いよいよ神楽祭!
ホテルの部屋では、七海達がのんびりと寛いでいた。
「兄さん達から連絡が来ましたので、私は一足先に向かいますね?」
集合時間には少し早かったが、さくらは着替えを手にして部屋を出て行った。こうして3人だけになってしまうと、少し寂しいような、取り残されたような気持ちになる。
「‥えっと‥私たちはまだ、行かなくてもいいんだよね?」
皆の気持ちを代弁しているかのように、流水がそう声を上げた。茜が自分のスマホを手に取り、画面を見ている。
「うん!お母さんが迎えに来てくれるよ。だから部屋で待っていれば大丈夫。‥メッセージは特に来ていないしね!」
少しでも場の空気が明るくなるよう、茜が明るく朗らかに伝えてくれる。
「そっか!ママはパパと一緒だって言ってたから、立夏おばさんが来てくれるんだ?それならちょっと安心!」
流水もそう言って笑う。七海も笑顔で頷きながら、今頃、遊馬や道明たちはどんなリハーサルをしているのだろう。そんなことをぼんやり考えながら、撮った写真を眺める。
「やっぱり海っていいねえ‥」
さっき展望台で撮った写真は全員が笑っている。七海がしみじみ呟くと、茜がのってきた。
「確かに、私たちの所って内陸だもんね。でもさ、ここの海とは雰囲気全然違う気がしない?」
「それそれ!こっちのほうが明るいというか、軽やかなかんじ?」
七海がどう表現したものか、と悩みながら何とか言葉を捻り出す。
「お姉ちゃんの言ってること、何か分かる気がする!海の色とか砂浜の色が明るい色に見えるかんじ!」
流水が言うと、七海と茜が、「それ!」と同意してくれる。周囲に見える植物が違うからなのか、やはりこちらは南国みたいな雰囲気がある。淡い水色っぽい海と真っ白い砂浜!というわけではないのに。
「“南に来た!”って思い込んでるからそう見えるのかな‥?」
「思い込みってやーつ!」
「えーでも空の色とか海の色はなんか違うー!」
3人はスマホの写真を比較しながら、地元とここの海を比較しては騒いだ。
部屋のドアがノックされ、立夏が顔を覗かせる。
「みんなー!おまたせ!準備して行きましょう!」
「「「はーい!!」」」
3人は忘れ物がないかをもう一度確認し合い、荷物を持って部屋を後にした。
「やっぱり外はヤバイ!!」
ロビーから一歩外に出た途端、直射日光と蒸し暑さのダブルパンチを食らう。
「本当にこの暑さには参っちゃうわね‥」
立夏が汗を拭きつつ呟き、ため息をついた。地元も暑いが、蝉の声が更に暑さに拍車をかけているようにも思える。
昨夜も来た式場に入り、立夏に促されて更衣室へ入った。衝立も置いてあり、3人は衝立の影に入り込んで早速着替え始める。
「あ、これ使う?」
七海がボディーシートを差し出してくれたので、茜と流水もシートで腕や首筋を拭く。
「超スースーするね!気持ちいー!」
大した距離を歩いたわけではないのに、汗ばんでベタベタする。シートで拭いただけで、ひんやり心地よく肌もサラサラになった。
流水も最初の頃は着替えに時間がかかっていたが、今では手順もコツも覚え、すんなり着替えられるようになっている。
「ふふ。流水の羽織姿見るのって、開眼の儀以来かも。‥似合ってるよ!」
七海がそう言って目を細め、雪の結晶を型どった同じ羽織留を見て笑顔になる。
「わ!茜ちゃんの羽織は赤っぽいんだ?羽織留めは金‥炎みたいな形!」
「うん、緋色の羽織と、炎型の留めが火系譜のベースみたい。系譜によって違うから、これだけ揃うとちょっと楽しみだね!」
流水は他の系譜を見るのは初めてのはずだ。茜の羽織を見て、目をキラキラさせている。
「あとは、髪をまとめないと!」
七海は青と白の組み紐、茜は赤と金の組み紐を手にしている。
「え?私も!?」
流水が自分の髪に触りながら言うので、七海は笑顔になった。
「うーん‥その長さだと結ぶのは‥ギリギリかなあ‥」
鏡の前へ移動した、そのとき。鏡越しに目が合ったのは、羊の皮をかぶったゴジラ‥ではなく、かわいそうかわいい燐だった。
「髪をまとめたいの?」
緋色の羽織が恐ろしいほどに似合っており、七海達はなにも言えずにただ頷いた。
「‥私の好きにしてもいいかしら?」
返答を待たず、燐はウエストポーチからブラシを取り出して、手早く髪をまとめはじめた。
「髪、きれいねえ‥ストレートで羨ましいわ!」
七海の髪を束ねてくれながら燐はそう言って笑った。軽くウェーブしている燐は、クセでうねってしまうのだと嘆いている。
「え、でも‥そういうウェーブ、羨ましいですよ?」
「えー!?本当に?‥ありがとう!!今はウェーブパーマかけてるんだけどね!‥あ、組み紐ちょうだい?」
組み紐も一緒に編み込み、最後にくるりとまとめ上げてくれた。ヘアピンで微調整をしたのち、燐はニコリと笑う。
「わー!!すごい!!超かわいい!!」
手鏡を使い後ろ髪も見せてくれたので、七海は感激して何度もお礼を言った。燐はすでに茜の髪に取り掛かっており、七海とはまた違う束ね方をしてくれている。
「うーん‥あなたはクリップ使いたいかな~‥嫌じゃなかったらそのまま使ってくれていいわ。」
組み紐をリボンのような飾りにし、金のヘアクリップで大胆に髪を留める。あっという間に茜の髪もまとめ上げ、同じように手鏡で後ろ髪を映してくれた。
「えええ!?いいんですか、燐さん!?‥すっごい、超かわいい‥」
そしてショートボブの流水にも手を入れてくれている。
「結ぶには難しいかな。なので、少し可愛くしてあげるわ!」
組み紐をうなじの生え際に這わせ、左右の耳の横から組み紐を出す。中央より左手寄りで一度結び、そのまま花のような形を作ってくれた。青と白のカチューシャに、同じ色の花が飾ってあるように見える。紐を何箇所かヘアピンで留めて完成らしい。
3人が嬉しそうにきゃあきゃあはしゃいでいるのを見て、燐は満足そうに笑い、次の人の元へ向かった。3人はお礼を言って手を振り、荷物を持って立夏の所へと戻る。
「あらあらかわいい!!‥もしかして燐ちゃん?」
立夏が嬉しそうに声をかけると、3人は笑顔で頷いた。
「あの子はねえ、神楽祭の時にはだいたい呼ばれるのよ。こうして髪をまとめて回ってくれるのだけど、好評でね?毎回お声がかかるみたい。良かったわね!」
燐の意外な行動と評判に驚きながらも、大満足で更衣室を後にした。
荷物を預け、いよいよ社へと向かう。どうやって移動するのかと、ドキドキしていた3人だったが、廊下の奥に小ホールがあり、そこへ通される。
「こっちよ。」
小ホールの更に奥にもドアがあった。立夏に促されて、ドアを抜ける。
「ふえ!?」
最初にドアを通り抜けた茜が、驚いて声を上げる。周りの雰囲気がガラリとかわり、古びた木造の小屋に立っていたためだ。
「はい、立ち止まらないで進んで。歩いた先に扉があるでしょう?」
立夏に促され、茜が歩いていくと、七海と流水もそれに続き、最後に立夏が続く。
「質問は後ね。こっちよ。」
つい周りを見回してしまう3人の横をすりぬけ、立夏は先頭に立って扉を開け、手招きをする。七海たちは黙ったまま、扉から外に出た。
「‥あれ?お社‥?」
普段見る、水の社と似たような佇まいに、3人は驚いて立ち尽くす。違うのは社の背景には海が広がっていることだろうか。沈みかけた夕陽と、空に輝く月が海を照らしている。
「ええ。水の社は雪景色ですものね。社も系譜の違いで背景が変わるのよ。」
立夏はそう教えてくれ、観楽席まで共に歩く。周囲には多くの人達が歩き回り、観楽席にも既に何人もが座っていた。
神楽殿を正面に、前庭には円形のような大きな空間が空けられている。中心には、白木の祭台が設置されていた。
その空間の周囲に添うように、ぐるりと席が設けられている。席のあちらこちらには行灯が設置され、神楽殿には吊り提灯も下げられていた。
「渡り廊下すぐ近くの上手は総代や重鎮の皆さんの席なの。向かって右側が運営として動いている人たちの席になるわね。‥私たちは向かって左側の下手あたりにしましょうか。」
流水、七海、茜、立夏の順に座っていると、司と恭平の姿を見つけた。
「あ、恭平さんと司さん!」
茜が声をかけると、こちらに気付いて歩いてくる。三人掛けの椅子を連結し、六人掛けとなっているため、ちょうど二つ席は空いていた。
「こんにちは!え?いいんですか?じゃあお邪魔します。」 「失礼しまっす!」
立夏の隣に恭平と司が座る。
「わあ‥羽織がたくさん!きれーい!」
流水が目を輝かせて周囲を見回し、嬉しそうに笑っている。
「うふふ。系譜によって羽織の色も違うわね。水は瑠璃、風は若萌黄、火は緋、土は朽葉、月は月白、日は黄蘗とされているの。染料も、細かく定められているらしいわ。」
立夏はそう言って微笑んだ。
「これって、瑠璃色だったんだ‥何か名前がかっこいい!」
流水がそう言って笑うと、七海も初めて聞いたとばかりに一緒になって笑った。
「お母さん、そういうこと私たち何も知らないんだけど‥いいの?」
茜が不安そうに問いかけると、立夏は笑顔で頷いた。
「高校で座学を学ぶことになるわ。だからまだ知らなくても大丈夫よ。もちろん、司くんのように高校で開眼した子も、時期を見て学ぶことになるの。そんなに慌てなくていいのよ。今は式と仲良くなって、神楽を覚えること。」
立夏は皆に伝えるように教えてくれた。
「そうそう。高校入って、1年と2年で座学をやったよ。テストがあるわけでもないし、覚えてなくても今は困ってないけどな。」
恭平がそう言って笑ってくれたので、皆、安心したようだ。
「‥それにしてもきれいね。色とりどりの羽織が舞うの、すごく楽しみ!」
茜が柔らかく微笑む。羽織留を見比べたり、立夏の話を聞いたりしながら、神楽祭の開始を待った。
周囲が徐々に暗くなり、行灯や提灯の光がほのかに周囲を照らす。銀を含んだ霞がかった光は、炎の赤みを和らげ、月の光のような柔らかさがある。
ざわめきが収まって、場に静けさが広がってゆく。
「それでは、ただいまより神楽祭の儀を執り行います。祭事進行は、わたくし、日乃下翼が務めます。」
先日の会合で司会進行を務めていた人がそう言って礼をした。
「はじめに、日月社の神具を神楽の中心へお据えします。月星梨乃、日乃下喜朗、神具をお納めください。」
神楽殿奥から、両名が白い布越しに鏡を捧げ持って歩いてきた。直径30センチはありそうな円形の鏡だ。しずしずと渡り廊下を通り、木製階段から前庭へと降りる。祭台まで歩き、一礼する。
「日鏡、お据えします。」
日乃下喜朗がそう口上し、淡い金の縁取りが施された鏡を静かに据える。
「月鏡、お据えします。」
月星梨乃がそう口上し、白銀の縁取りが施された鏡を静かに据える。
二人は再び一礼し、篁たちの座る重鎮席へと移動して着席した。
「それでは、総代、水澤篁による祝詞奏上を賜ります。」
篁は起立し、その場で一礼した後に祭台へと歩き、据えられた神具を前にして立ち止まった。そこで再び一礼する。
「謹みて申し上げます。
本日こうして、神々の御前にて神楽祭を執り行えますこと、深く感謝申し上げます。
水火風土、日月の御恵みをいただき、各地より集いし者らとともに、この日を迎えられましたことを、ありがたく存じます。
これより奉ずる舞と調べが、穢れなく御前に届き、集う者らにとって良きものとなりますよう、どうかお見守りください。
謹みて申し上げます。」
篁は奏上後に再び一礼し、再び席に戻る。
進行役は手に神楽鈴を持ち、篁に一礼した。
「それでは神楽奉納の儀を執り行います。」
シャン
神楽殿に隣接した部屋の扉が解放された。両手に御幣を捧げ持った舞い手たちが、ゆっくりと渡り廊下を進んでくる。同時に神楽殿の衝立奥から、同じように両手に御幣を持った重鎮たちが、ゆっくりと歩き、渡り廊下の毛氈に静かに整列した。
舞い手たちは木階段を降り、ぐるりと円を描くように移動する。一周、また一周と内から外へと三重になり、そして全員が立ち止まった。
シンと静まり返った静寂の中、提灯と行灯の淡い光の中に立つ、色とりどりの羽織の舞い手。七海達は、その荘厳さにただただ圧倒されていた。
そして神楽奉納の儀が始まる――




