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掌の眼  作者: 瑠璃雀
神楽祭
66/115

継ぐもの継がせるもの

 思い出話がひと段落したところで、駆が口を開いた。

「それにしても鷹也、お前がすんなり参謀役を引き受けたことには正直、驚いた。」

 穏やかな笑みをたたえてはいたが、駆はどこか腑に落ちないといった表情を浮かべる。

「儂が半ば強制したからの。」

 空になった杯に駆が酒を注ぐ。篁は会釈をして受取り、同じく空になった駆に返杯した。


「‥長いこと、参謀役はおらんかっただろう‥?」

 ぽつりと篁は零した。前任の参謀役は篁が総代になる少し前に、病気でこの世を去っている。駆は黙ったままで頷いた。


「参謀役に必要とされる資質について。それは分かっておるな?」

「‥はい。」

 駆は短く答えた。総代にせよ参謀役にせよ、人望や個人能力の高低で決定するものではない。それ以上に必要な資質があるとされる。

「総代には、団体神楽により沸き上がった神力を一身に集め、それを叩きつけるという、いわば集約型の性質を持つ者を置くべし。‥無論、そこには重鎮たちが信を置ける者でなければならない。」

 駆は黙ったままで頷いた。


「俺はな、身に余る能力を授けられた、と、そう思っているんだ。」

 篁はそう言って再び杯をあおる。

「‥篁さんの力は‥確かに一族でも稀有なほどに凄まじいと‥」

 駆の言葉に頷きながら、微かに唇を歪めた。


「‥おそらくは、参謀役となるべき者が、おらんかったせいだと思っている。」

 祓いにせよ浄化にせよ、篁の操る神力は凄まじい。

「だからな?身に余るものを持たされた。俺はそう思っている。」

 しみじみと呟き、駆を見やった。


「‥そして参謀役が現れたから‥だから‥譲ろうと?」

 駆が戸惑うように呟く。篁は黙っていたが表情と視線がそれを肯定していた。

「‥ある程度の感知能力を持つこと。団体神楽により沸き上がった神力を増幅或いは調律出来ること。それが参謀役たる条件だ。」

 それは以前に座学で教わったことでもあるため、一人前と見なされた者はだれでも知っている。

「こいつが13歳で神楽祭に出たとき、何が起きたかを、お前さんも目の当たりにしていたろう?」

 あの時の光景は余りに衝撃的で、駆も昨日のことのように思い出せる。





―今から6年前―


 環より選考に出るよう言われた鷹也は、神楽選考に参加し、そしてすんなりと選ばれた。そして神楽祭本番。


 団体神楽の最中、徐々に徐々に神力の出力が上がって行った。予想外の出来事に、演奏を担っていた重鎮たちは動揺したが、止めることも出来ずに続行したのだ。そして――


 神楽終盤、陣そのものが白銀に輝き、次の瞬間、その形も大きさも保ったまま、光の柱がドンッと天へと延びた。これほどまでの光柱を、未だかつて誰も見たことがない。

 誰もが息をのみ、その凄まじさに固まったまま、呆然と眺めていた。光柱はその後、天蓋から噴水のように周囲へと拡散し、辺りに降り注いだのだ。


 鑑賞していた者も演奏者たちも、全員が目を見開き、余りの光景に固唾をのんだ。周囲は降り注いだ光柱により起きた白銀の霧に覆われた。

 何が起きたか誰にも分からなかった。それでも神楽は続行し、静かに終了したのだが、その時になってもなお、白銀の霧が完全には晴れなかったのだ。


 ようやく視界が開け、舞い手の一人一人が判別出来るようになったその時、一人が倒れていることに気づいた。


「‥鷹也‥?」

 駆は思わず呟いていた。少し成長していたとはいえ、まだ幼さが残っている。駆自身、立ち上がろうにも、あまりの衝撃で足に力が入らず、大人たちの手で慌ただしく運ばれて行った鷹也を呆然と眺めていることしか出来なかった。

 見舞いに行ったときも、本当に生きているのか疑いたくなるほどに静かで、その寝顔をただ見つめて無事を祈ることしか出来なかったのだ。


 10日後に目を覚ましたと聞いた時にはいの一番で駆け付け、疲れたように笑う鷹也を見たときには安堵の余り涙が零れたほどだ。

 あれこそが神力を増幅させた結果だと聞き、それによる消耗の激しさにゾッとしたものだ。以来、鷹也が団体神楽出場禁止を受けたことに胸を撫で下ろしたのだった。






「‥とんでもないガキだな、と思いましたよ。」

 駆はそう言って笑う。

「俺はな、あの時に思った。こいつが育ったら、とっとと当主を押し付け、参謀役に付け、次世代を育てよう、とな。」

 篁はそう言って笑った。

「あ、待って!なあ、鷹也!?今も団体神楽は禁止なままなのか?あの時と‥」

「同じじゃないよ。今は制御も増幅も何故か調律も出来る。禁止なのは、皆の修行の妨げになるから、だとさ。」

 鷹也がそう言って笑ったが、駆は驚いて立ち上がりかけた。

「は!?普通はどちらかだけじゃないのか!?」

 駆が驚いて篁を見やると、困惑し、苦り切った表情を浮かべている。


「こいつは例外のオンパレードでな‥なぜなのかは俺にも分からん。俺が身に余る能力を与えられたのと同じように、参謀としての過分な能力を与えられたのだろうよ。」

 篁はそう言って深々とため息を吐いた。


「‥世代交代だの何だの、俺の意見なんて聞く気すらねえし。」

 鷹也は憮然とウーロン茶を飲んでいる。

「フン!お前の意見なんぞ、聞くわけがなかろう?」

 篁はそう言って鷹也を横目で睨む。

「‥はー‥このクソジジイ。タイミングが悪すぎんだよ。」

 鷹也は面倒くさそうに呟き、盛大なため息をついている。そしてクソジジイ呼ばわりされた篁は、孫の頭に拳骨を落としながら呟いた。

「‥七海か。」

 突然出て来た名前に駆が困惑していたので、篁が鷹也の妹たちについて一通り説明をする。そして七海がどのような状況に陥っているかも話して伝えた。

 思い切り拳骨を受けた鷹也は、頭をさすさすしている。さすがに祖父の拳骨は躱さなかったようだ。


「‥ようやっと落ち着きそうだってのに。これ、伝え方間違えたら完全に折れるぞ、あいつ。」

 性格を良く知るだけに、どう受け止めてどう考えるかまで容易に想像出来た。どのようにフォローし、どう対応するか考えるだけでも頭の痛い問題だった。


「‥さすがに6年までは待てん。」

「それも分かってるっつうの‥」

 妹が傷つくからという理由で、先延ばし出来ないことなど重々承知している。

「あははは!身につまされるなあ。俺も出来のいい兄を持ったから、ずいぶんと苦労したもんだ。」

 亡き兄は、全てにおいて駆を遥かに上回っていた。そのために高校卒業してすぐに家を飛び出し、必死に働いていたのだ。


「一度じっくりと話した方が良いかもしれんな。」

 篁が考え込みながら呟くが、鷹也がため息を吐く。

「何をどう話すつもりだよ?」

 空になった杯に手酌で酒を満たし、鷹也に掲げてニヤリと笑う。

「それは俺が考えて話すことだ。お前には教えてやらん。‥何かあればお前がフォローしろ。」

「うわマジでやめて?‥それ絶対に後で俺が苦労する羽目になるやつだろ?」

 心の底から嫌そうにしている孫と、「困らせてやった」とばかりに喜んでいる祖父。そんな二人の関係を見て、駆は楽しそうに笑った。


「どうせ何とかするんだろ?参謀さん?」

 駆がそう言って笑ってやると、鷹也も微かに口元を緩めた。

「必要な手は打つさ、総代さん。」

 二人がそうやって笑い合うのを篁は満足げに眺めていた。



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