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掌の眼  作者: 瑠璃雀
夏休みの始まり
28/31

2-7 流水のドキドキ林間学校 1

 出発の日の朝、流水は淡い青のジーンズに七分袖シャツ、パーカー姿で家を出た。

「気を付けてね!」 「いってらっしゃーい」

 姉と霧江に見送られ、リュックを背負って学校まで歩く。

「おっはよー!」

 そう声をかけてくれたのは、近所のクラスメイトだ。

「おはよ!なんかワクワクするねえ。」

 そんな会話をしながら歩いていると、私服姿の同級生たちが次々と合流してくる。

「私服で学校って、変な感じ!」

 皆が同じように思っていたらしく、笑い声をあげた。


 学校に着くとまずは体育館に集合して整列する。いつもより少し早い登校であるため、欠伸をしている生徒も目立った。

「出席確認するぞー!」

 担任が声をかけ、一人ひとり名前を呼んでいく。荷物確認があり、先生から注意事項を聞いているうちに、眠たくなってきた。昨夜は楽しみ過ぎて眠れず、少々寝不足なのだ。

「で、水澤?きいてるかー?」

 突然先生に声をかけられ、驚いて目をぱちくりさせる。

「おねむでしたー!昨夜楽しみ過ぎて!」

 えへへと笑う流水に、先生もクラスメイト達も笑い出す。

「ちゃんと話は聞けよ!」

「はーい!」

 そんなやりとりがあった後にバスがやってきて乗り込む。席順表を見ながら自分の席に座り、隣の子と冊子のしおりを見てはお喋りをした。


 バスの中では定番のクイズ大会や、合唱大会が繰り広げられる。担任までもがノリノリで歌い出し、バスの中は大いに盛り上がった。

 そして国内でも有数の湖に到着し、それぞれ荷物を持ってバスを降りる。湖畔で弁当を食べるためだ。

「うわあ!‥めっちゃキレイ!!」

 流水は以前にも家族で来たことはあったが、クラスメイト達とくるとなるとまた感慨深い。

「超キレイ!!」 「マジ青!!」 「ちょー青!!」

 きゃいきゃいはしゃぎながら写真を撮ってもらう。そして適当な場所を見つけて座り、さっそく弁当を広げた。

「流水のお弁当、ほんっとにいつ見ても美味しそうなんですけど!?」

 おにぎりに唐揚げ、つくねに卵焼きにブロッコリーとミニトマト、ニンジンのグラッセと色どりも豊かだ。嵩張らないようにと、紙パックにみっちり詰められている。

「え?ほんっとにいつも美味しいよ?霧江さん、お手製だもん!わたしもちょびっとお手伝い!」

 ふふっと笑いながら流水は言い、おにぎりを頬張った。鮭と昆布のおにぎりは流水の大好物だ。つくねも霧江のお手製で、甘辛い照り焼きのタレで味付けされている。

「家のお母さん、料理苦手でねえ‥」

 少しばかり焦げたハンバーグを複雑な顔で咀嚼している様子が、少し物悲しい。

「家は自家製パンにハマってて‥たまにはお米食べたい‥」

 全粒粉なのか、少し茶色っぽい大きなパンをスライスしたものに、様々な具材の入ったサンドイッチをぱくついている子もいる。


 昼食後、周囲を少し散策する。湖の周囲にも湖面にも、妖たちがたくさんいて、ちょこんと座って湖面を見ている者や、水面にぷかぷか浮かんで漂っている者など、気ままに過ごしているようだ。時折、流水と目が合って手を振って来る者もいる。

(昔、ここに来た時には分からなかったけど‥こんなにたくさん、いるんだ。)

 湖のほとりに立っている影も、なんだか穏やかだ。生前、ここにどんな思い出があったのだろうか。昔を懐かしんでいるような雰囲気も見て取れる。

(ああいう影さんと、もっとお話し、してみたいな‥)

 さまざまな人生経験を聞けそうで、面白そうだなと流水は思った。

「流水!行こう!」

 振り返るとクラスメイトが笑顔で自分を呼んでいる。

「うん!」

(みんなと同じ景色は見られないけど、でもそれを楽しもう!)

 

「うー‥携帯ないって辛い!」

 再びバスに乗り込んだ後、そんな声が上がっていた。林間学校ではスマートフォン禁止であるため、ソシャゲ勢が既に音を上げ始めている。

(そっか~‥習慣になってると、辛いんだなあ‥)

 流水もスマホは持っているが、ゲームは殆どやらないためその辛さは良く分からない。

「ていうか写真も撮れないしね!」

 写真は同行しているカメラマンが撮ってくれている。お弁当の時も湖畔での散歩のときも、何枚かスナップを撮ってくれていた。

「けど、スマホないのも何か新鮮。こんな機会ないしさ、楽しんじゃお?」

 流水がそう言って笑うと、周囲の子たちも「仕方ないなあ」といった様子で笑う。

「もー!流水は可愛いな~!マジ愛してる!」

 後ろの席の子が手を伸ばして頭を撫でてきたので、つい笑い声があがってしまう。


 ほどなくして宿泊施設に到着し、入所式なるものが始まった。二クラスの学級委員が施設職員に挨拶の言葉を述べたあと、全員が「よろしくお願いします」と、礼をする。

しおりを片手に施設職員の方から、施設内の案内やルール、避難経路の説明があった。そして先生たちから今後の予定についての説明も受ける。


 いったんバスに戻って各自荷物を持った後は、割り振られた部屋へと移動した。流水は八人部屋で、二段ベッドの上である。

「わ!二段ベッド初めて!!」

 ただそれだけのことでテンションが上がってしまう。さっそく梯子を上り、ベッドに座っただけで楽しくなった。

「わー!何かいい!あははは!」

 無邪気に笑う流水に、ルームメイト達も笑っている。クラス混成であるため、あまり話したことがない子もいた。このため軽く自己紹介をし合った。

「あれ?水澤さんて、弓道部にお姉さんいる?」

 隣のクラスだという子が話しかけてきたので頷いた。

「うん、お姉ちゃんは水澤七海。」

「えええ!水澤先輩、すっごい優しいんだよ!!袴姿超カッコいいし!いいなーあんな素敵な先輩がお姉さんとか!超羨ましい!!」

 そんなふうに言われ、流水はへらーっと笑いながらくねくねしてしまう。

「あー‥ええとね、深刻なシスコンだから!たぶん今日一日ご機嫌だよ、この子!」

 クラスメイトに笑われたが、流水は上機嫌だ。


 その後は部屋ごとの班に分かれ、ハイキングコースを歩いた。周囲に広がる自然を見ながら、野鳥の声に耳を傾け、その姿を探してきょろきょろと辺りを見回す。

 木々の葉が色濃い緑になり、深呼吸をすると木々の生命力ももらえるような、そんな気がする。

(自然が多いところだと、妖さんが多いんだな。影さんはたまにみかけるくらい。)

 こちらに気づいた妖が手を振ってくれたので、周りに気づかれないよう、こっそり手を振り返す。以前妖に聞いた話では、一族の人はひと目で分かるのだそうだ。

 ルームメイト達とお喋りしながら、妖や影たちへと、こっそり小さな挨拶を交わす。そんなふうにしてハイキングを満喫した。



 その後はルームメイトたちと飯盒炊爨だ。

「え!?マッチってどう使うの?」 「チャッカマンないの!?」 「新聞紙丸めないと!!」

 火起こし班が大騒ぎしながらおっかなびっくりマッチを擦っている。

「私たちはとりあえず野菜きろっか。」 「ってか、ピーラーないとか!何の罰ゲームよ!?」

 流水はジャガイモを手に取り、包丁で器用に皮を剥いていく。

「すご!!マジ手つきがプロい!」

「ありがとー!でもねえ、包丁切れないよ、これガタガタになるー」

 褒められたのは嬉しいが、びっくりするほど切れ味が悪い。

「にんじんも皮、むく?」

 一人が包丁とにんじんを手に聞いてきたので、流水はにこやかに頷いた。

「この包丁切れないからさ、こうやってまな板ににんじんのせて、背でこそげるとあぶなくないかも?」

「へえ~これなら怖くない!私が皮剥いたら、にんじんがゴボウになってたよ‥」

 玉ねぎ係は既に目を真っ赤にして泣いている。

「目があああ目があああ!」

「ムスカかっ!」

 笑い声が弾け、流水も一緒になって笑いながらひたすらジャガイモをむいた。お米担当は、既に米を洗い終えて吸水中である。


 施設職員の人にも手伝ってもらい、何とか火おこしが出来た頃、野菜も切り終えた。火おこし班も煙がしみたのか目を真っ赤にしている。

 鍋係の子が豚小間と玉ねぎを、じっくりと炒めている。火の当たり方を気にしているので、きっと普段から料理をする子なんだろうなと思う。

「‥やっぱり最初のこの炒め具合で美味しさ変わるよね?」

 そう流水が話しかけると、お鍋係の子はにこっと笑った。

「せっかくだから美味しく食べたいしね!」

 焦げ付かせることなく、いい具合に玉ねぎがしんなりしていた。豚小間から出た脂をしっかりと絡ませ、火が強すぎたら鍋を移動させている。


 そうしてしばらくすると、あちらこちらからカレーのいい香りと、焦げ臭い香りが辺りを漂い始めた。

「これ、うちの班のカレーヤバいかも!めっちゃ美味しそう!!」

 流水が言うと、他の子たちもどれどれ?と様子を見に来る。

「超、おなかすいたんですけど!!」 「コメはまだかあああああ!」

 飯盒係が施設の人に聞きながら、炊き加減を確認しているらしい。


「米炊きあがりました!!」

 その言葉に歓声があがり、食器を手に取った。それぞれご飯とカレーをよそい、席に着く。既に食べ始めている班もあるようなので、全員で「いただきます!」を合図に食べ始める。

「カレーうまああああ!!」 「ごはんやらかめだけどこれすきー!!」 「美味しい!!」

 日が伸びているため、まだ明るさの残るうちに外で食べるカレーは格別だ。

「「「絶対うちの班のカレーが一番だったよね!!」」」

 皆が大満足で食べ終え、そのまま片付けに向かう。水場に着くと、鍋にべったりとカレーの焦げた跡がついている班もあった。

「ちょっと苦みはあったけど!うまかったし!!」

 男子班が負け惜しみのように話しているのが面白い。施設の職員さんに聞きながら汚れを新聞で落として水洗いし、食器や調理器具を返却する。


 キャンプファイヤーは初めての経験だった。点火式で燃え上がる焚火を囲み、歌を歌ったりダンスをしたり。夜になって空気がひんやりしてきたため、炎が心地よい。

 普段話す機会のない子たちと話すのも新鮮で、思わぬところで話が合うこともあった。

(でも‥ここに私と同じ景色を見られる人はいないんだな‥)

 無邪気に友人たちと笑いながら、改めて寂しさを感じてしまうのだった。


 お風呂時間もしっかり決められており、のんびりくつろぐという訳にはいかなかったが、それでも温かい湯に浸かると人心地ついた。入浴中もキャーキャー大騒ぎしている子たちをよそに、流水はにこにこしながらのんびりしたのだった。



 その頃、霧江と二人の夕食を終え、七海はお茶を飲みながら軽くため息をついた。

「何か、流水がいないと‥静かだね。」

 霧江も自分のお茶を入れてダイニングテーブルに座る。

「そうねえ‥そんなに騒がしい子でもないのに。」

 七海はふふっと笑った。やっぱり流水がいないと、少しだけ家が暗い気がする。


「‥ねえ七海、あれから少し、落ち着いた?」

 いつになく真剣な霧江に、七海は少しだけ身じろぎする。言うか言うまいか逡巡しているようにも見えたので、霧江は静かに見守る。

「何かさ、みんなが鷹兄を“規格外”って言うじゃない?‥でも‥私は‥鷹兄みたいになりたい。」

 思い切ったように言い、慌てて目を逸らす。

「七海はどうして鷹也くんみたいになりたいの?」

 そう問われ、七海は顔を上げてまっすぐに霧江を見つめる。

「だって!お祖父ちゃんやお祖母ちゃんも!お父さんも、お母さんも、それに霧江さんだって!‥みんな鷹兄のこと、すっごい信頼してるんだもん!」

 ムキになったように言う七海に、霧江は穏やかな眼差しを向ける。

「そうね、それは否定しないわ。」

 あっさりと肯定されたのが少し悔しく思うのか、七海は手をぎゅっと握りしめた。

「それに!茜も、道明も、遊馬も、みんな鷹兄に相談するの!私もいるのに!!」

 これまで言いたくても言えなかったことを吐き出した、そんな印象を受けた。霧江は静かにお茶を飲んだ後、そっと七海の手に自分の手を重ねる。

「‥七海は、みんなから頼られたいのね。」

 霧江の言葉に、七海は「え?」と声を上げる。

「年齢的にもね、鷹也くんは親ほど離れていないし、でもちょっと大人に近い年齢。 特に道明くんや遊馬くんは、自分のお兄さんには話しにくいこともあるんじゃないかしら。 貴女も、流水ちゃんには話しにくいこと、さくらちゃんには話しやすいなんてこと、ない?」

 七海は黙ったまま、何ごとかを考えているように見える。


「‥ある‥けど‥」

「私だってね、七海を頼りにしていることもあるし、流水を頼りにしていることもあるわ。‥鷹也くんは鷹也くん。七海は七海よ。」

 霧江の言わんとしていることは分かる。けれど‥

「‥‥うん。」

 何をどう伝えたら良いか分からず、七海は頷いた。流水は自分を頼ってくれていると思う。あの子が自分を認めてくれているのが、それが嬉しい。

「きっと鷹兄は、神楽も凄く上手いんだよね‥?」

「‥ごめんなさい。私は見たことがないから、良く分からないわ。」

 実際に目にしたことはないので、本当に分からない。


「‥もう、寝ます。おやすみなさい!」

 七海はそう言ってコップを洗い、逃げるように部屋へと行ってしまった。

「これは‥困ったわね‥」

 ぼそりと呟き、帰省したときに蒼介や雅に相談しようと、霧江はそう思った。


「‥私は私‥でも、私は鷹兄みたいになりたいんだもん‥」

 不思議と流水に会いたくなった。流水に「おねーちゃん」とそう呼ばれたら、それだけで落ち着く気がする。ただ一晩いないだけなのに、無性に寂しくなったのだった。




 見回りの先生が来たら静かにしてやり過ごし、しばらく女子トークに盛り上がっていた流水だったが、トイレに行きたくなって布団から出た。

 廊下に灯りはついているが、人気のない廊下は想像以上に静かだ。確かこっちだったはず、と当たりをつけて適当に歩いていると窓際に影が佇んでいるのを見つけた。

「こんばんは」

 流水が挨拶すると、影は驚いたように振り返る。

『あら、こんばんは。‥もしかして、トイレかしら?』

「はい。確かこっちだったような?」

 影は穏やかに揺れ、すうっと移動する。

『こっちよ。』

 口調と佇まいが女性っぽいなと思う。

「林間学校で来たんです。‥明日には帰っちゃうんですけどね。」

『ふふ。ここは毎年林間学校の生徒さん、たくさん来るから。‥けれどこうして話をするのは久々だわ。』

 案内されて無事にトイレを発見し、影に礼をいってトイレで用を足す。手を洗って戻ると、影はまだそこにいた。

『帰り道、わかる?』

「あ‥」

 言われてみると、既にどっちから来たのか分からなくなっている。影は笑いながらゆらりと揺れ、再びすうっと移動した。

「ありがとう、ございます。」

『いいのよ。話しかけてもらえて嬉しかったし。‥貴女の波は柔らかくて心地がいいわ。』

 以前、別の影や妖にもそんなことを言われた。

「その波って、そんなに違うもの?」

『ええ。刺々しい人や、眩しい人、柔らかい人、妙に惹きつけられる人、色々ね。』

 影はそう言って元の位置まで戻ったあと、ゆらりと揺れて去って行った。

「ありがとう」

 流水はお礼を言って再び布団に入った。



(そういえば、前は怖くて深夜に独りでトイレなんて行けなかったなあ‥)

 妖さんや影さん、彼らの存在が分かってから、不思議と怖くなくなったように思う。何となく目が冴えてしまい、色々なことを考えてしまう。

(好きな人、か。)

 皆それぞれ、好きな人はいるらしい。中には付き合ってるよ!と言っている子もいた。

(同じ景色を見られない人と‥付き合えるの、かな?)

 ふとそう思い、両親のことを思い出した。

(あれ?パパは開眼していなくて、ママは開眼してる。‥お互い、辛いと思ったことはないのかな?)

 両親はこっちが照れてしまうくらいに仲が良い。

(パパの前だと、話に入れないパパに申し訳なくて、ちょっと話しにくいんだよね。でも、それはそれでパパが気にしちゃうのかな‥?)

 もし自分が開眼していなくて、両親と姉、霧江さんが妖や影のこと、神楽のことを話していたとしたら、きっと物凄い孤独を感じるだろうと思う。

(ママがたまに話をするのは、パパに気を遣わせないため、なのかな?)

 自分が思っている以上に、父は思い悩むことも多かったのかもしれない。開眼以来、父とどう接して良いか分からず、学校の友達の話や合気道の話しかしていないのだ。

(‥こういうときは鷹兄に聞いてみるのが一番、かな?)


 そんなことを考えているうちに眠くなり、流水は眠りに落ちた。




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