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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
83/113

七海の焦燥

 式場を後にし、夕食は家族揃って取ろうと、時間を約束して部屋へと戻った。

「それにしても神楽祭、すごかったなぁ‥」

 流水が目をキラキラさせている。

「あー‥本番があんなふうだって分かってたら、もっと早くから頑張れば良かった!」

 茜も悔しそうに話に乗っている。七海の心の中は、既に神楽祭から離れてしまっている。あれだけ感動していたはずなのに、その感動すら薄れて遠い日の出来事のように感じる。


「七海?‥その‥大丈夫?」

 茜が気遣わし気な表情で声をかけてくれたが、七海はうっすらと笑みを浮かべた。

「うん、何か疲れちゃっただけ。ちょっと横になっていい?‥気にしないでお喋りしててね?」

 そう言ってベッドの上に寝転がった。色々なことが起こりすぎて、今は何も話したくなかったし、何も考えたくなかった。ともすれば兄のことが頭をよぎり、熱を帯びた嫌な痛みが、じくじくと心の中を浸食していく。

(やだやだやだやだ!‥あーもう!!‥やめて!!)

 ごろりと反転し、茜や流水たちから身体ごと背を向ける。今の心情も知られたくないし、声をかけられたくもない。

 茜と流水は静かに顔を見合わせ、小さな声でこしょこしょと話し始めた。それでも七海の耳には届いてしまうのだが、さすがに黙っていてとまでは言えない。



「‥おじいちゃん、三年後には総代じゃなくなるんだなあ‥」

 しみじみと流水が言うと、茜も静かに頷いた。

「まだめっちゃ若そうなのに。今回の災害?もさ、何か篁さんがいたから収まったんだーって、色々な人が言ってるのを聞いたよ。」

「お正月で61歳だったかな?確かに年齢より若いよねえ。‥でもさ、お祖父ちゃん、かなり長い間、総代なんだって聞いたの。だからやっと解放されるのかなーって。そう思うとね、ちょっと嬉しいんだ!」

 茜と流水の会話が耳に飛び込んできて、七海はどきりとした。

(‥え?流水はうれしいの!?‥どうして?‥わたし、ショックだったのに‥だって一族で一番偉い立場だったわけで‥え?‥わたし、どうしてショックなんだろう‥?どうして流水みたいに喜べないんだろう‥)

 再び沸き上がった疑念に、心の中で別の嵐が巻き起こる。嫌な汗が出て来て、心臓がドキドキと早鐘を打った。これ以上二人の会話を聞くのが怖い。七海はぎゅっと目をつぶり、耳を塞ぎながら小さな声で好きな歌を口ずさんだ。



 ようやく夕食の時間になり、七海達は食堂へと向かった。父や母から心配そうな視線を向けられ、必死に笑顔を作る。茜と流水も同じだ。今はとにかく放っておいて欲しいのに、心配されるのが重い。

(笑顔 笑顔 笑顔 私は大丈夫 私は大丈夫 私は大丈夫)

まるでお経のようにそう唱えながら、何とか笑顔を作り、美味しそうに夕飯を食べる。実際、何を食べているのかも、味すらもどうでも良かった。

(一人になりたい‥)

 切実に思う、が、なかなかそうはさせて貰えない。茜や流水がなぜか自分を一人にしてはいけない、と思っているかのようだ。両親は一族に呼ばれて、あちらこちらへと回らなければならないらしい。


 茜と流水に温泉に誘われたが、それだけは何とか断った。

「後で行くから、気にしないでゆっくり入ってきて。」

 それでも心配そうに自分を見る、その視線が耐えられなかった。一緒に行こうと言う2人を無理やり追い出すように送り出し、ようやく一人の時間が確保出来たのだ。

「やっと‥一人になれた‥」

 七海はほうっとため息をついた。色々な情報が一気に出てきたために、頭の中を整理したい。

「ええと‥まず三年後にお祖父ちゃんが総代を辞める。」

 口に出した瞬間、何とも言えない寂寥感に襲われ、不安な気持ちが湧き上がってくる。

「‥どうして‥?お疲れ様って言わなきゃいけないのに。何でこんなに不安になるの‥?」

 訳が分からなかった。どうしても理由が分からない。


「そして新しい人が‥総代になる。」

 自身の言葉に再びズーンとした衝撃が来る。祖父が総代を降りるなら当たり前のことなのに。

「‥で、鷹兄が‥参謀役‥に‥」

 それ以上、言葉を続けることが出来ず、ベッドにドサッと倒れ込んでしまう。

(どうして‥?すごいことなのに‥なんで私、素直におめでとうって言えないの‥?)

 ただただ息苦しくて、ただただ辛い。兄もさくらも両親も、知っていたはずなのに自分には教えてはくれなかった。

(たった4つしか変わらないのに‥)

 泣けたらスッキリするのだろうか。目頭の奥がツンとする感覚はあるのに、やはり涙が出てくることはなかった。

 七海はのろのろと着替え、そのままベッドに潜り込んだ。流水に心配をかけることも、自分の弱みを見せることも、どちらも嫌だ。だって流水はいつでも「すごいお姉ちゃん」が好きなのだから。

「‥このまま、寝てしまおう‥」

 布団をかぶり、ぎゅっと目を閉じる。



 その頃、温泉では。

「おねえちゃん、大丈夫かなあ‥」

 湯船に浸かりながら流水が心配そうに呟いた。

「‥ちょっと心配、だね。ナナはやっぱり、鷹兄のこと、何も知らされてなかったのがショック、なのかな。」

 茜の呟きに流水は「うん」と呟いた後、微かに首を傾げる。

「でもね?それだけじゃない、気がするの。」

 ぽつりとした呟きに茜が「どういうこと?」と視線を送った。

「おねえちゃん、お祖父ちゃんの孫ってこと、すごく意識してた気がして。」

 流水の言葉に茜はハッとした。あの神楽選考会の時に“自分は総代の孫だから選ばれなければならない”そんな気合いを感じていた。

「‥あー‥お祖父ちゃんの孫というか総代の孫として、ちゃんとしないと!‥なのかな。」

「わかんない。‥でも、もしかしたらそうなのかな‥」

 二人はそのまま黙り込み、窓から見える星空を眺めた。どう接して、どう声をかけるべきなのか、答えが出てくるわけもなく、ただ静かに空を見上げることしか出来なかった。



 二人が部屋に戻ると、七海は既に眠ってしまったのか、ベッドに潜り込んでいた。

「あ、ちょっと飲み物買いに行きたいかも?」

「そうだね‥売店、行ってこようか‥?」

 茜と流水は、そう声を掛け合い、部屋を出る。

「‥ナナ、眠ったと思う?」

「‥わかんない‥」

 茜が聞くと、流水は困り切った表情を浮かべていた。

「‥わたしが‥部屋にいないほうがいいのかな‥?」

 寂し気に流水が呟いたので、茜は驚いて口を開こうとした。

「あ、うんとね?‥きっとおねーちゃん、わたしがいたら“お姉ちゃんじゃないといけない“みたいな。茜ちゃんだけだったら、話、してくれるかな?って。」

 妹と弟がいる茜にも、その気持ちは何となく分かる。嫌なことがあっても、妹や弟の前ではついお姉ちゃんぶってしまうところがあるせいだ。

「うーん‥どうだろう‥ちょっと今回はどうしたらいいか分からない。‥鷹兄に相談したいけど‥きっと今はそれどころじゃない、よね?」

 茜が困ったように呟くと、流水も頷いた。

「鷹兄も原因の一つだし。それどころじゃ、ないよねえ‥」


 売店でジュースを買い、結局何の解決策も見いだせないまま、再び部屋に戻った。そのまま七海を独りにしておいたほうがいいのか、せめて部屋にはいた方がいいのか、それすら判断がつかなかったためだ。


「‥とうとう明日には帰るんだねえ‥」

 窓の外を見ながら流水が呟くと、茜も頷いた。

「何かあっという間だったねえ。」

 そんな話をしていると、部屋のドアが開いてさくらが入って来た。

「‥あ‥」

 声を上げようとして七海が布団に潜っていることに気付き、静かに二人の元へと歩く。


「さくらちゃん、お疲れ様。‥だいじょうぶ?」

 気遣わしげに声をかけてくれた茜に、さくらはにっこり微笑んだ。

「ええ。すみません、ご心配をおかけして。‥あんな大騒ぎになると思っていなくて。」

 少しばかりげんなりしたような様子ではあるが、それでもさくらの笑顔を見るとホッとする。

「‥さくらちゃんと鷹兄の祓い‥私も見たかったな‥」

 小声で流水が呟くと、茜もうんうんと頷いた。

「ねね、やっぱり‥鷹兄ってすごいの?」

「それ‥私もすっごい気になってて!」

 流水の質問に、茜もノリノリだ。それでも声のトーンだけは囁くような小声である。さくらはふわりと頬を緩め、遠くを見るような視線を送る。

「‥本当に凄かったですよ‥篁さんが絶賛していたくらいですから‥」

 さくらがどこか得意そうに言うのを、二人は顔を見合わせて笑った。

「‥なんか惚気られたきぶん?」

 茜がそう言うと、さくらは赤くなって必死に否定する。

「そういうのじゃないですって!」

 三人は声を立てないよう静かに笑い合った。さっきまで「どうしよう」と悩んでいた二人にとって、さくらが戻って来てくれたことが何より有難かったのだ。


「‥七海ちゃん‥大丈夫です‥?」

 更に声を潜めてさくらが問いかけると、二人は首をぶんぶん振った。

「‥そうです、よね。」

 独り言のようにさくらは呟き、二人を見やる。

「何か疲れちゃいました。‥少し早いですが‥休もうかしら。」

 言いながらスマホを取り出し、三人でグループチャットが出来るように設定する。

「暑いせいもあるかも?‥あと温泉、かな?」

 茜もそう言い、流水もあくびをしながら同意した。さくらも着替えを済ませ、それぞれ布団に潜りこむ。スマホの音を消し、流水と茜はそれぞれ、これまで話していた内容をグループチャットへ送った。

 さくらはその内容を確認し、そっとため息を漏らす。

(鷹也さんが懸念していた通り‥あの人、本当によく七海ちゃんを見てますね‥)


さくら 

【心配ですね‥でも、今は少し、そっとしておいてあげた方が良いかもしれません。】

流水 

【でもさ‥見ていると辛くて。何か出来ること、ないのかな?】

【けど、声をかけるのも‥かえって気を遣わせちゃいそう。】

流水 

【そうなんだよね。‥心配してるよって素振りも、気を遣わせちゃうかもだし。】

さくら 

【いつも通りが一番いいかもしれません。‥話題も、変に気を回しすぎない方が‥】

【それはそれで難しい~!地雷踏んじゃったら‥】

さくら

【七海ちゃん、感情的になってしまうと、後で落ち込んでしまいそうですしね‥】


 答えが出ないまま、三人はチャットで会話を続け、そのおかげで流水と茜は落ち着くことが出来た。そして最初に流水が、その後茜が寝落ちてしまったらしい。さくらは独り、布団の中で考え事をしていた。



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