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掌の眼  作者: 瑠璃雀
夏休みの始まり
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土門道明 得意・不得意

 土門家の次男として産まれた道明には、5歳上の兄、恭平(きょうへい)と4歳下の妹、美園(みその)がいる。兄は現在東京の大学で独り暮らしをしており、家にはいない。兄弟は仲が良く、子供の頃にはよくキャッチボールをしていたものだ。4歳下の妹は現在小学校5年生である。最近少し生意気にはなってきたが、それでもお兄ちゃん子の美園とは一緒にゲームをする仲だ。


 恭平は中学で生徒会長を努めており、成績も優秀、バレー部ではセッターとして活躍していた。中学での部活動入部は必須である。とはいえ退部した後に再び必ず部活動に所属する必要まではない。このため道明は兄の影響もあって、バレー部に入部したのだ。

 このときは既に恭平は高校1年生になっており、都内の高校へ進学していた。東京の大学に行きたいという想いから、高校進学も都内にしたらしい。


【兄ちゃん、俺もバレー部に入ってみた!】

【バレエ部か!?w】

【バレーボール部!ボケなくていいよw】

【頑張れよ!】


 メッセージでそんなやりとりをしていた兄と弟である。道明は、運動神経は良い方だ。サーブやレシーブに関しては特に問題もない。小学校に入る前から空手を習っていて、飛んでくるボールの着地点に入り、ボールをしっかりと受け止めることにかけては同級生よりも秀でていた。

 上級生たちの試合を見て、スパイクやブロックに心を踊らせ、自分もあれが出来るようになりたい。そんな風に思った。

 しかし現実はシビアである。身長は同級生の中央付近、垂直跳びに関しては部内の最下層であった。そこからスクワットやジャンプの練習を繰り返し、少しでも高く飛べるように努力した。牛乳もたくさん飲んだ。それでもなかなか身長は伸びず、垂直飛びも伸びない。レシーブの安定性だけは評価されたのだが、それだけだ。


「向いてないのかな‥」

 そんな矢先、ジャンプ練習の無理が祟って足首を捻挫してしまった。部活はしばらく休むことになり、大好きな空手の稽古も休まざるを得なかった。

 道明が沈んでいる様子を見て、七海や茜が声をかけてくれたのだが、道明は笑って「なんでもないよ」と答えた。学校の屋上に寝転がっていると、腹の上にコーラのペットボトルを落とされる。

「足、大丈夫か?」

 そう言って自らもペットボトルを開け、飲み始めたのは遊馬である。

「‥垂直飛びが伸びなくてさ‥」

 道明がため息交じりに呟くと、遊馬は能天気に笑い出す。その態度にムッとして口を開こうとしたが、遊馬が先手をうった。

「だってさ!道明、落ち込んでんのって、垂直飛びのせいじゃなくね?」

 そんな遊馬の言葉に道明はぽかんとして、その顔を見つめる。

「おまえー!部活の練習で空手の稽古時間が減ったのと、足の捻挫でしばらく空手も休みなのが原因だろ!?垂直飛び関係ねーし!」

 あははは!と笑いながら言う遊馬に、道明は何かがカチリ、と嵌った気がした。

「マジか。‥俺、空手がやりたかったのに、その時間が減ったせい‥?」

 遊馬はあっけらかんと「うん!」と返事をして空を見上げた。


「なんかさー、部活始まってからのおまえ、何か違ったしなー!俺が勝手にそう思っただけかなー?バレーが好きだったら悪い。でも、本当にやりたいことに時間使った方がいいんじゃねー?」

 道明は同じように空を見上げた。確かに先輩たちの試合で、あんな風に出来たらいいなと思ったのは間違いない。だが―


「‥部活に入らないといけないって言われて、何となく兄貴がバレー部だったからさ。けど、先輩たちが高く跳んでるの見て、いいなって思ったんだ。」

 道明はそう言って笑った。

「そっかー!家の兄貴なんて入部して三日で辞めたらしいからなーwバック転出来たらかっけーと思って、体操部入部して、鬼の柔軟体操で泣きながら辞めるって言ってたらしい。あ、小学生のときか。」

 遊馬が笑いながら言うと、道明も笑った。遊馬の兄は現在中三であり、確か現在はバスケ部だったはずだ。

「しばらく部活も空手も出来ないから、ゆっくり考えてみるよ。ありがとう、遊馬。」

 しかし遊馬はなぜ礼を言われたのか分からず、きょとんとしている。しかし道明が明るい表情になったのを見て、笑顔になった。


 その後、道明は兄にメッセージを送った。

【バレーのジャンプとか、あの高さすげーって思ったけど、やっぱり俺、もっと空手に打ち込みたい。】

 兄からの返信はすぐだった。

【お前がやりたいことをやるのが一番だろ?応援してるよ!】

 道明はそのメッセージを見てフッと心が軽くなり、微かに笑った。こうして道明は遊馬に気づかされ、兄に背中を押されて退部することを決めたのだった。


 部活を辞め、学校が終わったら道場に直行する。まだ足首にテーピングはしているが、痛みはない。一つ一つの型をなぞっていると不思議と心が落ち着き、程よく力が入る。

(うん、俺はやっぱり高く跳ぶことより、こっちの方がいい。)

 途中で辞めることには迷いもあったが、それでも決めたことに後悔はない。地道な練習と筋トレ、ストレッチを繰り返して徹底的に体幹を鍛えた。バレーで失われた時間を取り戻すかのように、空手に打ち込み、そして努力した分、結果が積みあがっていく。



 稽古が終わると、帰宅して勉強だ。心が落ち着くせいなのか、バレーをしていたときよりも集中して問題を解けるように思う。体育でも様々なスポーツをやることは多いが、球技が余り得意ではないらしいことに気づかされる。

「うーん‥俺は余り器用なタイプじゃないからなあ‥」

 授業のバスケでもパスを回すのが精いっぱいだ。ドリブルというよりも毬つきになっており、簡単にボールを奪われる。


 体育の授業で目立つのは、七海と遊馬だ。女子の中でもトップクラスの身体能力の高さと、スピード、その判断力でバスケも器用にこなす七海。小柄ながら軽快に走り回り、その瞬発力と跳躍力で相手を翻弄する遊馬。

 見ている方が面白いと思えるほどの活躍っぷりである。

「ナナすっごーい!」

 ゴールを決めた七海と、クラスメートがハイタッチを交わす。道明には出来ない芸当だったが、今はそれを羨ましく感じることもなくなっていた。

「うん、俺には空手があるからな。‥ちょっとだけ悔しいけど。ちょっとだけ。」

 跳び箱は苦手だったが、マット運動は得意だったり、バスケは苦手でもサッカーのキーパーは得意だったり、道明は自分の得意不得意を着実に見極めながら、出来ることを素直に喜んだ。


 そして日々の筋トレのお陰で着実に筋力はついてくる。それを決して誇示することはなく、重いものを運んでいる女子に声を掛けて手伝うことも多かった。

「土門くん、いつもありがとう」

 先生から授業で使う教材運びを頼まれた女子生徒を見かけ、道明が手伝い、そんな風に感謝されることも多かった。感謝されると道明は「一人じゃ大変だしね」と穏やかに笑うのだった。



 そんな中、ある朝道明の右掌に眼が現れた。寝ぼけているのかと思い、手の甲で両目を擦る。再び目を開けて右手を開くと、そこにはやはり眼があった。そっと触れてみるが手のひらを触る感覚のみで眼に触れても何の違和感もない。

「…俺、昨夜なにか悪いもの食べた?」

 夕食のメニューを思い浮かべながら階下に行くと、母が笑顔で話しかけてくる。

「開眼したでしょう?掌見せて!」

 どうやら母が何かを知っているらしい。道明は母に右の掌を見せた。

「焦茶に茶色い虹彩。片手だけ?」

 母に聞かれて道明は頷く。そして母が自らの掌をこちらに向けた。

「ええっ!?母さんにもあるの!?」

 今までそんな眼が見えたことなど一度もなかった。なぜ今朝になって見えたのか。

「掌に眼が発現するとね、見えるようになるのよ。ああ、それとね、今まで見えなかったものが徐々に見えて来るようになるわ。そうね、一般的には幽霊とか妖怪なんて言われてるようなものかしら。」

 道明の頭の中はすでに情報流入過多になっていて、言葉を発することすら忘れていた。

「ぬりかべとか砂かけババアとか・・?」

 無意識に言葉がこぼれ落ちたが、母は楽しそうに笑っている。

「ちょっと違うのよね。ある程度特定の形はあるけど、特に名前なんて付けていないの。基本、害のない子たちだし、我が家の敷地内にも住み着いているから、話しかけられたら挨拶くらいはしてあげてね。」

 そう言ってキッチンへ行くが、道明の頭の中は完全に混乱していた。



 そして学校に行くと、遊馬に話しかけられる。

「聞いてくれよ!!信じられないかもしれないんだけどさ、手に眼があるの!親に言ったらすげー喜ばれたんだけど!ウチ誰も見える奴いないんだよ!んで、道明の家もそういう家って聞いてさ!」

 早口で捲し立てられ、道明は笑いながら右の掌を見せた。

「おおおお!同士がいたーーーー!」

 遊馬も右掌に眼があった。何となく自分のとは雰囲気が違う気がする、と感じる。そしてそこに近づいてきたのが茜と七海だ。

「‥私たちもそうなんだよね。」

 茜は左掌に、七海は両手掌に、それぞれ眼があった。しかしぱっちり開いている三人とは違い、七海の眼だけは両眼ともに瞼を閉じたままである。

「‥原因は分からないんだけどね、私のはねぼすけみたい。」

 七海が少し寂しげなのが気になったが、それでも同じ仲間がいると知って全員が安心したように笑ったのだった。


 その後、自分たち一族のことを聞かされ、開眼に纏わる行事なども一通り行った。七海だけは少し前に開眼していたらしいが、両眼ともに閉じていたことから、様子を見ようと行事関連も行ってなかったらしい。

「七海も妖や影は見えるんだなー」

 道明が尋ねると、七海はこくりと頷いた。

「でもこうしてみんなと一緒に行事に参加出来て、それだけは良かったかも。」

 やはり眼が閉じていることが気になっているんだなと感じたが、仲間がいることが心強いらしい。そこから4人で過ごすことが増えた。

 これまで仲の良かった友達と疎遠になったわけではない。ただ違う世界が開けてしまったために、これまで通りの付き合いをすることが難しくなったように思う。


(俺は不器用なんだろうな。)

 自分と違い、遊馬は何も変わっていないように見える。もちろん自分たちと一緒に行動することは増えた。しかし、今までの友人たちとも同じように付き合いも続けているのだ。少し羨ましく感じることもあるが、道明は自分に出来ることを無理なくやっていこうと考えたのだった。











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