開眼の儀 儀式のあと
何となくふわふわした気持ちのまま立っていた流水に、祖父がいつもの優しい笑顔を浮かべて声を掛けてくれた。
「さて、こちらはこのまま片付けを行うのでな。先に霧江や七海の所へ戻っておれ。ワシらも少ししたらそちらに行くからな。」
流水もにっこり笑顔で頷いて歩き出す。そして扉の前でぴょこんと一礼し、元来た廊下へと戻って行った。
「‥やっぱりここにいるんですね。本来なら、当主と儀式を受ける者しか入れないはずなのに。」
美智がそう呟くと、他の当主達もにやりと笑って鷹也を見やる。
「理由を聞かれても俺にも分からないからな?」
鷹也は不服そうに言い、当主達も仕方ないと諦めたように立ち上がった。四人でこの奥の院を手早く片付ける。流水の髪はこのまましばらく捧げた後、水澤家の桐箱に納められる。渡された神具もまた、悪用されぬようこの場で髪を切り、篁が持ち主と結ぶ役を果たしているのだ。
「後はやっとく。流水も待ってるだろうから、先に行ってくれ。ああ、この箱も俺が持っていくよ。‥腰痛めたんだろ?」
鷹也の言葉に土門は破顔した。
「だいぶ良くはなったがな、すまん、頼むよ。」
4人がその場を後にし、鷹也は軽く清掃して箱を担ぎ上げた。
30畳ほどの大広間は神楽殿と呼ばれ、ここで七海と霧江は待っていた。
「おねーちゃーん!」
パタパタと足音を立てて流水が七海の横に座り込む。
「もうちょっと静かにね、流水。ここもお社なんだし。」
「はーい。」
ちょこんと礼儀正しく座る流水に、七海はつい笑顔になった。
「神様?みたいなひとたち?に会ったの。おねえちゃんも会った?」
流水が声を落として報告してくる。
「うん、会ったよ。神様、意外と身近にいらっしゃるんだよね。」
「え、そうなの?」
思わず霧江を見やると、霧江も笑顔で頷いている。
「流水ちゃん、お疲れ様」
そう声をかけてくれるのは美智だ。土門と月影、篁が次々に戻って来る。
「さて、ここで我ら一族のことを話しておこう。開眼とは何か、開眼して見えるモノは何か、もな。」
当主達もその場に加わり、霧江や七海も含めて円座といった状況だ。
「流水、人が亡くなったらどうなるか考えたことはあるか?」
突然の言葉に流水は暫く考え込んだ。
「ええと‥魂は天に昇って‥善い行いなら天国に行くけど、悪い行いなら地獄、みたいな?」
皆笑顔でうんうんと頷いている。
「じゃあ幽霊っていうのは何だと思う?」
矢継ぎ早に質問をされるが、流水は再びうーんと考え込む。
「天にのぼれなかった魂?…とか?」
篁は静かに口を開く。
「これは我ら一族の言い伝えでな、実際の所、確かめる術はない。だから事実とは違うこともあるかもしれない。これを念頭に置いて聞いて欲しい。」
そんな言葉の後に聞いた内容というのはこうだ。
人が亡くなると魂は肉体から離れる。魂はエネルギー体であり、物質世界から解放され別位相へと進んでゆく。そして肉体に残された「想いの残滓」はしばらく現世に留まり、やがて消えていく。しかし、この「想いの残滓」はその「想いの強さ」によって留まり続けることがある。
この「想いの残滓」を一族の者たちは影と呼んでいる。影は無害なことも多いが、負の感情が大きいと沈み、凝集し、やがて瘴気を放ち始める。これが「穢れ」へと変容してしまうと、人や場所にまで悪い影響を与え始めるのだという。
「我らはその負の影が凝集した『澱』、『澱が放つ瘴気』、さらに凝縮された『穢れ』を祓い浄化するという役目を果たしてきた。開眼することにより、影たちの在りようが見えるようになるのだ」
流水は目をぱちくりさせ、篁を見ている。
「いきなりこんなこと言われてもねえ…」
美智がため息交じりに呟くと、月影と土門も頷いた。
「ま、別に今理解しなくたっていいさ。」
そう声をかけてきたのは、桐の箱を担いできた鷹也である。
「‥え?いいの!?」
鷹也を見て、七海を見て、その後篁を見つめる。
「ああ。一応一通り話すことになっているのでな。‥少しずつで良い。」
篁が静かに言うと流水はホッと胸をなでおろした。
「‥テストとかされるのかと思って、どうしようかと。」
「ははは、そんなことはないない。安心していいよ。」
月影が明るく笑い、流水に頷いてみせる。土門や火乃宮も笑顔で頷いてくれたので流水もようやく笑顔になることが出来た。
「今、身に着けている服と同じものを流水専用で用意した。これから流水は神楽を覚えてもらうことになる。」
篁の言葉に流水は微かに首を傾げる。
「浄化や祓いをするのに必要なのが神楽なの。」
霧江のフォローでようやく合点のいった流水が頷いた。
「あれ?お父さんやお母さん、普通の会社員だけどそういう仕事はしてないの?」
流水の問いかけに篁が頷く。
「祓いや浄化は、我らは金銭のやり取りはしないのでな、仕事は持つことが信条となっている。」
「と言ってもお菓子を頂いたりするのはお受けしているわ。あくまで金銭に類するものを受けとらないことにしているのよ。」
美智が補足を加え、流水は頷いた。
「流水は聞きたいことがあるんじゃないのか?」
そう声をかけてくれたのは兄の鷹也である。
「あ!うん! さっき現れたのは神様?それとアヤカシってなあに?」
篁が頷き、再び口を開く。
「我らの呼ぶ『神』とは自然神が多いようだ。アニミズムに由来しているようでな。付喪神や土地神など、物や土地に付随する神もおられる。妖はまた別の場所に住んでいるものが、こちらの世界に来て住み着いた、といった具合かな。妖に善悪はない。瘴気や穢れに触れ、災いを為すものへ変容することもあるが、ほぼ無害だな。」
再び流水は難しい顔をして黙り込んだ。聞きたいけど何を聞いたら良いのか分からない、といった様子だ。
「神さん達も妖たちも、こっちに完全に実体があるわけじゃないんだ。別の層というか、別の場所にいて、こっちには姿だけ結んでる感じかな。」
鷹也の言葉に流水は少しだけ頬を緩めた。
「あ!でも触れる気がするんだよね? 姿だけなら触れなくない?」
その言葉に鷹也はニヤッと笑って頷いた。
「その通り。本来なら触れない。けど触れてる感触があるのは、この掌の眼が向こう側まで拾ってるからかもな。‥確証はないけど。」
「眼って見るだけのものじゃなくって、そのベツイソーとか別世界?みたいなのを感じとれるようになるってこと?‥あ!そういえば妖たちの声も聞こえるようになった!」
流水が何となく理解した、といった表情で鷹也と話しているのを、七海は黙って聞いていた。自分自身良く分かっていないため、会話には入らなかったのだ。
「まあ、おいおい分かってゆけば良い。せっかくだ、日属性だけがおらぬが神楽とはどういうものかを見ておくと良い。」
篁の一言で、霧江と火乃宮、土門、月影が立ち上がった。
「鷹也?」
声をかけられた鷹也はニヤッと笑い、七海を見やった。
「ここはねーちゃんが見本を見せるところだろう?」
「えっ!?でも私もまだ習ってる最中で!」
七海が慌てて尻込みするが、鷹也は笑顔を向ける。
「だからいいんじゃないか。七海の神楽は所作がきれいだ。流水も七海の神楽、みたいだろ?」
「うん!!」
目をキラキラさせてこちらを見る流水に、七海は根負けして立ち上がった。緊張で乾いた唇を舐めて湿らせ、フッと息を吐く。指先が冷たく微かに震えているため、何度も握って開いてを繰り返す。
そして、鷹也が手を差し出すと、白銀の光がふわりと顕れ、一瞬、鳥のような輪郭を見せたかと思うと龍笛へと姿を変えた。同時に、七海たちの傍らに現れた光もまた、それぞれ槍や扇、太刀へと変じてゆく。
「え!?今のってなに!?」
思わず流水が声をあげると、篁が笑みを浮かべた。
「流水がきちんと神楽を覚えたのち、神に神楽を奉納するのだ。神々に認められると、パートナーを与えられる。“式”と呼ばれるパートナーは、武具や楽器へと姿を変え、力を貸して下さるのだよ。」
流水は一瞬見えた、七海の真っ白なキツネさんに目を奪われていた。
(もふもふだったー!)
龍笛の音色と共に、五名の神楽が始まった。それぞれの系統ごとに少しずつ型や所作が変わる。舞に合わせて武具が閃き、時折、鈴や笛の音に重なるように硬質な響きが神楽殿に走った。
七海は周りを見る余裕などなく、一つ一つの所作を完璧にすることに意識を集中している。周りの大人たちがそんな七海を補佐し、徐々に呼吸が合ってゆく。
「すごい‥」
流水は目をキラキラさせて神楽を、姉の七海をひたすら見つめていた。
「お疲れ様、七海」
鷹也に声をかけられ、七海はホッとして大きく息を吐いた。普段は茜や遊馬、道明といった同い年仲間との神楽しか舞っていないのだ。緊張感もとてつもなく、妹の前での失敗は出来ないと、必死に型を思い浮かべ、所作の一つ一つを完璧に再現してみせたのだ。
「おねえちゃん、すごかった!」
流水が七海の腕にしがみつき、瞳を潤ませている。
その後、鷹也を除く全員が篁の屋敷へと移動して行った。着替えた後、食事が振舞われることになっているのだ。
鷹也は神楽殿に残り、片付けと清掃をした後に篁の屋敷へ帰った。
「‥七海の眼が再び開くには、もう少し時間がかかりそうだな。」
食事をしているであろう和室の障子から柔らかな灯りが漏れている。鷹也は手早く着替えを済ませ、大学近くの自分の家へと戻るのだった。
「私もおねーちゃんみたいに出来るようになりたいな!」
流水が感動冷めやらぬ様子で七海に話しかける。
「ナナちゃんの神楽、良かったわ!」
「所作の一つ一つが丁寧だね。」
「将来が楽しみだなあ」
そんな言葉をかけられ、恐縮しながらも嬉しさについ頬が緩んでしまう七海だった。
七海の掌の眼は相変わらず両方とも閉じたまま、今も沈黙が続いている。しかし妖も見えれば、神様とも会話は出来る。自分が認められていないわけではないのだと、少し穏やかな気持ちになれたのだった。




