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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
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たかが4年 されど4年

 七海は眠ることも出来ずに息を殺して布団に潜んでいた。みんなが眠ってくれれば、部屋を出て、一人ひっそりと歩き回ることだって出来る。

 話し声も聞こえなくなったのを確認して、七海は起き上がる。誰も動く様子はない。薄手のパーカーを羽織って、静かに部屋を出て行った。


 七海が起き上がったことには気づいていたが、茜もどうして良いか分からずにじっとしてたらしい。ドアが閉まる音で慌てて起き上がったのだ。

 流水もうとうとしていただけらしい。やはり目を覚まして起き上がり、姉のベッドが空になっているのを見て、先ほど部屋を出たのが誰かを悟ったようだ。

「‥大丈夫、私が行ってきます。ここで静かに待っていてくださいね?」

 さくらは穏やかに微笑みながら茜と流水に声をかける。二人もさくらが動いてくれると聞いて、ホッとした表情を浮かべ、ベッドに座ったまま頷いてくれた。


 七海は眠れないまま、かといって茜や流水と話すことも出来ず、戻って来たさくらにも気づかれないよう布団に潜りこんでいた。静かになってしばらく経ち、ようやく部屋を出て独り、ふらりと歩き回れるようになったのだ。

 とはいえ既に売店も閉まっており、ただ人けのない廊下をフラフラ彷徨うだけだ。それでも独りでいられるのは妙に気楽だった。何となくロビーに向かって歩いていると、誰かが座っているのが見え、そっとその場を離れようとしたとき声をかけられた。

「‥よ。」

 道明の兄、恭平が椅子に座っていた。無視するわけにもいかず、挨拶くらいはしようと近づく。

「な、ジュース飲むか?」

 先に声をかけられ、七海は困ったように立ち止まる。

「‥眠れないんだろ?」

「‥うん。」

 不思議と素直に返事をしてしまう。

「はは。奇遇だな、俺もなんだ。‥ちょい一杯やるから付き合ってよ。」

 恭平は返事を待つことなく、自販機でコーラを二本買い、七海に一本渡してくれる。


「‥一杯っていうから‥お酒かと思った。」

 七海がぼそりと呟くと恭平は、はは、と笑う。

「なんとなく、な。同じのがいいなって思ったんだ。」

 二人は同時にペットボトルの蓋を開ける。炭酸の抜ける「プシュー」という音が、静まり返ったロビーに、いやに大きく響く。

 久しぶりに飲んだコーラは甘くて、強い炭酸が喉を刺激する。それが妙に爽快感をもたらしてくれた。

「‥恭平さん、は何で眠れないの?」

 妙に悲しそうな、少し寂しそうな、何ともいえない表情を浮かべている恭平に、つい七海は聞いてしまう。何となく似たような感情を抱いているせいかもしれない。

「お、名前覚えてくれたんだな。ありがとさん。」

 嬉しそうに笑ってくれたので、七海も微かに笑う。

「‥ま、俺が眠れない理由は、俺の顔を覚えないバカのせいだけどな!」

 微かに笑いながら、半ばヤケになったように言い放った。

「‥鷹兄の、せい?」

「そりゃね?‥同い年なんだぜ?‥ここまで差をつけられるとな!」

 恭平はそう吐き捨てるように言い、コーラをがぶ飲みする。七海も同じようにごくごく飲むと、冷たい炭酸がじゅわじゅわと刺激しながら喉を通り過ぎていく。


「はぁ‥私も‥たった4つしか違わないのに‥」

 流水にも、茜にすら言えなかった言葉がするりと滑り落ちた。言ってしまった、と後悔したが、恭平は笑い声をあげる。

「あははは!まあ、分かるけどさ。それが通用するのって、せめて20代後半じゃね?」

 意外な言葉に、思わず「へ?」と声が漏れる。

「若いうちの4年はさ、全然違うってこと。 6歳と2歳は小学生と赤んぼみたいなもんだろ? 19歳と15歳?か?大学生と中学生じゃ全然違うわな? たったなんかかじゃねえよ、今は。」

 そんなふうに言われ、七海は少し考える。


「大学生と中学生じゃ‥ちがう、か。」

「そりゃそー!大して変わらねーとか言われたら、俺の高校受験と大学受験はなんだったんだー!」

 恭平の言葉に、七海の心が少しだけ軽くなる。たった4年と考えていたが、確かに恭平の言う通り中学生と大学生では全く違う。そんなことすら考えられなかった自分が、少しだけバカみたいに思えてしまう。


「俺はあいつと同い年だっつの。‥ざっけんなよ!」

 そう言ってコーラを煽る恭平に、七海は何とも言えない気持ちになった。もし自分が同い年だったとしたら、やはり同じように思うのだろうか‥?

「‥やっぱり‥悔しい、よね。」

「いやま、それもそうなんだけど!それ以上にさ、同い年で色々と背負わされるあいつ、大丈夫なのかよって思うと‥なんつーか、ムカつくけど心配なんだよ。あ!これ内緒な?」

 七海はその言葉に目を見開く。ムカつくとか悔しいとか、決して良い感情ではない。それなのに心配だという恭平に、驚いたのだ。


「‥恭平さん、超いい人じゃん‥」

 気づいたら七海はそう呟いていた。直後、恭平が照れ臭そうに笑う。

「えっ!?‥いやそんな‥もっと言って?」

 何となく父、蒼介のような雰囲気に七海はつい笑ってしまう。

「あははは‥恭平さん、超いい人!」

 お世辞でも何でもなく素直にそう思え、ストレートに口にする。

「やっべーー!今のでマジ元気出たわ!ありがとな!?」

 本当に嬉しそうに感謝され、七海の心がほわりと暖かくなる。


「‥なんかさ、鷹兄がすっごく遠くみえて‥」

 誰にも言えなかった引っかかりが、するりと飛び出したことに七海自身が驚いた。

「あーまああいつ、たまに日本語通じないしな?」

 つい先日の恭平と鷹也の掛け合いを思い出し、七海は吹き出してしまう。

「いやあの、そうなんだけど!‥鷹兄みたいになりたいのに‥」

 それでもなお、七海は兄のようになりたい。あんなふうに信頼され、任されるような人になりたい。そう口にしたのだが、恭平は驚いている。

「正気か!?マジで意思疎通が困難になるぞ!?大丈夫か!?」

 本気で心配してくれているらしいことに、やはり笑い出してしまう。


「そういやさ、来年から東京なんだって?」

 ひとしきり笑った後、恭平から聞かれて七海は頷いた。

「‥うん。あ、それと二学期には修学旅行で東京行くんだって。」

「マジか!そういや道明も言ってたな。日程教えれ教えれ!どっかで落ち合おうぜ!」

 こんなふうに軽いノリで話せることが、何より嬉しいし楽しい。

「そっか、恭平さん東京にいるんだっけ。」

 七海が笑顔でそう尋ねると、恭平は頷いてパチリとウインクした。

「ついでに俺のレポートも手伝ってくれー!」

「それは鷹兄に頼んでくれー!」

 二人は、あはははと笑い合う。何となく気持ちが軽くなった気もする。


「‥どうだい?少しは寝られそうかい?」

「ありがとう。かなり気分がマシになった?」

 七海がそう言って笑顔を向けると、恭平も笑いながら頷いた。

「俺もお陰で寝られそうだ。ありがとな?‥けど、女の子が一人でこんな時間にフラフラしちゃだめだぞ?」

 心配されていることが重く感じず、素直に嬉しいと思えた。

「‥うん、ありがと。」

「ちゃんとな、心配してくれる人もいるんだよ。俺以外にも。」

 そう言って恭平は手を上げる。七海が驚いて振り返ると、そこにはさくらが立っていた。

「さくらちゃん‥」

「‥温泉に入りたくなっちゃいましてね?」

 えへへと笑うさくらに、七海も笑みを浮かべる。

「私も入りそびれちゃってた。‥いこっか?」

「おれもおれもー!」

 二人の会話に恭平が割り込んで来た。さくらと七海は顔を見合わせにこりと笑いあう。

「「だめーーー!!」」

「がーーん!」

 三人は笑い合い、恭平は部屋へと戻って行った。



「‥ふしぎ。さっきまで誰とも話したく、なかったのに。」

 七海はぼそりと呟いた。部屋にいたときの、あの時間。気にかけられるのも、話しかけられるのも嫌だった。まだ気持ちの中に蟠りも引っかかりもある。けれどあの閉塞感みたいなものは、今は殆ど感じられなくなっている。

「あとはお風呂で全部流してスッキリしましょう?」

「‥うん。‥全部スッキリは難しいかもしれないけど‥」

 さくらは何も言わずにただ微笑んでくれる。そうして二人は深夜の温泉へと向かったのだった。



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