夏休みの宿題と修学旅行のレポート
神楽祭を終えて数日後、いつものメンバーが再び篁邸に集まった。
「おっす!今日は兄貴も来たよ!」
遊馬が司を伴って来て、おかしやジュースをたくさん持って来てくれている。
「何か遊馬からめっちゃ集中出来ると聞いたんすよね。俺もいい?」
七海と茜は笑顔で歓迎し、離れへと案内した。
「こんちゃ!‥おまけつきだけどいい?」
「おまけっていうなー!おまけってー!!」
そう言いながら来たのは、道明と恭平である。やはり手にはジュースを山ほど持っていた。
「こんにちは!どうぞー!」
流水がにこにこしながら部屋に通してくれる。二人はそろそろと上がり、畳に足を投げ出した。
「うわ、なんかいいなここ。すげー落ち着くわ。」
恭平は言いながらバッグからパソコンと本を取り出した。
「あれ?恭平さんも勉強、ですか?」
七海の問いかけに恭平は笑顔で頷いた。
「レポートがあってね‥。あと特別課題なるものまであるんだよ‥」
言いながらテキストや本を数冊机に積み上げる。
「うぎゃー!中学の範囲でもう泣きそうなのに、大学になるとそんなことになるの!?」
流水が資料の多さに既に涙目だ。
「うわ、きついなあ。」
司が嫌そうな顔で呟いたので、恭平は少しばかり得意げだ。
「あれ?司は大学受験するのか?」
「いや~俺は公務員試験目指してるっす。勉強嫌いなんで、そのまま働くっすよ。」
意外と堅実な言葉に恭平は驚いた。
「うわマジか。俺が知ってる風系譜の奴、旅しながらネット配信してるやつとか、バックパッカーしながら配信とか。そういう奴多いんだけど?」
その言葉に司が笑いながら頷いた。
「そうっすよね。遊馬がそういう系になりそうっす。でもうち両親共に公務員すよ?」
言われてみれば確かにそうだ。
「まあ俺も旅は好きっすけど、チャリで行ける範囲でわりと満足なんすよねえ。」
司はそう言って笑っている。恭平も頷きながらエールを送った。
「さて、みんな宿題の状況はどんな感じ?」
道明の言葉に、中学生達は一斉にワークやプリントを取り出した。
「私は‥復習プリントがまだで、修学旅行のレポートを残しているくらい。」
七海がそう言うと、流水がびくりと震えた。
「夏休みワークまだだし‥読書感想文は3行で終わっちゃったし‥ポスターまだだし‥」
それを聞いた遊馬が笑い出す。
「大丈夫だって!今から手を付ければ終わるって!俺はまだ何もやってないし!」
「そうやって毎年、25日辺りから泣きそうになってたのは誰っすかねえ‥」
威勢の良いことを言った遊馬の頭を、司がバサバサとこねくり回す。
「あーにちゃん!バラすなよーーー!!」
笑い声が弾け、恭平までも笑っている。
「とりあえず俺もまだプリントは手をつけてないしな。まずは一時間、集中だ!」
「「「「おー!」」」」
道明の号令に全員が応え、それぞれテーブルに向かって黙々とワークやプリントに向き合う。紙を捲る音、シャーペンの芯を出すクリック音、筆記の音が耳に入って不思議とやる気が起きる。
七海も五教科総復習プリントに取り掛かっており、以前習った内容を思い出しながら取り組んでいた。中一や中二でやったことは案外忘れていることも多く、念のため持って来ていた教科書を見て思いだすことも多い。
茜は後回しにしていた数学と理科のワークに取り組み、教科書をめくっては首を傾げ、ぶつぶつと呟いている。徐々に首の傾きが大きくなっていることから、きっと答えを出すのに手こずっているのだろう。
遊馬は得意な理科からすらすらと解き始め、一問解いては笑顔を浮かべ、次の問題へと取り組む。見ていると非常に楽しそうなのが面白い。
「‥うーん、七海これってさ‥」
同じく五教科総復習プリントに取り組んでいた道明が、小声でそっと話しかけてくる。
「ん?‥あ、それ私も思いだせなくてさ‥」
全教科の教科書を持って来ていた七海から中二の頃の教科書を借りる。
「サンキュー七海、これなかったら詰んでたわ‥」
全教科中一からの教科書やワークを、みんなが自由に見られるようにテーブルの上に積み上げた。茜や遊馬も礼を言い使わせてもらう。
「‥こんにちは~。」
そう静かに入ってきたのはさくらだった。中学生たちの目がキラリと輝く。視線が一瞬に集まってきたため、さくらはつい苦笑いを浮かべた。
「‥ええと?‥困っていることがありましたら‥」
言うやいなや、茜が真っ先にさくらの元へと走った。そして流水がその後ろだ。
「さくらちゃん、助けて!理科がー!!」
さっそくワークを広げ始めた茜に、さくらは教科書を広げて見せながら丁寧に説明していく。
「やっぱりさくらちゃんの説明、すごく分かりやすい‥」
問題文を読み、教科書で調べ、考えているうちに訳が分からなくなり、何を求めるべきなのかが分からなくなる。そうして何度もループしていた思考回路が、やっと出口を見つけられたのだ。茜は礼を言って自分の席に戻り、再び今の問題を確認する。
「あのね、さくらちゃん。数学って言葉が既に攻撃力高すぎて!」
流水が言いながらワークを持ってくる。
「ふふ。確かにそうよねえ。」
さくらは優しく微笑みながら流水に解説する。マイナス掛けるマイナスがプラスになる理由がどうしても分からないというのだ。
「私もこれ、すごく悩んだんですよ‥」
「だってさー‥マイナスっていうと、悲しいこと!みたいな感じでしょ?悲しいことに悲しいことが重なったらもっと悲しくなるのにー!絶対楽しくなんないもん!」
流水は口を尖らせる。
「うふふ。そうよねえ‥でもそれって掛け算かしら?」
七海たちもそんなやり取りを聞いてほっこりした。自分たちもそんなことを考えていたなと、少し懐かしい気持ちになる。上手く説明出来る気はしなかったが。
そして流水がいなくなった時、さくらは視線を感じて顔を上げた。恭平と目が合った!
「‥ええと‥?」
「さくらさん、数学得意!?」
食い気味の恭平にさくらは思わず苦笑いを浮かべる。
「‥中学生レベルまででしたら‥」
その言葉に司もため息をついている。司にとっても数学は鬼門らしい。
「‥兄に声かけてみましょうか‥ただ、レポートに追われてるので、力になれるかどうかは‥」
言いながらスマートフォンを取り出して兄に連絡を入れる。
「兄たちも煮詰まっているようで。混ざりに来るそうです。」
月影家と篁の家は斜向かいである。すぐに二人はやって来た。
「何かいいなこの環境。」
「妙に落ち着くね。」
そう言いながら、二人はノートパソコンを持ち、分厚いテキストをテーブルにドサリと置いた。
「トモー、サトーどっちでもいい!俺の数学に手を差し伸べてえええ!」
さっそく恭平が助けを求める。
「どれだよ‥」
智樹がテキストを見た後に盛大にため息をついた。
「智琉、これ覚えてるか?」
「‥いやもう専門教科で塗りつぶされた。今余計な記憶を掘り起こしたくない。」
二人は頷き合い、分厚いテキストを捲りながらパソコンを打ち始める。
「なあ、鷹也いないのか?」
智樹が尋ねると、さくらは笑みを浮かべる。
「午前中アルバイトだそうです。午後、来られるか聞いてみます?」
「聞いてー!マジ聞いてー!すぐ聞いてー!」
恭平の言葉に全員が一斉に笑い出した。中学生たちも爆笑している。が、七海だけは凍り付いたように固まった。神楽祭以来、兄とは一度も話せていない。それどころか、あれから一度も会っていなかったのだ。
(えっ‥鷹兄が来る?‥ど、どうしよう。‥何を話せば‥?)
七海の内心をよそに、ここで道明が一つの提案を出した。
「あ!それならさ、今のうちに修学旅行の課題やらないか?ほら、東京で行ってみたいところ、一人一カ所以上、出さないといけないだろ?兄貴いま、東京に住んでるし。」
この言葉に乗ったのは恭平だ。
「いいねえ!どこ行くー?どんなとこ行ってみたいんだ?」
「むしろおススメ教えてくれよ!てか、中学の時はどこに行ったんだ?」
道明がそう言うと、恭平は嬉しそうに笑顔を向けてくる。
「俺らは東京タワーだな!最終日の朝から行ってさ、午後に東京駅集合だろ?‥時間がギリギリだったよ。」
「え!?そうなの!?‥何か上に昇るだけとかじゃないんだ!?」
思わず七海が聞き返すと、恭平は笑いながら頷いた。その笑顔にホッとして、今は修学旅行のレポートに集中することにする。それから皆、スマートフォンを取り出してぽちぽちと画面をタップする。
「俺らはスカイツリーだったすね。東京タワーと、どっちに行くかマジ決まらなくて!」
司の言葉に恭平も「それな!」と大いに同意している。
「え?両方は無理なのか。」
道明が呟くと、恭平と司が「無理無理」と即座に却下した。
「えーハチ公とか見に行きたいな~」
「俺は都庁と新宿駅ダンジョンに挑みたいなー!」
茜と遊馬がそう言いながら、やはりスマートフォンをポチっている。
「まあ新宿と渋谷なら回れるよ、近いしね。‥新宿は平面型ダンジョン、渋谷は階層が深いダンジョンかな。」
智琉が話に乗って来て、智樹も笑いながら頷いている。
「階層が深い!?どゆこと!?」
思わず七海が尋ねると、智樹が説明してくれる。地下鉄の乗り入れが多いために、地下が相当深いのだと聞いて、中学生たちは驚きに目を丸くしている。
「え?待って?地下鉄の上とか下に更に地下鉄あるの!?崩れちゃったりしないの!?」
七海は驚きながら渋谷駅を調べてみて、首を傾げる。
「七海ちゃん、東京メトロの渋谷駅構内図も見てみて。JRだけだとそうでもない。」
智琉に言われ、調べた瞬間に固まった。
「‥はい?地下五階?電車のホームが!?」
七海の言葉に皆一斉に同じサイトを開いて言葉を失った。
「‥えき?‥これ?」
流水までも一緒になって眺めながら呆然としている。先日行った羽田空港も凄かったが、ただの駅でさえこれなのか!と皆動揺しまくっていた。
「ああでもね、集合場所が東京駅だろ?あれも迷うとやっかいだし、駅がバカみたいに広いから気をつけて。早めに着いておかないと詰む。」
智樹に言われ、今度は全員が東京駅を検索する。
「総延長18キロってなんやねん!!」
「待って?それって駅の内部にも電車必要じゃないの?」
「え?これって‥近接の駅までつながってる?‥え?電車の意味は!?」
「すっげー!ダンジョンだ、ダンジョン!!」
それぞれが思い思いの感想を言い合い、場は大いに盛り上がった。
「小遣い、いくらだい?」
「いちまんえん!」
智琉の質問に全員が一斉に答えた。
「‥だよなぁ。マジで、一瞬で無くなるからな?お土産代だけで溶ける。自由行動の電車賃はフリーチケットみたいの貰ったんだっけか。計算してみ?けっこうヤバイから!失くしたら詰む!」
そんなアドバイスを受け、出発駅から目的地駅、集合場所の東京駅までの電車賃を計算し始める。
「うわ、千円あっという間だねこれ。確かにお土産買ったあとにチケット失くしたら詰むわ‥」
道明が「うわぁ」という表情で呟き、七海や茜も「ひええ」と呟いている。
「昼飯代でも千円は持ってかれるからなー!店のチョイスも気をつけろー!」
恭平の言葉に全員が固まる。
「おしゃれなカフェなんて入った日には三千円吹っ飛ぶからな‥。そして誘惑が多いから気を付けて。」
智琉が更に追い打ちをかける。
「「「「東京こわーー!!」」」」
四人の息がぴったり合った瞬間だった。
「でもいいなあ‥東京近郊の人は東京タワーとかスカイツリー、行きたい放題じゃんなあ?」
道明がぼそりと呟くと、双子が顔を見合わせる。
「いや意外にさ、行ってないやつ多いんだよ。」
智琉が呟くと、中学生たちは「え?」と声を上げる。
「“目にはするけど実際行ってないなー”ってやつ、多いよな?」
智樹の言葉に恭平も智琉も頷いた。
「「「「なんで!?」」」」
「あー‥たぶんだけど、見るものも遊ぶところもすげー多いからかな。上野とか浅草は社会科見学やら遠足やらで行くことは多いらしいよ?」
自分たちの遠足とはずいぶん勝手が違うようだと、七海達は目を丸くしている。
「‥あれ?待って?東京タワーとか、スカイツリーって。‥高い、よね?」
スマホをポチっていた七海がぼそりと呟いた。そして茜がハッとする。
「あー‥うん。」
「だめだー!!低い所選ばないと!むりーー!」
思わず叫んでしまった七海に、全員が笑ってしまったのだった。
「あ!二日目の夢の国?これも超楽しみなんだけど!ご飯代やばい!?」
茜がそう言えば、と尋ねる。
「あ~それは食事券貰えたはず。じゃないと、メシ抜きでお土産買うやついるからだろうな。」
「そうっすね!ただ昼にレストラン混むんじゃね?って時間ずらしたせいで腹減ってきつかったっす。地味に歩くし。」
恭平の言葉に司が乗り、双子もつられて頷いている。先輩たちの話は大いに参考になった。
「お土産も本当に色々買いたくなるからね。マジで気をつけて!」
智樹がそう話してくれたことで、中学生たちは思いだした。神楽祭で、雅と立夏が羽田空港で手あたり次第に買いあさっていたことを。
「「‥やばい‥」」
茜と七海が別行動をしていた遊馬と道明に、その時の状況を話す。
「「やばいなそれ!」」
確かに心惹かれるものは多かった。だが、二人とも神楽祭本番のことが頭にあったため、そこまで意識を向けられていなかった部分はある。開放的な気分になったら危険かもしれない。
「そういえば、さくらちゃんはどこ行ったの?」
何の気なしに七海が尋ねると、さくらは微かに笑って首を振った。
「体調崩しちゃいまして。実は行ってないんですよ。」
「ええええ!さくらちゃんのためにもお土産ゲットする!!」
七海はそう決意表明をし、遠慮するさくらに勉強でお世話になった4人が一致団結したのだった。その後も4人はスマートフォンで気になった場所をピックアップしては、恭平や双子たちに話を聞いて、レポートをまとめていった。
ワクワクしつつも、不安もある。全員の脳裏に蘇ったのが、あの羽田空港での人の往来だ。朝の通勤ラッシュの話を聞き、人混みの話を聞き、地元組たちは大いに戦慄したのだった。




