予兆
時は少し遡り、神楽選考の頃―今年の神楽祭は、本来の順序であれば、第三区、中部地方の土の社での開催予定だった。しかし篁は何故か、九州で開催すべきという予感があった。このような予定変更は、いくら篁が総代であったとしても勝手に決定することは出来ない。しばし考えた後、一族の重鎮である筆頭三家当主に声をかけ、急遽全員に召集をかけた。
「急にどうしたんだ、篁」
筆頭三家で一番の年長者である、日廻家の照陽が口火を切る。
「どうもな‥今年は何故か九州で開催した方が良い気がしてな‥」
篁の言葉は歯切れが悪い。説明しようにも出来ず、ただ自身の感じた違和感を話した。
「ふむ‥」
涼風家の泉州―こちらも篁より年長である―は軽く声を漏らしたあと、全員を見渡した。
「こういった予感とか予兆というもの‥軽視は出来んと思うが、どうかの?」
穏やかな口調にしばらく無言が続く。時折、隣同士小声でのやりとりはある。
「以前にもこのようなことはあったと聞くしな。俺も篁の判断で良いと思うが。‥ただ、若い者たちが集まるだけに、対策は万全を帰さねばな。」
そう声を上げたのは土館家当主である。これには全員が頷き、九州にある日月社の代表管理者である二名と、篁が事前に調査を行うことになった。
「それと次期総代の件、皆、どうだ?」
篁は以前より話していた件を再び確認する。
「良いと思う。まだ若いからこそ、篁が補佐となり経験を積むのが良いと思うしな。」
日廻家の照陽はにこやかに言い、隣の男の肩を叩いた。
「篁さんの後というのは、些かプレッシャーが大きすぎますよ‥。」
困ったように笑ったのは日向家の駆だ。この中でも一番の年少者であり、人望が篤い。
「まあ気持ちは分かる。しかし篁がまだ元気なうちに色々と教えてもらえ。我らももうすぐ世代交代だしな。今の時期が良いと思う。それにこれまで不在だった参謀役もおるんだ。‥鷹也とも親しいのだろう?」
和泉家の当主である清司もそう言って笑いかけた。他数名が同じように頷き、温かな眼差しで次期総代を見守る。
日向駆は立ち上がり、全員を見渡した。
「皆様のご協力が必要になります。謹んでお受けしたいと思いますので、ご指導、御鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。」
そう言って深々と頭を下げると、全員から温かな拍手を受けた。静かに着席した後も、拍手は収まらず温かな気持ちになる。
「さて、それでは今回の神楽祭での発表事項は三年後に総代の世代交代、次期総代と参謀役の発表。まあ後は私事だが、水澤家当主も交代する。あいつも結婚することだしな。」
その言葉に一族が騒然となった。
「結婚!?‥いやまあ‥当主となるなら当然だが、あいつは‥鷹也は人間に興味あるのか!?」
一人の言葉に座に笑いが広がった。何せ一族の顔も覚えられない代わりに、データだけは完璧に覚えているという、おかしな男だ。
「‥我が孫娘もな、少々困った体質を抱えておったんだが。幼い頃から不思議と気が合って、口約束の許嫁にしていたんだ。この度、正式に婚約をすることになった。」
皆の反応は好評である。再び温かな拍手が起こり、その後しばらく雑談が続いた後に解散となった。
「篁さん。」
そう声を掛けて来たのは、日月社の代表管理者である月星と日乃下の当主だ。月星家当主は篁と同い年の女性であり、梨乃という。そして日乃下家の方は、篁の四歳下の男性であり、喜朗といった。
「気になることがあるのかね?」
篁の言葉に、二人は顔を見合わせる。
「現地調査の際には、鷹也くんも同行してもらえませんか?彼は感知持ちでしたよね?」
以前、一族の重鎮たちには鷹也の感知体質は伝えている。当人にとってはストレスの元凶であるものの、一族にとっては有用性が極めて高いのだ。
「むろんそのつもりだ。アレは境界や結界に対してもかなり敏感だしな。」
篁のその言葉に二人は頷き、具体的な日程を話し合ったのだった。
七海が誕生日を迎える少し前、篁と鷹也は日月社に訪れた。各地にある社は、別位相空間にあるため一族の者以外は存在すら知らない。そして各社は特別なルートで繋がっており、社同士での行き来は可能である。とはいえ一定の能力がないと弾かれてしまうため、七海や流水も利用は出来ないのだ。
「「お待ちしておりました。」」
月星家の梨乃と、日乃下家の喜朗が出迎えてくれ、篁と鷹也は早速社の周囲を歩き回る。
「…?」
早速鷹也が立ち止まり、長身を屈めて地に手を置く。
「何か、感じますか?」
梨乃も同じように身を屈めて地に手を置くが、何も感じ取ることは出来なかった。
「‥気持ち悪いな。‥何もないフリをしているような?‥けど、何かザワついてるみたいな?」
何と表現したら良いのか‥そんな戸惑いが、あった。そして篁は双眸を閉じ、周囲を見渡す。
「境界に違和感があるな。異変、とも言えないが。」
鷹也が同じように周囲を見渡し、一点で止まった。
「ゆらぎがあるね。‥で、このゆらぎ一度収まった後に、別の場所でまた発生する。」
境界や結界に対しては篁も敏感ではある。しかし違和感に留まった篁に対し、鷹也は正確に何が起きているのかを把握していた。
「‥ふはは。やはり、お前さんの感知は凄まじいな。」
喜朗は式を呼び出し、境界の周囲を飛ばせて様子を窺っていた。
『何かおかしいとは思うが。‥何がおかしいのかは分からん。』
金色の雉が喜朗の腕に止まってそう言ったらしい。篁は直接式の言葉を聞き、他の三人は喜朗伝手で聞いた。
その後は社の中に入り、神楽殿へ入った所で異変が起きた。
「んにゃっ!」
声と共に姿を消したのは鷹也だ。周囲を見渡してもその姿はなく、外に面した扉を開けると、庭の砂利の上に座り込んでいる。
「またか‥。お前はどうしてこう社に来るとあっちこっち飛ぶんだ‥。」
呆れたように篁は言うが、鷹也は不服そうだ。
「俺に言うなよ。好きで飛ばされてる訳じゃねえっつうの。」
羽織を払いながら立ち上がり、階段を登って神楽殿へと入った。今度は飛ばされなかったようだ。喜朗も梨乃も呆れたように笑っているのは、過去に何度か同じように飛ばされているのを見ているからだ。
神楽殿の奥へ続く扉から、渡り廊下を通じて向かいの部屋へと向かう。この先は奥の院となっており、すりガラスの格子戸がついた両開戸があった。作りとしては水の社とほぼ一緒だ。
「それでやっぱり普通に入れるんだな‥」
奥の院に全員が集い、そこには当然のように鷹也もいる。通常は当主しか入れないはずなのだ。
「‥俺に言うなよ‥」
面倒そうに鷹也は言い、一点を見つめた。
「‥なんだ、あれ。」
黒い羽虫のような何かが壁を這いずっているように見えたのだ。しかしそれは、程なくして消えてしまう。違和感すら残っておらず、鷹也は首を傾げた。
他の三人にはそれも見えなかったらしい。感知の際は、頭の芯に何かが刺さるような感覚であるため、視覚で見えるのは珍しいのだ。
「神さん、いるー?」
余りにフランクな呼び方に、三人は「は?」という顔をして鷹也を見やる。
<呼んだ?>
<呼んだか?>
<うわ、何しに来た?>
人型をした光が現れ、鷹也の周りに立った。三人?三柱?いるらしい。
「調べに来たんだよ。ここに居て、違和感ってない?」
<様子見!>
<今はまだな!>
<言うほどのこともないしな!>
この神々は自然神であると言われ、彼らから式を通じて“祓い”や“浄化”の力を借りる。社に来ると神様の方から話しかけてくることも多い。
「やっぱり、違和感程度で“異常”ってほどじゃないから様子見なの?」
<そうだよ。>
<異常だったら梨乃に言う>
<おれ喜朗に言う>
世間話をしているような様子に、篁は思わずため息を漏らした。
「どうにも嫌な予感がして、神楽祭をここで執り行うことに致した。‥何か問題が起きる可能性があってはまずいのでな。今日は調査に参った。」
篁の言葉に三柱の神々は、ゆらりと揺れた。
<そうしてもらえたら落ち着くかも?>
<少し境界が弱まってる部分もあるし>
<篁の神楽!>
神々はそう言ってふわふわと辺りを漂った。神楽祭開催については歓迎してくれているらしい。
<で?鷹也は何を感じた?>
<感知おかしいやつ!>
<頭おかしい!>
「なんでディスられてんの、俺。‥何かさ、表面上取り繕ってるみたいな‥たまにそれが乱れて歪みのように見えるみたいな。‥そういう感じかなー。境界そのものも異変はないしさ、何か気持ちわりい。」
鷹也がそう話すと、神々は興味深げに鷹也を見やる。篁も、月星も日乃下も同様だ。
<うーん‥やっぱおかしいな!>
「‥神さんもそう思うの?」
<おかしいのはおまえー!鷹也がおかしい!>
「だからなんでディスられてんの、俺!?」
神々と大人たちがそのやりとりを聞いて笑い出す。月星家の梨乃は、声を出さないまでも身体を丸めて震えていた。ツボに入ったらしい。
<まあ我らが出来ることは、境界とこの社の維持くらいだ。‥神楽祭での奉納神楽があれば、境界そのものの強化もされるしな。なにか起きたとしても、篁、そなたがいれば大概のことには対応出来るだろう?>
<ボクらにも現時点では分からない。けど、神楽祭をここにしてもらったのは良かっただろうね。当日は仲間たちに声を掛けて、こちらも準備はしておくよ。>
<‥鷹也、神楽祭始まる前に念のため結界を。何が起きても動けるようにしておいてくれ。全員に張る必要はないよ。万一、瘴気や穢れに当たっても篁の浄化があれば、後遺症もなく回復するはずだしね。結界に関しても、瘴気や穢れへの耐性に関しても、やっぱり頭おかしい君が、祓いを出来るように。>
三柱の神々はそう言って消えていった。
「何で俺、頭おかしい呼ばわりされてるんだよ‥」
鷹也はぶつくさ呟き、大人たちは笑っている。過去の神楽祭でとある事件が起きてから、一族重鎮の中でも有名なのだ。
再び社の中や、中庭、裏庭に至るまでつぶさに確認し、互いの認識についてを確認していく。梨乃は社の見取り図まで準備し、違和感を覚えた場所についても細かく記載していた。
「‥うーん‥現象を捉えるのはもちろん必要だし、分布から何か分かるかもしれない。けど‥それだと根本部分を見逃す、かもしれない。そこは気をつけないと、かも?」
鷹也の言葉に梨乃は頷く。そして喜朗も言わんとしていることを理解したようだ。篁も頷いており、記録は取りつつも惑わされることのないよう、互いの認識を改めたのだった。
後日、再び筆頭三家の当主が集まり協議を行った。この場には鷹也も同席させられている。
「お、来たな珍獣。元気か?」
早速、日廻家の照陽が声を掛ける。
「あー醤油のじーさん。元気そうだな~!」
「醤油じゃねえ!!照陽だっ!!」
このやりとりで、早くも笑いが起きる。お約束のやり取りなので、照陽が場を和ますために振るだけだ。重鎮達は皆、鷹也の記憶力の歪さを知っている。名前さえ言えば、能力の傾向、対応可能区、神楽時の楽器や武具に至るまで、完璧に覚えているのだ。単純に名前と顔を結び付けられないらしい。
「‥ふふ。それでは、今回の調査内容に関して報告致しますね。」
月星家の梨乃がごく自然に前に出る。社の見取り図をモニターに映し出し、それぞれが違和感を覚えた場所について、色分けしてある。
「正直なあ、明確な異変はなかったんだ。ただ、何というのかザワめく感じ、という感覚だな。」
喜朗が言いながら首を傾げる。あの感覚は本物だったのか、過敏になりすぎてそう感じたものなのか、もはや自分でも分からないといった様子だ。
「私も同じく、です。何か違和感があるような、ないような。気のせいとも言い切れない、そんな状況です。」
その後、神々達の話や、篁の見解、鷹也の感じたことを一通り話す。
「‥ふむ。あの地は自然災害が多い場所でもあるからな。どこかに穢れが淀んでいたとしても、不思議ではあるまいよ。」
そう言ったのは照陽だ。
「いやしかし、穢れが淀んでいるのならば、それこそ分かるものではないのか?」
和泉家の清司が鷹也を見やる。
「いや感知持ちが分からない、というのがどういうことかを考えるべきでは?」
土館家の拓郎も声を上げた。場が少しざわめき、視線が鷹也に集中する。
「それな~現時点では俺も判断出来ないんだよ、悪いんだけど。正直、細かな対策は取れない。俺が神さんに言われたのは、念のため“結界をはれ”だった。出たとこ勝負になるんじゃねえ?」
鷹也はこともなげに言い、篁を見やる。
「その言葉は我らも聞いている。三柱の神が、“異変”というほどではない、と言っておられた。なのでな、我らは神楽祭が始まる直前に各自結界を張る。そして動ける者が祓いを、儂が浄化を行う。それでどうだ?‥念のため、他の社にも人を配置して置きたい。影響が出ないとも限らんしな。」
篁の言葉に、皆で意見を交換した。そこから役割分担を決め、それぞれ配置をしていく。筆頭三家だけではなく、傍家の有力者達にも協力を仰ぎ、被害を最小限に抑えられるよう話し合った。
長時間に渡る話し合いを終えた後、日向家の駆が鷹也の所へやって来た。
「久しぶりだな、てか育ちすぎだろ!」
初めて合った時、鷹也はまだ小学校に入りたてくらいの幼さだった。メッセのやり取りはしていたが、会うのは数年ぶりだ。
「そりゃ、育ち盛りだからな。駆、山行くか?」
鷹也も微かに笑って答える。当時、毎日のように共に山を歩いていた。
「ふざけんな、お前のペースで引きずり回されたら死ぬわ!おい、飯でも行こうぜ。篁さんもぜひ。」
篁も笑って頷き、三人は久しぶりに昔話に花を咲かせたのだった。




