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掌の眼  作者: 瑠璃雀
夏休みの始まり
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土門道明 もう一人の兄

 道明にとってもう一つ大きな収穫だったのが、七海の兄、鷹也の存在だった。初めて見かけたのは、街なかで七海と茜がガラの悪そうな男数人に絡まれたときだ。気の強い七海が茜の前に立ち、男たちを睨んでいたのを目にした。ちょうど七海の斜め前、男たちの背後にいたのだが、七海がこちらに気付く様子はない。道明は拳を握りしめ、一歩踏み出そうとした、その時。


 横合いから音もなく静かに七海たちの元に近づく男の姿を見た。制服姿から高校生だと分かる。しかし身長こそあるものの細身に見えた。が、ガラの悪い男どもが何か言葉を発した瞬間、高校生の雰囲気が変わった。威圧と殺気が道明の身体を一歩下がらせる。スッと懐に入り、軽く手を押し当てただけに見えた、が、男たちは膝から崩れ落ち地面に這いつくばっている。どうやら男たちにも何が起きたのかは分からないらしい。混乱したように慌てて逃げて行った。


 高校生は七海と茜に優しげな表情で話しかけている。念のため道明が歩いて近づくと、高校生がこちらを向き、警戒の眼差しでこちらを見た。その佇まいに一瞬、気圧される。


「あ、道明!」

 七海がそう声を上げると高校生はフッと警戒を緩めた。

「‥なんか絡まれていそうだったからさ。大丈夫だった?」

 穏やかに尋ねると、七海と茜が笑顔で頷く。

「鷹兄が来てくれたから。‥あ、ええと私のお兄ちゃん。」

 七海は嬉しそうに笑っている。兄は間近で見ても、やはり全く強そうには見えない。

「あ、土門道明です。はじめまして!」

 名前を聞いて鷹也が微かに首を傾げる。

「‥あれ?兄貴とかいる?‥確か土門家の同級生がいたような‥?俺は水澤鷹也。」

 口元に笑みはたたえているが、笑顔とは言い難い。

「あ、今年高校2年です。都内に進学しているので、地元にはいませんが。」

 そんな会話があった後、父や兄から人となりを聞いた。


【兄貴の同級生で水澤鷹也って人、いた?】

【いた!なに、あいつと知り合いなの?】

【妹が同級生でさ。初めて会ったんだけど、どんな人?】

【マジか。妹いたんだ?ええと‥ムカつくけど嫌なやつじゃない!】

 メッセージのやりとりを見て、道明は更に混乱する。

【ムカつくけど嫌なやつじゃないって何だよ?】

【成績はトップ独走でスポーツもほぼ万能。なのに一切マウント取らないというか、人と係ろうとしない謎の生命体。そしてたまにガラスに突っ込む。】

「謎の生命体?ガラスに突っ込むってなんだよ‥?」

 メッセージを見てつい独り言を呟いてしまう。ただ空手とは違う体捌きに興味もあり、道明の方から鷹也に積極的に話しかけることが増えたのだった。

 鷹也は道明の予想以上に面白かった。自分の兄が「謎の生命体」というのも、分かる気がするのだ。株やFX、相場に関しても親の名義を借りて仕組みを学びながら小遣い稼ぎをしていると聞き、道明も親に頼んで同じように学び始めた。その件で鷹也と二人、パソコンを見ながら予想を立て、その結果を共有し合う。道明にとっては、もう一人兄が出来たような感覚だった。



 ずっと鷹也と手合わせをしてみたいと思っていた道明の願いがかなったのは、中三になる直前のことだった。道場に鷹也がやって来て、ひょっこり顔を覗かせたのだ。

「あ!鷹兄!」

 ちょうど稽古の合間だったため、道明は鷹也の元へと駆け寄る。

「邪魔して悪い。終わるまで待ってるから外にいていいか?」

 道場内に立ち入ろうとしない鷹也に、道明は声をかける。

「ねね、一度でいいんだ。俺と手合わせをしてくれない?」

 しかし鷹也は笑って断る。

「そもそも俺は空手やってないし、さすがに失礼だしね。」

 そう言って身を引いた所へ道場主が現れた。

「君は‥確か水澤家の?篁の孫か!?」

 鷹也は薄く笑って頷き軽く会釈する。師範と篁とはバイク仲間であることを聞いていたのだ。

「一度、手合わせをしてみたいなって思ったんです。でも失礼だからと断られました。」

 道明の申し出に師範は少し考えた後、獰猛そうな笑みを浮かべた。

「構わんよ。‥今日はもう私と道明しかおらんしね。異種対決になるが、道明には良い刺激になるかもしれん。」

 そう言われては断り切れず、鷹也は渋々道場内に足を踏み入れた。Tシャツとジャージといった軽装であり、素足にビーサンを履いていた。


「うーん‥ミチが俺を崩せたら終わりな?」

 そう言って両手をポケットに突っ込み、自然体で対峙する。

「さすがに舐めすぎじゃないかなー?」

 道明は気合い一閃、距離を詰め、流れるように回し蹴りから正拳突きを入れる。

「遠慮はしなくていいよ。悪いけどたぶん当たらないから。」

 最低限の動きで完全に躱しながら鷹也は言った。道明はその言葉にスッと構えを取り直す。煽っているわけでもなく、本気でそう言っているのが見て取れた。

「ヤー! セイッ!!」

 相手の様子を見ながら突きや蹴りを連発するが、そもそも鷹也は突っ立っているだけで挙動がない。それなのに当たる半瞬前には、その場にいないのだ。

(うっわ、やりにくい。しかもどう動くか全く読めねー)

 それでも相手を観察し、躱されることも計算に入れながら攻撃し続ける。足音を立てることもなく、ただ静かに躱し続けるだけだ。


(‥ありゃあ、完璧に見切っているな。それでも頭に血が上ること無く、勝機を掴もうとする道明は、やはり素晴らしい。)

 師範はその攻防を立ったまま見つめ、満足げに頷いている。


「もう後がないよ?」

 当たらないならば場外へ。地道に計算し、額から汗を滴らせながら道明は笑みを浮かべる。

「‥うーん。じゃ、仕方ないなー」

 鷹也はぬるりと間を詰め、道明の連打を全て受け流した後、左の肩から胸の間にトンッと人差し指を当てた。途端に道明はその場に尻もちをつく。

「え!?‥あれ?‥なんで!?」

 どこも痛くなければ、なぜ尻もちをついたのかも分からない。

「そこまで。」

 師範がそこで二人を止めた。尤も鷹也の方は再びポケットに手を突っ込んで、立っているだけだったが。

「いやはや‥流石と言おうか。道明、何をされたかは分かるまい?」

 ようやく立ち上がり、道明は困惑したまま頷いた。

「古武術、その中でも体術が非常に優れていてな。相手の動き、間合い、全てを見られる。そして、ここを突いたら崩れるポイントを掴み、それを正確に突いてくる。力ではなく、身体の神経回路に混乱を起こすポイントをただただ狙うという、厄介な相手だ。」

 道明は過去に七海達が絡まれていた場面を思い出す。あの時もそっと触れただけに見えた。今もそれと同じなのか、と身体が理解した。


「‥ありがとうございました!鷹兄!また手合わせして欲しい。俺ももっと稽古を頑張って、鷹兄に一発入れられるようになりたい!」

 師範はにこやかに笑い、鷹也を見やる。

「‥あーうん。まあ俺も空手相手の動きを見る練習にもなるしな。」

 こうして道明と鷹也の交流はどんどん深まっていったのだった。恭平とも全く違うタイプの鷹也は、道明にとって兄であり、師匠であり、大切な友人の一人となったのである。



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