1-6 ダンスの練習
体育祭でのメインイベントが学年全体での創作ダンスである。ダンス部とダンス部顧問が中心となり、翌年の創作ダンスを形作る。4月からの体育の授業は専らダンスの練習となっていて、5月下旬の体育祭に向けて練習をするのが毎年恒例だ。
SIDE 七海
三年生はこれが中学最後の体育祭だ。やはり皆、思い入れもあって練習に熱がこもる。体育委員の二人と、各クラス四人が選出される応援団が最初に振り付けをマスターしており、先生と共に周囲の子たちへアドバイスをしてくれていた。
「‥あれ?右手上げて左手?」
七海の前の子が首を傾げて周りを見回すと、その隣りの子も「あれ?」と首を傾げる。隣の遊馬がちらりとこちらを見やった。
「右手上げ・右手真横・左手上げ。タンタンタンってリズムで。」
七海が実演しながら教える。
「あ、そうだ。ありがと、七海ちゃん!」
「ありがとー!ナナ!」
二人がにこにこしながら動きをなぞった。
「そうそう!いい感じ!」
七海が褒めると、遊馬も隣で笑っている。
「俺も実はちょっと怪しかった。サンキュー七海!」
そんな会話をしていると、先生が歩いてきて笑顔を向けてくれる。
「水澤さん、覚えが早いわね。ありがとう、助かるわ!」
七海は褒められて嬉しくなり、つい笑顔になってしまう。再び先生の拍子が始まり、次の振り付けへと進んだ。今はまだ音楽を鳴らさずに、先生の手拍子に合わせての練習だ。
同じクラスである茜は、七海の列、4人ほど前であり、道明は遊馬の列、5人ほど後ろである。
「五十嵐のダンスってさー、何かすっげー楽しそうだよな!」
七海の後ろの男子が笑いながら言う。
「分かる!なんかさ、着ぐるみ来て踊るのが超似合いそうなんだけど!」
「それな!!」
思わず七海が言ったことに男子も同意し、二人で笑った。
「お?あれだろ?すげー楽しそうに歩くステップとか!こんな感じだろ!?」
遊馬がその場で足を高く上げ、いかにも楽しそうに足踏みした。
「それそれ!」
「そのまま着ぐるみ着ろよ!」
周囲の女子までもがクスクス笑いだし、先生の視線が刺さる。
「いっけね!真面目にやってまーす!」
遊馬が言い、今さっきの動きを繰り返す。先生も笑いながら頷き、再び練習に戻った。何度も通しで振り付けの確認をし、その後は隊列の練習になる。クラスで2列の隊列を作っているが、円になったり、十字になったり、十字のまま風車が回るように移動したり。
振り付け自体もまだ揃っておらずバラツキが目立つ。そして隊列組み換えもまだまだ乱れてしまっていた。ゴールデンウィークや中間試験があることを考えると、練習期間は限られてしまう。
体育が終わり、終礼のときに体育委員が二人手を上げた。
「みんな部活もあるし大変だと思うんだけどさ、朝とか昼休みに練習しないか?」
そんな提案があり、大いに盛り上がった。
「部活も引退だから朝練は参加したい!昼だけ参加する!」
「私まだ怪しいから朝と昼両方参加で!」
「私も―!」
「俺も俺も!!」
こうして校庭や体育館を利用しての練習が始まった。七海は弓道部の朝練があるために、参加は昼休みだけだ。
その日の昼休みは、天気も良かったので校庭に集合する。体育委員がホイッスルでピッピッピッピッとリズムを取り、それに合わせて全員がダンスの動きをなぞっていく。
「‥何かさ、七海のダンスってちょっと違うんだよね」
一人の女子に声を掛けられ、七海は驚いた。
「え!?私間違えてた?ごめーん!」
「え!?あ、違う違う!間違えとかじゃなくって!何かカッコイイんだよ!」
女子にそう言われ、七海はフリーズする。
「‥へ!?やっ!やだなー!照れるからやめてー!?」
少しばかり頬を紅潮させて言い返すと、周りがくすくす笑い出した。
「照れてる!!」
「デレた!!」
「なんかでも分かる!キレがいいっていうか!つい目がいっちゃう!」
そんな声にますます七海は顔が赤くなり、両手で顔を隠してしまった。
「ああもう!恥ずかしいからやめてってー!」
「でもナナ?‥嬉しいよね?かわいいなー!!」
茜にトドメを刺され、七海は真っ赤な顔のまま茜をにらむ。
「‥ぷぷ。」
それすら笑われてしまい、七海は長い髪を揺らしてそっぽを向いた。こんな風に褒められるのは嬉しい反面、どんな反応をした良いか分からずに困惑してしまうのだった。
こうして朝や昼の練習が日課になっていると、一年生や二年生までもが校庭や体育館で練習をするようになった。
「そういえばさ、私たちも三年生が練習してるのを見て“私たちも練習しよう!”ってやってたね!」
茜が二年生たちを見て楽しそうに言う。
「あー!そうだったかも!‥そっか、三年生って今年最後だから!みたいな思いがあるもんね?」
七海もその姿を見ながら呟く。
「そういうの、気にするもん?」
遊馬が不思議そうに聞くので、道明は笑いながら問いかける。
「じゃあなんでお前は練習に参加してんの?」
「祭りっぽくて楽しいじゃん!」
遊馬の返事に七海と茜は笑った。遊馬らしい返事だと思ったからだ。
時間割が一部変更され、一年から三年までの各学年の体育が、1組と2組合同になる。学年ごとでのダンス練習のためらしい。
クラス単位でやるのとはまた違い、互いに対抗意識を燃やしつつ、三年生全体がまとまるようにと熱が入っていく。この時には音楽を流し、それに合わせてのダンスになった。
「何か音楽入ると、やっぱり気持ちの入りが違うね!」
「そうだよな!手拍子だけだとやっぱ味気ないw」
そんな会話があちらこちらで起こり、手拍子の時よりも音楽に合わせたときの方が揃っているように感じる。
そしてミニフラッグが配られるとテンションが上がる。三年生は体操服のラインと同じ、鮮やかな青だ。ちなみに二年生は緑、一年生は赤である。
合同練習でミニフラッグを両手に持ち、ダンスしながら旗をなびかせているのはなかなか壮観だ。青の旗が靡く様はまるで海にさざめく小波のようだ。
「あーでもゴールデンウィークで全部吹っ飛びそう!」
「そしてその後、中間でしょ?抜けるって!!」
そんな会話をしてはいるが、皆かなり真剣に取り組んでいる。
「大丈夫だよ。だってさ、みんなこんなに頑張ってるんだから!」
七海がにこやかに声をかけると、クラスメイト達も笑顔で頷いた。
「中学最後だ!みんな、頑張ろうぜ!!」
今回応援団長に選ばれた道明の一声に、クラス中から「おー!」という歓声が上がった。
SIDE 流水
初めての体育祭に、流水はすでにワクワクしていた。小学校の時にはなかった「応援合戦」という内容に興味を惹かれて聞いてみると、各クラス4名が選出され、午後の最初の演目として「魅せる」ものらしい。
「わ!これめっちゃ楽しそう!!」
応援団選出の際には、一も二もなく立候補した流水である。そして応援団員は体操服の上に学ランを着るらしい。以前はこの中学も男子は学ラン、女子はブレザーだったそうだが現在は男女ともブレザーだ。OBたちの寄付により、応援合戦用に学ランは多数あるそうだ。
そして体育の授業では創作ダンスの練習が始まる。全般的に運動は苦手な流水だが、ダンス系は得意だった。ミュージシャン達の振りも、すぐに覚えられるのが特技でもある。
「ほえー‥全校生徒で踊るのか~!」
クラス全員が背の順に並び、二列に振り分けられる。流水は比較的前の方だ。
「体育祭までに覚えられるかな!?」
「俺、こういうの超苦手なんだけど!?」
「あー…俺も。体育祭当日熱出すかも!」
弱気な発言が多い中、流水はにこにこ笑っている。
「えー!せっかくなんだしさー!間違ったっていいじゃん!楽しくやろ!?」
屈託のない笑顔で言われると、何となく楽しそうに思えるのが不思議だ。体育委員の次に流水がダンスを完璧にマスターする。
「こーで!こうで~くるってして~こう!!」
休み時間にそんな動きをしてると、クラスメイト達も一緒になって踊り始める。
ガンッ 「いってえええええ!」
ダンス中、机に膝を打ち付けた男子がぴょんぴょん跳ね回り、笑いが起きる。
「うっわ!痛そう~!!大丈夫?救急車呼ぶ?」
流水が笑いながら尋ねると、男子は笑いながら「いらんわ!!」と怒鳴った。そしてまた笑いが起きる。
その後は2クラス合同の体育となり、やはり一緒になってダンスを踊る。曲に合わせて踊るのが楽しくてしかたない流水は、笑いながら楽しんでいる。
その様子にクラスメイトからも分からない振り付けを聞かれたり、一緒になって踊ったり、笑い合う。
「中学って勉強が難しくなって損した気分だったけど、こういうイベントは小学校の時より楽しいかも!」
そんな流水の言葉に、クラスメイトたちもつい笑顔になってしまう。
「水澤、数学のときなんて死んだ魚の目になってんじゃん!」
「やーめーてー!数学って聞くだけで‥頭からキノコ生えそう‥」
しょんぼりと呟く流水に、周りが思わず吹き出す。
「三年の先輩、七海さんてお姉さんでしょ?超頭いいって家の兄ちゃんが言ってたよ!」
流水は途端に笑顔になる。
「えへへ~!おねーちゃん、すごいんだよー!」
なぜかドヤる流水にクラスメイトが笑ってしまう。自分が褒められた時よりも嬉しそうなせいかもしれない。
「ほらー!お喋りしないで、集中!」
先生に注意されてしまい再び練習に戻る。流水はやっぱり楽しそうに踊るのだった。
数日後の昼休み、お弁当を食べ終えた流水は校庭に人が集まっているのを見つけた。窓に駆け寄って見てみると、どうやらダンスの練習をしているらしい。
「おねーちゃんだ!」
思わず口に出してしまったが、食い入るように観察する。
(わ!やっぱりおねーちゃん、かっこいい!!‥あ、わたしたちと振り付け違うんだー!)
そう言えば家で体育祭の話をすることは殆どなかった気がする。七海は弓道部、流水は合気道の道場や神楽の稽古もあり、最近は夕飯も別に取ることが多かったせいだ。
「どしたの?流水、なんかすっごい楽しそう!」
「え?あのね!おねーちゃん達、三年生が校庭で練習してるんだ!」
クラスメイトが一緒に「どれどれ?」と身を乗り出す。流水が七海のことを指さすと、クラスメイトは食い入るように見た。
「超、美人さんじゃん!それにさ!ダンスがなんかすっごい!!つい見蕩れちゃうんだけど!?ダンス部とか新体操部とか!?」
食い気味に聞かれたが、流水は笑って否定した。
「おねーちゃん、弓道部。」
「ええええ!!何それ!?超カッコイイんですけど!?」
流水は嬉しそうに笑う。
「えへへへー!自慢のおねえちゃんだしね!!」
「え!?でもさ!それって比べられたりしない?」
彼女は弟が賢いそうで、よく比較されては落ち込むことが多いのだそうだ。
「だって!わたしはわたしだもん!おねーちゃん好きだし!」
あどけなく笑う流水を、クラスメイトは眩しそうにみつめ、一緒に笑顔になった。
その後、三年生たちが練習しているのを見て、流水のクラスでも昼休みに練習しようという声が上がり、徐々に人数が増え、クラス全員が練習することになったのだった。
流水はダンスの練習と、応援団の練習と、忙しく踊りまわっていた。応援団ではソーラン節を音楽の先生と軽音楽部が協力してアレンジしてくれた。当日は軽音部も一緒に生演奏になるらしい。ちなみに白組の方でも吹奏楽部が参戦するそうだ。
「なんか面白そう!!」
最近は神楽までが少しアップテンポになってしまい、環に叱られてしまった。踊ってばかりのせいなのか、食事の量が増えた気もする。
「あ、おねーちゃん!クラスの子がね!おねえちゃん、美人さんだし、ダンスに見蕩れちゃったって!」
久々に夕食時間が一緒になったとき、流水が報告すると姉は耳が真っ赤になった。
「うえ‥?‥なに、それ!」
思わず口に入れたご飯をそのまま飲み込んでしまう。今日は生姜焼きとキャベツの千切り、ぬか漬け、ほうれん草と炒り卵のバターソテーだ。七海も流水も大好物である。
「昼休み、外見たらダンス練習してる人がいるなーと思って!そしたらおねえちゃんいる!って見てたの。クラスの子にあれがおねーちゃんだよ!って言ったらさ、美人さんだねー!ダンスの動き?何かつい見入っちゃうって。」
七海は落ち着かない様子である。
「‥えっと‥ありがと。あーもう!どう反応したらいいの!?」
本気で照れている七海に、茜も霧江もつい笑ってしまう。
「喜べばいいと思うよ?」
流水はにっこり笑って、生姜焼きに舌鼓を打った。七海は耳を赤くしたまま、でも嬉しそうに生姜焼きとご飯を口に運んだ。照れてはいるものの姉が喜んでくれたことで、流水もご機嫌だ。
それから毎日のように朝や昼休み、校庭や体育館でダンスの練習を続けた。時折、姉の姿を見かけることもあった。やはり姉のダンスには華がある。なんとなく目が行ってしまうのだが、自分だけではなく二年生たちからも注目されているように見えたのだ。
(えへへ!あれは私のおねーちゃんなんだよ!)
心の中で誇らしげに呟き、クラスメイトたちと一緒になってダンスを練習した。
(大勢の人が集まって一つのことをやる、っていいな!!)
もちろん小学校の時も全員で一つのことをやる、というのはあった。ただそれは先生に言われてやっていただけで、こんな風に自分たちから積極的に「やろう」はなかったと思う。
(そっかー‥こうやって自分たちで考えて、自主的にやろうって考えるのが中学生?‥それが大人になるっていうことなのかな?)
そう考えると、最初に自主練を始めた三年生がすごい!と思えたし、それを見て「私たちも!」と声を上げたクラスメイトもすごい!と思えた。流水は「みんなすごい!」と心の中で呟きながら、笑顔で一生懸命練習をしたのだった。




