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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
69/113

トラブルメーカー

 ホテルに戻り、そのまま食事処となっている大広間へと直行した。

「お腹すいたーー!!」

 大広間は和室になっており、空いている席につく。七海の右隣が流水で左隣が茜だ。さくらと雅、立夏も近くに座り、向かいに道明や遊馬と兄世代の面々が並んでいる。蒼介と駿は少し離れた場所に座り、楽しそうに歓談していた。

「お父さんと話してるのってどなた?」

 流水が尋ねると、雅が第二区と第三区で、未開眼者の取りまとめをしている人よ、と教えてくれた。今回は五十嵐家で二人開眼者が現れたために、これまで会合に参加していなかった駿を顔つなぎするべく、蒼介が働きかけているそうだ。


 旅館のスタッフがすぐに来てくれ、ご飯やお味噌汁を配膳しつつ、着火剤に火をつけてくれる。蓋を開けて覗いてみると、野菜と豚肉がきれいに並んでいた。

「火が消えたら食べごろですよー」

「ありがとうございます!」

 皆口々にお礼を言い、周りが行き渡ったのを確認したところで食べ始めることにした。

「いただきまーす!」

 温かいご飯と味噌汁でホッと一息つき、小鉢や副菜にも手を付ける。

「これ美味しいね!」 

「これ、何か不思議な味!」 

「あー‥ちょっと苦手。」

 そんなことを話しながらもついついご飯が進む。思った以上に空腹だったらしい。


「あ、お祖父ちゃん達だ!」

 流水がめざとく見つけ、声をあげる。祖父母と兄、あとは知らない人達が数名一緒に歩いて来て、空いている席に座った。

「ママ、あの人たちは?」

 再び流水が聞くと、雅は眉間に皺を寄せ、目を細めて凝視している。

「ええとね、水羽さんとこの本家と分家に‥火伏さん、ここ第五区の方たちねえ。」

 眼が悪くて顔が見えにくいだけで、ちゃんと誰なのかは分かるらしい。母がそのような形で見知っていることも七海にとっては驚きだった。

「お母さんはさ、別エリアの人をどういうふうにして知ったの?」

 つい気になって聞いてみると、元々母は第三区の出身らしい。高校進学のタイミングで第一区に居候し、そこで蒼介と出会い結婚に至った。仕事で方々に出張しながら、その地の一族とも交流しているとのことだった。


「‥蒼介さんも知られてはいるけれど、海外赴任が長いでしょう?私もね、顔つなぎはしないとって張り切っていたのよ。それが次期当主‥鷹ちゃんのためにもなると思って。あの子は、本当に顔を覚えられないし。」

 雅はそう言って笑った。

「鷹兄が人の顔覚えられないのって、冗談じゃなくて本当だったんだ?」

 思わず流水が突っ込むと、雅は笑ったまま頷く。

「こればかりは仕方ないわね。もうあの子の個性と思うしかないわ。」

 雅は気にしていないらしい。この話は一族間でも既に知れ渡っており、名を覚えられたらステータスといった風潮まであると聞いて流水は爆笑している。

(‥鷹兄にもそんな弱点があったんだ。‥もし私がそうだったら‥たぶん、あんなふうに平然とはしていられないなあ。みんなから受け入れられて、堂々としてる。やっぱり鷹兄ってすごいんだ‥)

 七海は篁と共に話に加わっている兄の横顔に、つい見入っていたのだった。


「お肉めっちゃ美味しい!!」

 ふとお膳を見ると、すでに着火剤の火は消えていた。そっと蓋を開けると、味噌の香りがふわりと立ち上がり、くつくつと音をたてている。まずはしめじを少し取り、ご飯と共に口に運んだ。

 少し甘めの味噌に、しめじの旨味が合わさって絶品だった。七海は期待に胸を膨らませて肉を取り、ご飯と共に口に運ぶ。大きく厚みのある豚肉は柔らかく、歯で簡単に嚙み切れた。途端にじわりと溢れ出す肉汁と味噌のハーモニーにお口の中が幸せで満たされる。

「確かに!めっちゃ美味しい!!」

 濃いめの味付けで、ついご飯が進んでしまう。男子グループは既にお櫃を空にしており、お櫃のお代わりまでしていた。

「味噌をごはんに付けて食べても美味しいね?」

 茜が幸せそうに言い、野菜に味噌をたっぷりつけてごはんにのせている。七海と流水もそれに倣って味噌ご飯を堪能し、しっかりお代わりもした。



 食事をしたことで、気力までが満たされた気がする。母と立夏は挨拶周りに向かったようで、七海と流水、茜とさくらはのんびりと席を立ち、少し部屋でゆっくりしようかと話し合う。

 男子チームは先に食事を終えていたが、しばらくその場で話しこんでおり、七海達と同じタイミングで席を立った。

 皆でぞろぞろと会話しながらロビーを通りかかると、見知った顔を見つけた。

「あら?こんばんは。」

 そこに立っていたのは羊の皮をかぶったゴジラ、燐である。

「こ、こんばんは。」

 茜が恐る恐る声をかけると、燐は嫣然と微笑んだ。美しい笑顔であるのに、迫力がある。

「‥あれ?さっき式場で飲み物を注いでくれた方だね?」

 智樹がそう声をかけると、燐は微笑んだまま会釈をする。

「不知火燐です。お見知りおきを。」

「‥あれ?不知火さんとこって東京だよね?お兄さん、いる?」

 智琉がそう尋ねると、燐はおや、と向き直った。

「‥ええ。兄は三人おりまして。一番近いのは明武、でしょうか?」

「ああ‥不知火先輩か!高校のとき、生徒会で副会長でしたよね?当時俺も生徒会にいて、お世話になったんですよ。」

 智樹がそう話すと、燐は笑顔で頷いている。そして直後、輝くような笑顔を浮かべ、そそくさと歩き出した。


「お久しぶりです!鷹也様!!」

 食事を終えたのだろう、ロビーを歩いていた鷹也にそう話しかけたのだ。

「‥‥様?」

 怪訝そうな顔で燐を見つめている。

「はい!前回お会い出来たのが神楽祭選考の時で!その前が…」

「‥誰?」

 会話を聞いていた全員が居たたまれない気持ちになったのは言うまでもない。

「えっ?あっあの!!覚えてませんか?以前その!」

「知らないけど?」

「‥え。」

 目力の強い勝気な美人の背景に“ガーン”という効果文字がはっきりと見えた、気がした。


「ねえ、ナナ?ちょっとかわいそうになって来たんだけど。」

「‥奇遇だね、私もいま同じこと思ってた。」

 七海と茜はそう小声で囁き合う。その隣では笑ってはいけないと必死に堪える流水が震えている。


「いやあのな、お前、それはいくら何でも!」

 智樹が思わず口を挟む。

「そうだぞ!?こんなに美人な子、忘れるとかありえないだろ!?」

 智琉も参戦した。恭平と司、道明までもが頷いており、遊馬だけはこっそり距離を置いた。

「‥そうなんだ?」

 鷹也は燐を見つめ、微かに首を傾げた。

「おまええええ!!いやどう見ても美人だろうが!?」

「うーん‥人の顔ってあんまり特徴ないんだよなー‥」

 困ったように呟く鷹也に、今度は智樹が食いついた。


「おい待て!じゃあお前はさくらの顔も認識していないのか!?」

 冷静さはどこへやら、妹のこととなると捨ててはおけないとばかりに語気が強くなる。

「…?…さくらはさくらだろ?」

 なぜ智樹がそうもムキになっているのか分からない様子で答えたために、智琉も参戦だ。

「さくらも美人だろうが!!」

「それは分からんけど、さくらはさくらだし?」

 道明と遊馬、流水は必死に堪えている。そして茜も仲間に加わった。4人が震えており、さくらだけがどうしたものかと困り顔だ。

 ぐりんっと燐がさくらを見やった。

「さくらさんは認識、されている?」

 レーザービームのような視線が突き刺さる。さくらが口を開こうとしたその時、鷹也が爆弾を投下した。

「そりゃ、婚約者みたいだしね?」

 その発言に燐は凍り付いた。

「「「おまそれいまそこでいうーーーー!?」」」

 智樹と智琉、恭平が見事にハモった。


「ええと、これ……私、どうしたらいいんです?」

 さくらが小声で囁くと、茜が困ったように笑った。

「何も言えないよね。」


「家の鷹兄がごめんなさい!」

「すまん! こいつ人間社会に慣れてないんだ! そして悪気は全くないんだ! だから始末に負えないんだけど!」

「あー……何て声をかけたらいいのか分からないけど、強く生きてね?」

「にーちゃん、それ突き放してる。ええと、見た目に騙されないでね? こいつ、たぶん野生動物だから!」

 七海が頭を下げ、恭平が意味不明なフォローをし、智樹の慰めとも励ましともつかない言葉に、智琉がすかさず突っ込む。ついでに鷹也をディスることも忘れない。


 放心状態から立ち直った燐が、ずいっとさくらに詰め寄る。

「婚約というのは本当?今ならまだ、取り消しは可能だと思うのよ?」

 さくらと燐、身長差は殆どない。熱線の如き視線を受けてもさくらはたじろがなかった。

「現時点では婚約予定ですが、取り消しはしたくありませんし、するつもりもありませんよ?」

 その言葉に七海と流水、茜が小さくガッツポーズをしている。燐の圧が余りに強いため、さくらが引いてしまうのではないかと、少しだけ恐れたのだ。

 そして燐の方がさくらの穏やかな眼差しに怯んでしまう。

(前髪整えたら美人とか聞いてませんけど!?以前は貞子だったじゃない!!)


 しかし気を取り直し、軽く咳ばらいをする。

「では、お付き合いをしているということね?」

 諦め半分、燐が尋ねると、さくらは少しだけ言い淀んだ。

「いえ‥お付き合いをしているわけでは‥」

 瞬間、燐の瞳が爛々と輝いた。舌なめずりをしそうな勢いで口を開こうとしたその時、

「そうだなあ、付き合っちゃいないが同居してるしな。さくらいないと俺が困るんだわ。」

 無意識爆撃を食らわすのはやはり鷹也だ。そして燐は再びフリーズし、七海達が大騒ぎになった。


「えええええ!?同居!?」

「一つ屋根の下!?」

「一緒に住んでるううう!?」

 七海・流水・茜・道明・遊馬・司・恭平が大騒ぎだ。

「‥そうだけど?」

 しれっと鷹也は言い、なんで騒いでるんだろう?といった表情だ。

「「おまそれいまいうーーー!?」」 (2回目)

 事情を知っている智樹と智琉も、今この瞬間に暴露したことに突っ込みを入れてしまう。


「たっ鷹兄!!ちょっそんなの全然知らなかったんだけど!?」

 七海が思わず声を上げるが、鷹也は虚空を見つめて瞬きをした。

「…そうだったっけ。」

「そうだよ!?聞いてないよ!?」

 突然勃発した兄妹の言い合い?を一同が面白そうに眺めている。少しは困れ!という気持ちもあるに違いない。が、その予想は見事にひっくり返される。

「今、知ったろ?」

 だから問題ないじゃん、めでたしめでたしとでも言いたげな様子に、七海は突っ込まずにいられない。

「そうだけど!そうじゃなーーい!!」

 その場にいた全員の心が一つになっただろう瞬間だ。ただ一人よく分かっていない者もいるが。


「あ~~~!!どうしてこうお前ってやつは!!」

 放心状態だった恭平が正気に戻った。そして更に詰めようとしたその時。どこからともなくスマホの着信音が鳴り響く。

「‥あ、じっちゃんから電話だから。またなー。」

 スマホに出て、何ごとか話しながらてくてくと歩き去って行く。カオスの絶頂で張本人がサラッと消え去るという謎の現象を誰が予測していただろうか。

「うがーーーーー!!」

 恭平が叫ぶのも無理はない。



「‥私は何に負けたのでしょう?」

 ようやく正気に戻った燐がぽつりと零す。

「うん、まああれだ。狙った相手が悪すぎた。」 

「それに尽きるな!」

 智樹と智琉が苦笑いを浮かべて慰めのような言葉を送る。

「なんであいつばっかり!!ずりーだろーーー!!」

 恭平は吠えている。

「あっははは!鷹也先輩さすがっすねー!高バス時代もファン多かったのに、ファンの存在すら知らなかったっすからねー!」

 唯一鷹也と高校時代が被った司は大爆笑していた。


「‥あの、鷹兄って‥?」

 七海が困ったように呟く。敬愛する兄の意外過ぎる一面に理解が追い付かない。

「そういう生き物だから仕方ないよ~!女たらしよりいいじゃん!」

 どこまでもポジティブな流水はそう言って笑っているが、茜は七海を見て

「うん、そういう問題じゃないような‥?」

 と苦笑いだ。

「あ、でも俺もたらしな鷹兄は見たくないしな―!」

 そう道明は嬉しそうに言い、

「妖には優しいのに‥人間に興味うすいよな!」

 そう遊馬がぶった切った。


「失恋‥とは違うナニカを経験したのでしょうか。何というか、自動改札で止められた気分です。」

 燐のその言葉に双子と恭平がたまらず吹き出した。

「あはははははは!‥ごめん!‥自動改札に‥間違えて駐車券入れちゃったこと、思い出した!」

 智琉が言うと、燐までも吹き出した。

「ほんっとに!家の鷹兄がごめんなさい!!」

 七海だけが真面目な顔で頭を下げたので、燐は笑いながら肩に触れる。

「貴女が謝ることじゃないわ。というか、家のってことは、妹さん!?‥あ、選考の時に会ったわね!」

「え?あ、はい。水澤七海と、こっちも妹の流水です。」

 改めて自己紹介をし合うと、燐はにっこり笑って朗らかに挨拶をしてくれる。鷹也の妹だからなのか、それともこれが素なのかは判別出来なかったが。

(圧が強いだけで、悪い人じゃないの‥かな?)

 七海がそんなふうに思っていると、燐はぐりんっと遊馬に向き直った。

「ひえ?」

 その視線に遊馬が数歩、後ずさる。

「選考会では貴方に助けられたんですよね、私。」

 ずいっと詰め寄られて遊馬はズザッと後退した。やはり圧が強いらしい。面白そうに見ていた司が、弟の窮地に助け舟を出す。

「うちの弟まだ中三なんすよねえ。そっちの医学部双子の方が将来性あるし、年齢も近いんじゃないっすか?」

 その言葉に智樹と智琉が固まった。弟を助けるために先輩を売り飛ばす、司の強かさに唖然とする。

「「おまいまそれいうーーーー!?」」(三度目)

 燐がぐりんっと双子を見やり、遊馬は安堵のため息をついた。

「「ひえっ!!」」

 双子が後ずさったのを見て、燐はフッと笑った。


「私が次期当主と言われているので、縁談は来るのよ。でもね?結婚相手くらい、自分で狩りたいじゃない?」

 そう言い放ち艶やかに笑う。

「狩る!?」 

「狩るって!?」 

「‥狩るんだ‥」

 智樹・智琉・恭平が言葉尻を捉えて戦慄した。誰が狩られる対象になるのかと、場に緊張が走っているそのとき。てくてく歩く鷹也を智樹が視界に捉えた。


「うおい!!なに素通りしようとしてる!!」

 思わず声をかけると、鷹也はこちらを見て立ち止まり首を傾げた。

「あれ?まだいたの?」

 道明たちが一斉にブフォっと吹き出した。

「待て!お前どこ行く気だ!?」

 狩られる側になってはたまらんと、智琉も気を逸らそうと必死だ。

「温泉。」

 それだけ言い捨てて何事もなかったように行こうとする鷹也に恭平が叫ぶ。

「なに一人でしれっと温泉行こうとしてんだよ!?」

 この状況を見ろ!!という心の叫びを、その場にいる全員が受け取っただろう。

「‥‥?‥温泉行きたいからだけど?」

 一番受けとって欲しい相手に伝わっていないことに、恭平は崩れ落ちる。

「‥こういうやつだった‥」

 そして顔を上げてまっすぐ鷹也を見据える。

「待て!!勝負だ!!」

 しかし鷹也は「やだ。」とだけ言って立ち去ろうとした。双子と司がスクリーンに入る。

「「拒否権はない!!」」

 智樹と智琉はそう言い、司はただただ笑っている。

「えーなんでだよ。」

 不意を突かれて突破されないよう、三人ガードで牽制し続ける。そこに笑いながら遊馬と道明までが加わった。

「そういえば、卓球場があったからな!そこで勝負だ!!」

 道明がそう宣言すると、鷹也は首を傾げる。

「卓球‥?やったことないんだけど?」

 ネコ討伐隊員全員、

「「「「よし!!」」」」

 と団結した瞬間である。そしてそのまま災害ネコは卓球場へと連行されたのだった。





不知火 燐

挿絵(By みてみん)







※画像はAIによるイメージです。


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