神楽祭 選考スタート
周りの様子を窺いながら、三人が雑談をしていると、突然声をかけられた。
「君が五十嵐遊馬くん?」
遊馬は驚いた様子で振り返る。知り合いなどいないはずなのに、名前を呼ばれたせいだ。
「私は涼風泉州と言います。遊馬くんのことは聞いてましてね、会ってみたかった。」
祖父篁よりも更に年上のようにも見える。しかし飄々とした雰囲気のせいか、老人とは言い難い男性である。
「五十嵐遊馬です。‥えっと‥よろしく?」
泉州は柔らかな笑みをたたえて軽く会釈する。
「はじめまして、水澤七海です。」
「はじめまして、火乃宮茜です。」
それぞれ自己紹介をしてお辞儀をすると、泉州は柔らかく微笑んだ。
「よろしく。そうか、君たちが同級生なんだね、色々とフォローしてあげて欲しい。遊馬君、君の神楽を楽しみにしているよ!」
七海と茜は力強く頷き、遊馬は笑顔で頷いた。泉州は満足そうに頷いて、颯爽とした足取りで離れていく。
「もうちょい堅苦しいもんかと思ってたわー。思ったよりも普通ってか、ちょい安心?」
遊馬が言うと、二人もそれに頷いた。
「なんか怖い人もいたけど、大丈夫、かも?」
七海の言葉に茜も頷き、その後で少し不安げに声を上げた。
「気にせず頑張ってらっしゃいと言われてたけど‥ご挨拶とかしなくて、いいんだよね?」
親戚同士であれば見知らぬ顔でも挨拶はするが、一族同士の関わりについての作法は全く分からない。周囲を見ると、大人たちは挨拶を交わしていたり話したりはしている。
「ま、そのうち関わることになってから、挨拶でもすりゃいいんじゃね?」
遊馬は気楽にそう言い、大きな伸びをした。その様子に七海と茜も肩の力が抜け、三人で雑談をしながら開始を待つことにした。
一方、七海達と離れた場所では
「道明!ずいぶんと背が伸びたもんだ。いや逞しくなったな!」
やはり普段会うことのない、土師家の当主である巌(77歳)である。土師家は陶芸を生業としており、道明も子供の頃に遊びに行っては、粘土をこねまわしたものだ。道明の父、孝之介に連れられ挨拶に来ていたのである。
「最近は陶芸もやらなくなっちゃいました。また遊びにいったら手ほどきしてもらえますか?」
道明が嬉しそうに尋ねると、巌も嬉しそうに頷く。
「もちろんだ!待っているぞ!」
孝之介とも仲は良いのだが、道明も幼い頃から巌に可愛がられていたのだった。そんな巌に今日は成長した自分の神楽を見てもらいたいと気合が入る道明なのだった。
神楽の順番や、組み合わせはくじ引きである。筆頭三家以外の傍家での参加者もいる。年代別に壱・弐・参の各世代に分かれており、七海達世代は壱世代だ。
無論、霧江や雅、鷹也も参加することは出来るのだが、今回は辞退したらしい。雅は「見る方が楽しいから」と言い、鷹也と霧江は神楽祭の準備スタッフで忙しいからだそうだ。
以前、流水の開眼の儀で使われた社の中にある、30畳ほどの大広間、ここで神楽を舞う。七海達にも馴染みの場所であるのが心強い。
この神楽殿は広い庭に面していて、木の外廊下と木階段で、庭と行き来が出来るようになっている。普段は締め切られている戸を開放することで、外からも神楽を見られるようになっているのだ。
裏庭も相当広く、こちらには休憩するためのベンチや軽食が用意されているが、いざ神楽が始まれば、この庭に見物する者が集結するだろう。
午前中は参世代による神楽であるが、やはり年齢層が高いこともあり品格がある。楽器による音色も深みがあり、同じ楽器を使っているのに響きに重厚感があるのだ。
所謂一般的な神楽と違い、雅楽と神楽の融合といった音色でもある。動きながら楽器を奏でることもあれば、楽器の種類によっては固定位置で演奏し続けることもある。太鼓や琴、笙といった楽器に至っては動きが制限されるためだ。
武具を手に舞う者たちも、その足運びや緩急が巧みで自然に息合いが出来ているという、七海達とは比較にならない熟練度である。
系統による型や所作の違いは、単独で見ると不思議に思えるが、全系統が集まると、まるで一つの大きな型のように見えた。普段は精々二人から三人での舞であったため、七海も初めて見るこの神楽に真剣に見入っている。
「うー緊張してきた‥」
茜が消え入りそうな声で呟く。日差しは温かく汗ばむほどではないが、寒くはない。それなのに指先が冷たく、掌に汗をかいていて、頻りにハンカチで手汗を拭っている。
「‥だいじょうぶ」
七海はそんな茜の手を握る。茜と手をつなぐことで、自身の緊張感までもが少しずつ緩んでいくような気がする。
「しかし‥やっぱすげぇなあ‥何てーの?ちょい神々しさまであるな?」
遊馬の言葉に道明も頷く。
「そりゃね、普段から浄化や祓いを実践している人たちだから。俺らとは格が違うよな。」
小声でそんなことを話しながら、大人たちの神楽に見入る4人だった。
「ていうかさ、型も所作もこれほど洗練されているのに、ここからどうやって選ぶんだろう?」
道明が思わず呟くが、さすがにこれには誰も答えることが出来ず、顔を見合わせては首を傾げた。自分たちには見えない何かが、選定者である筆頭三家の当主たちには見えるのだろうか?
「えっと‥参世代が三組か。それが終わって次が‥五組、けっこう多いな。俺ら四組だし、今のうちに軽く何か食っておく?」
道明が時計を見ながら声をかけてきた。奉納神楽は第一節から第五節まである。今回の選考では、第一節から第三節までの、およそ15分を舞う形だ。
「たしかに、ちょっとお腹すいたかも?でも直前じゃ、食べられないよ~ 緊張で」
そんな茜の言葉に皆が同意する。
「神楽終わってからだと、俺が腹ペコで倒れる!」
遊馬がそう言って笑ったので、皆、裏庭へと移動することにした。
裏庭では霧江を含めた女性陣が握り飯と味噌汁を準備している。小皿に握り飯が二個、漬物とゆで卵が添えられ、具沢山の味噌汁を受け取って、4人は設置されたベンチに腰掛けた。
「あ、道明のお兄さん、来てないんだ?」
そういえばと辺りを見回して七海が尋ねる。道明には5歳上の兄がおり、現在は大学生だ。
「あー‥何かレポートとか色々重なって死にそうになってたから‥辞退したっぽいな。」
道明はそう言って笑った。道明の兄は東京で大学生活を満喫しているらしいが、周りのレベルが高くて追いつくのが大変だと常々こぼしているらしい。
「マジで、“俺、鷹也の爪の垢煎じて飲むと頭良くなるなら迷わず飲むわ!”とか言ってたよ。」
笑いながら道明が言うと、遊馬が「うえぇ~」と言いながら笑っている。鷹也も独り暮らしで大学生活を送っているが、かなり余裕そうだ。
このように学校や仕事、諸々の都合により参加を辞退する者も少なくない。それでもこの選考で人が集まらないということはないようだ。義務というわけでもないが、全系統が揃って神楽を舞うという機を逃したくない者もいるのだそうだ。
「ご飯食べたら少し落ち着いたかな?‥みんな何組目?」
引いたくじを確認したところ、4人はキレイにばらけた。一組目が遊馬、二組目が茜、三組目が道明、最後が七海だった。
「神楽覚えて一番日の浅い俺が最初か~」
遊馬はそんなことを言っているが、あまり緊張した様子はない。考えてみれば弓道の試合でも注目されればされるほど、口の端にうっすらと笑みを浮かべている。そして的中率も上がる、という強さを遊馬は持っているのだ。
「俺ら第壱世代が24名ってことは、半分が振り落とされるわけか‥」
道明がフッと息を吐いた。
「で、でも!私たち一番年下だし。‥選ばれなくても、仕方ないよ、ね?」
茜が余りにも自信なさげなため、七海がふっと笑顔を見せる。
「いつも通りやれば大丈夫だよ。頑張ろう?」
そんな声に励まされ、再び4人は第弐世代の神楽を見るべく庭へと移動した。
弐世代も中盤に差し掛かる。やはり参世代と比較すると、所作のばらつきやタイミングのズレがある。音色もさきほどの重厚な音と比較すると、軽くて明るい音色に聞こえるのだ。
「さっきの見ちゃうとなあ。‥俺らこれ以下ってことだよな?」
遊馬がしみじみと呟く。自分たちより上の世代でも、このような形でズレを生じるのだ。自分たち、第壱世代はこれ以上にズレやばらつきがあるのだろう。
「‥そうだよね。」
七海がきゅっと唇をかみしめ、選考席を見やった。そこには水澤家当主でもあり、一族の総代を務める祖父の篁がいる。
(私は絶対に失敗できない。完璧な神楽を舞わなければ!)
緊張感よりも、今は使命感が勝っている。このことを胸に、母や兄に自分の力を見せるのだ。七海達は裏手から神楽殿の控えの間へと向かって行った。




