開眼の儀 厳粛な儀式?
その日、七海は篁の家に直行するように言われていた。
七海が篁の屋敷に到着すると、既に到着して入浴を済ませた流水が霧江の手で着替えさせられていた。
「流水も開眼の儀なんだねえ。」
しみじみという七海に、霧江が頷き着替えるように促す。七海は軽くシャワーを浴びて髪を乾かした後、白衣に白袴、更に羽織を纏った後、瑠璃色と白の組み紐で髪を結んだ。
「今日はおねーちゃんも着るんだ!?」
ようやく準備が終わり、少し疲れた表情の流水が目を輝かせる。
「うん。私は途中までは一緒だよ?一番奥には入れないけど。」
「開眼の儀…って何をするの?」
少し不安そうな流水に、七海は柔らかく微笑む。
「神様にご挨拶、みたいな感じ。怖くないから大丈夫だよ。」
開眼してからというもの、影や妖などを見かけることも多くなっており、流水はどう接したらよいのか、まだ完全には慣れていないようだ。
「わたしはおねえちゃんと同じ色だよね?‥霧江さんとは違う?」
これには霧江が微笑みながら教えてくれる。
「羽織はね、系譜ごとに色が違うのよ。私は風系譜の家なので、この色。後で当主様たちが来られるけれど、それぞれ色が違うわ。」
流水はそれを聞いて目を丸くし、「楽しみ!」とわくわくしているようだ。そして再び質問をしたいらしく口を開く。
「おねえちゃん、その‥最近見えるようになったこれって‥ええと‥どういうもの?」
一族の皆が当たり前のように見ているので、普段はあまり気にしていなかったが、改めて何だろうとも思う。
「不思議に思うよね。突然色々なものが視界に入ってくるわけだから。」
七海が言うと、流水が大いに頷く。
「‥うんとね‥私も実は良く分からないというか、上手く説明出来ないというか。‥そういう疑問もね、あとでゆっくり聞ける時間もあるから。その時に一緒に聞こう?‥まずは深呼吸!」
流水は素直に頷いて、深呼吸をしている。そのたびにショートボブの毛先が楽し気に揺れる。
「おねえちゃんのその金具、きれい!」
羽織を止めている金具に目を留めた流水が目を輝かせる。銀細工の雪の結晶が羽織の上で柔らかな輝きを放っていた。
「これと同じかどうかは分からないけど、流水にも後で渡されるよ。今、流水が着ているのはね、仮の衣装なの。開眼祝の時にも着てたでしょう?」
流水は目を丸くしたまま頷いた。
「私や霧江さんが着ているのは、自分用なの。開眼の儀が終わると、衣装と、この羽織留ももらえるんだよ。」
それを聞いて流水は笑顔になり、同じものがもらえたらいいなと思った。
「さ、行きましょう」
霧江が先頭に立ち、その後に流水、最後に七海が後ろをついていく。
篁の屋敷の一角、小さな離れのうちの一つに霧江は足を踏み入れた。ここの離れだけは、母屋から渡り廊下で繋がっており、外に出ることなく入ることが出来る場所である。
流水が緊張した面持ちで足を踏み入れたその先には、もう一つ大きな扉があった。
「ここから先は静かに」
霧江の小さな声に流水はこくこく頷いた。予想に反して扉は静かに開き、七海が流水の横を抜けて扉を支える。
霧江が七海に軽く頷いて見せ、流水に手振りでついてくるよう促し、木の廊下を進んだ。七海も静かに扉を閉めてその後を追う。
建てられて何年になるのか、古びてはいるが木の床は磨き上げられ、窓の障子も輝くばかりの白さを保っている。流水はおどおどしながら、それでも周りをきょろきょろ眺めながら歩いていた。
「失礼します!水澤流水を連れて参りました!」
とある襖の前、凛とした霧江の声が響く。流水は一瞬ビクッとしたあと、不安そうに七海を見てきた。
「大丈夫」と声を上げる代わりに、流水の手をそっと握ると、安心したのか軽く握り返してくる。
襖を開けた先は、広い床張りの部屋である。腰壁も板張り、その上は天井まで白漆喰だろうか、ぬりかべになっている。
天井は木組みの美しい細工が施されており、家の倍以上の高さがある。広さ30畳はありそうな大広間だ。
そこにはこのエリアの筆頭三家当主――火乃宮家当主の美智、土門家当主の岳之、月影家当主の賢一が並んでいた。水澤家当主は篁だが、総代であるためここにはいない。
「準備は整っている。さ、こちらへ。」
大広間の更に奥、そこにも木製の両開き扉がある。土門家当主が先頭に立ち、両側の扉を火乃宮家と月影家が解放する。
ここは建物の外周に沿って渡り廊下があり、左右二か所からは下へと続く螺旋階段へ続き、今入った入口の対面にもう一つ扉があった。
土門が先頭で流水を誘い、扉の手前で霧江と七海は待機となる。儀式のとき、ここから先に入れるのは当主のみだ。
(おねえちゃんも霧江さんもこれないんだ…どうしよう…)
緊張しながらも土門の後に続き、不安になってつい背後を見ると、火乃宮家の美智が優しく微笑んで頷いてくれた。唯一の女性当主であり、同性ということもあってか、その笑顔に勇気をもらい、しずしずと廊下を歩いてゆく。
(なんか扉がいっぱい!‥何か意味があるのかな‥?)
火乃宮と月影がスッと前に出て扉を開放すると、不思議と広い空間が広がっていた。板の間と白漆喰の壁は、これまでと大きく変わらない造りだ。それなのに高さも奥行きも、果てしなく続いているように思える。
板の間の奥には白木の社が鎮座しており、淡い光を纏っているようにも見えた。
(‥わあ‥きれいなお社。すぐ近くにありそうだけど‥なんか距離感が分からないや。ふしぎ。)
「こちらへ」
狩衣に冠を身に着けた篁が静かに声をかける。傍らには鷹也が座っていた。流水はおどおどしながら篁の下へ向かう。
三名の当主たちは、鷹也を見て一瞬驚いたような表情を浮かべたが、黙って扉の前で控えるように正座する。
「開眼の儀を執り行う」
篁が厳かに言い、神楽鈴を手にした。深い色の木肌を持つ柄は長く、先端に向けて六本に枝分かれしている。枝の先には鈍い銀色の鈴がついた枝と、金色の鈴がついた枝が交互に連なっている。
シャン
鈴の大きさに違いがあるのだろうか、高く澄んだ音と、深く沈み込むような音が重なり、何とも言えない音色となって場に響き渡る。
篁が朗々と祝詞を述べているが、流水には内容は理解出来なかった。
<ふむ。篁の孫かね?>
<似ているようにも似ていないようにも見えるな>
声がしたかと思うと、人型をした光がそこにいくつか現れた。
「流水、自己紹介を」
篁に言われ、固まっていた流水がごくりと唾をのむ。人ではない、しかもこのような社にいる存在となるともしかして神様!?と考えると緊張で身体が震えてくる。
「みっみずさわ、るみ、です!」
ぺこりとお辞儀をすると、人型たちが一斉に流水の近くに集まってきた。
「にっ!」
緊張のあまりおかしな声を上げてしまい、再び固まる。視界の端で鷹也が笑っているのが見え、少しむーっとしてしまう。
<‥ふむ。まっすぐな子だの>
<まあよかろう>
<無垢な心根だ>
流水の周りをゆっくり回った後、人型達は再び消える。
「神々より認められた。水澤流水、本日をもって一族の見習いとする。」
篁がそう一声上げた後、再び祝詞を述べ始めた。やはり何を言っているのか、流水にはさっぱり分からなかったが、とりあえず何か認めてもらえたようだ。
「これよりそなたへ神具一式を授ける」
篁の言葉により、土門家と鷹也が大きな桐の箱を流水の前に置いた。桐の箱の上には和紙が置いてあり、更にその上に銀色に輝く小さな鋏がおいてあった。
「水澤流水 そなたの髪を数本、その鋏で切り、和紙の上に置け。」
流水が思わず視線を向けると鷹也は軽く頷いた。流水は前髪を数本切り落として和紙の上に置く。
「火乃宮の」
当主美智が進み出て、鋏を袋にしまい、髪が落ちないよう静かに和紙を折りたたんだ。一つ一つの所作が流れるようで思わず流水は見惚れてしまう。
丁寧に包まれた和紙を篁に捧げ、美智は再び扉の前へと戻った。
篁は小さな社の前に作られた祭壇に和紙を置き、白い紙垂のついた御幣を手にする。
(私の髪ってどうなるの?…もしかしてイケニエ!?)
流水は戦々恐々としながら篁が御幣を振り、祝詞を述べる様を見ていた。これが何の儀式なのかもさっぱり分からない。そもそも開眼が何なのかすら、未だに良く分かっていないのだ。
「これにて開眼の儀を終了する」
篁の言葉に場の空気が少し緩んだ。
(これで‥終わり?なんかもっと特別なこう‥何かあるのかと思ったけど。)
流水はそんなことを思いながら促されて立ち上がった。
羽織姿 七海
羽織姿 流水




