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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
85/113

帰宅

  翌朝、目が覚めた七海は、ベッドの上で大きく伸びをした。まだ誰も起きていないらしい。

「ちょっと散歩してこようかな‥」

 二度寝する気にもなれず、静かに着替えと身支度を済ませて外へと踏み出す。途端にセミの泣き声が耳にわんわんと響いた。

「‥相変わらず、すっごい。これ慣れる気がしないなあ‥」

 そして朝から既に暑い。モワッとした熱気に、息が詰まりそうになる。まだ早い時間なので、海まで散歩しようと歩き出した。気分的にはかなりマシになったものの、爽やかとも言い難い。

「うー‥もっとこう空気がひんやりしてくれたら‥もうちょっとスッキリしそうなのに‥」

 気分のせいなのか、気候のせいなのか、分からないままに歩き出す。大人しく座ったり寝転がるよりも、動いていたかったのだ。



 日差しは強く、帽子をかぶってきて正解だったなあと思いながら、浜辺へと降りていく。

「「「「おはよー!」」」」

 そう挨拶してきたのは、道明たちと兄世代たち、男子6名だった。

「おはよう!‥ええと‥なにしてるの?」

「「「「朝練!!」」」」

 そう言いながら砂浜をダッシュしている。

「え?うそ?‥毎朝じゃない‥よね?」

「俺と智琉は昨日の朝からだけどね?‥身体なまるし。」

 到着した翌日、朝から双子を除く4人が砂浜で走り回っていたのは知っていたが、まさか双子まで加わり日課としていたとは、七海も驚いた。


「砂浜鍛錬は悪くないな。短時間で効率的に鍛えられる。」

 智樹が汗だくになりながら爽やかに笑っている。

「それな!‥ただ‥きっつい!!」

 智琉も息を切らせつつ、それでも笑顔で汗を拭った。

「ボール遊びやるぞー!!」

 遊馬がカラーボールを取り出して投げまくる。単純にボールを掴んでは人のいない方へ投げ、ダッシュで取って人のいない方へと投げ返す。それだけらしいが、ボールが10個ともなると、相当に忙しそうだ。

「ぎゃーーー!おまえーー!遠すぎ!!」

「加減しろバカ!!」

「ちょ!マジか!!」

 叫びながら笑いながら、ひたすらボールを追いかけては投げ返して遊んでいる姿は、犬たちがじゃれ合っている姿を連想してしまう。

「‥なんであんなに楽しそうなんだろ‥?」


 ボケっと眺めていた七海だったが、遊馬がボールを投げてきた。

「七海も入れよ!!めっちゃ面白いから!!」

「ええええ!?」

 朝の散歩であるため、Tシャツとハーフパンツ姿にビーチサンダル姿ではある。朝食前か後に、シャワーくらい浴びる時間もありそうだ。七海は少し考え、パンツのポケットから髪ゴムを取り出して縛ると、ボールを投げ返しながら走り出した。


「おー!七海ちゃんも参戦か!?」

「よーしいくぜええ!!」

 砂浜を走ると、足が沈み、思うように走れないことに戸惑う。

「えっ!?超走りにくっ!!」

 つい大声を上げ、転びそうになっては悲鳴を上げた。そして必死にボールを取りに行っては投げ返す。

「きゃああああああ!!」

 悲鳴と共に盛大に転ぶと、遊馬が大笑いしてくる。

「思いっきりいったなーー!!あはははは!!」

「うっさい!!」

 2人は同じボールに目をつけ、一斉に走り出す。一歩リードしていた遊馬だったが、七海は必死に走った。

「「おーーー!!はええ!!」」

「いけいけーーーー!」

 兄たちが声援を送ってくれ、七海は更にピッチを上げた。体育祭、リレーアンカーは伊達じゃない。

「ちょ!!七海!!はえーよ!!」

 遊馬とボールの取り合いになり、一瞬差で掠め取る。

「やったーーーーーー!!」

 人のいない場所へ思い切り投げると、智樹がそれを追いかける。七海は次のボールにターゲットを絞り再び走り出した。



 その頃、目を覚ました流水が慌てて飛び起きた。

「おねーちゃん、いない!」

 その声で茜も慌てて飛び起きる。

「うそ!?どどどどうしよう!?散歩とかかな!?」

 するとさくらが寝そべったまま、スマホを掲げた。

「心配しなくて、大丈夫ですよ。‥お散歩にいって‥そのまま兄たちと遊んでるみたい‥です‥」

 普段は共に行動出来るよう、皆より早く起きて準備をしていたさくらだが、今日は今しがた起きたらしい。けだるそうにそう伝えてくれる。

 茜と流水がスマホを覗き込むと、七海がそれは楽しそうに走っている姿だった。遊馬や道明らしき人物も写っている。


「「‥よかったーー!!」」

 茜と流水は安堵のため息をもらし、2人で笑いあった。

「ナナも、身体動かすの好きだもんね。」

「あー‥確かにー‥わたし、プールしか付き合えないー!」

「私はプールすら無理ですけど!?」

 茜と流水はそう言って笑い合う。



 大声で叫び、笑い、走り回り、転びまくった。

「砂浜で転んでも痛くはないけど、めっちゃじゃりじゃり!」

「それなー!このまま海に飛び込みてえ!!」

「収拾つかなくなるからやめとけ!」

 七海が砂を払いながら、遊馬が海を恨めしそうに見ながら話し、道明が笑いながら止める。

「でもさー波と追いかけっこ、めっちゃ面白いよな!!」

 ボール遊びが落ち着いた後、波打ち際で波との追いかけっこも楽しんだ。ビーチサンダルも砂と海水で大変な事になっている。


「‥この後の朝温泉、けっこう爽快なんだぜ?」

 恭平がそう言って笑ってくれたので、七海も笑顔になった。髪も服の中までも砂でジャリジャリだ。

「朝食開始までまだ40分あるしな?」

「よし、じゃあ入浴時間は30分?七海、髪長いけど行けるか?どうせなら一緒に飯いこうよ!」

 時計を見ながら司が言い、道明が朝食にも誘ってくれる。七海は笑顔で頷いた。

「大丈夫!‥そっかー髪短いと乾かすの楽だよねー?」

「そりゃもうね!俺はドライヤーとか使わないし!」

 道明が短髪を撫でながら笑う。ホテルまでの帰り道は、来た時よりも疲れているはずなのに、足取りは軽かった。



「‥えっと‥ただいまだけど、温泉行ってくる‥」

 部屋にそろそろと戻って声をかける。

「「おかえりー!!楽しかった!?」」

 茜と流水が笑顔で迎えてくれ、七海もホッとして笑顔になった。

「うん。でもね?砂だらけで‥温泉行ってくる。」

「‥私も‥ご一緒しても?‥」

 さくらが幽霊のように立ち上がり、心もとない足取りで歩いている。

「せっかくだからみんなでいこーー!!最後のお・ん・せ・ん!!」

 流水が笑顔で言い、茜も笑顔で同意した。七海もフッと笑って頷く。そのまま朝食へ行けるよう、バッグに着替えやタオルをセットする。



「朝風呂もよかとねーーー!」

 温泉に浸かって早々に流水が言い、茜が笑い出す。

「何弁なの?それは!」

「しらにゃーい!!えへへー!」

 早々に湯船に浸かりながら2人は楽しそうにお喋りをしている。

「あ‥髪洗うつもりなかったのに‥なんでお湯かけちゃったのかしら‥」

 さくらがまだボーっとしているように呟きながら髪を洗い始め、七海も砂と汗を落とすべく2度目のシャンプーに取り掛かっている。


「ふあーーー!」

 ようやく髪を洗い終え、七海は湯船に浸かって手足をぎゅーんと伸ばす。筋肉が伸ばされる感覚が気持ちいい。

「やっぱりナナは身体動かすの、好きなんだね?」

「‥そうみたい。男子チーム見てて“何やってんの?”って思ってたのに、参加したら楽しくて‥」

 七海はバツが悪そうに言い、笑みを零した。

「私は運動苦手ですけど、煮詰まると歩きますね‥」

 さくらもようやく活動出来るようになったらしく、軽い足取りで湯船に入ってきた。

「へえー!?そうなの?ちょっと意外。」

 茜が呟くと、さくらは微かに笑った。


「でも‥ナナがちょっと元気になったみたいで。ホッとしたかも。」

 茜がそう言って笑顔を向けてくれる。

「心配かけてごめん。‥まだね、何がどうショックなのか‥実はわかんないままなの。けど、昨日ほどぐっちゃぐちゃではないかな。」

 七海がそう呟くと、3人は笑顔を向けてくれた。

「情報量多すぎ問題!一日一つまでにしてくれたら良かったのにー!」

 流水の言葉に3人は頷き、そして笑いあった。



 浴場から出ると、男子チームが待ってくれていた。

「よー!女子チームも全員で行ったのか!」

「ま、ここの温泉も最後だしな!」

 恭平と智琉がそう声をかけてくれ、全員でぞろぞろと食堂へ向かう。さり気なく双子がさくらの両サイドを歩くが、視線やヒソヒソ話はかなり落ち着いた様子だ。


「ナナちゃーん!ルミちゃーん!」

 大声で呼ばれ、見てみると雅が蒼介や立夏、駿と一緒にいて手を振ってくれた。幸い席も空いていたので、皆、近い所に座る。

「あら?もしかして朝から温泉?」

 立夏の言葉に全員が頷く。

「俺たち、砂浜で朝練してたから!早朝砂浜で走って、朝温泉入ってたんだ!」

 遊馬が得意げに言って笑ったので、親たちも楽しそうに笑っている。

「うわー!それは俺も参加したかったなー!すげえ楽しそうじゃん!」

 蒼介がそう言うと、駿がニヤッと笑った。

「それなら帰宅後に我が家でテニス大会やるか!?屋内コートを作ったんだぞ!?」

「あーーー!!それ!あとでこっそり招待して驚かせようと思ってたのに!!」

 駿は「してやったり」といった表情で笑い、男子チームの目がキラリと光る。

「「「「やりたい!!!!」」」」

「その前に、ご飯を取っていらっしゃい!」

 雅に促され、全員でぞろぞろと食事を取りに行く。和・洋・中、様々なおかずを取り、テーブルにつく。

「「「いただきます!」」」


「遊馬ー!ちゃんと野菜も食えよ?」

 相変わらずウインナーとベーコンポテトフライを山盛りにしている遊馬に、駿が苦笑いしながら言う。

「一応、野菜あるし‥」

「お前はアメリカ人か!フライドポテトを野菜の範疇にするな。」

 遊馬の呟きに智樹がすかさず突っ込む。

「‥智ママ発動だ‥」

 恭平がぼそりと呟いた瞬間、智琉と司、遊馬、道明が吹いた。

「なっ!!な、なんだよ!?智ママって!?」

 智樹が絶叫した瞬間、さくらが呼吸困難に陥り、七海と茜、流水が下を向いて震えた。

「え?いや、かーちゃんみたいだなと。」

 大人たちまでが笑い出し、朝食は混沌に包まれたのだった。



 その後、少し休憩をした後に帰宅の準備を整える。

「何か、あっという間だったねえ‥」

「本当に色々あったしね‥」

 荷物を詰めながら茜と流水が言葉を交わし合う。

「さくらちゃんは私たちとは別で出発なんだよね‥?」

 少し寂しげに七海が尋ねると、さくらは微かに笑って頷いた。

「また地元で会えるから。お買い物にでも行きましょうね?」

「‥うん。」

 4人は部屋の中を一通り片付け、忘れ物がないかを確認して部屋を出た。ロビーでは既に両親達や遊馬と道明もいて、合流した後、手荷物以外は自宅に送る手続きをする。


「そうか、みんな一緒なのか。‥気をつけてな?」

「俺たちもまだしばらくは地元にいるから、遊ぼうな!」

「そうそう!あっちで会おう!」

 智樹と智琉、恭平がロビーにやって来て声をかけてくれる。七海は笑顔で挨拶しながら、やはり兄のことが気になっていた。あの夜以来、一度も顔を合わせていないのだ。祖父とも会っていないことから、

二人は共に行動しているのかもしれない。


「‥鷹兄はもうホテルにはいないの?」

 流水が寂しそうに尋ねると、雅は微かに笑って頷いた。

「そうね、一足先に発ったようよ。お義父様と、後に総代になる予定の方と。‥数日は落ち着かないんじゃないかしら。」

 それを聞いた途端、七海の心がずしりと沈んだ。声をかけてほしかった気もする。でも、何をどう答えたらいいのか分からなかった。かといって、今の状態がいいのかと言われると、それも違う気がして、七海は小さく息を吐いた。


「お、迎えの車が来たな!それじゃ行こうか。」

 蒼介がそう言って皆を促す。ホテルの方々に挨拶をし、マイクロバスに乗り込む。

「「「また後で!」」」

 ホテルの従業員一同、さくら、智樹、智琉、恭平が手を振って見送りをしてくれる。皆笑顔で手を振り返し、バスは空港に向けて出発した。



「みんな、色々あったようだけど楽しめたかい?」

 蒼介が声をかけると、皆笑顔で頷いた。もちろん七海も笑顔で頷く。

「結局、鷹兄とはほとんど喋れなかったな~!もっと話、したかったのに。」

 流水がいじけたように呟くと、蒼介は苦笑いを浮かべる。

「まあ‥まだ先の話とはいえ、大役を任されることになるからなあ‥発表もされてしまったし。こればかりは仕方ないさ。」

「鷹兄、大学生でしょ?勉強もあって部活もやってて、アルバイトもしてるって聞いたけど‥今度はその、一族の用事も入ってくる?‥大丈夫、なのかな?」

 かなり忙しくなりそうで、流水は心配顔だ。

「まあ、まだしばらくは父さんが総代だからね、さすがに学生にそこまで無茶はさせない‥と思う。うん、たぶんな?」

 歯切れの悪い言い方に、流水は笑ってしまう。

「‥でも鷹兄だから、大丈夫なのかな?」


(恭平さんもレポートとか大変だって言ってたな‥鷹兄からそんな話、聞いたことないけど。専門が違うと忙しさも違うの、かな?)

 七海はそんなふうに思い、車窓から見える外の景色を眺めた。



 マイクロバスがトイレ休憩として停まったのは、大きな道の駅だった。皆それぞれトイレに行き、その後、売店へと向かう。

「お土産!ホテルでも買ったけど、品数多いわねえ!」

「きゃー見て!ミヤちゃん、これ!美味しそう!!」

 雅と立夏はハイテンションで見回り、財布と相談しながらここでもお土産を購入している。茜と流水はお菓子コーナーで盛り上がっていた。

 七海は何となく店内を歩いているうちに、フェイスタオルに目が止まった。

(‥タオルか。あ!鷹兄は部活やってるし!‥お揃い‥色違いのほうがいいかな‥)

 何となくお揃いのものが欲しくなり、色違いの同じデザインを選んでレジに並ぶ。いつもは流水も含めて三人お揃いにするのだが、流水には別のミニタオルをチョイスした。

(流水だけミニタオル‥違うの‥流水は部活もやってないし‥私のほうが運動するし‥)

 よく分からない言い訳をしながら購入し、そっとバッグの中にしまいこんだ。何となく後ろめたいような気もしたが、それでも嬉しい気持ちのほうが勝った。



 空港に到着した後は、マイクロバスの運転手さんや、同乗した人たちとも挨拶を交わす。その後は行きと同じように羽田を経由して昼食を取り、地元空港まで戻ったのだった。


「やったああああ!!帰ってきたああああ!!」

 地元空港に戻り一歩外に出ると、空気も音も全く違う。

「セミの鳴き声が違いすぎ!!」

「空の色も違うよなー!」

 遊馬と道明がそう言って深呼吸をする。

「あとは何か空気が軽い?‥そしてセミ!!こっちの子の方が良心的!」

「ヒグラシの声、聞かなかったね?」

「確かにー!!あっちにはいないのかなあ‥?」

 流水と七海、茜もようやく帰って来た安堵感からか、深呼吸を繰り返した。


「それではお疲れさまでした!無事に帰って来られて良かった。」

「いや、ありがとう蒼介。お前がいてくれたから、色々と顔つなぎも出来たよ。」

 蒼介と駿が握手を交わし、笑顔で別れを告げる。

「またなー!」 「またねー!」

 皆声を掛け合い、それぞれ駐車場に停めた車に乗って帰路についた。道明は五十嵐家と一緒だ。



 ようやく帰宅し、玄関を開けると霧江が笑顔で迎えてくれる。

「おかえりなさい!」

「「「「ただいま!!」」」」

 こうして4人は無事帰宅した。

「ちょっと、姉さん?どれだけお土産買ったの!?」

 そして開口一番、雅は霧江に怒られた。

「だって限定って言われたら、買っちゃうじゃない!!」

 突然始まった姉妹喧嘩に七海と流水は顔を見合わせて笑った。霧江がお茶を入れ、雅が買って送ったお土産を出してくれる。

 神楽祭での事件や、本番のことを話したり、蒼介が久々に懐かしい人たちと会えたと喜んだり、旅の思い出を語っては笑い合う。

(‥楽しかった、のかな?‥ちょっと苦しかったけど‥でも、お兄さんたちともお話出来たし‥)

 七海は新しい縁が深まったことを嬉しく思いながらも、実の兄とは少し遠くなってしまったような気がして、胸の奥が寂しくなった。

 けれど、帰るべき場所に帰ったという安心感が静かに湧き上がって来たのだった。




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