いざ出発
神楽祭が近づくにつれ、七海も流水もソワソワして落ち着かなかった。何が起きるのか、どんなイベントなのかが分からなかったためだ。
七海達が普段行くのは水の社であり、今回行くのは日月の社なのだそうだ。東北に水の社、関東に風の社、関西に火の社、中部地方に土の社、九州に日月の社がある。北海道には、小さな社があり各系統全てを集約しているらしい。
出発の朝、蒼介と雅、七海と流水の4名は蒼介の車に乗り込んで空港へと向かった。自宅から空港までは車で一時間ほどだそうだ。
「何かドキドキワクワクするんだけど!!具体的になにがあるの!?」
流水が興奮したように尋ねると、雅は笑った。
「選考で通った人たちが神様の前で神楽を舞うのよ。36人だと壮観なのよね。」
流水と七海は顔を見合わせた。第三世代のベテラン勢の舞いも凄かったが、それだけ大勢の人たちが舞うと聞いて驚きと期待に胸を躍らせる。
そして空港に到着すると、茜、茜の母立夏、道明、遊馬の父駿、遊馬、司がいて、ここに七海達4名が合流した。
「おー!久しぶり!今回はお世話になります!」
遊馬の父、駿が蒼介に頭を下げる。
「いや、待って!五十嵐先輩!気持ち悪いからやめて!」
「おまえ!気持ち悪いはないだろう!」
中高で同じ水泳部だったため、蒼介も駿も笑い合う。長期間海外にいる蒼介と、最近仕事が忙しかった駿は顔を合わせたのも久しぶりだった。今回、遊馬に引き続き司までもが開眼したので、会合に参加することにしたらしい。
七海と流水は父の学生時代を知る人が身近にいたことを知り、顔を見合わせて笑った。
「お父さんの黒歴史、じっくり教えてもらお?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる流水に、駿は笑い、蒼介は慌てだす。
「時間はたっぷりあるからね?」
駿は茶目っ気たっぷりにウインクしてくれる。七海と流水に、雅までが期待のこもった眼差しを向けていた。
「‥俺、飛行機乗るの初めてなんだよね‥」
「え!?マジで?俺20回は乗ってるかなあ?」
放浪癖のある遊馬は、小遣いが溜まるとふらりと飛行機に乗って一人旅を満喫するタイプだ。今回初飛行機の道明は少しばかり緊張しているようにも見える。
そんな雑談を交わしながら、10人はぞろぞろと搭乗手続きを行い、ベンチに腰掛けた。
「‥しかし、まだ慣れないっすね‥手に眼があるって‥バスケでパス受けるときについ躊躇しちゃって。」
少し前に開眼したばかりの司が、まじまじと自分の掌を見つめている。
「あー分かる!ごはんおかわりしたとき、お茶碗受け取ろうとして一瞬止まるの。」
流水が笑いながら左手を見せ、司は右手を見せた。
「利き手だと、余計に視界に入って来るからギョッとするんだよねえ。」
他はもう数年前に開眼しているので、慣れたらしい。
「えー?後は色々とさ、他の人には見えないものが見えて困るよね!?」
「それ!!うお!なんだこれ!?ってマジで思って。この間うっかりぶつかって妖に怒られたんすよ!」
この眼がなければ、見えることもないし、ぶつかることもない。開眼初心者あるあるトークで二人は盛り上がり、七海や遊馬、道明たちもそれに混じって笑い声が弾ける。
「さて、いったん東京の空港で乗り換えだ。初めての君たちのために、時間に余裕はあるから昼食を取って散策する時間くらいはある。‥本当に広くて人も多いからな?迷子になるなよ?一人で突っ走るなよ?」
蒼介は全員に釘を刺し、少しばかり心配そうに遊馬を見やる。
「え?おれ!?あー羽田は何度も行ってるから、今回はみんなと一緒に行動するよ?」
駿から何度も放浪癖については聞かされていたため、心配になった蒼介だったが、行き慣れていると聞き少し安心した。
「一応、集合場所教えてもらっておけば、誰かはぐれても探しに行って連れていけるし!第一ターミナル、第二時計台あたり?」
この中で飛行機に乗り慣れ、空港を良く知るのは蒼介と雅くらいである。遊馬のその申し出はありがたかった。
「あはは!さすが!そうだね、第二時計台が一番無難だね。まあまずは飛行機に乗るところからだ。」
蒼介を先頭に10人はぞろぞろ搭乗ゲートをくぐり、飛行機へと向かった。
席はまとめて取っているためほぼ横並びだ。窓際になったのは、流水と茜、司で、その隣にそれぞれ七海と立夏、駿が座っている。なぜか道明は窓から離れた場所に落ち着き、その隣に遊馬が座る。
「お前、窓際じゃなくていいのかよ?」
道明の言葉に遊馬はニヤッと笑う。
「喋ってれば気も紛れるだろ?俺、飛行機は良く乗るし。」
親友の意外な弱点を遊馬は知っていた。言葉少なで緊張気味なのをちゃんと気づいている。
「‥ありがとう‥こんなのが空飛ぶとか‥マジで落ちねえよな!?」
小声で囁く道明に、遊馬は笑った。
「大丈夫だって!」
茜と流水、司は窓にぴったり貼り付いて外を眺めている。機内アナウンスに従い、いよいよ出発となる。
「動き出した!!え、道路走るの!?」
流水が思わず呟くと、七海が笑いながら窓から顔をのぞかせる。
「滑走路を走って、それから離陸するんだよー!」
そして機体がふわりと浮く。
「浮いた!!」
茜と流水が同時に声を上げ、七海と立夏が窓から外を見て笑顔になる。そして道明は遊馬の隣でガチガチに固まっている。浮いた瞬間に微かにうめき声をあげたのを、遊馬は気づかないフリをした。
「わーーーー!すごいすごい!地面が離れてく!」
窓から外を見ていた七海が、流水の声で固まった。
(え、は?え‥待って‥地面についてない!?遠ざかってる!?)
頭の中がパニックになり、窓から視線を逸らせないまま固まってしまう。
「…おねえちゃん?」
突然静かになった七海に、流水が振り返る。視線も表情も凍り付いたままの七海に、流水はぎゅっと手を握った。寒いはずはないのに、七海の指先は冷たい。
「おねえちゃん?大丈夫だよ?」
その声で七海はやっと窓から視線を外し、大きなため息をついた。どうやら呼吸をすることすら忘れていたことに気づいたのだ。
雅と蒼介は、娘たちの様子を見てくすりと笑う。
「そういえば七海、高い所苦手だったわね。」
「遊園地の観覧車で泣いてたっけなあ。」
普段の生活では全く支障がなかったために、すっかり忘れていたのだ。ガラス張りのエレベーターや、下りのエスカレーターでも怖がっていたことを思い出す。
その後は気圧変動により耳が痛いと訴えてきたり、機内サービスのジュースにお礼を言ったり、雲の上を飛んでいる様子に感動したりと、流水と茜が一番はしゃいでいた。高3生の司は、声を上げたりはしなかったものの、窓から見える景色に目を輝かせ、父と二人で景色を堪能していた。
「大丈夫か~?」
話しかけてはいるが、心ここにあらずと言った道明に、遊馬はそれでも話しかける。
「だ、だだいじょうぶ。ひ、ひこうきなんて、いつもとんでるし。たたたたいしたことはない。」
抑揚のない一本調子の喋り方に吹き出しそうになるが、親友のためにそれは堪える。そしてアイマスクを取り出して耳にヘッドフォンをつけ、お気に入りの音楽を流してやる。
「うお。‥あ、うん。」
道明は指先でリズムを取り、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
1時間程度の空の旅を終え、地面に降り立った七海と道明は、ホッとしたのも束の間、人の多さに呆然とする。
「‥待って、こんなに人いるの‥?え、外国の人もいっぱい‥」
「日本って、人間多いんだな‥」
七海と道明の言葉に、遊馬が笑い出した。雅や蒼介も笑っている。確かに街なかには人も多いが、これほどではない。
「さて、とりあえず先に昼飯にするぞ。まあ人数が人数だしな‥」
蒼介が呟くと、遊馬が
「フードコートでいいんじゃない?好きなもの買って来られるし。席取りしてようか?」
その一言で、遊馬と蒼介が席を確保し、二人の分はそれぞれ雅と司が買ってくることにした。混雑はしていたが、二人は早速開いているテーブルを見つけて座る。
「本当に遊馬くんは旅慣れているんだね。国内が多いの?」
蒼介の言葉に遊馬は頷いた。
「海外はグアムだけかなあ。南の島に行ってみたくてさ、あ、近いうちにオーストラリアも行きたいし、イタリアでピザも食べたい!あれ?蒼介おじさんて、海外どこにいるの?」
「今はドイツだよ。ビールとソーセージが美味いんだけど、やっぱり和食が恋しくなってねえ。」
蒼介の海外赴任話に遊馬は目を輝かせる。
「ドイツもいいなー!ノイシュヴァンスタイン城とか有名だよね。世界遺産のケルン大聖堂とか!」
瞳を輝かせて話す遊馬に、蒼介もつい嬉しくなってしまう。
(可愛い!!‥こういう息子もいたら面白かっただろうなあ‥)
つい考えてしまい、苦笑いを浮かべる。
「俺が赴任している間に来てくれたら、観光案内出来るんだけどなー!七海や流水も来たいって言ってたしね。」
「うわ、いいなそれ!タイミング合ったら一緒に行ってもいいの!?」
「もちろんだよ!」
つい笑ってしまいながら即答してしまった。我が息子とは全く違うタイプだな、と微笑ましくなってしまう。
それぞれがトレーを手に戻って来た。和気あいあいと話しながら食事を取る。少しばかり大人しかった七海と道明も、食事をしているうちに元気が出たようだ。ひっきりなしに離着陸する飛行機を窓から眺めては複雑そうな顔をしている。
「それにしてもすごい人だね。生まれてから昨日まで見た人数を、今日一日で見た感じ!」
流水の言葉に笑いが広がった。
「ここって、東京?‥わたし、来年からこんなに大勢の人がいる場所に住むの?」
七海の言葉に蒼介と雅は頷いた。
「そうだね。ここは海に近いけど、もっと内陸の方だよ。」
蒼介はそう言って笑顔を向ける。
「遊馬くんも東京よね?」
雅に話しかけられ、遊馬は元気よく頷いた。
「はい!成田も近いし!高校になったら海外にも行くんだ!」
司と駿は顔を見合わせて笑っている。司もふらりと出かけることは多いが、専ら自転車で遠乗りするぐらいだ。
「‥遊馬くんは、霧ちゃんと話しが合いそう。あの子、中学卒業してすぐ海外に飛んでね。バックパッカーやってたのよ。」
現在、七海達と同居している母の妹、霧江のことだ。
「え!?霧江さんて、そうだったの!?うわ、今度話聞こ!!」
「せめて高校は、卒業しろよー。」
駿はそう言って遊馬の頭をぐりぐり撫でた。
「それは約束だからなー。でもさ、蒼介おじさんみたいに、海外赴任があるような会社もありか!?」
赴任先が変わることもあるらしく、その前はスイスにもいたと聞いた。
「あはは、俺がたまたま高卒でも入れたのは、こちらに支社を出したタイミングで募集があったんだよね。今は大卒がメインかなあ。」
「こいつ、高校では成績トップだったんだぞ?こう見えて!」
蒼介と駿の掛け合いに、七海や流水までもが目を丸くする。
「え?お父さん、実は頭良かったの!?」
「すっごい意外だけど、そうだったんだ!?」
娘二人のツッコミに蒼介は苦笑いだ。
「そうよー!蒼介さん、独学で英会話も勉強していたしね?すごいんだから!」
なぜか雅がドヤ顔で自慢する。そんな様子に再び笑いが起きた。
食事を終えた後、集合場所に一度全員で集まってから解散した。次の飛行機は一時間後であるため、かなり余裕がある。
七海と流水、茜が立夏と雅で行動を共にし、遊馬と道明と司が一緒、蒼介と駿が二人で。このような形に自然に分かれ、空港内を散策する。
「わーー!すっごいお土産いっぱい!!」
「いやでも、持って移動できないよ!?」
「あ、ほら!発送カウンターとかある!!ここから霧江さんとお祖母ちゃんに送れる!!」
女子三名は既にテンションマックスだ。そして大人二人も例外ではない。
「ミヤちゃん!空港限定って‥なんかこう‥そそられない!?」
「それよ!!立夏ちゃんも買うでしょ!?買うわよね!?」
娘三人に負けない勢いでカゴにお土産を放り込む。
「おかーさーん!見てこれ!?」
「なにそれかわいい!!」
こんな調子だ。そして止める者がいない時点でお察しである。
「‥ええと?」
カート山積みの荷物を前に、五人は困ったように笑う。
「まとめて送っちゃいましょう!きっと父が受け取ってくれるし!」
そう言って立夏は笑い、
「霧ちゃんが受け取ってくれるし!」
そう雅も笑った。帰ったらきっと呆れ顔でため息をつかれるのだろう。
一方、道明と遊馬、司もお土産コーナーをぶらぶら散歩していた。
「そういえば、恭平先輩は別ルートで行ってるの?」
司が聞くと道明は頷いた。
「今年、爺ちゃんと父さんと兄貴の三人、別ルートで行くって。‥どうやって行くんだろ?」
遊馬と司も顔を見合わせて首を傾げる。
「そういや鷹也先輩もいないっすもんね。さすがに車ってことはないだろうけど、飛行機が混むから別日程なんすかねえ。」
お土産屋の試食をつまみ、キーホルダーを見ては盛り上がる。
「兄貴たち、昨日の朝には出てるからなあ。準備もあるのかもね。」
三人はそんな会話をしつつ、美味しそうなお菓子を見つけてはつまみ、買おうかどうしようかと悩んでいた。
「バラ売り色々買って、おやつにするかな!箱ジャマになるしね!」
遊馬の意見に意気投合し、それぞれが別のばら売りお菓子を手にして会計する。今回、道明の妹と遊馬たちの弟は留守番であるため、それぞれお土産を買う。
そんなこんなで瞬く間に集合時間となり、再び搭乗ゲートへと並ぶ。
「ああ‥気が重い‥」
道明はそう言ってため息をついたが、先ほどよりはだいぶマシな気がする。空港で買ったアイマスクと、持ってきたヘッドフォンを準備して備えるつもりらしい。
再び飛行機が離陸してしばらくすると、遊馬に突かれ、アイマスクを捲られる。
「見て見ろって!富士山だ!」
仕方なしにこわごわ窓から覗いてみると、円錐形の美しい山が広がっており、道明は食い入るように眺めた。
「すげえ…あれが、富士山。」
恐怖心すら忘れて見入ってしまったが、瞬く間に見えなくなってしまった。
「すげーだろ?」
「うん、ありがとう遊馬。」
道明は再びアイマスクをして、今見た富士山の光景を思い出しながら音楽を聴いた。席の位置的に今回富士山を見られたのは自分たちだけらしい。遊馬は同じ光景が見られたことを喜び、スマホで動画鑑賞をした。
そして空港に到着し、再び地面に降り立つ。
「ついたああああ」
「やっと飛行機がおわったー!」
「疲れた!!」
それぞれが思い思いの感想を述べ、荷物を受け取ってぞろぞろと歩いてゆき、空港から一歩出た瞬間、全員が立ち止まる。
「てか、湿度ヤバくね?」
「あっついな!」
「気温全然違う」
「この音なに!?」
「南国!?」
「何か空が向こうと違う!!」
「あーなんかモヤってる!?」
途端に汗が吹き出してくる気がする。
「ああ、この鳴き声、これはね、クマゼミっていうらしいわ。すごいわよね‥」
何度か西日本に訪れている雅が教えてくれる。初めて聞く音に、耳が痛くなりそうだった。
「暑いけど、せっかくだから寄って行こうか。」
蒼介に声をかけられてついて行くと、足湯コーナーがあった。
「え、これ、温泉?」
「へえ!」
「お、オリジナルタオルがある!」
道明が自販機を見つけ、せっかくだからと購入すると、全員がそれに倣った。そして靴と靴下を脱ぎ、足を浸す。
「あーなんか‥暑いけどいい。」
「何か座りっぱなしだったからなあ。いいね、暑いけど。」
「足がほぐれるぅ~‥暑いけど。」
全員満足そうに足湯に浸かるが、必ず最後に「暑いけど」が付け足される。やはり東北の地元と比較すると、湿度が全く違う。
足湯を堪能した後は、迎えに来てくれていたマイクロバスに乗り込む。一族が送迎用に準備してくれたそうで、共に飛行機移動したメンツ以外には乗らないと聞いてホッとした。とはいえここから2時間もかかると聞いて、ついため息が漏れそうになる。
最初は車窓から見える景色に、ついついはしゃいで見入っていたが、長旅の疲れもあってか、いつの間にか眠ってしまったのだった。




