それぞれの夜
篁の指示を受けた重鎮やベテランたちが連携を取りながらフォローに回ったため、終息は早かった。浄化の効果が高かったからだろう、気怠さを訴える者はいたが、寝込むほどの不調を訴える者が出なかったのだ。
「大丈夫だったか?」
式場に戻ると智樹と智琉がいて、心配そうに声をかけてくれる。
「お前らは先に戻ってたのか、さくらさんは大丈夫なのか?」
恭平がそう声をかけると双子は頷いた。
「それより、お前、足元がふらついているな?‥気になる症状はないか?」
智樹が恭平を見てさらに問いかける。
「怠さが残ってるのと、少しばかり頭がボーっとしているだけだ。お前らは?」
恭平が気遣わし気に双子を見るが、二人はどうやら大丈夫そうだ。
「まあ双子の特性と、月系譜は結界がわりと得意だからね。‥まあ結界維持だけで何も出来なかったが。」
双子は立夏と状態について言葉を交わし、七海達全員の様子を見てくれたらしい。
「あとは部屋でゆっくり休むといいよ。‥俺らはここで皆の様子を見てから戻る。」
智琉がそう言って笑顔で見送ってくれたので、七海達は着替えのために更衣室へと行く。
更衣室は人で溢れていた。皆どこか疲れた顔をしていて、あちこちで気遣う声や家族を探す声が飛び交っている。ざわめきが耳にまとわりつき、少し息苦しく感じた。
「七海!流水!‥立夏ちゃん!!」
私服姿の雅が慌てた様子でやって来て、ホッとしたように吐息をついた。
「立夏ちゃん、この子たちをお願いしていいかしら。あなたも戻って休んで?あとは私がこっちで少し手伝いをしていくわ。蒼介さんたちも更衣室の外にいるから!一緒の方が安心でしょう?」
その申し出に立夏は嬉しそうに頷いた。やはりまだ顔色は優れず、気怠そうに見える。
「‥ありがとうミヤちゃん、ありがたくそうさせてもらうわね?」
雅はにこりと笑って頷き、七海と流水に声をかけて足早に離れて行った。
更衣室を出ると、蒼介と駿、着替えを終えた道明・遊馬・恭平・司が待っていてくれた。
「皆さん、無事でよかった。ひと休み入れなくて大丈夫ですか?」
蒼介が穏やかに問いかけると、立夏は疲れた表情に、それでも笑顔を浮かべる。
「ホテルの部屋でゆっくり休んだ方がいいと思います。‥大丈夫よね?」
立夏にそう声をかけられ、全員が頷いて、ゆっくりと歩き出した。
ホテルのロビーには多くの人がおり、混雑を縫うように進む。立夏が何度も会釈をしていたので、おそらく一族の人たちなのだろう。どんな様子かをうかがう余裕もなく、部屋までの距離が異様に長く感じて、着いた途端に七海は畳の上に寝転がる。
「何かホッとしたせいかドッと疲れた感じ。」
「そうだね、今日は早めに休んだ方がいいかも?」
茜と七海が話していると、流水も頷いた。
「あれって何だったんだろうねえ‥」
さくらはまだ向こうにいるのだろうか。少し心配ではあったが、皆、ただ黙ってぼんやりとした時間をすごした。
恭平が「寝る」と言って部屋に引きこもり、道明と遊馬、司も部屋に入って寝転がっていた。
「‥何があったかは分からないけど、神楽祭どうなるんだろうな?」
開始直前!という所で、あの黒い靄が湧き出した。おかげで出鼻を挫かれた気分だ。
「明日朝には連絡が来るらしいし。少し落ち着いたら温泉行くかな。」
道明がそう言って遊馬を見やり、司も便乗して温泉へ行くことにしたのだった。
鷹也は目を覚まして起き上がる。
「あれ…?さくら、帰って休んでて良かったのに。」
思い切り伸びをして立ち上がる。
「守ってくれた人を置いて勝手に休むなんて、出来ませんよ。」
「俺は補佐してくれた人を置いて勝手に寝たけどな?」
相変わらずの軽口に、さくらはホッとしたように笑みをこぼす。つられるように鷹也も笑った。
「‥あれ?さくらが着替えさせてくれた?」
自分の服装を見て不思議そうな顔をしている鷹也に、さくらは照れたように横を向く。
「篁さんです。‥私も少しお手伝いしましたが。」
「ありがとな。瘴気の影響はないか?」
さくらが頷くのを見て取り、鷹也は社の方へと歩き出す。
「あの‥どちらへ?」
「確認、かな。この服装で行ったら神さんに怒られるかなー?すぐ戻るよ。」
社に近づくと、神楽殿には月星と日乃下の当主夫妻がいた。
「鷹也さん、この度はありがとうございました。‥身体は大丈夫ですか?」
「祓えて良かった。俺は大丈夫だよ。一応気になってね?確認に来た。」
その言葉を聞いて安心したようで場所を空けてくれる。鷹也は神楽殿へと上がり、床に掌を当て、目を閉じて集中する。
「‥あの嫌な感じはないな。ブラン!」
白銀の大鷹が頭上に顕現した瞬間、四人の空気が変わった。白銀の羽毛、鮮やかで深い青の瞳、精悍な顔つき。結界の力を目の当たりにした後では、その姿はただ美しいというより、畏怖を抱かせるものに近い。喋れば幼子のように愛らしいのだが、それを聞ける者は鷹也以外にいないため、彼らにはただ圧倒的な存在として映っていた。
『なーにー?』
「一応、確認してくれる?俺には感じ取れなかったけど、念のため。」
『タカヤが分からなかったら、ボクには分からないとおもうけどなー?』
そう言いながらもすいっと飛び立ち、白銀の粒子を撒き散らしながら社内を探索してくれる。
『何もなかったよー』
「そうか、ありがとね?」
『タカヤなでてー』
「はいよ」
頭から首筋、背中を撫でてやると満足したのか消えた。
「しかし‥凄い式だな。格が違うというか‥あの結界はとにかく凄まじいものだ。」
「ブランは元々結界が得意なだけだよ。」
鷹也はそう言ってもう一度周囲を見やった。以前の調査の時に見たような異変はない。
「‥一応一通り見てみたけど、やっぱり違和感はない。明日の朝、もう一度見に来る。」
鷹也の言葉に二家は安心したようだった。
「ありがとう。君もゆっくり休んでくれ。」
軽く手を上げて挨拶し、さくらの元へと走る。
「どうやら大丈夫そうだね。ありがとな、さくら。」
「私の方こそありがとうございました。」
二人は社を後にし、式場へと戻る。
「「さくら!!」」
さくらの姿を見た、智樹と智琉が慌てて走って来た。
「大丈夫だったか!?」
「‥はい、兄さん達も。結界維持できてたのですね。さすが、です。」
心配そうに声をかけてくれた兄達に、さくらが笑顔で答える。お互い、無事を確認し合えたことで安心したようだ。
「そいつらがいれば大丈夫そうだな?‥んじゃ、先戻るわ。」
鷹也はさくらを兄達に託し、欠伸をしながらてくてくと歩き去ろうとする。
「いや、待て!まだ話が!」
智樹がそう声をかけたが、鷹也は「また後で」と振り返ることなく立ち去った。
「兄さんたち‥一部始終を見てたんですよね?話はのちほど。鷹也さんの部屋で。」
一族も多くおり、視線も耳もある。ここで話すべきではないと、さくらが言外に述べたことで二人は頷いた。
「ま、昔から言うもんな。壁にミリタリー障子にメアリーってさ。」
くだらない智琉の言葉につい笑ってしまうさくらだった。しばらくその場で様子を見ていたが、どうやら問題もなさそうだ。
「おお、お前たちが対応してくれていたか。」
賢一が現れてそう声をかけてくれる。
「お祖父さま!‥お祖母さまは?大丈夫でしたか?」
さくらが心配そうに声をかけると、賢一は頷いた。祖父母は月星家に招待されており、そちらに宿泊している。
「かなり影響を受けたようだが、問題はない。‥お前たちも大丈夫そうだな?」
三人が頷くと、賢一は穏やかに笑い、さくらの肩を軽く叩く。その仕草が、祓いに対しての労いなのだろうと、さくらは笑顔で頷いた。
「もう大丈夫だろう。お前たちも戻って休みなさい。‥お疲れさん。」
賢一がそう言ってくれたので、三人はホテルに戻ることにした。
「さくらちゃん!!」
部屋に戻ると、七海と流水、茜が嬉しそうに顔を上げる。
「皆さんも、無事でよかったです。」
さくらが微笑むと、七海達も嬉しそうに笑った。
「ねえ、さくらちゃん!さっきのあれ!なんだったの!?」
七海がさっそく質問をぶつけて来る。茜と流水も疑問だったのだろう、興味深げにこちらを見ている。
「‥私も詳しくは‥明日の朝には連絡が来るでしょうし。それより‥」
さくらが少し困ったような顔をしたので、三人も心配そうな眼差しになる。
「‥そろそろお夕飯の時間なんですよね。‥お腹すいちゃいました。」
「「「えっ!?もうそんな時間!?」」」
色々なことが起き過ぎて、時間の感覚が全く分からなくなっていた。とはいえ、大勢の人がいる場所へ行くのが億劫でもある。ホテル側に聞いてみると、食事をお部屋まで運んでもらえるとのことだった。その厚意に甘え、食事は部屋でゆっくり取ることにしたのだった。
「「「「いただきまーす!!」」」」
「うーん、やっぱり温かいご飯は最高〜!!」
ご飯を口にした流水が幸せそうに言う。
「何かホッと落ち着くね?」
「トンカツ食べたの、お昼だよね?すごい昔のことみたいだよ。」
「幸せですねえ。」
4人の表情が緩み、和やかな空気に包まれる。やはり温かな食事は大切なのだと身に染みつつ、料理に舌鼓を打つのだった。




