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掌の眼  作者: 瑠璃雀
夏休みの始まり
30/33

2-9 一学期終了と恐怖の通知表

 行事が盛りだくさんだった一学期があっという間に終わり、とうとう終業式である。

「やったー!明日から夏休みじゃん!!」

 遊馬は既に夏休み気分で浮かれているが、道明につつかれる。

「宿題山ほど出るぞ!‥あ、篁爺ちゃんの家でさ、宿題とか勉強しに行ってもいいかな?」

 道明の言葉に七海は頷いた。

「大丈夫だよ、毎年恒例になってるしね!一人だとついサボりたくなるけど、みんなが居たら捗りそうだし!」


 授業はあるが、ほぼ自習のような状態でプリントをやらされる。窓は開いているが、風が殆ど無くて腕にプリントが張り付くのが気持ち悪い。

「セミうるせえ‥」

 ジーーーーーという重低音が教室内にまで響き渡るのだ。

「んぎゃ」

 遊馬が思わず声を上げる。文字を消したら汗で弱くなったプリントが破れてしまったのだ。

「あっくん!はい、セロテープ」

 くすくす笑いながら茜がセロテープをくれたので、プリントを裏返してテープで止める。

「ありがと。‥しっかしあちーね!」

「ほんとにねえ‥」

 茜は手の下にハンカチを置き、プリントが張り付かないように工夫しているようだ。七海と道明は早々にプリントを終え、汗を拭いながら外を見ている。


 夏休みの宿題説明が始まると、各地で悲鳴が上がる。

「何言ってんだ~。受験なんだから、この程度はとっとと終わらせて受験勉強やるんだぞ~?

 その言葉に重苦しい空気が流れて大きなため息が漏れる。

「まあ後の学活で詳しい話はするが、今後は三者面談もあるからな?遊び過ぎるなよ!」

 先生からありがたい言葉をもらった後は大掃除だ。宿題と受験という大きな重しを課せられたが、それでも大掃除はお祭り騒ぎだ。


「こらー!男子!!遊んでないで掃除する!!」

 七海が良く通る声で騒がしい連中を一喝すると、「ひええっ」と声をあげて真面目に掃除を始める。しかし目を離すとすぐにまた騒ぎ出すのだ。

「もー!」

「ナナミン怒るなよー!いいじゃんちょっとぐらいー!」

「うっさい!!とっとと終わらせて遊ぶの!!」

 男子たちは「仕方ないなあ」とばかりに笑い、掃除に精を出したのだった。



 大掃除が終わると生徒たちはぞろぞろと体育館に移動して、終業式が始まる。お決まりの校長先生の話や、休み中の注意事項など、長々と話が続く。扇風機はついているが、こもった熱が排出されにくく、モワッとした暑さで汗が流れてくる。

「‥あっちー‥蒸し風呂だろこれ‥」

 遊馬がぼやいていると、周囲の数名も同調した。そんなさなか、先生が足早に生徒の元へ走ったので、どうやら具合の悪い子が出たらしい。

「‥熱中症になる前に終わらせろって‥」

 ぼやき声があちらこちらから出る頃に、ようやく終業式が終わった。


 教室に戻ると、学活が始まり二学期以降の予定が説明される。

「修学旅行もあるからな~!4人での班構成になるから二学期始まったらすぐに確定するぞ。」

 修学旅行の行き先は東京である。それも今から楽しみな行事であった。

「ってか、七海と遊馬は高校から東京だよな?」

 七海と遊馬は顔を見合わせ、頷いた。

「私は関西なんだよねえ。ミチくんは地元なんでしょ?」

 茜がそう尋ねると道明は頷く。

「ふふ。七海達が生活する舞台を、みんなで見物なんだね!」

 少し表情が固くなった七海に茜はそう言って笑いかけ、4人は夏休み中にグループ行動の場所を調べることにした。


「さて!お待ちかねの通知表だぞー!」

 先生がそれは嬉しそうに通知表の束を机にドサリと置いた。

「うわああああああ!」 

「いやあああああ!」 

「いらないいいいいい!」

 そんな声がこだまするのを、先生は楽しそうに眺めた後、出席番号順に名前を呼ぶ。五十音順であるため、遊馬が最初の方に呼ばれる。七海は最後の方だ。


「うーー!う?うーー!」

 良く分からない唸り声を上げ、最終的には、にぱっと笑っているのが遊馬だ。道明は表情を変えること無く「まあこんなもんか」といった様子。茜は眉間にシワをよせつつ、それでも心なしかホッとしたような表情を浮かべている。七海もまた「まあそうだよね」といった表情だった。

 先生から二言三言注意があり、ようやく解散となる。


「ねね、通知表どうだった?」

 茜が緊張した面持ちで声をかけると、遊馬が自分の通知表を公開する。

「ちょ!本当にお前は!」

 道明は笑いながら小突くが、興味津々に覗き込んだ。

「理科と体育、技家、美術、音楽も5かよ。すげーな。あと3!」

 遊馬はちょっと得意げだ。

「数学ヤバかったはずなんだよ!さくら先生と鷹兄に感謝だな!」

「本当にそれ!私も数学3だったの!!」

 茜も嬉しそうに公開する。

「技家と音楽が5か。なんで美術が2なんだよ!国語と英語が4で、あとは3か!」

 道明のツッコミに茜は笑ってしまう。

「絵の才能がなさすぎて、ヤバいよ?花瓶と花書いたらさ、キリンですか?って!!酷くない!?」

 遊馬が吹き出し、道明が腹を抱えて笑う。七海は俯いていたが、肩が震えている。確かに茜の絵は、前衛芸術といってもいい作品だった。


「お前も見せろー!」

 遊馬が小突くため、しかたなく通知表を公開する。

「おーすげー!ほぼ4と5じゃん!美術も音楽も5かー!てかなんで体育3なんだよ!」

「俺、球技苦手なんだよ!知ってるだろ!?」

 一学期の体育はバスケだった。確かに道明は苦労していた。

「七海は体育5だろ?」

 道明に聞かれ、七海も公開する。

「すげーーー!技家と美術が4で、それ以外5!?やっぱすっげーー!!」

 遊馬が盛大に驚き、道明と茜も「すごい!!」を連発してくれたので、照れてしまう。

「いやあの、ほら、さくらちゃんと鷹兄が教えてくれたし。‥うん。」

 顔が真っ赤になり、しどろもどろになってしまう。

「ナナかわいいーーー!!」

 茜が腕にしがみついてきて笑顔を向けてくる。

「うっさいよー?」

 そうは言っても照れて困った表情を浮かべる七海は、妙にかわいいのだ。



「うあー1か月休みだーー!」

 やはり遊馬のテンションは高い。いや、遊馬が飛び抜けて高いだけで、全員のテンションが上がっている。

「は~‥あ!8月に合同誕生日やらないと!道明と、遊馬と、茜と、さくらちゃん!」

 七海がそう声を上げると、三人は嬉しそうに笑った。

「夏だし、BBQと花火とかでもいいね!流水と企画するから、楽しみにして!」

 はつらつとした笑顔の七海を見るのは久しぶりで、三人も嬉しそうに笑顔になる。



「ただいま!」

 七海が元気良く帰宅したきたので、霧江もつられて笑顔になる。

「おかえりなさい。‥ふふ。通知表が良かったのかしら?」

 カバンから早速通知表を出し、霧江に手渡す。

「すごいじゃない!さすが七海!」

 霧江に褒められ、つい口元が緩んでしまう。

「えへへ。中間テストと期末テスト、さくらちゃんと鷹兄が入れ替わりで勉強会の先生してくれたし‥」

 一生懸命弁明するので霧江はにっこり笑い、七海の肩に手を置いた。

「テストの結果だけでは、こうはいかないわよね?あなたが真面目に授業を聞いて、ノートを取ったり、提出物をきちんと出したり、そうやって積み上げてきた結果でしょう?‥素直に喜んでいいのよ?」

 瞬間、七海は嬉しそうに笑って頷いた。

「本当に、頑張ったわね。お疲れ様!」

 霧江にそう労われ、七海は本当に嬉しそうに笑った。


「たっだいまー!」

 流水が元気よく帰宅してきて、リビングにぴょこんと顔を出した。

「おかえり!」 

「おかえりなさい!」

 霧江が手にしている通知表を見て、流水は目を輝かせる。

「おねーちゃんの!?わーみたいみたいー!!」

 ぴょんぴょんと跳ぶようにやってきて、通知表をのぞき込む。

「きゃーー!!すごーーーい!おねーちゃん天才!!」

 派手に喜ぶ流水に、七海は照れたように笑った。

「もー!大げさ!!」

 そうは言うものの嬉しさを隠しきれずに笑ってしまう。


「じゃー次はわたしでーーす!」

 流水が公開した通知表は、3がキレイに並んでいる。技家と美術、音楽が5だ。

「へっへーん!普通代表だー!」

 腰に手を当ててドヤる流水に、霧江も七海も笑ってしまう。

「「普通代表って!」」 

 霧江と七海が思わずハモってしまい、それがおかしくて笑う。

「あははは!‥今日のお昼はね、レストランでお疲れ様会よ!」

「「やったー!!」」



 三人は車に乗り込み、レストランへと向かった。

「蒼介さんと姉さんからね、終業式終わったら連れて行ってあげてと言われたのよ?」

 チーズが好きな二人のためにチョイスしたのは、チーズ専門のお店だ。

「「チーズフォンデュ!!」」

 二人は目を輝かせてメニューを隅々まで確認する。

「‥きりえ、さん?‥こ、これは!?」

 肉や野菜の上にチーズがとろーりしている写真に、流水が固定されている。

「ああ、ラクレットチーズね。頼みましょうか。」

 七海と流水はこくこく頷き、悩みながらも色々と注文した。


「あああ‥あのチーズ、そのまま口に流し込みたい!!」

 七海がぼそりと呟くと流水がこくこくと高速で頷く。

「絶対火傷するかもだけど!!後悔しないと思うの!!」

 霧江はそんな二人を見て笑っていた。


 チーズフォンデュで歓声を上げ、野菜やパンをチーズにつけては本当に美味しそうに食べる。スマホでの撮影も抜かりはない。

 ラクレットチーズが来た時にはきゃあきゃあはしゃぎ、動画を撮ってははしゃぎ、食べてもはしゃいだ。

「やばいー!」 

「やばいーー!」

 既に二人の語彙は「ヤバい」だけになっており、それを見ては霧江も笑う。ピザやチーズたっぷりパスタまで食べ、デザートまで平らげた。恐るべきは育ち盛りの胃袋だわ、と霧江は戦慄する。胃もたれを起こしそうだと考え、霧江は和風パスタをチョイスしたほどだ。


「夕飯の買い物に付き合ってもらえる?」

 帰りにはスーパーにより、店内を回る。流水と七海がカートにカゴをセットしてくれ、三人で店内を回った。

「夜は何がいいかなー!」 

「ちょっとさっぱり系がいいかも!」

 流水と七海の会話を聞いて、霧江は大いに同意した。

「あ!サラダうどんがいい!」 

「いいねえ!しゃぶしゃぶのせて!」 

「いいわね!大根おろしも!」

 三人は早速野菜コーナーを見て回り、霧江の指示に従って野菜をカゴに入れてゆく。しゃぶしゃぶ用の肉やポン酢を買い、デザートにぶどうも買った。うどんにはこだわりがあるらしく、霧江が指定したうどんもカゴに入れる。

 レジを通った後もわいわい袋詰めをして、流水と七海が袋を持った。

「さ、家に帰ったら少しのんびりしましょうか。」

 そうしてささやかなお疲れ様会は終わった。


 一方、土門家では

「おかえり道明。‥どうだった?」

 父の孝之介に聞かれて通知表を渡す。

「ははは!よく頑張ったなあ。」

 普段から予習もきちんとしていることを、孝之介もよく知っている。

「もうちょっと5を増やしたかったけどね。」

「そうか、お前がそう言うなら頑張れよ。‥高校は地元の工業だろう?」

 道明は笑顔で頷く。

「爺ちゃんが設計やってるからさ、俺もそっちに行こうと思ってるし、兄ちゃんは父さんの後を継ぐつもりらしいじゃん?」

「ははは!兄弟で建築と不動産か。お前がそれでいいならな。恭平も道明も好きな道に進めばいいさ。」

 孝之介はそうは言うものの、息子たちが後を継いでくれることが嬉しいらしい。

「まあ、実は俺、文系向きっぽいんだけどな。でも設計はやってみたいし!火乃宮さんとこで、バイトしようかなと思ってる。やっぱさ、建てるほうも知っておきたいし!」

 息子の言葉を聞いて嬉しそうに目を細める。

「そうか、爺さんも喜ぶと思うぞ!」

 父子は笑い合い、今後の進路の話に花を咲かせた。



「ただいま!」

 茜が帰宅すると、立夏が出迎えてくれる。店はアルバイトの子が対応してくれているらしい。

「おかえりー!明日から夏休みになるのね!」

「うん!お昼ご飯は私が作るよー!」

 茜は言いながら通知表を渡した。

「おおー!数学絶望的って言ってたのに3じゃない!頑張ったわねー!技家は5!さすが私の娘!」

 茜は嬉しそうに、鷹也とさくらが丁寧に勉強を教えてくれたことを話す。

「えへへ!大阪の高校、成績的には問題ないのかな?」

 立夏は笑顔で頷いた。

「あら、鷹也くんとさくらちゃんには改めてお礼をしないとね。」

 そう呟いた後、更に言葉を続ける。

「一族経営の高校だし、心配しなくていいのよ!その後の進路は前に話していた通り?」

「うん!製菓学校でちゃんと勉強するの!やっぱりお母さんと一緒にケーキ作りたい!」

 母子は笑い合い、茜は奥の和室へと進んだ。仏壇の前の小テーブルに通知表を置き、線香に火を灯す。

「お父さん、無事に一学期が終わったよ!夏休みはお店のお手伝いもするつもり。見守っててね!」

 遺影の父は穏やかに笑っている。子供の頃のお誕生日は、いつも父の手作りケーキだった。母とはまた違う、やさしい味だったことを覚えている。

「私もがんばるぞー!」

  茜は改めて決意し、気合を入れたのだった。



 遊馬が帰宅するのと、兄の司が帰宅したのはほぼ同時だった。

「「おかえりい!!」」

「にーちゃん達、遅いよー!腹減ったーー!」

 弟の涼が待ちくたびれた様子で口を尖らせる。

「あっはっは!腹減ったよなー!すぐ作るから待ってろよ!」

 司が冷蔵庫から米を取り出し、野菜を手早く刻み始めたので遊馬も手伝おうとキッチンに入る。

「チャーハン?オムライス?」

「あ、決めてねえや。涼!チャーハンとオムライスどっちがいいー?」

「おいしいほうーーー!!」

 遊馬と司は大笑いしながらとりあえず野菜を刻んだ。大きな中華鍋に具材を放り込み、手早く炒めて味付けし、三つの皿にどんと盛る。スクランブルエッグも作って米の上にのせ、居間へと運んだ。

「うまそーーーー!!」

 小6の弟はご機嫌でスプーンを手にする。

「「「いただきまーす」」」

 司はかなり器用で料理も上手い。遊馬も出来ないわけではないが、兄には敵わなかった。

「「うめええええ!!」」

 遊馬と涼が掻っ込むのを見て、司も負けじと食べ始める。そして食事が終わると、涼と遊馬が洗い物係だ。両親不在の際にはこうして三人で役割分担するのが常だ。


 そして夕方、両親が帰宅すると三人は通知表を渡す。

「まずは司!この調子で頑張れ。遊馬は今回数学頑張ったなー!涼は‥あれ?国語苦手か?」

 三人いっぺんに通知表を見て、三人それぞれ一言ずつ話すのが通例になっている。

「ういーす。とりあえず、公務員試験が第一目標かなー!」

 司はそう言って笑った。要領も良く、学校の成績も全般的に良いのだ。

「へへー!鷹兄とさくらさんのおかげかな!」

 遊馬の話に聞き返そうとしたが、先に涼の話を聞く。

「国語ってさーなんか好きになれないんだよー‥いいじゃん、伝わればー」

 両親は笑い出し、司も弟の頭を撫でまわす。

「まあ、読書をして漢字だけはしっかり覚えとけ?」

 父の駿はそう言い、母の沙織も頷いた。成績に対してはさほど細かく言わないのが五十嵐家でもある。


「で?鷹兄とさくらさんのおかげってどういうことだ?‥水澤んとこの息子と、月影さん所のさくらさんだよな?」

 試験前に篁邸で勉強会をしていることは聞いていた駿だが、改めて尋ねる。遊馬は頷いた後に説明をした。

「そう。さくらさんも自分の勉強があるからって、同じ部屋で勉強しててさ。分からないこと聞きにいったら、すっげー分かりやすくて!あれがなかったら数学ヤバかった!あと英語も!」

 駿と沙織が顔を見合わせて笑い、司が遊馬をつつく。

「鷹也先輩に教わってたのか?」

「メインはさくらさんだったよ?」

 


「もうそろそろ来るかしらね。今晩はお寿司の出前とったわよ!みんなお疲れ様!」

 全員が歓声をあげたのは言うまでもない。


 こうして各家庭で通知表公開があり、夏休みが幕を開けた。





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