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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
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神楽祭

 昼食を終えた七海達が式場にやってくると、昨日より明らかに人が多いように思えた。

「何か、更衣室もすごい‥」

 七海達は空いているスペースに滑り込み、何とか着替えを始める。雅と立夏も一緒だ。

「ほら、私は蒼介さんたちの会合に行っていたでしょう?そちらは予定通り終わったので、開眼した人はこちらに流れて来たんじゃないかしら?」

 この混雑の理由を雅がそう分析する。

「あれ?席は足りるのかしらね?」

 昨日、既に満席だったことから、人数が増えたら座りきれないのでは?と立夏が心配している。今日は雅と立夏が手早く娘たちの髪をまとめた。


「そっか!お母さん、風系譜だから‥私たちと羽織が違うんだ!?」

 考えてみると、母の正装をみるのは初めてである。

「羽織留が羽の形だ!何か可愛い!!」

 更衣室を出たら写真を撮ろうと話し、まずは手早く身支度を済ませる。そしてロビーで記念撮影をした。

「‥お母さん?この線はなに?」

 七海は雅の右袖に白い線が二本入っていることに気付いた。よく見ると、立夏の右袖には銀色の線が一本入っている。

「うーん‥役割とか資質を表すもので‥私は浄化を単独でやっていいですよーって印。立夏ちゃんは浄化と祓いの補佐をするのと、教える立場ですよーって印。」

 茜と流水はそれぞれの線を見て頷いている。

「え?みんな単独でやらないといけないわけじゃないの?」

 七海が驚いて聞くと、立夏は笑顔で首を振った。

「まさかー!それは選べるわ。私は一人じゃ怖いから、単独を選ばずに補佐に回ることにしたのよ。」

 そんなことが出来るのか!?と、茜も流水も驚いたが、同時に安心もしたらしい。

「色の違いも意味があるの?」

 流水の質問に、再び雅が答える。

「白は浄化特化で、グレーが祓い特化、銀は浄化と祓いどちらも。みたいな?」

 オールマイティに全て単独でやっていかなければならない。勝手にそう思い込んでいた七海には、驚きだった。


 荷物を預けた後、皆で社へと向かう。その移動中にも雅は様々な人達から声をかけられ、挨拶され、会釈されている。それを一つ一つ丁寧に受け、穏やかに対応する母の姿に、七海と流水も少し感動した。

 そして鷹也の妹だと知られたことで、七海と流水も挨拶や声がけをされるようになった。二人とも母を見習って丁寧に、笑顔で接するよう心掛ける。

(‥これは‥嬉しいけど‥けっこう面倒くさい‥かも‥)

 こんな風に声がけをされるのを喜んでいたのも最初だけで、徐々に面倒になっていった。我ながら現金なものだと思う。

(それに、水澤七海じゃないんだよね。‥水澤鷹也の妹‥)

 兄がメインであって、自分はおまけみたいなものだと考えると、やはり虚しさもある。



 社の様子は特に変わっていないように見えた。ただ座席数が明らかに増えているため、対応はされたらしい。

 まだ空席が多いので席は選び放題だった。雅と立夏が話しながら席を決め、5人並んで座る。

「そういえばさ、昨日ここに舞い手が並んでいたでしょう?どういう順っていうか形なの?」

 茜が思い出したように尋ねる。

「十二角陣といってね。六芒星と円環を組み合わせたものらしいわ。それが内側から外側へ三重になっているの。私も細かな意味は忘れてしまったけれど、古くから伝わる由緒ある形なんですって。」

 立夏の説明は難しすぎず、茜達にも分かりやすかった。

「そうなんだ‥やっぱりそういう‥由緒正しいみたいなのがあるんだねえ‥」

 茜がしみじみと呟く。普段、深く考えたことはなかったが、一族がいつから続いているのかすら分かっていない。そういうのも座学で学ぶのかな?と茜は思うのだった。



 席が埋まってしばらくすると、昨日同様、徐々に周囲が暗くなってゆく。行灯と提灯の光がほのかに場を照らす。ざわめきが徐々に収まり、場に静けさが広がってゆく。


「これより、昨日中断となりました、神楽奉納の儀を改めて執り行います。」

 進行役の日乃下翼がそう告げ、神楽鈴を一つ鳴らした。昨夜と同じように舞い手たちと奏者たちが配置につく。神楽鈴がもう一つ鳴ると、両手に捧げ持っていた御幣が、武具と楽器へそれぞれ変容していく。そして最後にもう一つ。


 奏者たちの演奏に合わせ、舞い手達が一斉に舞い始める。羽織がふわりと浮き、色とりどりの花が咲き乱れた。

「‥わ‥」

 音色が驚くほどに深く、柔らかい。そして舞い手たちは、その響きに導かれるように舞う。これまで神楽を舞うことがメインと考えていた七海にとっては衝撃だった。

 

 遊馬の舞いは伸びやかで軽く、微かに緩んだ口元が楽しいと物語っている。道明は重く安定感があり、見ているだけで不思議と心が落ち着いた。

 さらに目を引いたのは、同じ双剣を持つ火系の舞い手だ。大きく大胆で、七海の知る双剣とはまるで違う。

(系譜ごとに、こんなにも違うんだ。風と水は流れるように、火と土は大きく大胆に、月と日は包み込むように。こんなに違うのに、どうして一つの型みたいに見えるんだろう)

 ともすれば音色に合わせて動きたくなる衝動を抑え、七海はさらに目を凝らした。同じ水系譜の舞い手たちも、刀、槍、薙刀、弓と武具はさまざまで、手の角度や足の運びも微妙に違う。けれど乱れはなく、その違いすら個性として美しく調和していた。


「‥お母さん、型って皆一緒ではないの?」

 七海は気になって雅に小声で囁いた。

「ええ。土地が変われば気候も変わるでしょう?家によっても少し違う。‥熟練している人たちは、少しアレンジして自分の型を持っていたりするわ。ただ、最初はその家の型をしっかり覚えないとね。」

 雅も小声で教えてくれる。


 音色はますます深くなり、舞い手達の動きがいっそう伸びやかに、或いは激しく、或いは華やかに、見る者達を惹きつけてゆく。

 そして、中心に据えられた日鏡と月鏡が淡い光を放つ。直後、舞い手達の足元からうっすらと青い光が立ち上がった。光は頂点を結ぶように地を走り、やがて十二角陣の内に六芒星を描き出した。三重に重なる十二角陣が、夜の社に静かに浮かび上がった。

「‥うわぁ‥」

 思わず感嘆の声が漏れてしまったのは、七海だけではなかった。茜が、流水が、声を上げてしまっていることにすら気づかないまま、神楽に見入っていた。


 旋律が変化し、荘厳な音色を奏で始めると、それまで地を走っていた光が、中心の鏡に集束する。日鏡と月鏡は共鳴し合い、互いに光を反射し合う。光の粒子が細雪のように周囲を舞い、提灯や行灯の光を受けてキラキラと輝きを放った。

 そして、舞い手達の足元、青い光が一斉に立ち上がり、天へと伸びてゆく。さらに中心の鏡から白銀の光が立ち上がり、上空で弾けて降り注いだ。


 舞い手達は神楽を終えて姿勢を正し、少し遅れて演奏が終わる。余韻と光の粒子に、しばらく誰もその場からは動けなかった。


 その後、あちらこちらから感嘆のため息が漏れ、ぱらぱらと拍手が起きた。その拍手は徐々に大きくなり、七海たちも一緒になって盛大に拍手を送った。舞い手達は一礼し、再び神楽殿隣の間へと下がって行く。彼らの姿が見えなくなるまで、拍手が鳴りやむことはなかった。



 やがて進行役の日乃下翼が一歩進み、神楽鈴を静かに鳴らす。

「それでは、日月社の神具をお納めします。月星梨乃、日乃下喜朗、神具をお戻しください。」

 二人は祭台へ進み、鏡を恭しく捧げ持って一礼する。

「日鏡、お納めします。」

「月鏡、お納めします。」

 神具は再び白布に包まれ、神楽殿奥へと運ばれていった。


 その後、進行役が再び一礼する。

「以上をもちまして、日月社における神楽祭の儀を納めます。」

 そして全員を見回し、再び頭を下げた。

「皆様、これより閉会式を執り行いますので、係の案内に従い式場へご移動ください。」



「なんていうか‥凄い‥しか感想が出て来ないんだけど。」

 七海がまだ夢見心地のような表情で呟いた。

「分かる‥あれは言葉に出来ない。‥でも、私もあの場で舞ってみたいって思った。」

 茜が静かに、しかし決意を含んだ口調で言う。

「あの演奏、初めて聞いたんだけど。何だろう‥こう、導かれる感じ?‥なんかすごい‥」

 流水もいつもの調子とは違う、静かな調子で呟いた。そんな三人の様子に、雅と立夏は顔を見合わせて笑い合う。

「私たちも初めて見たときはあんな感じだったわねえ。」

「夕飯何食べたかすら覚えていないくらい、ショックというか呆然としてたわねえ。」

 そんな昔話をしながら社を出て更衣室へと向かった。



 その頃、神楽殿隣の控えの間では。

「皆、素晴らしい舞いだった。‥感謝する。」

 篁が舞い手全員に労いの言葉をかけ、舞い手達は笑顔で拍手し合う。

<いやあ見事な舞だったぞ!>

<あのようなことはあったが、これで安心できる!> <ありがとうのう>

 突然光が現れ、周囲をふわりふわりと移動しながら声が響いた。神様が現れたことに、皆は驚いて一瞬硬直する。

「わざわざお声がけ頂きありがとうございます。」

 年長者の一人がそう声を上げると、皆口々に感謝の言葉を述べた。その後、皆の周りをふわりと回った後に隣の神楽殿にいるであろう奏者たちの方へと向かう。


「ははは。よほど嬉しかったのだろうな。それほどに皆の舞いは良かった。‥この後、閉会式となるからな、少し休憩してから向かうといい。」

 篁はそう言って部屋を辞した。


「はーーーーー!!しかし、何かすっげー楽しかったな!」

「うん、何か一日置いたせいで逆に落ち着いたっていうか、肝が据わった。」

 遊馬と道明は笑い合い、ハイタッチを交わす。そんなやり取りに触発されてか、共に舞った36名も笑い合い、ハイタッチを交わし合ったのだった。



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