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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
82/113

閉会式

 閉会式会場は開会式と同じ部屋で行われる。席次も同じであり、七海達が着席した後に遊馬や道明も着席した。

「遊馬!道明!本当にすごかった!!‥お疲れ様!」

「ミチくんもあっくんも、なんかすごく楽しそうだったね!?」

 七海と茜にそう声をかけられ、二人は嬉しそうに頷いた。道明の両親や恭平、遊馬の父と司も本当に嬉しそうだ。

「何か、あの演奏にやられた?何かすげーの!」

「そうなんだよな、引っ張られたというより、導かれたような。不思議な感じだよ。」

 遊馬と道明が、まだ興奮冷めやらぬといった様子で伝えてくる。


「そういえばさくらちゃんと鷹兄の姿を見なかったけど、社にいた?」

 月影家の席も一つ空いており、七海の隣も空いている。気になった七海が尋ねた。

「あー‥さっきまでは俺らと一緒だったんだけどな。ああ、親父の近くの席にいるね。」

 蒼介がそう言って、篁の方を見やった。

「鷹ちゃん、騒がれるの嫌いだから。‥避難したのね。」

 雅もそう言って笑った。



 あちらこちらで雑談や舞い手達への労いがされ、場内はざわついていたが、照明が少し落とされると次第に静かになってゆく。

 進行役の日乃下翼が一礼し、閉会式の開始を告げた。

「ただいまより、神楽祭閉会式を執り行います。はじめに、総代、水澤篁よりご挨拶を賜ります。」

 篁は静かに立ち上がり、会場を見渡した。ざわめきがすうっと引いていく。

「皆、此度の神楽祭、誠にご苦労だった。

 昨夜は思いがけぬ異変もあったが、各々が務めを果たし、こうして無事に奉納の儀まで納められたことを、まずは嬉しく思う。

 舞う者、奏でる者、場を守る者、支える者。どれ一つ欠けても、この祭は成り立たぬ。

 この場に集った皆の働きに、総代として心より感謝する。

 本日は誠に、ご苦労であった。」


 篁が一礼すると、会場からは自然と拍手が起こった。大きすぎず、けれど温かい音が広がってゆく。篁は再び席に着くと、翼が一歩前へ出る。

「続きまして、昨夜の異変について、正式にご報告いたします。既に式たちを通じて通達を受けている方も多いかと思いますが、改めて、この場にて申し上げます。」


 会場の空気が少しだけ張りつめた。式から聞くのと、こういった場で話を聞くのとでは違うのだろう。

「昨夜、日月社において大規模な瘴気災害が発生しました。各区においても瘴気の発生は確認されましたが、各社の守りと対処により、被害の拡大は防がれております。

 また、日月社における異変につきましても、祓い及び浄化により、すでに終息を確認しております。 これにより、本日の神楽奉納の儀は滞りなく執り行われ、先程無事に納められました。」

 緊張を帯びていた空気が、ゆっくりとほどけていった。やはりどこか、皆不安を抱えていたのかもしれない。これで本当に終息したのだという実感が沸いたのだろう。


 翼は一度言葉を切り、まっすぐに前を向いた。

「なお、この件において、日月社にて祓いに尽力した者をここに正式に公表いたします。

 水澤鷹也。

 月影さくら。

 以上二名です。」

 その名が告げられた瞬間、会場にざわめきが走った。小さな息を呑む音、抑えきれぬ感嘆、確かめ合うような囁き。それでも翼は慌てることなく、そのざわめきが落ち着くのを静かに待った。


 七海自身、分かっていたはずなのに、胸の奥に熱い痛みを感じた。公式の場で改めてこんなふうに聞かされたくはなかった。式からの連絡だけでいいのに、とすら思ってしまう。

(ちがう!‥やっぱり鷹兄も、さくらちゃんも凄いんだってば!だから私も頑張らなきゃ!)

 茜の視線を感じて、七海は一度呼吸を整え、顔を上げた。茜と目が合い、微かに笑って頷き合う。


 翼は再び一礼し、場を見渡した。

「続きまして、総代より、今後の体制についてご報告があります。」

 その言葉に、会場のざわめきが再び静まってゆく。

 篁はゆっくりと立ち上がり、穏やかな目で皆を見渡した。

「既に一部の者には伝えておるが、ここに改めて申し上げる。三年後の正式な継承に向け、次代の体制を定めた。次代の総代を担う者は、日向駆。そしてその参謀役には、水澤鷹也を指名する。」

 その名が響いた途端、先ほどよりも大きなざわめきが会場を揺らした。驚きの声、納得したような吐息、抑えた声で交わされる言葉の数々。七海の肩がぴくりと震える。

(参謀役って‥なに?‥え?‥どういう?‥)

 意味が分からなかった。祖父が総代を降りることもショックであったし、兄が重要そうな役に付くことも。そしてそれを全く知らされなかった事実も。


「ええええ‥鷹兄が?ていうか、お祖父ちゃんも総代?じゃなくなるの?」

 流水が小声で囁くと、雅と蒼介も「しー」と言いながら頷いている。当然ながら父と母も知っていたのだと分かってしまった。

(私、とっくに開眼してるのに?‥だって‥鷹兄と四つしか違わないんだよ?‥どうして‥私には‥)


 翼は場が少し静まったのを見て、一歩進み、静かに告げる。

「それでは、次期総代予定、日向駆様。ご挨拶をお願いいたします。」

 駆がゆっくりと壇上に昇り、深々と一礼した。

「ただいま、総代より次期総代としてご指名を賜りました、日向駆です。えー‥篁さんの後の総代というのが、非常に荷が重いと思っております。」

 重鎮たちや年長者の間に笑いが起き、篁も苦笑いをしている。

「三年後‥まだまだ未熟ではございますが、次代を担うに相応しい者となれるよう、精いっぱい励んで参ります。どうか今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」


 開会式のとき、わざわざテーブルに来て話しかけてくれた人だ、と七海は思い出した。あの人が次の総代になるんだ‥とぼんやり考える。

 

 駆の挨拶が終わると、続いて翼が鷹也の名を告げた。

「続きまして、参謀役予定、水澤鷹也様、お願いいたします。」

 会場の空気が再びざわめく。

 七海はびくっとして居住まいを正した。自分が挨拶しなければならないような緊張感に襲われ、口の中がカラカラになっている。


 鷹也はゆっくりと立ち上がり、いつものように無表情で前へ出る。その姿に、七海は胸の奥がきゅうっと締めつけられるのを感じた。

 兄は少しだけ会場を見渡し、短く口を開く。

「‥出来る限りのことはします。以上。」

 一瞬の静寂のあと、会場のあちこちから笑いが漏れた。

「鷹也!いくらなんでも短いぞ!」 

「もう少し何か言え!」 

「こき使ってやるからな!」

そんな声が方々から聞こえて来たために、再び鷹也は口を開く。

「お手柔らかにね?」

 重鎮たちが笑い出し、ヤジを飛ばした者達も笑っている。そして大きな拍手が沸き起こった。鷹也は軽く一礼した後に席に着いた。


 七海の胸にいいようのないモヤモヤが湧き上がる。

(あんな短いあいさつ?‥もっとちゃんとしてよ‥挨拶しなきゃいけなかったなら‥私が挨拶くらい考えたのに‥もっと、ちゃんとできたのに‥どうしてそれなのに‥あんなふうにみんなから受け入れられるの?‥何で‥)

 兄の挨拶が気に食わないのか、何も知らされず何も頼られないのが嫌なのか、あれだけ適当でも受け入れられていることがムカつくのか、自分でも訳が分からない。 

 モヤモヤだったものがぎゅっと圧縮され、歪な塊となって胸の奥を刺激する。痛みすら覚え、同時に息苦しさも感じる。


「すまん、最後に一つだけよいか?」

 篁が翼の脇に歩いてゆき、マイクを借りて全員に話しかける。少しざわついていた会場が、また静かになった。

「私事ですまんが、孫の鷹也と月影さくらさん、今度正式に婚約することにしたのでな。今後ともよろしく頼む。」

 そう言って頭を下げると、会場が再び大騒ぎになった。拍手が沸き起こり、再び鷹也に対してのヤジが飛び交う。

「なんだよ!祓いは夫婦共同作業か!」

「泣かすなよー!!」


 そんな声が上がる中、翼は笑いながらマイクを持つ。

「いやあ、最後におめでたい報告ありがとうございます。」

 会場を見渡し、最後に一礼した。

「それでは、以上をもちまして、本年の神楽祭を閉会いたします。皆様、どうぞお気をつけてお帰りください。」



 兄は重鎮や次期総代と楽しそうに話している。これまで、一族との係わりが余りなかったために、兄がこれほどまでに多くの人達と知り合いだということすら知らなかった。

(だって‥鷹兄‥名前覚えられないんだよね?‥なのにどうして?‥そんな失礼なことしていて、なぜあんなふうに大勢の人の中にいるの?‥)


「おねーちゃん?‥ホテルに戻ろうって‥」

 流水に袖を引かれ、ようやく七海は我に返った。

「あ、ご、ごめん!ボーっとしてて。」

 茜の視線も感じ、七海は必死に笑顔を浮かべる。兄は人々に囲まれながら会場にいて、自分は家族と共に会場を去る。ただそれだけのことが心に引っかかり、兄との距離を痛烈に感じたのだった。







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