波紋 同級生たち
七海が学校を休んだその日、茜と道明、遊馬の三人は教室の隅でため息をついていた。
「なんで俺が選ばれた?‥絶対落ちたと思ってたのに。なんで七海がダメなんだ?」
遊馬が不思議そうに口を開く。なぜ選ばれたのか本当に分からないといった様子で首を傾げている。道明と茜が顔を見合わせ、茜が頷いた。
「わたしはあっくん、通ると思ってたよー!」
茜が明るく言う。
「なんでだよ!?」
やはり納得のいかない遊馬は、二人に食って掛かる。別に怒っているわけではなく、理由がさっぱり分からないのが気持ち悪いらしい。
「遊馬はさ、なんで転びそうな二人を助けた?」
道明が静かに尋ねる。遊馬は首を傾げ、しばらく考えた後に口を開いた。
「だって、あそこで転んだりしたら恥ずかしいじゃん?俺もあぶなかったけど!どうせダメだとしても、いい雰囲気で終わらせたかったしさー!」
「それだよ!」
道明の言葉に、遊馬は「どれ?」と辺りを見回す。茜はそのしぐさに笑い出してしまった。
「あはは!だってさ、浄化や祓いって、一人だけでやることもあるけど、みんなでやることもあるじゃない?その“場”の空気が大切って教わったよ?」
そう茜が言うと、道明も頷いた。
「息合いって言うだろ?団体戦とかでさ。まあ弓道よりも神楽のほうが型には寛容らしいしね。だって必要なのは型じゃなくて、調和なわけだから。で、遊馬は思い付きで見事に場の空気を変えてみせた。」
再び難しい顔をして考え込んでいた遊馬だったが、何ごとかぶつくさ呟いた後にようやく顔を上げた。きっと脳内会議が完了したのだろう。
「まじかー!俺ってすげー!」
笑いながら自画自賛する遊馬に、茜も笑顔で拍手する。
「ミチくんもそうだよね、きちんと“場”を整えてた。私は整えることも出来なかったし、型は間違えるし、その後ぐだぐだになっちゃったから落ちて当たり前なんだ。次は頑張るつもり!」
茜も明るく言い、二人に声援を送る。
「んじゃさ、ノーミスの七海が落ちたのはなんで?」
とうとう遊馬が核心に迫る。道明と茜が顔を見合わせた。
「‥一人だったんだ。周りを一切気にすることなく、型だけを完璧になぞった。」
道明の言葉に茜も同意する。それを聞いた遊馬が、しばらく何やら考えている様子だ。なかなか言葉に出来ず、たまに顔をしかめるのも面白い。
「あー‥そうだ、俺演奏してて、七海が突っ走ってんの、気づいてたわ‥弓んときと一緒だなーって。」
遊馬は神楽よりも同じ部活である弓道の方がしっくりきたらしい。
「そうなのか?」
これには道明が反応し、茜も遊馬を見た。
「うん。俺は団体戦も好きなんだよね。みんなのリズムを感じながら、そこにどうやって入ってやろうかな、とか悪い流れが来てたらどう切ろうかなとか。良い流れだったら次に繋げようとか。だから順番もどこでもよくてね。どこでも面白いって思うから。」
遊馬の言葉に道明も茜も納得したように頷いた。遊馬らしいなと思ったのだ。
「でもさ、七海は団体戦が嫌いらしい。自分が失敗して足を引っ張りたくないって言うけど、たぶん自分のペースで出来ないのが辛いんじゃないかって、俺はそう思った。」
道明と茜は顔を見合わせる。遊馬の感覚については二人とも絶大な信頼を置いている。
「‥ナナは自分が選ばれることを確信していたんだよね。お爺様が篁さんだし。選ばれないと恥!くらい思っているかもしれない。」
茜が心配そうに呟く。
「え?何でそこでじーちゃんが出てくんの?関係なくね?」
意味が分からないという様子でツッコミを入れたのは遊馬だ。
「うん、そうなんだ。そうなんだけど、七海にとってはそうじゃないんだ。一族で一番偉い人の孫、みんなから注目もされている。だから選ばれなければならなかった。」
道明がそう説明しても遊馬は納得がいかないらしい。
「よそはよそ、うちはうちってやつじゃね?あ、じーちゃんだからよそじゃないのか。」
遊馬の言葉につい茜が吹き出してしまう。ただ遊馬の言わんとしていることは、何となく分かるのだ。
「ナナがねえ、それが出来たら楽なんだろうけど‥」
茜がため息交じりに呟いた。
「ってか、七海が休んでるのって選ばれなかったせい?」
遊馬の言葉に道明と茜が頷いた。
「たぶんだけど‥ナナからしたら、ミチくんとあっくんが選ばれた意味が分からない。それと自分がなぜ選ばれなかったのかも。」
静かに茜が言うと、遊馬はなーんだ、と笑った。
「じゃあさ、帰りに七海ん家にケーキ買って行こうぜ!理由が分かれば元気になるだろ!?」
「だーーー!そんな単純な話じゃないんだ!お前はそれでいいけど、七海にそれはダメ!」
道明が慌てて止める。素直で単純明快な遊馬と違い、その理由がそもそも受け入れられない可能性も高い。自分たちに会うことが出来ないがために学校を休んだ可能性すらあると、道明も茜も七海の状況をほぼ正確に把握している。
始業のベルが鳴り、三人は席についた。
「茜っち~ナナは今日どしたの?風邪?」
休み時間にクラスメートの女子が話しかけてくる。
「かなあ?何か体調悪いみたい。」
茜がそう答えると、クラスメートは心配そうに「そっかー」と呟く。
「ナナが休むのも珍しいもんねえ。長引かないといいな、やっぱナナいてくれないと男子共が言うこと聞かないし。」
「あははは!確かに!」
悪ふざけの過ぎる男子共は、美人で気が強い七海には弱いらしい。
「うっせーなー!」
一人の男子が二人の間に来て悪態をつく。
「まーでもいねえと調子狂うっつかさー!早く元気になれよって言っとけよ!?」
それだけ言い捨てて再び去って行った。
「ツンデレ?」
「ツンデレだね!」
二人はそう言って笑いあった。
昼休み、茜は教室の窓から空を見上げて七海のことを考えていた。今日は朝から快晴で風も気持ち良い。
(七海‥大丈夫、かな?明日明後日は学校休みだし‥その後から出て来てくれたらいいな。)
茜は教室の窓から見える青空を撮った。突き抜けるような蒼天は、それだけで心が晴れやかになる。空を見て風を身体に受けながら、茜は七海にメッセージを送った。
今撮った青空の写真にメッセージを添えて。
【私もダメだったー!でも空がきれい!】
七海もこの青空を見て、少しでも癒やされてくれたらいいなと茜はそう思った。
七海は相変わらず部屋のベッドの上で座ったまま、時折トイレに行っては吐く、を繰り返していた。何も口にしていないため、吐くものなどないのだが。
トイレから戻ったその時、スマートフォンのメッセージランプが目に入った。すぐに手に取ることは出来ず、しばらくホーム画面を見つめ続ける。
(茜、かな。)
優しい親友のことを思い浮かべ、少しだけ心が軽くなる。そして意を決し、スマートフォンを手に取った。そこには教室からだろうと思われる空の写真にメッセージが添えられていた。しかし今の七海に茜の気持ちなど分かろうはずはない。
(空‥?そんなの見たって、どうにもならないじゃん!)
少し苛立ちながら返信文をタップし、そのまま送信ボタンを押す。押したその瞬間、苦い想いが走ったが七海はそれを無視し、スマートフォンをぽいっと投げたのだった。
午後の授業中に、茜のスマートフォンが震えた。さすがに授業中は確認出来ず、授業が終わった瞬間にメッセージを確認する。七海からだと分かり、ドキドキしながらメッセージを開く。
【わたしは間違えなかったのに】
茜はメッセージを読み、目を閉じた。七海にとって「正しさ」こそが拠り所だったのだと、改めて痛感する。それを否定された七海が今どんな状況なのか、考えると心が痛んだ。
「ナナ…」
頬をつうっと涙が伝い、しかし自分が何をしてあげられるのかと思い悩む。茜は涙を拭い、再びメッセージアプリを開いた。七海はもうスマートフォンを手にはしないだろう、このメッセージを送った後で自己嫌悪に陥ってしまっているかもしれない。一人の名前をタップし、メッセージ画面を開く。
【鷹兄、わたしはナナに何をしてあげられる?】
色々と考えあぐねた結果、それだけを七海の兄である鷹也に送った。今、一番近くて、誰よりも七海や流水のことを考えてくれている人だ。きっと自分の心配も受け止めてくれる。
茜は送信したことで、少しだけ気持ちが落ち着いた。




