ピザと初めてのテニス
午前中、昨日と同じメンバーが篁邸に集結し、勉強に精を出す。昨日と同じようにさくらも来て、中学生たちの質問に答えてくれていた。恭平や司、双子たちも広いテーブルに資料を並べてはパソコンやノートとにらめっこしている。
「そういや、今日は鷹也来ないの?」
智樹の質問にさくらが笑顔で頷いた。
「バスケの試合らしいですよ。帰って来るとしても夕方だと思います。」
プリントに集中しながらも、それを聞いた七海はホッとしたような、それでいて寂しいような、複雑な気持ちだった。
「読書感想文って超苦手なんだけど‥どう書いたらいいのー?」
流水が悲しそうに呟いている。
「あはは、懐かしいな!確かに大変だよね。」
智樹がそう言って智琉を見やった。
「お前、得意だったろ?コツとかあるんじゃないのか?」
そう振られて、智琉はもったいぶるようにコホンと一つ咳を落とした。
「まず自分が“いいな”と思った文章を抜き出す。なんで“いいな”と思ったのか、理由を考えてメモる。そのシチュエーションを想像して、自分だったらどうするかを考えてメモる。最後にそれをまとめる、以上。」
流水の表情がぱあっと明るくなり、さっそくノートにメモを書き出した。
「ありがとう!サト兄ちゃん!頑張ってみるー!」
にっこにこで礼を言われた智琉は、まんざらでもなさそうに笑った。
「やっべえ、うちの妹の次にかわいいかもしれん!」
さくらはそんな兄の言葉にくすくす笑っている。
「‥ああもう‥世の中全ての言語が日本語になればいいのに‥」
遊馬が絶望したような声を上げる。
「マジ、そう思うわ。第二外国語とかいらねえ‥」
大学生たちのぼやきに、遊馬がびくりと肩を震わせる。
「‥第二‥外国語‥?まさか、他にも覚えなきゃいけないの!?」
遊馬の悲痛な叫びに兄たちは頷いた。
「翻訳こんにゃく買ってきてええええええええ!!」
遊馬の叫び声と共に、全員の笑い声が上がった。
セットしていたアラームが鳴ると、全員がペンを置いて伸びをする。
「今日は家で昼飯な!父ちゃんも母ちゃんも家にいて、二人で何か作るって張り切ってたし!」
遊馬が意気揚々と立ち上がる。皆、勉強道具を片付け始めてテーブルの上を拭き、座布団をひとまとめにして部屋の隅に積み上げた。
さくらは友人との約束があるからと、片付けを終えた後に篁邸を後にする。明日もまた、午前中の勉強会には参加してくれるらしい。中学生たちは笑顔で見送った。
篁の家から遊馬の家までは徒歩で5分ほどだ。敷地がかなり広く、その一角に屋内テニスコートと、屋外テニスコートがあるらしい。
「バスケゴールも置きたいのに、却下されたんすよねえ。」
司が少しばかり残念そうに言い、庭の一角にある東屋に皆を呼び寄せる。
「いらっしゃい!」
「いらっしゃーい!」
「にーちゃんたち、おかえりー!」
五十嵐夫妻と遊馬の弟、涼が昼食を運んでいてくれている。
「「「「ピザ!?」」」」
東屋の傍に石窯があり、どうやらここでピザを焼いてくれているらしい。
「ハローーー!!エブリバーディ!呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
「ハーアーイ!お勉強お疲れ様ね!私もお呼ばれしちゃいました!!」
「‥こんにちは‥」
やかましい二人と、その二人をジト目で見る霧江も一緒だった。言わずもがな、二人とは蒼介と雅だ。
「‥しかし、テニスコートってすごいな。」
いったいいくらかかるんだろう、といった表情で蒼介がテニスコートを見やる。
「家族と庭でテニス!夢だったのよー!」
遊馬の母、沙織が心から嬉しそうに笑っている。五十嵐家は子供の頃からテニスもやらされていたらしい。
「遊馬も司も、部活がテニスじゃないって聞いて、ちょっとだけ寂しかったのよね。」
「いやーテニスは嫌いじゃないけど、いつでも出来るからさ。違うスポーツやりたかったんだよねえ。」
「俺は初めて弓道見て、“これしかない”って思っちゃったしなー!」
司と遊馬の言葉に、沙織は笑顔のまま頷いている。決して強制をしてこなかった母には感謝もしているのだ。
「さて!焼き立てを召し上がれ!!」
オーソドックスなマルゲリータから、サラミのたっぷり乗ったピザ、ポテトとベーコンのカレー味のピザなどがどんどんテーブルに並べられて行く。
「「「「いただきまーーーす!」」」」
外はサクサク、中はもっちりとした生地はそれだけでも美味しかったが、はちみつやメープルシロップ、チョコソースも置いてあり、耳に少しかけて食べても美味しかった。
「やば!!」
「なにこれ、うま!!」
「カレーのやつ最高!!」
そこに霧江が家から持ってきた自作の照り焼きチキンや、大量のきんぴらごぼうとそぼろを沙織に渡す。
「わあ!!ありがとう、霧江ちゃん!これは大変だわ!!」
さっそく生地に照り焼きチキンを並べ、マヨネーズでデコレーションしていく。
「「「うわ!!それは禁断のやつ!」」」
さらに生地にそぼろをたっぷり乗せ、その上にきんぴらを盛ってチーズを乗せる。
「「「きゃーー!おいしそう!!!」」」
そこに篁と環、賢一と桔梗までが合流した。
「手土産だ。ぜひこれも使ってくれ!」
大量の海老とホタテ、グリーンアスパラに歓声が上がる。
「てか、この生ハムめっちゃ美味い!!」
「チーズもなんかすごそうだよね!?」
その言葉に蒼介が得意げに笑って見せる。
「プロシュートとモッツアレラ、ゴルゴンゾーラ、パルミジャーノ・レッジャーノは、知り合いの伝手で送って貰ったんだ!ははははは!」
得意げに胸を張る蒼介に、全員が拍手を送る。
「やはりエビマヨかしらね?」
「ホタテとアスパラはバターとブラックペッパーだな!」
次々と焼かれるピザに、大人も子供たちも大喜びだ。
さんざんピザを堪能した後は、のんびり休憩をしながら、テニス初心者達に駿と沙織がラケットの持ち方からレクチャーしてくれる。
「久しぶりだなあ‥」
「‥そうですわね。」
篁と環が経験者であるらしいことに、五十嵐一家は大喜びだ。七海と流水、茜、道明以外は、経験者であるようだ。
「‥球技は苦手なんだよな、俺。」
「私は運動全部苦手だから大丈夫!!」
「同じく運動ダメダメ、流水ちゃんだよー!」
茜と道明が意気投合し、そこに流水も混ざった。
室内テニスコートの一角には壁打ち出来るコーナーがあった。七海たち初心者を遊馬が誘導してくれ、ラケットの振り方からボールの打ち方まで教えてくれる。
ボールをワンバウンドさせては壁に向かって打ち、手元に戻ってきたボールを掴む。
「やっぱ、七海はコツ掴むのはえーな。」
遊馬が感心したように言い、ニヤッと笑って見せる。雅・道明・茜・流水の4人は相当に手こずっていた。
「ふぎゃ!そっち行っちゃダメって言ってるのにー!!」
「あーん!もう!どこ行っちゃうのー?」
流水がボールにそう言い聞かせ、雅が困ったようにボールに行方を尋ねている。
「わかるー!どこ行くか行き先伝えてほしいー!」
茜も笑いながらそう言い、ボールを追いかけまわっていた。ラケットに振り回されている三人と比較すると、道明は安定している。
「面に対してどう当たるのが正解だ?」
遊馬がインパクト時の面の角度を静止状態で説明すると、道明も途端に安定しだす。
「そういや俺、バレーボールのレシーブは得意だったんだよな‥」
中学入学時、兄に倣ってバレー部に入り、レシーブだけは褒められていた。
食後の休憩を取っていた大人たちも、早速コートへと向かった。環と沙織、篁と駿、智樹と智琉、霧江と恭平、司と蒼介が室内と室外に分かれ、ラリーをしている。
「わ!お祖母ちゃんもお祖父ちゃんもすごい!」
見ていた流水が歓声を上げ、七海達もその様子を眺めながら手を叩いた。見ていると簡単に打っているように見えるが、それぞれがちゃんと相手の打ちやすい位置に返している。
「‥ナナの運動神経がいいのは、お祖父ちゃんお祖母ちゃんのおかげ?」
そう茜が尋ねると、七海が困ったように笑う。
「‥私の運動神経が良くないのは、お母さんのおかげ?」
流水が笑いながら尋ねると、雅はにっこり笑って頷いた。
「仲間がいないと寂しいじゃなーい!」
悪びれることもなく言う雅に、流水は「あははは!」と笑って雅とハイタッチを交わした。
「よし!じゃあ外の空いてるコートで打つよ!涼、球出し頼む!」
「おっけー!打ちやすい球出すようにするー!」
遊馬の呼びかけに弟が元気良く答え、涼がサービスラインの中央に立ち、ボールが山ほど入ったかごを置いた。
「じゃあ俺を狙って打ってみてー!」
エンドライン際、向かって左側に遊馬が立って手を振っている。
屋外コート2面の周囲には高い位置までネットが張られ、外にボールが行かないようになっていた。
「ミヤちゃーん!頑張れ!」
司とラリーしている蒼介に声援を送られ、雅はぴょんぴょん跳ねながらそれに応える。
「えっとね、一人三球ずつにしようかな。打つ人はここ、順番待つ人はここ。あ、にーちゃんさ、お手本見せてあげたら?」
涼に言われて遊馬が位置について構える。この時に、構え方のレクチャーもしてくれた。
「いいよー!」
掛け声で涼が球を出し、遊馬がワンバウンドで打ち返す。三球続けた後、後ろに下がって待機組の最後尾についた。
「こんな感じ。最初だから慣れないと思うけど、やってみよー!」
先頭は七海だ。タイミングを測り、しっかりとボールを捉えて遊馬の立っている位置にボールを運ぶ。
「すご!ナナねーちゃん、本当に初心者?」
驚きながらも笑顔で言われ、七海は嬉しそうにピースして見せる。
(‥そうだよね?私、たぶん、わりとすごいんだよね?)
そう心の中で呟く。一球だけ当たり損ねてしまい、ホームランになってしまったが、二球はちゃんと遊馬の近くに返せた。
次は雅の番だったが、ネットを超えられなかったり、なぜか真横に飛んでいったり、鈍い音と共にその場で高く上がってしまったりといった状態だ。
「うーん、全部フレームに当たってるから‥ガット‥ええと網に当たるようにしてみてー!」
涼のアドバイスに「ありがとうございまーす!」と朗らかに返す。
「なるほど!網のほうが面積大きいのに、フレームだけに当てる私、もしかして天才!?」
そんな雅のポジティブすぎる発言に茜が吹き出し、七海も笑ってしまう。
「ふぎゃ!」
やはりおかしな声を上げながらボールを打っているのは流水だ。渾身の力を込めてフルスイングした打球は、一直線にネットに向かう。
「ルミ姉!そんなに思いっきり振らなくていいよー!当てるだけ、にしてみてー!」
涼のアドバイスに、ボールを面に当てることには成功した!ボールは上に向かって飛び、遊馬が立っている手前にぽとりと落ちる。
「すごーーーい!!ヤバイ!私天才!!」
自画自賛する流水に涼は笑いながら三球目を出す。同じように当てることに意識するが、ボールはネットを超えられなかった。
「面の角度―!下向きで当たると、ボールは下にいっちゃうよー!」
「ありがとーございましたー!」
流水はラケットを軽く振り、面の角度を見ながら頷いている。
「よーし!次も頑張るぞー!」
「お願いしまーす!」
茜が構えると、涼が球出しをしてくれる。
「うー!それっ!」
ボールを上手く捉え、振る。が、ネットを超えることが出来なかった。
「角度?‥よいしょー!」
今度はたかーく上がり、遊馬のかなり手前に落ちる。
「ええええ!この角度、超難しくない!?」
三球目、面の角度を見ながら再びボールを捉える。今度はちゃんと返せた。
「茜、ナーイス!!今のいい感じ!」
そして最後は道明だ。ボールを捉え、しっかりと打ち返す。
「うわ、すげ。」
筋トレやロードワークの賜物か、体幹が安定しているために妙なブレがない。残り二球も、確実に遊馬の位置へと返せた。
「道明すごいじゃん!」
七海が笑顔で声をかけると、道明も照れたように笑った。
「球技は苦手意識あったんだけどね。バスケやバレーより相性いいのかもな?」
二人は笑い合い、ハイタッチを交わす。そうして交代でボール打ちを続け、カゴのボールが無くなったら全員で拾い集める。
「ボール集め終わったら休憩するよー!暑いから水分補給しないとね!」
遊馬がそう声をかけ、全員が汗を拭きながら昼を取った東屋へと歩いて行く。
「はじめてのテニスはどう!?」
涼がスポーツドリンクを手渡してくれながら声をかけてくる。皆、笑顔で「ありがとう」と受取り、それぞれが感想を話した。楽しんでくれている様子に、遊馬と涼が嬉しそうに笑っていた。




