2-4 公園
とある休日、遊馬が家でゴロゴロしていると兄の司が声を掛けてきた。
「暇そうだなー!バスケ付き合えよ!」
高校でバスケ部に所属している司は三年であり、間もなく引退だ。部活のない日はこうして遊馬を誘って遊ぶことも多い。
「鷹兄呼んでもいい?」
遊馬が軽い調子で声をかけると、司は苦笑いになる。鷹也とは中学と高校のバスケ部で、それぞれ一年間だけ時期がかぶっている。
「お前、鷹也先輩好きだなー。まあ俺にも刺激にはなるんだけどさ!」
現在も大学でバスケを続けている鷹也が入ると、単なるお遊びからレベルが上がる。これはこれでありがたいことでもあった。
「だって変態なんだもん。あ、道明も呼ぼ。あいつは空手なんだけど、鷹兄の動きが参考になるとかでさ、呼んでよって言われてるんだ。」
道明と鷹也を呼び出し、司と遊馬は公園へと向かった。ここには子供用と大人用のバスケゴールが設置されており、大人用のゴールは空いていた。
司が遊馬にパスしてやると、巧みなドリブルからレイアップを放つ。
「弓道部の癖にうまいよなー!他の運動部から誘われたりしないのか?」
遊馬は少しばかり得意げに頷く。
「へへ!けっこう誘われたよ!でもさーやっぱ弓好きなんだ、おれ!」
そう言って兄にパスを渡す。兄もドリブルを駆使し、ディフェンスを試みる遊馬をいとも簡単に抜く。ジャンプシュートは見事な放物線を描いてゴールに吸い込まれた。
「やっぱすげーな‥ジャンプシュートはなかなか入らなくてさー」
ボールを受け取り、その場でジャンプシュートを試みる遊馬。しかしボールはバックボードに当たり、あらぬ方向へと飛んでいく。
「腕の力だけで投げ過ぎだな。あとはリリースのタイミング。」
兄が遊馬にコツを教えるが、なかなか上手くはいかない。それでも遊馬は楽しそうにジャンプし、ゴールリングに当たって跳ね返ったボールをキャッチしては笑う。
「よ。」
「あ、鷹也先輩ちっす!‥妹さんでしたっけ?」
鷹也の後ろには七海と流水がついてきていた。
「うん。こっちが七海、遊馬の同級生。そっちが流水、中一だよ。」
七海と流水は兄世代との交流は殆どない。見覚えがあるような、ないようなといった程度だ。
互いに軽く自己紹介をしあっていると道明がやってきて、そこに混ざる。
「あ、そか、土門先輩の弟さんか。いい身体してるなー!何やってるの?」
「俺は部活やってなくて、空手道場です。‥球技とは相性悪くて。見る専で来ました。」
司の質問に道明は少し照れ臭そうに話す。道明の兄と鷹也は同級生らしい。
流水と道明がベンチに座り、遊馬&司と七海&鷹也がチームを組む。
「鷹也先輩、シュート禁止で!ハンデないときついっす!」
「ん?ああ、そのつもり。」
司と鷹也の会話に、七海は少し誇らしげな気持ちになった。司は高バスでも一年からレギュラーに選ばれていたと、遊馬から聞いている。その司が鷹也に対してハンデを求めているのだ。
(やっぱり鷹兄すごいんだ!)
ルールはスリーオンスリーと一緒である。司がルールを遊馬と七海にも丁寧に教えてくれた。
「それじゃ始めるか。そっちボールからでいいよ。」
鷹也が司にボールを投げる。
「行くぞ、遊馬!!」
ボールを受け取った瞬間、司と遊馬は走り出す。そして司が遊馬にパスを出したそのとき、七海がインターセプトした。
「鷹兄!」
低い転がるような軌道。鷹也は七海に笑いかけ、ボールを取りドリブルをしながらゴール下へと向かう。
「遊馬!七海ちゃんにマーク!鷹也先輩のパス通させるなよ!」
「合点承知!」
司は身長183センチ、鷹也が185センチだ。身長差はほとんどない。
「あれ?司一人で俺を止めちゃう感じ?」
「俺だって一応成長してますからね!?」
視線と足の動きで牽制してくる鷹也に、司は難なくついてくる。少しばかり戸惑うような表情を浮かべた鷹也に、司は「いける!」と踏み込んだ。が、するりと躱され司が体勢を崩す。そして鷹也は二ヤリと笑って遊馬に向かって真正面からドリブルで突っ込む。
「えっ!?‥ちょ!ま!」
慌てた遊馬がつい避けてしまい、鷹也が遊馬の前に立ち、背後の七海にボールを手渡す。そして七海は貰ったチャンスを確実に活かし、レイアップを決める。
「ナイス七海!」
鷹也と七海がハイタッチを交わす。七海は本当に嬉しそうだ。
「くっそーー!!っ騙された!!」
司が悔しそうに言うのを、鷹也が面白そうに見ている。
「おねーちゃんすごい!!」
「七海ナイス!!」
ベンチから流水と道明の声も飛んできて、七海の頬が赤くなる。
「‥ごめん、兄ちゃん!ダンプカーが向かって来たから全力で逃げた!」
遊馬の言葉に司が爆笑する。
「…ダンプカーて。」
鷹也の呟きに、全員が笑った。その後も遊馬兄弟が巧みな連携を見せたり、シューター七海縛りというハンデを利用したりしながら、点差は均衡を保っている。
「しっかし‥鷹兄すげえな‥」
道明がベンチに座って観戦しながらつい呟いてしまう。
「なにがすごいの?」
流水の質問に、道明は笑顔を向けてくれた。流水にとっての道明は、いつも穏やかで、テスト勉強の時にも何かと声をかけてくれる「優しいお兄ちゃん」という存在だ。
「あんなスピードで突っ込んだのにさ、体勢を崩さず止まって方向転換。出来ないって、普通。それに遊馬の兄さんが何度も当たりに行ってるのに、一度も当たられてないんだよね、鷹兄。バスケの動きじゃなくて武道なんだよ。だから俺、見学したかったんだ。」
道明はそう言って再びコートに視線を送る。
「ほえー!そんなふうに見てたんだ!‥一緒にやらなくていいのかな?って思ってたけど、ホントに見学したかったんだ!?」
道明は笑顔のまま頷き、ちょっとした動きを見ては解説してくれる。
「‥おねーちゃんすごい!て思ってたけど、もしかして鷹兄が全部誘導してる感じ?」
「うん。でもそのチャンスをモノにしている七海ももちろん凄いよ。ホント運動神経いいよなあ‥」
二人はちょっと違う視点から四人の動きを見つつ、楽しくおしゃべりしていた。
「「くっそーーー!!」」
司&遊馬兄弟が悔しそうに声を上げる。4ポイント差で届かなかったのだ。
「あはは、お疲れ。」
七海も含め、三人が汗だくだというのに一人涼しい顔で声を掛ける。
「鷹也先輩やっぱおかしい!ちょっとこの後、ワンオンワンいいすか!?」
「いいよ。」
道明が自販機でジュースを買い、ベンチに来た遊馬と流水に手渡してくれる。
「サンキュー!‥くっそー!やっぱ悔しいわ!」
ベンチに座ってジュースを一気に半分ほど煽ったあと、遊馬は声を上げる。
「てか、あの身長差あったらきついって!よく動いてたよな!」
道明がそう言うと、遊馬は口を尖らせる。
「鷹兄の方がもっと動いてるのに、なんであんな余裕そうなんだよ!」
「あ、たぶんね、鷹兄そこまで動いてないよ?」
今度は流水がそう言い、これには道明も同意した。
「は!?だって‥」
「たぶんね、必要最低限しか動いてないんだ。外から見てると分かるよ。」
反論しようとした遊馬に、道明がそう言って笑った。
「はー!!何かすっごい楽しかった!」
鷹也たちと話していた七海も戻って来て、道明はジュースを渡す。
「いやーやっぱ七海すごいな。シュートチャンスを確実にモノにしてたし、パスコース良く読んでたね。」
「うんうん!おねーちゃん、超かっこよかった!」
道明と流水から褒められ、七海は耳まで赤くなりながらジュースを口にする。
「‥鷹兄の足引っ張らなくってよかった、かな。」
照れ臭そうに言う七海に、道明と流水は笑い、遊馬だけが少しだけ悔しそうだった。
そして始まったワンオンワン。4人がベンチに座って観戦する。
「兄貴―!!鷹兄倒してくれーーー!!」
遊馬がそう声援を送る。
「‥あーやりづれえ!鷹也先輩、ちょっとだけ手加減してくださいよ。」
「あはは。そんなこと思ってないくせに。」
二人は対峙しながらそう言って笑い合う。ボールキープは司だ。
(くっそー!抜ける気がしねえ!)
フェイクを入れてみるが全く動じる気配がない。通常は多少なりとも視線や身体に反応が出るはずなのに、そんな様子すらないのだ。
フェイントを使い、オフェンスファウルギリギリのラインで攻め込む。しかし鷹也は軽く躱し、長身を沈めてカットイン。いとも簡単にボールの主導権を奪った。
「うええええ!まじかよ!!」
鷹也は笑いながらボールを返す。
「まあ、まずは俺を抜かないとね~」
「次はそのまま鷹也先輩がオフェンス回ってください。ぜってえ止めてやる!」
そんな攻防があり、司は幾度となく止められてボールを奪われる。
(ホント何なのこの人!?フェイントもフェイクもここまで効き辛かったっけか!?)
汗だくになりながらそれでも数度、シュートまで行きつく。
(あーくそ!完全に手加減されてんな、俺!)
ちなみに鷹也がオフェンスに回ると、司には到底太刀打ち出来なかった。緩急の使い方とフェイントとフェイクが上手すぎる。表情や視線、つま先の運び方、どれを取っても完璧なのだ。
「あーくそー!!やっぱ鷹也先輩頭おかしい!!」
ワンオンワンを終え、司がそう毒づきながらベンチに戻って来る。
「先輩をディスるな。」
道明からジュースを受け取り、二人は礼を言って二人で乾杯した。
「‥やっぱり鷹兄ってバスケ上手いんですか?」
七海の言葉に司が笑う。
「まあドリブルやシュートの技術自体もそうなんだけど、それ以上に敵の動きを読むのと誘導するのが途轍もなく上手い。単純なスピードやパワーの差じゃないんだ。意識をずらされるかんじ。」
道明がそれには大いに納得した様子だ。
「だってこいつ!コート上のペテン師とかメンタルブレイカーって言われてたからね!?」
「うわ、とうとうこいつ呼ばわりしやがった!」
「あ、いっけね。」
鷹也と司の会話に遊馬が笑い出した。
「あーでも分かる!!マジで騙された!!ってなった!」
それから七海のシュートフォームがきれいだとか、遊馬の勘の良さだとか、そんな話題で盛り上がる。七海も皆から認められ、褒められて本当に嬉しそうだ。
(‥バスケ部も面白いかもしれない‥)
思わずそんな風に思ってしまうほどに、七海の気分は高揚したのだった。
「そういや鷹兄、ジャンプシュートのコツってある?」
何の気なしに遊馬が声をかけると、鷹也は微かに首を傾げた。
「うーん‥“とんっ・くっ・ひゅー・すっ・しゅた”、かなー。」
擬音のみの説明にブフォッと司がジュースを吹いた。
「全然意味分からないんすけど!?」
司のツッコミをよそに、遊馬は首を傾げた。
「あれ?鷹兄、ちょっと見ててくれる?」
遊馬はそう言ってボールを持ち、軽くドリブルをした後でジャンプシュートを打ってみた。
「あ?‥うーん‥」
リングには当たったが、ゴールには入らなかった。
「遊馬はひゅーじゃなくて、“びゅんっ”で、“くいっ”て感じなんだよなあ。」
鷹也は真面目な顔で言っているが、周囲は爆笑している。
「あー‥もしかして?」
遊馬は再びドリブルからジャンプシュートを放つ。今度はきれいにゴールを決めた。
「こうか!!」
「「「「なんで分かるの!?」」」」
鷹也は満足そうに頷き、遊馬も笑顔になった。
「最後は“すっ”なんだな!」
「そそ。」
その後も遊馬は練習を重ね、少しずつ確実に成功率を上げたことで、更に皆の理解が追い付かなかった。
「鷹兄‥数学はあんなに分かりやすいのに‥なんでバスケの説明はそう適当なんだよ‥」
道明が苦笑いを浮かべ、七海と流水も困ったように頷いた。
「おかしいな?分かりやすいだろ?遊馬だって成功したじゃん?」
「私は分からないんだけど!?」
鷹也の不思議そうな言葉に、思わず突っ込んでしまう七海だった。
「あ!そういや兄ちゃん片手ダンク出来るっけ!?」
遊馬が司に聞くと、司は肩をすくめる。
「え?両手でギリ出来ないんだよ。鷹也先輩なら片手でも余裕だろうけど。」
司の言葉に遊馬の目が輝く。
「鷹兄やってよー!!見てみてえ!!」
遊馬が騒ぎ、七海と流水も期待を込めて声を上げ、道明が背中を押し、司がにやっと笑ってボールを持ち、コートへ入る。
「‥いやあのね‥」
ため息をついて諦めたようにコートへ行く。
「んじゃ鷹也先輩!グッドラック!」
司がボールを思い切り放り投げた。鷹也が立っている位置からは一番離れたコースだ。
「おま!」
言いながら反射的に鷹也は走り出す。ボールに向かって一直線。無駄な上下動もなく、ボールの動きまでも予測しているであろう最短距離へ。ライン際でボールに追いついた瞬間、“止まった”ように見えた。
(え!?あのスピードで減速?‥止まった?)
七海は目を見張った。勢いのままに流れるはずの身体が、ぴたりと収まり、そこから自然にドリブルへと移行している。
(え?ああいうときってラインから出ないように踏ん張っちゃってバランス崩すとか、ボールだけコート内に戻して、自分だけラインアウトするとか‥じゃないの?‥どうしてそうなるの!?)
唖然としているのは七海だけではない。司も、遊馬も、道明も同じように固まっている。
(いや、マジっすか。どういう制御したらあんな動き方が出来る!?)
司ですら理解が追い付かなかった。鷹也はそのまま数歩移動する。そして、殆ど力を入れていないような踏み切りだ。それなのに―跳ぶというより、“空から何者かによって吊り上げられた”ように見えた。
頂点で一瞬だけ静止し、片手でボールを掴んだままリング中央に“置く”。ダンク特有のあの“叩き込む”音すらない。静かにネットが揺れてボールが地面に落ちた音だけがやけに響いた。着地ですらほとんど音がなかった。衝撃を逃がすようにふわりと降り立ったのだ。
誰も声を出せない。イメージしていたダンクとかけ離れ過ぎていたせいだ。派手さも力強さもない。ただ異常なまでの“効率”と“制御”。
唯一、道明だけが小さく息をのんだ。
(あれ、武道だ‥)
「‥全く。もう少し手加減しろっての。」
フリーズしていた司が、声をかけられて我に返った。
「やっぱ変態だわ!!」
司に呆れられ、七海と流水はため息をついた。遊馬はまだフリーズしたままである。それからしばらく流水や道明も混じってドリブルやシュートで遊ぶ。
「はー!身長的にダンクは無理―!くっそー!」
遊馬が必死でジャンプするが、そもそも165センチの遊馬には無理な話だ。
「おいおい!俺がこの身長で出来ないのに、お前が出来たら俺の立場ないだろ!」
兄に突っ込まれ、遊馬は笑った。
「それもそうだな!何か悔しいから兄貴特訓な?‥打倒鷹兄!」
「やめて!あんな変態を目標に出来るかバカ!」
遊馬兄弟に散々な言われようである。
「‥ホントなんなの、お前ら?」
ディスられている鷹也は特に怒る様子もない。ただちょっとだけ文句を言いたかっただけらしい。
帰宅した後、七海は久々に晴れ晴れとした気分だった。
(高校の現役バスケ部レギュラーの人に褒められた。‥鷹兄ハンデあったのに、ペアで組んで勝てた!‥もしかして才能ある?私。)
まだ手にはボールの感触が残っている気分だ。片手でボールを掴むことは出来ないが、何となく手に馴染む。普段使っていない足の筋肉がまだ熱を持っている感覚も新鮮だ。
あの時の兄のダンクが未だに記憶に焼き付いている。が、身長的にも自分には出来ないことだ、と諦めはついた。これは努力や経験の差ではなく、身体的な差だからだ。
今日のゲームを振り返ってみると、遊馬とその兄の動きを見て、パスコースも予測し、インターセプトも出来た。何よりシュート出来ない兄に代わり、きちんと役目を果たせた。
「うん!ちゃんと自分の役割はこなせたし!鷹兄の期待にも答えられた!」
あの神楽選考以来、失いかけていた自分への自信が少しだけ取り戻せた、気がした。




