るみちゃんか、君は穏やかで温かだ。君のお姉さんは、余りに強くて眩しくて‥僕らには少し辛いこともある。』
流水は篁の屋敷で気付いたことがあった。もしかして、と思い聞いてみる。
「おねーちゃんの周りにはね?妖さんも影さんも、そんなに寄らないときがあるように見えるの。それってそのせい?」
影は穏やかに流水を見ている。
『‥うん。少し距離を置かせてもらっているよ。火乃宮の子といると、安定していることは多いかな。』
たぶん茜のことなのだろう。姉と茜は仲が良く、いつも一緒に行動している気がする。流水も時折お菓子作りを一緒にすることはあった。七海は料理やお菓子作りが絶望的に苦手で、食べる専門なのだが。
「茜ちゃん、優しいよね!」
流水はにこにこしながら自慢げに言う。
『ははは‥そうだね。あの子は強いのに柔らかい。僕らにも優しいしね。』
影も楽しそうに同意した。そういえば兄の周りには妖も影も、やけに数が多い。
「鷹兄は?一見怖そうだし!強そうなのに!」
何となく気になって聞いて見ると、影は校庭の方へと向いた。
『彼はね‥エネルギー自体、強いし大きい。けれど‥抗えないほどに強く惹きつけられる。僕らにとって、本当に心地良いんだ。』
何となく納得した。妖も影も、兄が呼び寄せているわけではなく、率先して傍にいるように見えたのも間違いないらしい。
「そっか!だから鷹兄の周りには、妖さんや影さんが多いんだね!」
『‥そう、だね。』
何となくその返事に違和感というか引っかかりがあり、流水は思わず聞いてみる。
「他にもなにか理由があったりする‥?」
どうやら図星だったらしく、影はゆらりと動いた。
『ははは‥君は鋭いね。‥でもこれは内緒だよ。きっと彼は話して欲しくないだろうから。』
流水にとって、兄はよく分からない人だ。ただ大好きな兄であることに変わりはない。
「そっか!あのね、お姉ちゃん、たまに辛そうなの。わたし、なにをしてあげられるかな?」
流水が開眼した後に「私の眼はねぼすけみたい」そんな風に言っていた七海だが、やはり気にしているようにも見える。たまに落ち込んでいるようにも見えるのは、もしかしたらそのせいなのかもしれない。流水はそう思っていた。
『‥優しいね。でも、君がそう思っていられればきっと大丈夫だよ。友達もいるし、あの子は優しくて強い子だからね。』
流水は嬉しくなり、頷いた。
「ありがと!こうしてお話しするのって嫌じゃない?」
『ははは。歓迎するよ。‥もうすぐ昼休みも終わるね。現実も大切に!』
「うん!わたしね?みんなと仲良くしたいから大丈夫!ありがとう、またね!」
流水がそう言って手を振り立ち去ると、影はその後姿を見送った。
『‥いい子だな‥』
誰もいない校庭の隅っこで、影はそう言って楽しそうに呟いた。
流水が教室に戻ると、友達が好きな曲の話題で盛り上がっていた。男子が曲名を思い出せずにワンフレーズを歌い出すと、皆がそれに続く。
「歌詞がいいよね!」
一人が言えば、
「何かさ、落ち込んだときにこう、グッとくるっていうかさ!」
「あんた落ち込むことなんてあんの!?」
「あるっての!!」
「あははははは!!」
流水も、そんな輪の中に入り一緒に笑った。同じ世界を見ることは出来なくても、こうやって一緒に笑い合うことは出来るんだと実感する。
5限目は、流水の大嫌いな数学の授業である。教科書を睨み、眉間にシワを寄せて考え込むが、数字と文字列がダンスを踊りだし、軽快なステップを刻み始める。
(日本語で書いて欲しい)
いや日本語なのだが。そもそも「数学」という字面が良くない。
(「すうがく」 うん、これならイケるかも!)
勉強内容になにも変化はないはずだが、流水はにっこりした。
「はい、じゃあ水澤さん!」
突然名を呼ばれ、流水は立ち上がった。
「はい?」
きょとん顔の流水に、思わず先生も笑ってしまう。
「こら!聞いてなかったな?」
「ごめんなさい!数学ってひらがなだったら、まだ怖くないのにって考えてました!」
流水の発言に、笑いが起きる。
「わかる~!」
「数学ってさ、漢字がもう攻撃力高い!」
クラスメートの声に先生もついつい笑いだしてしまう。
「ははは!そんなに怖がらなくてもいいんだけどね?」
先生は流水を座らせ、もう一度、生徒一人ひとりの顔を見ながら説明をしてくれる。何とか集中しようとするのだが、先生の声はだんだん遠くなり、流水の耳は徐々にちくわ化していくのだった。
チャイムの音と共に数学の授業は終わり、流水は机にぐたーと伏せてしまう。
「流水、ほんと面白いわ!」
「むり‥今はまだ耳ちくわだから‥」
前の席の女子に話しかけられるも、会話出来る気がしない。
「耳ちくわて。」
隣の席の男子までもがけらけら笑いだし、しばらく「耳ちくわ」が流行ったのだった。
授業が終わり、帰り道には友人と仲良く喋りながら歩く。流水の家は学校から徒歩20分程度かかるため、遠い方だ。一人減り、二人減り、途中で会った妖がぴょこぴょことついてきてくれている。
一人になったタイミングで道を逸れ、人気の少ない林へと歩いた。
「ついてきてくれたんだー!」
『うんー!きのうもお話ししたし!』
木の根に腰掛けると、妖もその横にちょこんと座る。
「今日はなにして遊んだの?」
『ネコとおいかけっこしたー!』
動物たちの中にも、妖や影が見える子はいるらしい。ちゃんと姿を認識しているのか、「何か」を感じて追いかけるのかは分からないが。
「そういえばさ、みんなは神楽のことって知ってるの?」
『しってるよー!ひとによってちがうね?』
妖はそう言ってもぞもぞと動き出す。それが神楽の真似をしているのかまでは分からない。
「そうなんだ?わたしはまだ覚えたばっかりなの。」
流水は祖母から教わった手の動きをなぞる。
『へー!なんかいい!』
妖はくねくね動きながら褒めてくれる。
「何がいいかんじ?」
『んとねー!ながれ!かぐらはねー流れ、たいせつ!タカムラすごいー!』
流水は祖父の神楽を見たことはない。一族の総代という一番偉い人だということは聞いている。
「お姉ちゃんの神楽もすっごいカッコよかったよ?」
『ナナミはひとりだといい。でも、みんなと合わせるのは少しむずかしい!』
「え、そうなの?」
『そのうちわかるよ~!ルミは流れがいいから、きっとだいじょうぶ!』
開眼の儀のときは、人と一緒に舞っていた。違和感はなかっただけに気になったが、まずは自分が覚えないと!と、気を取り直す。
「あ!鷹兄はどうなの?」
『タカヤはすごいよー!タカムラとはちがうの。とにかくすごい!』
やはり兄はベタ褒めらしい。流水はふふっと笑った。
「わたしもすごいって言われるようにがんばろー!」
『がんばれー!』
ひとしきり話した後、流水が立ち上がるとスマートフォンが鳴った。ちょうど鷹兄が近くに来ているらしい。少し話してみたくなって連絡していたのだ。
「よし、じゃあお祖父ちゃんち行こっかな!」
「よ。元気そうだな。」
兄が出迎えてくれ、奥の離れに通される。湧水池や築山があるために、ここにも離れがあるとは知らなかった。母屋からも離れており、人気がなさすぎて少し寂しい印象すらある。
しかし、妖と影が非常に多い。母屋にはちょくちょく行っているが、ここまで多くはなかったはずだ。
「ここ、妖さんや影さん、すっごく多くない?」
母屋では数体しか見なかったが、ここには30体近くいそうな気がする。
「湧水があるから集まりやすいのかもな。」
鷹也は言いながら、冷蔵庫から出したばかりの冷たいお茶を渡してくれた。
「ってか、どうしたんだ?急に。」
流水が会って話したいというのは珍しい。鷹也が七海や流水たちの家に行き、そこで会話を交わすのが常だ。
「あ、大したことじゃないんだけどね?えっとー神楽ってさ、なんのためにあるの?あ、もちろんお祖母ちゃんからは聞いてるの。でもね、鷹兄とか霧江さんとか、ママにも聞いてみたいなって思って。」
妖が鷹也の周りに集まり、頭の上や肩の上、足の上にまで乗っかっては寛いでいる。
「感情っていうのもね、一種のエネルギー。その中でも怒りとか悲しみ、恨み、憎しみ、そういったマイナスの感情って重く、淀むんだ。そうなってくると、俺らには黒い靄のようにそれが見える。」
流水は思わず自分の手のひらを見つめる。この眼が出てから妖や影とも会話が出来たり、触れたり出来るようになった。
「そういった悪いものを祓い、浄化するのが俺ら。けどそれは眼が発現した後に、神様に神楽を奉納し、認められたら、そういった力を貸してもらえる。」
流水は真剣に話を聞き、こてんと首を傾げた。
「眼があるから出来るっていうわけじゃないんだよね?」
「そうだね。眼があると祓いや浄化の力を貸してもらえる、チャンスを貰えるだけだ。」
流水はやはり少し難しそうな顔をしている。
「霊能力者の人たちとはちがう?」
「そうだね。彼らはマイナスの感情を強く持つ影に対してだけ、影響を持ってるかな。偽物も本物もいる。本物の中には、見る力に優れている人もいるよ。」
流水は難しい顔をしたまま、貰ったお茶を飲んだ。
「影と幽霊ってちがうの?」
眉間にシワを寄せたままの流水を見て、鷹也が笑みを浮かべる。
「似たようなものと思っていていいよ。明確な区別は付けにくいしね。‥それよりそのシワ消えなくなるぞ?」
流水は慌てて人差し指二本を使い、眉毛の根本を引っ張った。
「さて、それじゃ神楽だけど。そういった靄を祓うのは物理的に消すわけじゃない。神の力を借りて、嫌な感情たちを昇華させる。解放するというかね。そのために音と動きを使って靄たちを解し、広がらないように集め、マイナスの感情を断ち切っていく。」
流水は祖母から教わった手の動きを再びトレースした。
「そう。集まったマイナスエネルギーは凝り固まっているからね、神の力、神性エネルギーとでもいうのかな。それを上手く使って凝り固まってしまったものを解すイメージだよ。」
立ち上がり、その場で足の動き、手の動きをもう一度再現する。まだうろ覚えではあるのだが。
「神楽を奉納し、神から認められると分身のような物をもらえる。それが式だ。」
鷹也の頭上に白銀の鷹が現れて頭の上に止まる。
「わわっ!!すごい!!超きれいでカッコいい!!」
流水は目をキラキラさせて鷹に見蕩れた。
「もらったら名付けをする。こいつはブラン。」
流水は目をキラキラさせたまま、「ブラン」と呟いた。
「お話しするの?この子。」
「話せるのは自分の式とだけな。まあじっちゃんは別だけど。」
流水は自分にもいつか貰えるかもしれないと、期待のこもった眼差してブランを見ている。
「‥で、この式が神楽の時に楽器や武具へと変わり、祓いや浄化を助けてくれるんだ。」
以前にも聞いた気はするが、やはり祖父や祖母の前だと緊張してしまっていたのと、急に色々重なったためにとても覚えきれていなかった。
「‥そっかー!ありがと鷹兄!また聞いちゃうかもしれないけど、いい?」
「もちろん。」
子供の頃から穏やかで優しい兄だ。怒鳴られたり、叩かれたりというのもない。
「あ!あとね?妖さんや影さんとも仲良くしたくて。もちろん学校の友達も仲良くするよ?‥大丈夫、なんだよね?」
流水は近くに寄って来た妖を撫でてみる。
『くすぐったいー!』
そんなことを言いながらも嬉しそうな妖に、流水はついにっこりしてしまうのだ。
「大丈夫だよ。但しこれだけは約束して欲しい。」
鷹也が表情を引き締めたので、流水も姿勢を正した。やはり兄は真顔になると目が怖い。
「もし、妖や影たちから助けを求められることがあったら‥」
流水はドキリとした。そんなこともあるのか、と。
「その時は必ず俺に連絡するんだぞ?」
何となく、これは絶対に守ったほうが良いような気がして、流水は頷いた。
「うん。‥でも何でか聞いても良い?」
「まだ流水には助けられないことの方が多いからね。慣れていないと、流水にも妖たちにも危険が及ぶかもしれない。だからだよ。」
確かに自分はまだ何も出来ない。どんな状況かは分からないけど、人助けだって出来ないことはたくさんある。
「そっかー!どんな小さなことでも?」
「どんな小さなことでも、だ。」
何があってもきっと兄は助けてくれるし、これだけ妖や影が集まって来る人だ。だから兄に相談すれば間違いはないんだろう。
「ありがと!お兄ちゃん!」
すっかり日が暮れてしまったため、その日は兄に送られて家まで帰ったのだった。




