開眼祝 篁邸到着
部活を終え一度帰宅した七海は、制服を着替えて家を飛び出した。既に流水も霧江も家にはおらず、おそらく篁の家にいるのだろう。徒歩で20分くらいだ。
160センチを少し超える七海は、手足も長く、歩幅も広い。気温はかなり下がってきたが、まだ少し汗ばんでいるため、タオルで汗を拭いつつ、夕方のひんやりした空気を浴びながら歩いていた。
「よお!」
「ナナ!」
声をかけてきたのは道明と茜だ。それぞれ道場と部活を終え、同じく一時帰宅して着替えて来たようだ。遊馬の家は目的地である篁の家の途中にあるため、そこで合流することになりそうだ。
「‥そういえばさ、開眼祝って何やるんだっけ?」
七海が道明に声をかけたが、平静さを装っているのが茜にはバレバレだった。七海と茜の二人は、自分たちの開眼祝のとき、途中で退席したため内容を知らないのだ。
「‥うん?」
道明は茜と七海の表情を交互に見やる。その時「何があったのか」を聞いていない道明であったが、空気を読むことにかけては天下一品だ。
「うーん、最初にお披露目だっただろ?‥その後は大人たちの宴会。俺らは隅で料理とケーキにがっついて終わった。まあ、見てりゃ分かるよ。」
道明はそう言って笑い、七海と茜にそう声をかけた。二人は分からなかったからこそ、その言葉に頷くしかない。自分たちが何かをしなければいけないわけじゃないと知り、少し安心したのだ。
『今日はえんかい?サケある?』
ひょっこり出てきた妖がぴょんぴょん跳ねながら近づいてきた。家がまばらになり、樹木や草が生い茂る場所も多いため、彼らを頻繁に目にする。
「あるよ?みんな来るんでしょ?」
茜がにこやかに答えると、妖はぴょんぴょん飛び跳ねる。妖たちの姿形は様々で、声をかけて来たのは小動物のような見た目をしている。近くの木にすいすい登り、キャッキャッと声を上げた。
『タカムラのとこーーー!』
その言葉にあちらこちらからぴこぴこと妖たちが姿を現す。
「ありゃま、こりゃ大勢集まってきそうだな~」
遊馬があちらこちらをきょろきょろしながら合流してきた。
「すっごいタイミングだね、あっくん!」
茜が言うと、遊馬は肩を竦ませる。
「ロードからウサ吉に伝言飛ばされてさ、のんびりしてたらウサ吉にケツ叩かれたんだよ‥」
どうやら道明が遅刻常習犯の遊馬対策に、自分の式と遊馬の式を利用したらしい。
「さすが道明。遊馬の取り扱いには慣れてるねえ」
七海がそう突っ込むと、道明は笑い声をあげた。
「だって食うもの無くなってたら、こいつこの世の終わりみたいな顔になるだろ?」
その言葉に四人は笑い声をあげる。楽しみにしていることでも、すぐに他のことに気を取られるのが遊馬の悪い癖だ。
篁の家は敷地が広く、敷地内には多くの植栽と築山、湧水から引いてきた小川、小さな橋までもがある。家はこれまた広い大きな平屋で、母屋の他に離れが点在している。七海達はこの離れでお泊まり会を何度もしたものだ。
通されたのは、母屋の玄関を上がり、まっすぐ廊下を歩いた先の庭に面した和室である。十二畳三部屋の間仕切り襖を取り払い、大空間になっている。この廊下も一般的な住宅より広く、大人二人が余裕ですれ違えるほどだ。
庭側には縁側があり、こちらも七海が寝転がってもまだ余裕があるほどの幅があるのだ。
「‥はーやっぱ広いなー!子供の時の印象が広くても、自分の身体がデカくなると狭く感じるっていうじゃん?今でも広いと思うわ」
道明の言葉に遊馬も頷く。
「年々広がったりしてねえ?篁じーさんの家だしさー‥」
「「そんなわけないじゃん!」」
遊馬の言葉に七海と茜が見事にハモった。
「‥そうか、遊馬は気づいたか。」
フッと現れた鷹也がそういうと、茜と七海の顔に衝撃が走った。道明までもがギョッとしている。七海の四つ上の兄であり、全体的に色素が薄そうで髪も瞳も薄茶、肌も白い。
上背もあり細めではあるが、ひ弱そうな印象はなく、鋭い眼光が怖そうにも見える。
「え!?待って?マジで!?」
遊馬が思わず食いつき、道明までも驚いて鷹也を見やる。
「え!?こっ‥ここがそんな不思議空間だったなんて‥‥」
思わず納得してしまいそうになる雰囲気に、茜と七海がどちらからともなく手をつなぐ。
「まあ、冗談だけどな。」
それだけ言い捨て、すっと身を翻す。
「え!?ちょっとまてーーー鷹にいーーーーーーーー」
「素直だなあ。まあ‥のんびりしてな?」
完全にからかわれたのだと悟り、4人は顔を見合わせて笑いあった。少しばかり緊張もしていたが、それも無理やりに解かれたようだ。
「…鷹兄はどこまで本気でどこからが冗談なのか、本当に判別つかないんだよなあ。」
そういう雰囲気に一番敏感な道明ですら分からないらしい。
「それより、私たちも手伝えることあるかな?」
茜が気を取り直して言い、四人はぞろぞろとキッチンへ向かった。この母屋には普通のシステムキッチンと、昔ながらの土間台所がある。そして大きな竈が二台並んでおり、それぞれ三口の炉があった。
年末の餅つきでもこの竈が大活躍し、大量の餅米を蒸したり、小豆を煮て餡を作ったりして利用されている。
台所には、和装に襷掛けの祖母 環と、七海の叔母 霧江、茜の母 立夏、月影家の桔梗と知佐子が調理と盛り付けを取り仕切っていた。ちなみに桔梗と知佐子は姑嫁の関係であるが、本当の親子のように仲がいい。
「おばあちゃん、何か手伝う?」
七海が声を掛けると、祖母はにっこりと微笑んだ。
「ありがとうねえ。でも大丈夫よ。」
環は両手を腰に当て、声を張る。
「あんたたち、相伴に預かりたいっていうなら働きな!その方が美味さも一入ってもんだ!」
その言葉に妖たちがわらわらっと集まって隊列を組み始める。
「配膳係を任せるからね!ひっくり返すんじゃないよ?」
『『『わかったーー』』』
和室には既にテーブルが用意してあり、そこに妖たちが運ぶ手筈になっているらしい。
「ばーちゃん‥まさか妖たちをあそこまで使っているとは‥・」
普段は柔和で優しく、おとなしい印象の祖母であるが、やはりそれだけではないようだ。
四人は庭で妖たちがキャッキャしながら料理や飲み物を運んでいる姿を眺めていた。どうやら開始時間よりもかなり早く到着してしまったらしい。
「ここって、妖たちも影たちもたくさんいるよねえ‥」
茜が周りを見回しながら呟く。
「何か、ここの空気が馴染むんだって。」
七海がいつか聞いた妖の言葉を口にする。
「‥こんばんは‥」
ゆらりと出てきたのは、黒く長い髪を腰のあたりにまで伸ばし、白い服を着た女性だった。前髪も長く、目元が見えない。
「ひえっ!!」
「わっ!!」
「貞子!?」
「きゃっ!!」
それぞれが違う声を上げ、思わず飛び退る。
「あら‥ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。」
女は四人の言動にも全く動じることなく、優しげに声をかける。
「さ、さくらさん。来てくれたんですね!」
一瞬怯んだ七海だったが、それでもしっかりと挨拶をする。この女性は月影家の長女、さくらである。鷹也と同じ大学に通う女子大生なのだ。
「流水ちゃんのお祝いですもの。」
にっこりというよりも、口元がニイッと笑うだけの様子が少し怖い。昔から長い髪を下ろし、前髪も長く口元しか見えないようにしている。
(髪を切ったら絶世の美女だったりして‥?そんなベタなことはないよね‥)
さくらを見るたびに、七海の心に不意に浮かぶことだった。身長も高く、痩せぎすな印象だ。しかし声は柔らかく、聞いていて心地よい。見た目の印象はあまり良くはなかったが、穏やかで優しいさくらと話すのは心地よい。
茜と共にさくらとお喋りしていると、何となくモヤモヤした気持ちが落ち着いてきて、七海も自然と笑顔になれたのだった。
月影さくら/水澤篁・環/水澤鷹也




