温泉組とリハーサル組
自由時間を終え、夕方からの神楽祭に向けて温泉へと向かう。かなり汗もかいているので、社に行く前にきちんと身を清めておきたい。
七海と茜、流水、さくらは4人で着替えを持ち温泉へと向かう。
「なんかドキドキしてきたー!ね、さくらちゃんは神楽祭、見たことあるんだよね?」
流水の問いに、さくらは微笑んだ。
「ええ。あの時は火の社でしたから、夜の開催でしたね。篝火が設置されて、すごく幻想的でしたよ。」
その言葉に3人が食いつく。社によって開催時間や社の設備が変わるらしいことに驚いたのだ。本来、今年は月影家で出席するのは祖父母だけの予定だったらしい。
「毎回、300人ほど集まるそうですよ。開眼者と未開眼者の皆さん、総勢で。」
エレベーターを待ちながら、そう話してくれる。
「確かに、昨夜もたくさん来てたもんね。‥一族の人たちってたくさんいるの!?」
茜が思わず尋ねる。
「ええ。一族全員となると‥千人は超えると思いますよ。なので、神楽祭は招待制なんです。七海ちゃん達は選考会にも参加していたから招待されたんですね。」
3人は頷き合い、そういえば一族のことを何も知らないと改めて思ったのだった。
「強制ではないので、来られない方もけっこうおられます。おかげで空きができまして、私たちも参加することになったんですよ。兄たちが来年以降、しばらく参加出来そうになくて。」
さくらはそう言って穏やかに微笑む。そんな話をしているうちに、浴場に到着した。
「はー‥極楽だーー!」
温泉に浸かった流水がお湯の中でぐだーっと伸びている。
「おばあちゃんじゃないんだからー!」
七海がそう言って笑いかける。
「ここの温泉て、匂いもないし普通のお湯っぽいよね。」
さらりとした無色透明なお湯は、地元の温泉とは全く違った。白く濁った、卵の腐ったような匂い。それが七海達のイメージする温泉だったのだ。
「‥塩化物泉ですから、しょっぱいかもしれませんね?でも、肌がさらさらになる感じがします。」
さくらが入って来てそう言うと、茜も湯に入るなり顔をしかめる。
「何か滲みると思ったらそのせい?‥さっきちょっと紙で切っちゃった。」
「あーそれは滲みるねえ‥」
七海も顔をしかめ、2人は笑いあった。
大浴場は大きなガラス張りになっており、遠目に海が見える。
「はー‥海を見ながら温泉って‥何かすごく贅沢だなー」
「ふふ。私たちが普段行く温泉は、山のほうですものね。‥海を見ながらって新鮮です。」
流水の無邪気な言葉に、さくらも楽しそうだ。
その頃、遊馬と道明は社に到着し、案内役から話を聞いていた。案内役は30代くらいの男性で、優しそうな印象だ。
「待機場所がこちらになります。」
よく通る声で、神楽殿に隣接する、18畳ほどの広間に案内される。
「ここで列を作って待機して頂きます。入場は渡り廊下側の扉から。木階段を降りて前庭へ向かってください。」
実際に案内されてみると、控えの間から渡り廊下へ出て、そのまま前庭へ降りられるようになっていた。
道明たちは列を作るよう指示を受け、呼ばれたままに並んでいく。そして案内役が実際の経路を歩き、その後をぞろぞろとついて行った。
「神楽は神楽殿の目の前、ここの前庭で舞います。砂利の上の青い線が見えますか?」
庭園には雪のように白い細かな砂利が敷き詰められている。これは道明達の地元である、水の社も同じだ。その砂利の上に、うっすらと輝く青い線が描かれていた。
「‥きれいだなあ‥」
砂利に溝を掘って線にしているわけではない。レーザーの光を砂利の上に当てているようにも見え、道明が実際に足元の砂利を少しばかり崩してみた。青い線は砂利に触れているはずなのに、光だけが浮いているようにも見えるのだ。
「どういう仕組みなんだろう?」
遊馬も道明も首を傾げつつ、案内に従ってそれぞれに立ち位置についた。
「あ、控えの間からその位置まで、式には御幣になって頂きます。御幣から武具へと変容してもらいますので、それも練習をして下さいね!」
案内役は式を顕現させ、御幣へと変容させた。柄の先に紙垂のついた神具である。今回初めて選ばれた人も多く、皆、式を顕現させては御幣への変容をお願いしている。
道明も式であるロードを呼ぶ。
「御幣になってもらえる?」
『‥ほう。了解した。』
身体の大きな黄金猪が、黄金の柄に白い紙垂のついた御幣へと変容してくれる。
「ありがとう、ロード。これを持って移動した後、この状態から武具へはなれる?」
返事の代わりなのか、一度紙垂が淡く輝き、道明の両手を包み込んだ。
「おおー!確かにこの方が儀式っぽいなー!」
道明は一回で成功したことに満足し、ロードを労った。
一方、遊馬もウサ吉を顕現させる。
「ぴるーーーーーー!!」
いつものハイテンションぶりと、皆に聞こえる鳴き声?を上げるウサ吉に、皆が注目する。
「ウサ吉、御幣になれるか?」
「ぴるっ!!」
そして変容したのは、少し焦げ目のついた、やけに食欲をそそられる非常に美味しそうな‥
「五平餅じゃねえかよっ!!」
ウサ吉のボケにより、緊張で硬くなった空気が、少し解れる。
「御幣!頼むよー!ウサ吉!!」
そして次の瞬間、五平餅は消え、立派な御幣へと変容した。立派だ、非常に立派である。なんと皆が持っている御幣の三倍はあるほどに立派だ。
見ていた者達が「ブフーーッ!」と吹き出し、案内役は爆笑している。
「あははは!!面白い!たまにいるんだよねー!愉快な式!!」
神楽殿にいた重鎮たちも手を叩いて笑っており、道明も腹を抱えて笑っていた。
「よっしゃー!ウサ吉!さすが俺の相棒!!そのまま通常サイズに戻ろうぜ!!」
その言葉に御幣はようやく通常サイズになってくれた。紙垂もちゃんと白い。柄が黄金なのはきっと目立ちたいからに違いない。
「ウサ吉ありがとー!そのまま弓になってくれる?」
今度は通常サイズの弓へと変容してくれた。やはり眩しい黄金である。
「いいね、アガるわ!」
遊馬の言葉に答えるように、弓が一瞬輝いた。
「それでは皆さん、場所を覚えて下さいね!控えの間から入場し、配置につくまでを何度か練習しますよ!列の順番が分かれば迷うことはないと思います!式とも一緒に練習してもらって大丈夫ですからね。」
そう声をかけられ、控えの間に戻って列を作る。
「本番では、ここの扉は閉まってます。式次第での案内後に扉が開かれ、鈴の音で合図をします。そうしたらゆっくりと移動をお願いしますね。」
案内役の説明を聞き、本番と同じ流れで入場の練習が始まった。
「神楽奉納の儀」
その声と共に、扉が解放される。
シャン!
鈴の音が鳴り響くと、先頭から順にしずしずと移動を開始する。道明と遊馬も御幣を両手で掲げるように持ち、一定の速度で歩いた。指定位置への移動では多少もたついたものの、案内役の指示のおかげで混乱はなく、数度の練習で流れるように配置につけるようになった。
「今の感じでお願いします!それではいったん休憩を挟みますね!」
そうして列がほどけ、道明と遊馬もホッとして置いてあるベンチに腰掛けた。
「きみの式、面白いなー!!」
「五平餅になる式は初めて見たぞ!」
「いや、緊張がほぐれた!」
遊馬の周りに様々な年代の人たちが集まって来ては、口々に話しかけてくる。
「ウサ吉!褒められたぞ!」
遊馬の呼びかけで、御幣になっていたウサ吉が顕現する。
「ぴるるる!ぴるー!!」
ウサ吉はご機嫌で、その場でくるりとバック宙をした後、腰に手を当ててドヤってみせる。
「なんでこの式、鳴くんだ?しかも俺にも聞こえるし。」
「そうだよな‥不思議な式だ。」
通常、式の声が届くのはパートナーだけだ。
「えっと、ウサ吉が“せっかくの大舞台!みんなで楽しむぞー!”って言ってる。」
遊馬の通訳に満足したのか、ウサ吉は大きく頷いた後、「ぴるっ!」と声を上げた。
「なるほど、鳴き声と意思の疎通は別か。」
「しかし面白い!」
「アイドル枠だなー!」
そんな声を掛けられ、ウサ吉は嬉しそうだ。遊馬が撫でると嬉しそうに耳をぴょこぴょこし、目を細める。ちなみに今日のウサ吉の毛色は純白である。
リハーサルの合間にも、多くの一族たちがあちらこちらと歩き回り、忙しく働いていた。団体神楽を囲うように台が並べられ、木製のベンチが設置される。
そんな様子を眺めていると、道明の父である孝之介や茜の母である立夏、鷹也の姿も見かけた。皆、他の一族達と話しながら、足早に動き回っている。
「‥やっぱり一大イベントなんだな。」
「それなー!水の社でやるときは、俺らも手伝いに駆り出されるんだろうなあ。」
しみじみ呟いた道明に、遊馬もいずれ開催されるであろう水の社での神楽祭に、思いを馳せている。
「何年後か分からないけどな。」
「‥うん。」
その頃には知り合いも増えて、一族との繋がりも、もっと深くなるのかもしれない。
休憩が終わると、再び案内役が声を張り上げた。
「それではもう一度、控えの間からお願いします。今度は配置についた後、演奏付きで一度だけ通して舞って頂きます。最初の鈴で御幣を武具へ、次の鈴で演奏開始です。よろしくお願いします!」
舞い手たちは再び控えの間へと進み、列を作って並ぶ。
「神楽奉納の儀」
扉が開き、鈴の音が響いた後、舞い手たちは両手に御幣を掲げ、しずしずと配置について行く。流れるように、静かに。
奏者の方は、神楽殿中央に設置された衝立の奥から、やはり両手で御幣を掲げ、毛氈に座りこむ。
「シャン!」
御幣が一斉に楽器や武具へと変容する。式同士でタイミングを測っているのか、見事なまでに揃っている。
「シャン」
神楽鈴の音と共に演奏が始まり、三十六名が一斉に舞いはじめる。
始まってしまえば、いつもの神楽だ。道明は重心を低く、大きく堂々と。対して遊馬は流れに乗るように、軽やかに舞った。
(緊張するけど‥こういう舞台で舞うっていうのも、何かいいなあ!)
道明はさりげなく周囲を見回し、色とりどりの羽織が揺れるのを嬉しそうに眺める。
(うっわ!これ、マジでアガるね!!最高!)
遊馬は心から楽しそうに、周囲の流れを感じながら舞った。




