開眼祝い 祝いの席
今晩は、水澤家・火乃宮家・土門家・月影家の他にも五十嵐家や日下家、その分家達が集まっていた。人数にして五十名前後だろうか。
一族には、火・水・風・土・日・月を冠す苗字があり、それぞれ系統がある。各系統からの代表三家は筆頭三家と呼ばれ、それ以外は傍家と呼ばれる。
宴会の席順に決まりはなく、本家や分家、傍家が入り乱れて適当に座っていた。一族を取り仕切っているのが「総代」であり、現在は七海の祖父である篁がこの総代となっている。
和室の奥に壇が置かれ、その横では白装束に瑠璃色の羽織を来た流水が緊張した面持ちで立っている。横に霧江もおり、流水の背を撫でているようだ。
「皆、今日は突然の祝の席に参加してくれたことに、まずは礼をいわせてくれ。本当にありがとう。」
篁がそう声をかけ、深々と頭を下げると、流水もそれを見て慌てて頭を下げた。
「さて、今朝方孫の流水が開眼を迎えた。」
篁は流水を促し、壇の上にあがるよう促す。そろりそろりと壇に上がると、更に緊張した顔で頬が真っ赤になっていた。篁はそんな流水を宥めるように、震える肩にそっと手を置く。そして優しく流水の左手を取り、ゆっくりと手を上げさせた。
「おー!」
「おめでとう!」
「きれいな濃紺だなあ!」
「やはり水系か!」
温かな拍手と、大人たちの声がざわめきのように広がる。
「七海‥・大丈夫?」
そっと声をかけられ、七海はそっと汗を拭った。そうだ、自分はこのとき閉じたままの眼を見せることが出来ずに退席してしまったのだ。
「うん。‥ありがと、茜ちゃん」
今となってはそこまで落ち込んではいなかったが、この場であの時の感情が蘇り、少しだけ嫌な気持ちになったのだ。それを茜が察して、七海の手を取ってしっかりと握ってくれる。
「大丈夫だよ」
そう言われているようで、七海はホッとして妹の晴れ舞台に視線を送るのだった。
「あっ‥あの!みずしゃわ、るみです!」
盛大に噛み、更に真っ赤になってしまった流水だったが、それだけでは終わらない。
「にゃー!噛んじゃいました!みずさわ、るみです!よろしくおねがいします!」
そう堂々と言い放ち、最後に輝く笑顔を振りまいてペコリとお辞儀をした。
「かわいいーー!」
「にゃーって!!にゃーってーー!!」
「何あの子!うちの娘に!!」
大人たちまでも笑顔になり、盛大な拍手を貰っていた。篁までもが蕩けそうな笑顔を浮かべ、流水の頭を撫でている。
「うちの孫は渡さんからな!!!」
篁は精一杯厳しい表情を浮かべて声を上げたが、ただの孫バカである。一同はにやにやしながらも和やかな雰囲気でその場は終わった。
その後は乾杯となり、手にグラスを持って高々と上げる。七海達もジュースや烏龍茶を手に、グラスを掲げて乾杯した。
「‥・もしかして、これで終わり?」
七海が問うと、道明と遊馬が同時に頷いた。
「着替えて飲んで食ってた!」
「かーちゃんに無理やり服脱がされた」
もっと仰々しいものかと思い、そんな中退席したことが、心の中に棘となって残っていた七海と茜である。
「「ただの宴会じゃん!!」」
茜と七海が見事にハモリ、道明と遊馬は大笑いしたのだった。
「ほら、あれだ。開眼の儀ってやったじゃん?あっちが正式な儀式でさ、これマジでただの宴会だったんだよなあ。まあ、一族の顔合わせって感じかもな。」
道明が言い、唐揚げを口に放り込む。カリッとした衣にじゅわっと脂が広がり、表情を見るだけで美味いのだと分かる。
「‥そっか。」
七海はぼそりと言い、その後一族の人たちとの関わりもあったが、皆、自然に接してくれていたなと思う。腫れ物に触れるでもなく、変に気を遣われるでもなく、今までと何ら変わらない接し方だった。
(私が考え過ぎてたのかな‥・?)
七海は少し元気になり、お赤飯と天ぷらを取り口にした。
「うまっ!!」
サクサクの衣にプリプリのエビがたまらない。揚げ物特有の油っこさがなく、何匹でも食べられてしまいそうだった。
「おねえちゃーん!!」
着替えた流水がやってきて、ジュースを一息に飲み干す。
「緊張したーーー!噛んじゃったーーーー!!おなかすいたーーーー!!」
そう言って七海の腕にしがみつく。七海はつい笑顔を浮かべて可愛い妹の頭を撫でくりまわした。
「でもすごいじゃん!ちゃんと言い直してお辞儀して!さすがだよ!?」
自分にはああは出来ないだろうなと思いながら七海は流水を褒めそやし、料理を取って渡してやる。
「ありがと!おねーちゃん。わたしもおねーちゃんみたいにカッコよくやりたいのにな‥」
流水からそんな言葉を聞かされ、七海の顔がにやけてしまう。
「流水ちゃん、おめでとう!」
すいーっとさくらが寄ってきて流水に声をかける。
「ありがとう!さくらちゃん!!」
さくらは嬉しそうに流水の頭を撫でていて、流水も嬉しそうだった。
「さくらちゃんも食べよう?」
服から伸びる華奢な腕を見た流水が心配そうに言い、七海が料理を取り分けて渡す。
「‥ありがとう。わたし、そんなに少食に見えるのかしら?」
さくらが唐揚げを飲み込んだ後にぽつりと呟く。
「うん!野菜しか食べてなさそう!」
「弁当箱とか俺の四分の一くらいの大きさっぽい!」
遊馬と道明が言うと、さくらは再び口元をほころばせた。
「‥そうなのね。わたし、さっきからあちらこちらですごい量を取り分けてもらってるの。今、七海ちゃんがくれた量を‥そうね‥十皿は食べたかしら。」
「はい!?」
「え?マジ!?」
「うそーん」
「えええ!?」
4人のリアクションが面白かったのか、さくらは声を上げて笑う。
「誰も信じてくれないのだけど、こう見えて‥実は大食漢なのよね‥」
再び更に盛られた料理を、上品に口にしながらさくらは言う。
「さくらさん!?それだけ食べてどうやって痩せられるの!?」
最近お腹周りが気になる茜が食いついた。
「‥母もそうだったみたいだから。遺伝?なのかしらね。」
七海と茜に流水までもが羨ましそうにさくらを見ている。甘い物大好きな年頃でもあり、体重と甘い物の消費量が比例することが悩みのタネでもあるのだ。
「さくらの胃は異次元にあったりしてな。」
鷹也もひょっこりと顔を覗かせ、さくらをからかう。
「‥だから栄養が回らないのでしょうか‥?」
「いや、だから間に受けんな。」
鷹也がこういう軽口を叩くのは、家族と遊馬、道明以外ではかなり珍しく、七海と流水は思わず顔を見合わせた。
七海は唐揚げを食べながら兄の視線に気付いた。自分を気遣うような、何かを推し量っているような、そんな視線に戸惑ってしまう。
「‥なに?」
しばらく見つめられた後、フッと視線を逸らされた。
「なんでもないよ。せっかくだから存分に食っておけよ?‥体重は気にせずに。」
そう言って鷹也はニヤッと笑う。
「体重のことは言うなああ!!セクハラだからね!?鷹兄!!」
茜がすかさずツッコミを入れ、道明と遊馬が笑い出す。
「そーだそーだー!テーブルの足に小指ぶつける呪いかけちゃうんだから!!」
流水も便乗し、さくらが楽しそうに笑った。
「あらら。じゃ、訴えられる前に退散するわ。」
鷹也はそう言ってその場から歩き去っていった。
(鷹兄‥もしかして心配してくれた‥?)
兄が時折、何かを見透かすような視線を送ってくることがある。今回もそれを感じたのだ。血の繋がった兄妹でありながら、これまで一緒に暮らしたことはない。しかし、常に自分たちのことは気にかけてくれる、そんな存在なのだ。
『のめや~うたえ~』
『えっさっさーー!ほいさーー!』
『ひーっく!酒うまーー!もっとーー』
『おーっとと!こぼれちゃうーー』
『わーい!!』
『けーきおいしーーー!!』
『じゅーすもっとほしーーー!』
妖たちも嬉しそうにどんちゃん騒ぎを楽しんでいる。中には地面に横たわって眠っている妖たちもいた。
「こんな風景、開眼しなかったら体験しなかったんだね‥」
流水が楽しそうに笑い、そう呟いた。おそらく開眼前から気配は感じていたはずで、それが視えるようになったことに戸惑いもありながらも楽しんでいるようだ。
「そっか!流水ちゃんには見えてなかったんだものね。‥意外と驚いてない?」
茜の言葉に流水は笑顔を見せる。
「驚いたよ!?学校でうっかり声あげそうになったし!でも友達は気にしてなかったし!‥でもここだとさ、みんな見えるのが当たり前って感じで。ちょっと安心した!」
流水はそう言って近くにいる妖をつついてみる。
『きゃー』
声を上げては避け、しかし楽しそうに遊んでいる。
「あ!でも、この眼は別!!見られないか超ドキドキで!!手を上げたときに先生にギョッとされないかとか、友達に見えちゃわないかとか、ずっとあわあわしてたんだけど。‥学校じゃ誰にもバレなかったみたいで。みんなには本当に見えないんだなあって思った。」
流水は不思議そうに言い、茜は穏やかに微笑む。
「最初は私たちもそうだったかな。‥同級生がいたのも心強かったし。そっか‥流水ちゃん、独りだと心細かったよね‥」
その言葉にハッとして七海は流水を見やった。自分が気づいてあげなければいけなかった部分を、言われて初めて気づいたことにショックを受ける。
「大丈夫だよー!慣れればたぶん!」
流水はそう言って無邪気に笑った。
「ナナ、そんな顔しないのー!‥余裕、なかったんだよね‥?」
茜に小声で囁かれ、七海はバツが悪そうに頷いた。
「大丈夫!ほら、見て!流水ちゃんも楽しそう!」
七海が改めて流水を見ると、妖と楽しそうに笑い合っている。そして皆、そんな様子を笑顔で見守っていた。
(‥こんなに温かい雰囲気だったんだ‥)
一族との関わりを、どことなく居心地の悪いものだと思い込んでいたのかもしれない。
(‥気にしてないつもりだったけど‥意外と気にしてたんだな‥)
こんなふうに一族の集まりを穏やかに楽しく過ごせたのは、初めてな気もする。茜がそっと七海の腕を取り、七海はつられるように笑った。二人は顔を見合わせ、もう一度小さく笑い合った。




