波の行方は ささやかなお祝いと作戦会議
道明ががっしりと遊馬の腕を掴んでやって来た。
「鷹兄!遊馬連れてきた!」
どれほど遊馬がすばしっこくても、一度掴まれてしまえば、空手黒帯の道明を振り切ることは出来なかったらしい。
「あーもう!離せってーー!」
遊馬がもがくが、道明は手を緩めない。
「やあ、遊馬。限定のケーキがあるんだ。立夏さんのところのさ、限定メロンケーキ。せっかくだから呼んだんだけど、遊馬は忙しそうだな?」
途端に遊馬がピタリと止まる。
「ミチ、離してあげな?たぶん遊馬は忙しいみたいだし、二人で食うか?」
道明が笑顔で腕の拘束を解き、縁側から上がり込む。
「マジか!あれいつ出るか分からないんだよね!俺メロン大好きでさ!このメロンクリームが絶品で、買いそびれて何度悔しい想いをしたことか!」
こうなると遊馬はその誘惑を振り切れない。
「いやあのさ!今、七海が大変なんだろ!?ケーキとか食ってる場合じゃなくね!?」
そんなことを言ってはいるが、鷹也が冷蔵庫から出したケーキに目は釘付けだ。鷹也がケーキを左右に動かすと、遊馬の視線も吸い付けられたように同調する。
「あははは!素直だねえ、遊馬。七海のことを気にかけてくれてありがとな!作戦会議も兼ねて、ちょうど君たちを呼ぼうとしてたんだ。もうすぐ茜ちゃんも来るから、少しだけ待ってな?」
その言葉を聞いて、遊馬は途端に笑顔になった。
「そっかー!七海んとこ行くことしか考えてなかったなー!」
「あははは。そういうフットワークの軽さが遊馬のいい所だよな。まあでも、ちょっと今回は深刻でねえ、折角の遊馬の行動が裏目に出るかもしれなくてさ。だから作戦会議をしたかったんだ。」
遊馬はそうだったのか!と目を輝かせ、ご機嫌にペットボトルのコーラを飲んでいる。
道明は鷹也の手腕に舌を巻いた。どこまで予測していたのかは分からないが、遊馬の暴走については既に想定していたのだろう。
こうと決めたら猪突猛進癖のある遊馬には、こういう小道具が面白いほどにハマる。そして少しだけ落ち着けば、素直さが前に出て驚くほどに聞き分けが良くなるのだ。
「おじゃましまーす!」
茜が来て、早速上がり込む。冷たいレモンティーを鷹也から手渡され、礼を言って口にした。
鷹也がそれぞれにケーキを渡し、自らも冷蔵庫からボトルを取り出した。
「あ、そうそう。まずは道明と遊馬!選考突破おめでとう!」
道明と遊馬が顔を見合わせ、顔を綻ばせた。
「君等の神楽は俺も見ていたよ。いやね、あの機転は称賛する。選ばれたのは当然だ、誇って良い。」
その後に茜に視線をうつす。
「茜ちゃんも、もう少しだったね。‥場の違和感は分かっていたようだし、ただ、それを解決するには至らなかったかもしれない。けれど、解決出来た道明と遊馬が凄いんだ。気に病む必要はないよ。」
茜も笑顔になって頷いた。
「というわけで、ささやかな二人のお祝いと、お疲れ様だ。乾杯するぞ!」
全員がペットボトルやコップを持ち上げ、鷹也の「かんぱーい」の一言に続く。
「うっわーーーこのケーキ、やば!!」
遊馬が早速一口食べて声を上げた。さっぱりした甘さ控えめの生クリームと、メロン果汁たっぷりのメロンクリーム、それにふわふわのスポンジが織りなす味に感動している。
「だろだろ!?これ本当に好きなんだよ俺!」
道明までもがケーキに夢中であり、茜も少し照れ笑いを浮かべながらケーキを口に運ぶ。七海が休んだことで何となく話しにくかった神楽選考のときの会話も、自然に出てくる。
(そりゃ、本当はこうやって盛り上がりたかったよなあ‥)
ここに七海が参加出来ないのは残念なことだが、仕方がない。こればかりは本人の問題でもあるし、完璧主義な七海にとっては、選ばれなかった事実こそが全てなのだ。
「ねね、鷹兄はさ‥その‥どの段階で誰が選ばれて、誰が選ばれなかったのか、分かってた?」
突然茜に質問されたが、鷹也は笑顔だ。
「さあねえ。俺は選考する側の人間ではないし。そこまでは分からないよ。」
澄ましてそう告げるが、茜と道明は、おそらく分かっているのだろうと推測していた。遊馬が悪気無く、地雷を踏み抜く恐れがあるからとぼけているにちがいない。
「鷹兄でも分からないのかー!絶対分かってそうなのに!」
遊馬はそう言って無邪気に笑っている。地雷原を裸足で走り回り、自分は被弾すること無く他人を巻き込むような奴である。そして悪気が全く無いのだ。
「あはは。そりゃ、俺だって選考に出たら落とされるかもしれないしね。」
そう言って笑っているが、道明と茜はそれも疑っている。
「そっかー!鷹兄が落とされたら俺ももっと自慢出来たのに!あははは!」
「あはは!」
遊馬と鷹也が笑い合っているのを、道明と茜は微笑ましく眺めていた。そして一頻り神楽の時の会話に花を咲かせた後、道明が居住まいを正す。
「鷹兄、七海の様子はどうなんだ?‥相当ショック受けてる、よな?」
道明がこう切り出すと、茜も神妙な顔になる。
「でもさー何でそこまでショックなわけ?だって、ダメだったらまた次頑張ればいいじゃん?」
遊馬の考えは単純だ。だからこそ、七海の心情は理解出来ない。茜と道明も困ったように遊馬を見、そして鷹也を見る。
「そうだね、遊馬。たぶん君はそうするし、そこに迷いはない。それこそが君の強さだと俺は思う。でもな、七海はそうじゃない。自分が正しいと思って積み上げて来たもの、それが全て間違いだったと指摘された。そんな状態だ。」
遊馬は必死に頭を捻っているが、どうにも理解出来ないらしい。
「うーん‥ええとさ‥あ、そうだ!前にさ、“その言葉遣い、間違ってる”って先生に怒られてたよな?」
道明が思い出したように尋ねる。
「あ、うん。それまで当たり前に使ってて、誰にも言われなかったんだよなー」
遊馬が思い出しながら頷くと、道明は再び口を開いた。
「その後でさ、遊馬言ってたよな?“じゃあどうしたらいいんだ?”って。」
今度は遊馬にもピンときたらしい。
「あーまた怒られるのかと思うと、その先生に話しかけにくくなったな。…ってそういうことか!?」
道明が「そう!」と同意したために、ようやく遊馬も腑に落ちたようだ。
「あのとき道明に、“怒られても話しかけて、質問すりゃいいじゃん”って言われてムカついたんだよなー!他人事だと思ってーって!」
遊馬がそう言い、そして一瞬固まった。
「そういうことかー!そりゃ俺が行って話してもダメだー!」
道明がようやく分かってくれた、と胸を撫で下ろす。茜も笑顔で頷いた。
「ミチ、ありがとね。…まあそういう訳なんで、しばらく様子を見ててくれないか?俺がフォローはするからさ。心配かけてすまない。」
鷹也がそう言って頭を下げると、三人は「分かった!」と言い、笑顔で帰って行った。鷹也は玄関先まで見送った後、再び離れに戻る。
「さて、この後どうするかな…」
鷹也は止むことのない頭痛に縁側へ寝転がり、この先のことに思考を巡らせるのだった。




