いよいよ神楽祭選考!
今年は3年に一度開催される神楽祭がある。これは各系統・年代毎に複数名が選出され、全員が集う中で舞を披露し、奉納するのが習わしだ。
普段は無気力そうに見える七海だが、過去に母や兄が選出されていたこともあり、「私も」と静かに意気込んでいる。
そもそも七海は神楽が好きだ。そしていかに美しく優雅に舞えるのかを考え、それを身体に叩き込み、指先の動き一つにすら細心の注意を払うほどに意識を集中している。
「選考は明後日だっけ?」
学校からの帰り道、茜にそう声を掛けられた七海は、かすかに頷いた。
「ナナはいいなぁ。すっごく優雅できれいな舞だよねえ。‥私は何かこう上手く舞えなくて‥」
神楽の「型」というのは、属性ごとに差異がある。茜が属する「火」系は、大胆さや迫力があって七海はそれを見るのも好きだった。
「‥茜ちゃん、もっと自信を持てばいいのに。道明なんてちょっと間違えても堂々としてるじゃん?」
七海の言葉に茜は、はあああとため息をこぼす。
「道明はさ、本当に堂々とミスるんだよねえ‥それなのに何か統一感があるっていうか。私一回ミスるとそこで一瞬フリーズしちゃってさ。頭真っ白になっちゃう。」
茜の神楽は火系にしては大胆さが物足りない、とこれは母や祖父母からも言われているらしく、本人も深く悩んでいるのだ。
「お務めの時の神楽はそんなにミスないじゃん?」
七海がそう言って慰めるが、茜はふるふると首を振った。
「あれはさ!ナナと二人だったり、せいぜい道明が混じるくらいじゃん?ギャラリー増えたら私、口から心臓出るよ?マジで!」
「いやでも口から心臓だしたことないでしょ?そもそも口と心臓つながってないし。」
「あーもーーー!そうだけどそうじゃないっ!」
七海の冷静なツッコミに茜は声を上げ、二人は思わず笑いだした。初夏の緑の中、二人の笑い声が響き合う。
『なんかたのしいことあったー?』
『ナナもアカも楽しそー』
木の陰からひょっこりと妖達が顔を出し、声を掛けてくる。
「あー神楽祭のことで茜がちょっとナーバスでさ」
妖たちは首をかしげる。
『アカのかぐら、やさしくてすきー』
『まちがえるのアカらしくていいー』
『ナナのはきれいー』
『まちがえないねー』
彼らは嘘をつかない。嘘をつく必要がないからだ。だからこそ素直でストレートな言葉だというのが分かり、茜は軽く笑った。
「間違えるのが私らしいかー。ちょっと悔しいけど、そうかもね。私らしく、でいいんだ。」
少し気持ちが軽くなったように表情も明るくなった。
『アカは笑ってる方がいい!』
『囲炉裏の火みたいであったかい!』
「まあ、今時囲炉裏も減ったけどね」
思わず七海が突っ込むと、妖たちは再び声を上げる。
『ナナのそういうとこ、かわいくないー』
『タカヤに似てきた?りくつっぽいー!』
鷹也は七海の兄であり、大学は理系らしい。
「‥いや、あそこまでぶっ飛んでないと思うんだけど‥」
七海が思わず反論すると、茜が笑い出す。
『だいじょぶーミズサワんとこみんなぶっとんでるー!』
『ぶっとんでるーー!』
「確かにぶっ飛んでる!」
妖と茜が楽しそうに言うと、七海は「こらー!」と言いながら皆を追いかける。茜も妖もキャッキャいいながら走り回り、七海もつられて笑ってしまった。
初夏の陽気に移り変わり、木々が競い合うように葉を繁らせる。朝と夜はまだ寒い日もあるが、昼間は長袖だと汗ばむ陽気の日もあるほどだ。青葉の眩しい木々のトンネルの中、にぎやかな声が響き渡り、日差しがキラキラと輝いて、空気までもが明るい雰囲気に染まっていたのだった。
その日は朝から気持ちの良い快晴で、吹き抜ける風も心地よい。早朝から様々な人たちが社に立入り、慌ただしくも活気のある喧騒であった。
普段は気怠げな七海ですら、緊張している。
「私は午後からか‥」
世代・属性がランダムに組み合わされており、共に神楽を舞うのは初めての者ばかりであった。茜や道明、遊馬以外の人と共に舞う機会がないだけに、不安な気持ちの方が強い。
そもそもなぜ「共に神楽を舞うこと」が重要視されるのか。死んだ者・生きている者の強い負の感情がわだかたまり、澱となったものを浄化するためである。
想いやその地の特性に応じて、水・火・風・土・日・月の各属性が協力し、深い共鳴を起こすことで浄化の作用が強まる。
掌に開眼した者たちは、その澱や想いの残滓を「掌の眼」で見通し、解放・浄化する役目を担う。だからこそ、他家との協力や共に神楽を舞い、調和するための訓練にもなる行事なのだ。
「ナナちゃん、珍しく緊張してるの~?」
のんびりとした声をかけてきたのは、ゴールデンウィーク以来、久々に会う母だった。普段はコンサル業をやっており、あちらこちらを飛び回っているが、ひょっこり顔を出すことも多い。
「うえ、来てたんだ?」
思わず七海が声をあげると、母は笑いながら指で額をつつく。
「もーつれないわねえ。相変わらずなんだから~」
「ああ、母さん。‥この間ぶり。」
そこに七海の兄である鷹也がふらっと現れて声をかける。
「あなたもまたそうやってすぐに人を驚かせるんだから!元気そうね?」
兄の鷹也も大学通学のため、今は少し離れたところに住んでいるらしい。
「まあ見ての通りかな。」
「顔色も良さそうだし、ちゃんとご飯も食べてそうね。」
七海そっちのけで会話を続ける母と兄に、思わずため息を吐く。
「それより鷹兄、バイトとか部活とかで忙しいんじゃ?お母さんだって仕事忙しいって・・」
七海の言葉に雅はにこりと笑った。
「ナナちゃんの神楽を見に来たのよ!鷹ちゃんもそうでしょ?」
「ん?そうだね。」
二人が来てくれたことが嬉しくて、七海はつい笑顔になってしまう。母と兄が見てくれる以上、失敗は出来ない。絶対に選ばれてみせるのだと、静かに闘志を燃やした。
「‥こんにちは」
背後から声をかけられ、七海は飛び上がった。声をかけてくれたのは月影家の長女さくらである。最近になって色々と交流はしているのだが、前髪で目を覆っているために不意に現れると驚いてしまう。今日は白いワンピース姿であるため、尚更幽霊のように見えるのかもしれない。
「あら!さくらちゃん。お久しぶりねえ、お元気そうで良かったわ!」
「‥はい、おかげさまで。‥あの、曾祖父が久々にお二人にお会いしたいと‥」
七海に気遣うような雰囲気を見せ、鷹也と雅に声をかける。
「え?尊じーさん?元気になったのか?」
鷹也の言葉にさくらは頷く。
「先日退院しましてね、お見舞いに来て頂いたのに会えなかったと、残念がってました。」
鷹也と雅は頷き合い、ちらりと七海を見やった。
「ちょっと行ってくるわね?」
雅はそう言って鷹也を促すと、七海に背を向けて去って行った。
「‥七海ちゃん、ごめんなさいね。少しだけお二人をお借りします。」
さくらはぺこりと頭を下げ、しずしずと歩いてゆく。
「さくらちゃん、優しくて好きなんだけど‥やっぱり夜に見かけたら怖いよね‥?」
茜がぼそりと言うと、七海もそれに同調した。
「前髪、少し整えるだけで印象全然変わると思うのに、もったいないな‥」
一緒に買い物に出かけたとき、一瞬だけ見えた黒い虹彩。そのあと何故か再び隠してしまったが、あのときの印象は強く残っている。
鷹也と同じ大学で別の専攻であるとは聞いていたが、幼馴染だったというのも初めて聞いたことだった。
「あら?さっきこちらに鷹也様おられませんでした?」
そう言ってすらりと背の高い女性がつかつかと歩いて来た。きりりとした顔立ちで美人ではあるが、妙に迫力がある。
「‥ええと、鷹兄に何かご用ですか?」
七海が尋ねると、その女性はキッとこちらを見る。思わずたじろいでしまったのは、余りに視線が強いせいかも知れない。
「鷹兄?‥あなた、鷹也様と仲がいいの?」
「‥私の、兄なので。」
ぐいぐい来られ、つい腰が引けてしまいながら七海は答えた。
「あら、失礼。私は不知火燐と言います。エリアが違うからなかなか会う機会がなくて、さっきお見かけしたから話したかったの。」
「鷹兄は母と月影の曾祖父様の所へ行ったそうですよ。」
礼儀正しく茜が答えると、燐は小さく頷いた。
「‥そう。月影か。」
穏やかな口調なのに、わずかに滲んだ感情が妙に強い。七海と茜は顔を見合わせ、何も言えないままその場に立ち尽くした。
「あなた達も選考会に出るのかしら?お互いに頑張りましょうね?」
にこやかな言葉とは裏腹に、その眼差しは燃え盛る炎のように激しい。まるで“選ばれるのは私よ!“とでも言っているように思える。射抜かれたら、そのまま燃え上がってしまいそうなほどの熱量に、茜は思わず一歩身を引く。
燐が足早に去っていくと茜は思わず大きな吐息をついた。
「こわ!何かものすごい目ヂカラ半端ないよ。‥羊の皮を被ったゴジラみたいな?」
七海の言葉に思わず茜が吹き出し、そのまま咳き込んだ。
「なっナナ!やめて‥」
笑いが止まらなくなり、呼吸困難に陥りそうになっている。
「羊‥の皮かぶった‥ゴジラ‥‥パワーワードすぎて‥‥」
「すっげー言い回しだなー!でも何か分かるわー」
辺りをきょろきょろしながら歩いてきたのは遊馬である。このような会合に来るのが初めてであるため、物珍しげだ。もちろん遊馬だけではなく、七海と茜も同じではあるのだが。
「何か、どうしたらいいのか分からないね?」
「そうだねえ。お祖母ちゃんからは、“気軽に参加しなさい”って言われてるんだ。見るのも勉強って。」
「あー!うちのお母さんも同じこと言ってた!」
茜と七海がそんなやりとりをしていると、遊馬も「そういうものか」と、納得したらしい。
「参加することに意義があるってやつだな!」
「だねえ!私たちみたいな最年少組が選ばれることはないみたいだし。」
遊馬がのんきに呟くと、茜も笑顔で応じる。
(最年少組で選ばれたら‥お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、鷹兄にも認めてもらえる、かな!)
七海はそう考えて笑みを浮かべたのだった。




