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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
76/113

祓いを終えて

 境界を維持していた篁と神々も、フッと力が抜けた。あの嫌な圧迫感とゆらぎが、嘘のように無くなり、場が安定したのだ。

「‥どうやら、完全に祓えたようだな。」

 目を細めて孫を見やり、嬉しそうに微笑んだ。

<やっぱりあいつおかしいな>

<結界が異常だなあ。式共々な。> 

<まあ助かったがな!>


「‥これで全部、かな?」

 周囲に意識を向けるが、違和感はない。感知に意識を集中しても何も拾えない。鷹也は刀を鞘におさめ、ブランを顕現させる。白銀の大鷹は周囲を旋回し、鷹也の頭上に止まった。

『いないっぽいー!』

「だよな?俺も今は何の違和感もねえや。」

 二人がそんな会話をしていると、さくらも琴を弾き終え、安堵の吐息を漏らした。



「ご苦労!俺が浄化を行う。」

 瘴気と穢れがなくなったことで、倒れていた者達もそろそろと起き上がり始めた。

「うわやべ!」

 鷹也は慌ててダッシュする。

「え!?」

 さくらも驚いて慌ててその後を追った。しばらく走った後、人目のつかない草むらに鷹也が座っているのを見つけて慌てて近づく。

「どうしたんですか?‥あ、消耗してますよね?相当。」

 しかし鷹也は微かに笑みを浮かべる。

「あ、いやそうじゃなくてね?じっちゃんの本気モードの浄化って、神力強すぎてさ。俺、寝ちゃうんだよ。多分数時間起きないから、放っておいてくれる?」


 篁の浄化の舞いが始まったのは、さくらにもすぐに分かった。篁から神力が巨大な柱のように吹き上がる。刀を一閃した瞬間、白銀の波が周囲を埋め尽くした。

 途端に座っていた鷹也がぱたりと倒れた。確かに既に熟睡しているらしい。普段は眼光鋭く、無表情であるが故に近寄りがたさを感じるのだが、寝ているとそれが全くない。

(‥寝顔、かわいい‥)

 ようやく緊張がほぐれたのか、さくらの頬がごく自然に緩む。


「そういえば結局、なぜ私たちが影響を受けなかったのかは謎のままですね‥」

 思わずそう呟くと、ノワールが顕現した。

『えっとねえ、タカヤさんとブランさんがね、一緒に結界はってくれたの。瘴気でたとき、わたしもはったんだけど、すぐこわれちゃって。あの二人のけっかい、超つよつよ!わたしはね、うちがわから、サポートしてた!』

 さくらはノワールを労って撫でてやり、鷹也を見やった。

(ありがとうございます。‥守って下さったんですね‥)



 一方、各社でも異変が収まり、瘴気の発生がなくなった。白銀の波が押し寄せて来て、僅かに残った靄たちも一掃されたのだ。

「篁の浄化か。相変わらず凄まじいものだ。」

 手練れたちは苦笑いをし、無事に収まったことを喜んだ。


「貴方、お疲れ様。」

 環は夫を労い、晴れやかに微笑んだ。


 日月社でも境界が安定し、神様が来られて再び“道”を通す。通す瞬間には緊張が走ったが、特に問題もなく、安定して通行が出来るようになった。



 浄化を終えると、辺りに静寂が戻った。

「皆!状態はどうだ!?」

 篁がそう声をかけて回ると、一族のベテラン勢が頭を下げる。

「いやはや‥見事でした。」

 その言葉に軽く頷き、周囲を見渡して声を張る。

「皆!!動けないもの、気を失っているものはおるか!?」

 既に起き上がっている者もいれば、立ち上がってきょろきょろ見回している者もいる。


「本日の神楽祭は延期とする。まずはこの場で、身体と精神への影響を確認してくれ。 自己診断ではなく、互いに確認し合い、少しでも違和感がある者は残れ。問題なき者は、しばし休憩を取り、宿泊先で養生するように。明日の朝、今後のことは式を通じて通達を出す。戻った後に違和感を覚える者があれば、儂の元に式を送れ。」

 篁は良く通る声で全員に指示を出した。先にベテラン勢が立ち上がり、普通に動けることを各々確認する。

「ふむ。少し気怠さはありますが、大丈夫です。我らもサポートに回ります。」

 その言葉に篁は頷き、任せることにした。


「皆はどうだ?大丈夫か?」

 神楽殿にいた重鎮たちも、もう問題はなさそうだ。

「しかし鷹也はやはり規格外だな。結界は式か?あの中であれほど動けるとは‥」

 そう口にしたのは、道明の父である土門家の孝之介だ。

「ありゃ、即興の神楽に、即興で音合わせか。…とんでもねえことするな、お前らの孫は!」

 日廻家の当主が呆れたように篁と賢一を見やる。

「あの琴は‥物凄い技量ですね。あの速さの舞いに合わせるなんて、驚きましたわ。」

 月星家の梨乃はさくらを絶賛している。さくらは元々、琴を習っていたこともあり、技術と式の力との複合であのような演奏が出来たのだろうと褒めそやした。

「いやかたじけない。僕も全く動けませんでした。結界の強度と練度はもう少し頑張らないとな。」

 次期当主の駆は恐縮しきりである。

「今回の瘴気はさすがに想定外過ぎた。」

「我らも動けなかったしな。」

「仕方あるまいよ。」

 重鎮たちも駆にそう声をかけ、互いの状況を確認し合った。


「それと境界の維持をようやってくれた。‥そして、今回この場にいて対応出来たのは、事前に篁が予兆を捉えてくれたからだな。もしこの災害が、不在時に起きていたら境界は崩壊し、社は閉ざされた。復旧には10年以上かかったかもしれん。‥感謝する。」

 重鎮の中でも一番の古参である、涼風家当主、泉州が頭を下げた。他の重鎮たちもそのことに思い当たり、深々と頭を下げる。

「やめてくれ。‥たまたまだったかもしれんし、結果、危機は免れた。それより、この件はどのように伝えるべきだと思う?」

 篁は慌てて話題を変えた。あまり持ち上げられるのも居心地が悪い。ここまで大きな事態になると予測できていたなら、他に手立ては考えられた。収まったのは結果論でしかないのだ。


「‥筆頭三家当主は、正確に記録を。他の当主達には、社に被害が及びかねない災害と。一般の者達には瘴気による大災害と。‥皆が遭遇したのは、瘴気当たりだった。そのような形で良いのでは?」

 月星家の梨乃が静かに言うと、その場で伝達内容が仮決定された。いずれにせよ、後ほど協議する必要はあるだろうが。誰にも何も伝えないまま、というわけにはいかない。

 かといってありのまま伝えるには、余りに衝撃的な内容でもあるし、瘴気に当たるとこういう状態になるのだと、理解してもらうことも必要だ。

 その他、いくつか内容を確認し、今日の所は宿泊先に戻って養生することになった。



 七海達もようやく起き上がって、状況を確認できる状態になった。とはいえ、何が起きたのかはさっぱり分からない。

「みんな、大丈夫?気持ち悪かったり、具合悪くなったりしていない?」

 最初に声をかけてくれたのは、立夏である。しかし、その顔色は悪く、身体が重そうだ。七海は心配そうに頷いたあと、慌てて流水を見やる。

「流水!?大丈夫!?」

 まだ座り込んだままの流水に、七海は背中をさすりながら声をかける。

「‥うん。なんかね、寒くて震えてた。目の前がぐるぐるしてたし、気持ち悪くなってきて‥でもなんか、途中からふわーーって温かくなったの。」

 無邪気な笑顔を見せてくれたことで、七海もホッとして笑顔になる。

「そっか、良かった。頭も痛かったし、めまい?身体に力は入らないし、気持ち悪くて‥もうどうしようもなかったんだよね‥」


 そこに茜が七海に抱きついた。

「良かった!ナナ!私も怖くて!!変な夢を見させられたみたいな感じだったの。気持ち悪くて吐きそうなのに、吐けない感じみたいな?‥まだちょっと怖い。」

 茜はそう言ったあと、明らかに顔色の悪い立夏に気づき、慌てて背中をさする。

「大丈夫!?お母さん!?」

「ええ、まだ少しだるいだけ。一晩眠れば回復するわ。‥もしかしたら今日は早めに寝てしまうかもしれない。何かあったらさくらちゃんかミヤちゃんに言うのよ?」

 立夏の言葉に茜は頷いた。どうやら大丈夫らしいことにホッとした様子だ。



「「みんな!兄貴も!無事だったか!良かった!」」

 そこへ遊馬と道明も少しふらつきながら歩いて来て、そう声を掛けてくる。

「‥身体に力が入らなくてさ、寒くもないのに震えが来て治まらないし、まだ軽く頭いてえわ‥」

道明がそんな風に言うと、遊馬もぶるんと頭を振った。

「なんか黒い何かがぶわーって来てさ。そこから記憶が曖昧なんだよ。‥気がついたら七海のじいちゃんが神楽舞ってて。すっげー!と思って見てた。そしたら光がぶわーって来て、身体が軽くなったんだよなあ。」

 遊馬は興奮した様子で話し、笑顔を見せた。


「あー‥なんだ、頭いてえ‥急にやかましい怒鳴り声が聞こえてきて‥まだ耳に残ってる気がするわ。」

 恭平はしかめ面で耳をぐにぐにと揉んでいる。

「真っ黒になったと思った直後に目の前も真っ暗になったっすねー‥」

 司もそう言って、安心したように遊馬の頭をぐりぐりと撫でた。立夏が一人一人に声をかけ、簡単な質問をして問題がないことを確認すると、宿舎に帰りましょうと案内役をしてくれ、ゆっくりと帰途につく。



 篁が一通り指示を終え、着替えを持って鷹也の元にやってきた。

「ああ、付き添っていてくれたのか。ありがとう。‥そして見事だった!」

 頭を下げられ、さくらは恐縮してしまう。

「‥必死でした。即興なのですよね?あんな速度に合わせられるのかと‥不安でした。」

 篁は熟睡している鷹也の羽織から順に脱がしてゆく。

「いやいや!合わせられることが凄い。月星の当主も絶賛しておったわ。‥それより手伝ってもらえんか?」

 さくらは真っ赤になりながら、それでも着替えを手伝う。

「‥さすがにこの状態では寝にくいだろうしな。」

 途中からさくらは真っ赤になったまま横を向いた。下着をつけているとはいえ、さすがにちょっと見てはいけないような気もしたのだ。

「それにしても‥すごかったです、鷹也さん。」

「ああいう場面での対処は一番かもしれん。‥あの状態では儂でも焦る。焦れば無駄に神力を消費し、祓えぬまま倒れる可能性すらあったろうよ。」

 ハーフパンツとTシャツ姿になった孫を見て、つくづく呟いた。

「それほど‥ですか?」

「ああ。それほど、だ。それよりさくらさん、着替えてくるといい。しばらく儂がここにいるから。」


 穏やかな眼差しを向ける篁に一礼し、さくらはその場を後にした。



(やはりお前が水澤家の次期当主だな‥)

 篁は熟睡している孫を見て、嬉しそうに笑った。



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